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妙林尼の想い

【天正15年03月18日】


「きええええええ!」


魂消るような声と共に薙刀が繰り出される。

面とおもえば、脛。脛かとおもえば、小手。槍と通ずるものがあるとはいえ、基本、槍は突くものだ。しかるに薙刀は、名前の通りに薙ぐもの。どうにも勝手が違う。


ベシリ! と竹でこしらえた練習用の薙刀で頭をはたかれて、俺は地面にもんどりうった。


竹とはいえ、思いっきりはたかれたのだ。そう、横から頭をはたかれた。ルールがないから、打ち下ろすなんて分かりやすいことはしてくれないのだ。しかも、容赦がない!


声もなく、うずくまる。ここで痛みに声を漏らそうものなら、制裁の2撃目が放たれることになるのは、もう幾度も経験している。


くそ! 誰だ、イチャコラとか考えてたのは! この3日間というもの、妙林尼にしごかれているだけじゃないか!


「はよう、お立ちなされ」


俺の愛する人。妙林尼が仁王立ちして言う。

古びた鎧をまとって、古の巴御前ともえごぜんみたいだ。


もちろん、俺だって南蛮鎧を身に着けている。


というのも「実戦同様でなければ、修練にはなりません!」と妙林尼に言われてしまったからだ。昨日までは薙刀だって本物でこそなかったが、木製の物だった。


木製だぞ。当たり所が悪ければ死ぬ。今みたいに頭を横から引っ叩かれたら、間違いなく死ぬ。


2日連続で妙林尼にしごかれた俺は、さすがに命の危機を感じて、竹で薙刀をこしらえたのだ。むろん、実戦形式が大好きな妙林尼は良い顔をしなかったが、それでも最終的には俺が泣き落とすような感じで了解させた。


だって、この時代は修練で人死にがでても「ああ、運がなかったね」でまとめてしまうような緩さなのだ。


どっこいせ、と立ち上がった俺に妙林尼が叱咤するが如く薙刀をふるう。


彼女を怒らせるようなことをしただろうか?


妙林尼の攻めから逃げながら考える。

秀勝からせびった褒美はほとんどを配下の連中と日向後家に配ってしまったから、そのことを怒っているのか? けど、妙林尼だって賛成してたじゃないか。


「きええええええ!」


妙林尼が無表情で攻めかかってくる。

俺はそれをどうにかこうにかいなすのだった。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






しごきを終えて妙林尼に詰め寄っていた孫次郎が、しかしスゲなくされて、スゴスゴと水を浴びに井戸端へと歩いてゆく。


その様子を物陰から見守っていた文六は、可哀想に思いながらも、年相応な孫次郎の落ち込んだ様子にほっこりしてしまった。


文六は、端的にいって孫次郎のことが大好きだった。

少年の人柄も、褒美を残すことなく配ってしまう気前の良さも、戦場での武者ぶりも、日毎に成長する肉体も、こんな老いぼれを頼りにしてくれることも、何もかもが好きで、少年のそばに居られることが嬉しくてしようがなかった。


それは文六の仲間たちも同じで、そして妙林尼も同じだと思っていた。

孫次郎という人間に魅せられた仲間だと思っていた。


それが、ここのところ豹変した。

妙林尼が孫次郎に対して素っ気なくなってしまったのだ。


「妙林尼様」


通りがかった美しい女に、文六は小腰をかがめた姿勢で声をかけた。もちろん、身分差から顔なぞ見られない。苔むした地面に目を向けたまま話しかける。


「何用か?」


妙林尼に付き従う日向後家連中の1人が固い声で訊いてくる。言外に無礼者と憤っているのが感じられる。本来ならば声すらかけるのを許されないのだ。しかし、今は共に孫次郎の配下ということで寛大に処してくれているのだ。


「是非とも妙林尼様にお話が」


「わかりました。後で、人を寄越します」


妙林尼が自ら答えてくれる。


「ははぁ」畏まった文六は、妙林尼一行が通り過ぎるまで目を伏せ続けたのだった。




日向後家に呼ばれて、文六は仲間内で冗談めかして竜宮御殿りゅうぐうごてんと呼んでいる屋敷に赴いた。

竜宮御殿は、妙林尼をはじめとした日向後家どもに特別に貸し与えられた立派な屋敷だった。この屋敷から妙林尼は日向後家を率いて孫次郎に与えられた廃寺まで行進しているのだ。それは女っ気のない府内城城下にあって、名物になりつつあった。


文六は竜宮御殿の裏門をくぐった。


御殿の中庭では薙刀を手にした日向後家が修練をしている。試合形式のぶつかり合いだ。これは孫次郎が竹と革で偽の得物を作るようになったからこその修練方法だった。木製や真剣で、このような試合はできない。当たり所が悪ければ死んでしまうからだ。


この竹で偽の得物をつくるというのは、職人共の間ですでに話題になている。

加えてココは数多の大名が詰めている府内城なのだ。日本全国に広まるのは確実だろう。


これからは修練の方法も変わってくる。


しかも、考え出したのは孫次郎なのだ。それがゾクゾクするほどに文六は嬉しい。


文六が地面に平伏して待っていると、日向後家どもの修練の声が止んだ。

遅れて、部屋に誰かが遣って来た気配がした。ふわりと白檀の香りが鼻先に届く。


「それで、わたくしに何用ですか?」


無論のことながら、遣って来たのは妙林尼だった。


「不躾ながら。ここのところの妙林尼様のご様子に釈然とできないことがありますれば」


「迂遠な言い回しをしますね。それは、つまるところ孫次郎様に対してのことですか?」


「ハッ」


「孫次郎様から訊いてくるように言われたのですか?」


「我らの主君はそのような人ではありませぬ」


かすかな怒気をのせて文六は言った。孫次郎という少年は、女々しさとは対極にある。


「そうでした。栓なきことを申しました」


申し訳な気に妙林尼が言う。


それから会話がなくなった。文六は、ただ畏まって待った。


「ほぅ」と妙林尼が息を吐いた。


「年甲斐もなきことながら…わたくしは孫次郎様に惚れてしまいました」


ですが。と震える声で女は続ける。


「島津の少年との一騎討ちを見て、孫次郎様が少年なのだということを思い知ってしまったのです。わたくしは…今は愛されておりますが、10年の先には……」


今は美しくとも、10年もたてば妙林尼は老いる。一方で孫次郎は青年だ。どういう関係になるかは火を見るよりも明らかだった。


「ですから、決めたのです。わたくしは、孫次郎様への愛をそのままに母になろうと」


「母、ですか?」


「聞けば、孫次郎様は幼き頃に養子に出され、母親の愛情を知らぬ様子。きっと、わたくしへの想いも、母親への愛情がねじ曲がったものなのでしょう…」


それは…あるかも知れない。


「あの人を支えようと…決めたのです」


「話してくださり、ありがとうございます」


文六は深く頭を下げた。女である妙林尼にとっては身を裂くような話だったろう。


「文六殿にわたくしからも疑問があります。あなたの知識、それは何処で?」


「拙者の両親からです。拙者の祖先は源平の合戦にて逃げのびた貴き人だったと幼き頃より聞かされております」


これは絶対に秘密だと、誰も言ってはならないと注意されていたことだった。思い返せば、両親は閉ざされた村のなかで源平の世に生きていたのだろう。


が、お笑い種でしかないと文六は思うのだ。


「まぁ」と妙林尼の驚きの声が耳に入る。


クックックと文六は笑ってしまった。


「戯言でござりますれば、主君には内密に。拙者も、この場で聞いたことを忘れますので」


ふふふ、と妙林尼が含み笑う。


「孫次郎様は、ほんに良き家臣をもったようです」


「ありがたき、お言葉」

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