chapter28 孵化して5秒で阿鼻叫喚
「ナオキっ、もしも変なのが出てきたら――」
「ああ、その場で始末してやるから安心しろ」
おっかなびっくり宝箱を覗き込みながら、フローリスが懇願するのにカタナの鍔鳴りの音で応える。
仮に戦って主従を認めさせなければならないタイプの仲魔で、さらにはラミアの子供とか、ヒュドラだとか、ゴルゴンなんかが出てきても即対応できるように、いつでも『瞬動』ができるように構えを取る俺。
それで一応はフローリスも安心したのか、杖を持っていない方の手を巨大卵の表面に当てた。
「え、えっと、このまま魔力を流せばいいんだよね?」
訊かれた『預言者』は、いつもの軽い口調で答える。
「そっす。気楽な感じで『ヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー』という呼吸法に合わせて、魔力を送り出せば、自然と生まれるっす。大丈夫、天井のシミでも数えていれば終わるっすから」
「なんか逆に胡散臭いよ!」
俺もそう思う。
「んじゃ、マスターも一緒になって手を握って『ヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー』を繰り返すのはどうでしょう?」
「ああ、うん。それならちょっと安心かな……」
「安心なのか……?!」
思わず繰り返すと、『預言者』が、
「初めての孵化ですから、ここはマスターも協力してあげるものっすよ。男同士の友情で」
「……う~~む」
「それってホントに友情?」
微妙に不機嫌な顔で瀬尾さんが俺と『預言者』とフローリスを睨む。
とはいえ本気で不安になっているようなので、フローリスの杖を受け取って、代わりに華奢な手を繋いでやった。
「なんで恋人繋ぎなのかなぁ!?」
いちいち不満を口にしないといけない瀬尾さん。
「ははははははは、恋人として不満なのはわかるけど、これはあくまで友情の延長だから妬くなよ」
「妬いてないわよ!」
そう瀬尾さんを宥めていると、フローリスは少しだけ落ち着いた様子でおずおずと言い添えた。
「あ、あのナオキ。厚かましいけど、できれば肩も抱き寄せてくれるないかなぁ? ナオキに抱きしめられているみたいで、すごく落ち着くんだ」
「お安い御用さ」
即座に俺は背後からフローリスを抱きしめる形で手(恋人繋ぎのまま)と肩を抱き寄せた。
「友情とは!?」
なぜか釈然としない顔で絶叫する瀬尾さん。
で、とりあえず『預言者』の言う通り、ふたり揃って、
「「ヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー」」
と呼吸を合わせて、それに応じてフローリスが魔力を流していたが、不意に『ピシッ』というヒビが卵の表面に入ったかと、
「来た来た、キタっす!」
それを契機に全体にマスクメロンのようなヒビが広がり、破砕音とともに呆気なく卵がバラバラになり、
「――ひっ!」
目を閉じて体をすくめるフローリスと体を交換して、俺が前に出るのと、盾を掲げたユリアの背後に瀬尾さん、リーフェ、シーラが素早く退避する姿が横目で見えた。
自分たちだけ安全地帯とか、お前らちゃっかりしてるな、おい……。
半ば呆れながら卵から孵化した魔物の正体を確認するため、宝箱の中を覗き込んだ俺の目に映ったのは――。
「おい、フローリスっ、見て見ろよ! 凄いぞ!」
「ふぇ……?」
半ば無理やりフローリスを促して宝箱を覗き込ませれば、そこにいたのは、翼の生えた仔犬ともドラゴンともつかぬ、柴犬程度の大きさの謎の生物だった。
全身にキラキラした宝石みたいのがあって、特に額に象嵌された赤いルビーみたいな石がひと際目立つ。
「カーバンクルっすね。額に赤い魔法の宝石を持つ小型のドラゴンで、幸福と財産を運ぶ『幸せの竜』とも呼ばれてましたけど、その宝石目当てと小なりといえどドラゴンっすから、全身が魔術素材みたいなものってことで、200年ほど前に貴族や魔術師に乱獲されて絶滅した超希少種っす」
「「カーバンクル!?!」」
素っ頓狂な声を張り上げたのは、おそらくは事前知識のあるフローリスとユリアだった。
「キュ? キュキュゥ……!」
クリクリの目を開けたカーバンクルは、フローリスを見上げると赤ん坊が母親に甘えるように、よたよたと四つ足で立ち上がって宝石箱の縁、フローリスに近づいて行って喉を鳴らす。
「「「「「「か、可愛い!!」」」」」」
思わずその場にいた全員の胸がキュンとなった。
・銘:カーバンクル(Lv1)
・属性:光
・物理攻撃力:123
・物理防御力:78
・魔法攻撃力:273
・魔法防御力:165
・スキル:『レインボーブレス』『飛翔(Lv1)』『ホーリーシールド』『幸運増幅』
「うわ~、うわ~! すごいすごい、可愛い! まさか伝説のカーバンクルがボクの使い魔になってくれるなんて!」
躊躇なくカーバンクルを両手で抱き上げて、満面の笑みでくるくるとその場で踊るフローリス。うむ。魔法少女とモコモコ小動物。絵になる組み合わせだ。
そんなフローリスとカーバンクルを、瀬尾さんがものすご~~~く羨まし気な目で見ているが、自分から一回勝負で、しかも自分に有利な条件でジャンケンをした負い目があるからか、さすがに文句は言えないようだ。
「くっ、こなったら次にどっかのエリアボスを倒して『仲魔の卵』を手に入れたら、私に孵化させてよね!」
「あー、いいんじゃないか?」
「「「いいよ(ぞ)」」」
悔し気に言質を取ろうとする瀬尾さんに、他の皆もあっさりと同意する。
((((どーせ、次は碌なものが出てこないフラグなんだろうなぁ))))
全員がうっすらと、瀬尾さんが貧乏くじを引く展開を予想したので文句はなかった。
「しかしカーバンクルとはな。どうするのだフローリス。魔術師としては興味深い対象だろう? 昔の魔術師はこぞって解剖したというが」
「そんなことはしません。この仔は大切なボクの使い魔です!」
ユリアの示唆に、フローリスがひしっとカーバンクルを抱きしめて言い切った。
「ならば注意しなければならないな。仮にこの〈穢穴〉を脱出できたとして、カーバンクルを手に入れていたと知られれば、金に糸目を付けずに求める者や、権力を盾に渡すように強要する者、強引に盗もうとする者など、後を絶たないだろう」
「そうならないようにボクが……ボクとナオキが強くなって、絶対に守ってみせます!」
「なんか知らないうちに、しれっと運命共同体にされている!?」
愕然とする俺に向かって、フローリスが当然という口調で口を尖らせる。
「だってふたりの共同作業で生まれた仔だよ。だったら、ナオキにも責任があるじゃないか」
「う~~~~~~~~~~っ!!」
途端に再び野生に帰る瀬尾さんがいた。
なお、この三日後に破竹の勢いで次の第29層を走破して、フロアボスの巨大女王蟻を倒した俺たちは、幸運にも(このあたりもカーバンクルのお陰だろうか?)二個目の『仲魔の卵』を手に入れることができた。
「これは私のだからね。手を出しちゃダメよ!」
何度も念を押しながら、なんか小豆型の気のせいかどっかで見たことがあるような色と形の卵に、ウキウキと手を当てて魔力をガンガンに通す瀬尾さん。
非常に嫌な予感がしていた俺たちは部屋の隅に退避していたのだが、程なく卵が割れてその中から巨大な漆黒の影が飛び出してきた。
そして5秒後、エリアボスの広間は女の子たちの阿鼻叫喚の坩堝と化したのだった。
「ぎゃあああああああああああああああっ!! 来るな、来るな、来るな~~っ!!」
必死に叫んで自慢の足で逃げ回る瀬尾さんに負けぬ速度で、素早く地面を移動し追いかける全長2メートルはありそうな巨大なゴキブリ。
「おおっ、皇帝魔蜚蠊っすね。こいつが一匹いれば、一日に三十匹の手下が増えるので、あっという間に大軍団を編成することも可能っすよ」
「「「「うえええ……」」」」
『預言者』の解説を受けて、想像するだけでも気持ちが悪いとばかり、口元を押さえるリーフェ、シーラ、フローリス、ユリアの四人。
さすがにユリアもあれを盾で押さえるのは嫌なのか、俺の背後に回っている。
瀬尾さんといえば、懐いてくるゴキブリから逃げようと空中に跳ぶが、それに合わせてゴキブリも翅を広げて追いかけるのだった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
ああ、あれは怖いわな。
俺でさえビビる恐怖の追跡者を前に、泣き叫ぶ瀬尾さん。
その後、どうにか瀬尾さんを誘導して地下第30層へのシューターを下りて――途中まで追いかけてきた時には、マジで洒落にならない恐怖を味わった――どうにか追跡を振り切った俺たちは、ほっと安堵の息を吐いたのだった。
「区切りの30層ですから、結構な大物が出そうな気がするっす」
「「「「「「それでも巨大ゴキブリよりはマシだ(よ)!」」」」」」
放置したら、きっと29層はアイツらでウジャウジャになるんだろうな……と思い、俺たちは不退転の決意で第30層のボス撃破を目指すのだった。




