chapter29 リッチとの決戦開始30秒前
〈穢穴〉は階層に応じてフロアの形態や魔物の配置がガラリと変わる。
俺と瀬尾さんはいきなり中層ボスのいる第25層から始めて、上に戻れたのは第21層までだったので、さらに上層は伝聞でしか聞いていないけど、少なくとも第21層から第24層までは基本的に緑の多い草原や山岳、森林エリアが広がっていて、魔物の種類も魔獣型や魔蟲型が主だった(中層のフロアボスも斧持った牛だったし)。
リーフェたちの話によれば、第20層も洞窟のような迷宮で、フロアボスは黒豚だったらしいし、その上の第1層から第5層まではお試しみたいな感じで、だだっ広いエリアにワームとかスライムとか、せいぜいコボルトが出るのが脅威だったそうな。
まあコボルトに不覚を取るなんて素人の女子供くらいだったとのことだけど、その後は徐々に荒野地帯で魔狼に襲われ、沼地地帯で巨大ナメクジや巨大ガマガエルに襲われ……という感じで、やはりだいたい5層前後で環境が変わっていたらしい。
そんなわけで、ここ第30層まで至るまでの第26層から第29層のエリアも陵墓のような形になっていて、実際それに相応しいアンデッド系の魔物や、陵墓に湧く蟲とかの魔物に悩まされたわけだけれど、
「いきなりモンスターハウスかよ!?」
ウジャウジャ湧き出るアンデット系の魔物の集団『死者の軍団』を前に、俺はカタナを振りながら思わず嘆き節を口に出した。
スケルトンナイトにスケルトンジェネラル、レッサーヴァンパイアにゾンビにグールにマミーにゴースト、レイスetc……。これが100体近く巨大な広場に集まっていた。
だいたいのLvは25~30、まれにLv35の奴が混じっているといったところだが、これだけの数になると脅威なんてもんじゃない。
現在、Lv52の俺(何度か牛やフロアボスを斃していたら上がってた。経験値5倍増のお陰で上がるのが早いのなんのって)にとっては、一体一体は雑魚もいいところだが、塵も積もればで囲まれてタコ殴りにされれば、俺のHPでもさすがに1分と持たないのはわかっているので、瀬尾さんを見習ってとにかく動き回って一箇所に固まらないようにして遊撃に専念している。
で、遊撃手として本家である瀬尾さんは、空中や時には魔物を踏み台にして飛び回りながら、『魔牛の斧』を重さがないみたいに振り回して(実際に重さをゼロにしているのか、ステータスにモノを言わせて自在に操っているのかは不明だが)、シーラとカーバンクルのカー君が張った『セイント・エリア』と『ホーリーシールド』の二重結界内に籠っている、ユリアを先頭にしたリーフェ、シーラ、フローリスの後衛組に近づく敵を薙ぎ払っていた。
「やばいな、このままだとじり貧だ」
シーラがかけてくれた『ホーリーウエポン』のお陰で実体のない系にも斬撃を入れられているが、ぶっちゃけ俺のステータスとスキルは単体攻撃力に特化していて、ボスとの一騎打ちとかには強いけど、こういう群がる無数の雑魚を相手にするには不向きなんだよな~。
ここでその欠点が足かせとなったか。
とはいえこんな時こその仲間である。
「フローリス、タイミングを合わせて雑魚を一掃できる強力な魔術を頼む! シーラもリーフェの矢にエンチャントをして、合わせてリーフェもありったけの矢を放ってくれ! それで残った奴らは俺と瀬尾さんとで個別撃破する。ユリアは引き続き三人を守る形で。いいか? 瀬尾さんも」
「わかった」
「了解です~」
「任せて!」
「うむ、望むところ」
「ほいほい、要するにデカいのが来るので、タイミングを合わせて離れればいいわけね?」
「そういうことだ。たのむぞ、みんな」
それから俺も一気に『瞬動』で、フローリスらの攻撃に巻き込まれないように移動する準備を整えながら、カウントダウンを始める。
「――5・4・3・2・1、いまだ!」
同時にダッシュして最短距離で部屋の隅を目指す俺と、空中を三段跳びで20メートル近くある天井付近まで高飛びをする瀬尾さん。
「フレイム・アロー×10!」
「連射、連射、連射、連射、連射、連射」
「『ホーリーウエポン』!」
それに合わせてフローリスの杖の先端から炎の火箭がアンデッドの群れに降り注ぎ、合わせてリーフェとシーラの合わせ技である、聖属性のエンチャントをされた矢の雨が放たれた。
――が、それが届くよりも先に、
「くるるる!」
どっかの谷のお姫様のペットのように、フローリスの肩にぶら下がっていたカー君が、口から『レインボーブレス』をビームのように放ち、その射線上にいたアンデットを一瞬で塵に変え。さらに、サーチライトを振り回すみたいに『レインボーブレス』を『死者の軍団』に洩れなく念入りに薙ぎ回し、ほとんど一瞬で70体くらいいたアンデット軍団を一掃してしまった。
僅かに遅れてフローリスのフレイム・アローと、リーフェの矢が何もない床に虚しく降り注ぐ。
「おお、さすがは『幸運の竜』だけのことはある。大したものだな」
感心しているのはユリアだけで、せっかくの見せ場が台無しになったフローリスとリーフェは、微妙に釈然としない顔で、『褒めて褒めて』とばかり尻尾を振るカー君を生温く見据えながら、
「なんかボクの存在意義って、カー君の飼い主って立場に落ちたような……」
「せっかくの見せ場が。ありったけの矢を使いまくって、結局は何もしていないも同然とか……」
悄然と肩を落とすふたりの傍に瀬尾さんともども近寄って行きながら、俺は朗らかに笑ってふたりを元気づける。
「はっはっはっ、気にするな。可愛い女の子は別になにもしなくていいんだよ。ただミニスカート履いて突っ立てれば十分なんだ、この業界では」
「あんたはもうちょっと婉曲に慰めるってことをできないわけ!?」
世間と自分に正直な所感を口にしたら、瀬尾さんから回し蹴り食らった。
それから気を取り直した全員で魔物のドロップ品や、この大部屋に置いてあった宝箱を開けて回る。
「一、二、三……全部で六箱か。一箇所に置いてある宝箱としては新記録だな」
宝箱を開けるのは俺の仕事なので、みんなにはドロップ品の回収をお願いして、罠を確認しながら開けていく。
「――っと、これも転移系の罠か。宝箱じゃなくて正面の床にあるな」
通常のトラップも多いけれど、半分以上がどこかへ強制的に転移させられる罠だった。
入っていたものも土でできた素朴な人形と、スペルスクロールといったショボいものばかりである。
「う~ん、宝箱が一箇所に固まっているのもそうっすけど、さらにモンスターハウスになっているところに、微妙な作為性を感じるっすねー」
『預言者』の懸念は俺も感じていたところである。
「これまでのように戦力の逐次投入の愚を犯さずに、一気に誘って全滅させようと仕向けた奴がいるってわけか。となると、可能性が高いのはここの階層ボスか? これまでと違って頭を使えるタイプってことか?」
「可能性は高いと思うっすね。この〈穢穴〉は中層ボスのいるのが第25層ですから、おそらくは全50層だと思えるっすけど、確認できたのは第27層までで、第30層からは誰も戻っていないっすよ。つまり難易度が段違いということで――」
『預言者』の説明が終わる前に、不意に頭上から悪寒を伴う冷気とプレッシャーが舞い降りてきた。
『フフフフフフフフフ、その通りだ。貴様らはすでにこの偉大な《死霊王リッチ》の手の内にある』
そして不気味な笑い声とともに、見た目は厳かな法衣と宝冠を被った骸骨が、空中へと転移してきたのだった。
・NAME:死霊王
・JOB:《穢穴》第30層のフロアボス
・Lv60
・HP:3654
・MP:4811
・筋力:1639
・知力:241
・敏捷:667
・スキル:『死霊魔術(大)』『鑑定』『呪文短縮』『性魔術(大)』『対聖魔術耐性(大)』『物理防御(中)』『死霊召喚』『死の暗黒』(※防御無効で相手のHPの15%に特殊ダメージを与え、吸収した50%のHPを自分のものとする)『即死の雲』(※12%の確率で相手を即死させる)
「うわ~……」
なんだこのぶっ壊れ性能は!? 前の29層の蟻がLv45だったのに、いきなりLv60とか。もうちょっと刻んでくるものじゃないのか?!
おまけに即死攻撃まで持っているとか。ほとんど反則だろう!
『フフフフ――うぉ!? そこにいるのはアルセリア王女ではないか!』
俺たちひとりひとりを舐るように『鑑定』していた死霊王だが、ユリアの顔を見たところで驚愕したように仰け反った。
「ユリア、あんたの姉の知り合い?」
瀬尾さんの問い掛けに、ユリアの額に汗がタラリとしたたり落ちる。
「……あの法衣。よくよく見れば太陽神殿の大神官のもの。まさか……」
『ワシじゃよ、ワシ』
急にフレンドリーというか、オレオレ詐欺みたいに胡散臭くなった死霊王は、ユリアに向かって親し気に手招きをして、
『――ほれっ!』
不意に着ていた法衣を両腕で左右にガバット広げて、萎びれた素っ裸の全身をさらけ出した。
「「「「ぎゃっ!?!」」」」
萎びているくせに、やけに元気な死霊王の息子さんとご対面した瀬尾さん、リーフェ、シーラ、フローリスが絶叫を放つ。
女子の悲鳴を心地よさげに聞きながら下半身をやけに手慣れた仕草で、右に左へと振り回す死霊王。
その様子を眺めながら、ユリアは額に手をやって、「はあ~~~~っ」と、それはそれはやるせないため息をついた。
「ああ、やっぱり……死んで、というか滅んでいなかったのですね、バルナバス大神官殿」
ここまでヒントを出されれば誰でもわかる。
「つまり、あれが噂の第二王女にトラウマを植え付けた変態大神官か」
「その通りです」
俺の問い掛けに大きく首肯するユリア。
「ああ、後から入って来て第30層のエリアボスに成り代わったってわけすっね。道理でレベルがアンバランスだと」
合点がいった様子で『預言者』が手を叩いた。
『フフフフフフ! これは愉快だ。ワシがここにきて以来、初めて迎える客がアルセリア王女と、生娘が四人。そして……『変質者』? ほう、同志とはな』
「「「違うわっ!!」」」
姉と混同されたままのユリアと、生娘扱いされたフローリス、そして変態に同好の士と見做された俺が同時に異議を唱える。
「……まあ、フローリスの処女喪失まではすでにカウントダウンなわけだけど」
「アッー!」
ミニスカートから覗くパンツに包まれたお尻を眺めながら俺が呟くと、視線を感じたフローリスがお尻を押さえた。
「変質者?」
「同好の士?」
「とりあえずぶん殴っておくわ」
そんな俺とフローリスのやり取りを眺めていたリーフェ、シーラ、瀬尾さんがそれぞれの勝手な感想を口に出す。
『フフフフフフ、そうとなれば我が最奥の奥津城で歓迎しよう。待っているぞ』
そういって再び転移しようとした死霊王に向かって、一歩進み出たユリアが素早く『不死鳥の盾』をかざし、
「そうはいかん。相手の有利な場所で戦うほど愚かではない。この場で勝負を決めさせてもらうぞ! スキル『レージングル』!」
スキルを発動すると同時に、光る鎖が現れて死霊王の四肢を束縛した。
『ほほぅ……! 第一級束縛神聖魔術か』
空中で手足を束縛された死霊王が興味深そうに鎖を眺める。
「いまです、旦那様。身動きの取れないうちにバルナバス大神官を!」
促されて俺がカタナを死霊王に向けて、最大奥義を発動させようととした刹那、
『だが甘い! ワシを絡め捕るのなら、第三段階のグレイプニルか、最低でも第二段階のドローミを使えなければ意味はありませんぞ!』
一喝した死霊王の股間が突如として火を噴いた。
一瞬で消し飛ぶユリアの拘束魔術の鎖。
『フハハハ、ではお待ちしておりますぞ!』
そうして、不敵な捨て台詞を残して去って行くのだった。
「う~~む、強敵だな」
思わず心肝を寒からしめる俺に向かって、瀬尾さんが待ったをかける。
「いやいやいやいや! 最後のアレ、なんなわけ!? 魔術なの?! それとも男ってみんな、あんなことできるの!?!」
「う~~ん……」
「いやいやいやいや!! なんか心当たりあるような顔で本気で悩むのはやめてよ! 怖いから!」
そんなわけで、俺たちはこの第30層に君臨する死霊王と、思いがけずに遭遇したのだった。
7/7 後半部分追加しました。




