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第六話 覚せい剤

 (のぼる)がまだ中学生のころ、兄弟が多かったせいで、部屋らしい部屋を与えてもらえなかった。兄は鍵のかかる個室を、姉は襖で仕切られた和室を、それぞれ自分の部屋にしていた。

 登はというと、廊下にベッドを出し、シーツをつって仕切っただけのお粗末な場所。プライバシーなどまったくないことは言うまでもない。ベッドの下に隠したエロ本は、三日ともたずに処分されてしまう。そのたびごとに登は、心の中で悲痛な叫び声をあげるのだった。

『な、ない! またやられたあああ!』

 数日前、大人の目を盗み、小遣いをはたき、やっとの思いで手に入れたアダルト雑誌。

『なんでやぁ。まだよく見てないのに……。見るのをめっちゃ楽しみにしていたのに……』

 母親が目ざとく見つけてゴミに出してしまっていた。悔しい思いを噛みしめ、今日も登は、エロ本の隠し場所を探し、悲しい抵抗を続けるのであった――。

 努力は決して登を裏切らなかった。彼はとうとう、絶対に誰にも見つからない隠し場所を見つけだしたのだ。それはなんと、屋根の上にある――雨風をかろうじてしのげるくらいの隙間――だった。登のいる廊下から庭に出て、塀伝いによじ登ることができた。

 エッチな気分の夜には、夜陰にまぎれ、まるでノラ猫のように塀をかけあがり、屋根に通う日々をおくっていた。

     *

 そんなころ、隣の家に厄介なやつが越してきた。かなり危ない匂いのする、ヤクザ風のオヤジだった。とにかく、その目つきはただ者ではなく、睨まれたら番犬だって尻尾を巻いて黙ってしまうほどだ。おまけに、かなり酷い覚醒剤中毒(シャブちゅう)のようだった。

 登の家は平屋建てで、主屋をぐるりと塀がとり囲んでいる。その高さは、成人男性の背丈より少し高い程度だった。庭に面した窓には、薄いカーテンの一枚もつっておらず、明かりが煌々と漏れていた。だがこのことで、近所の住民となにかトラブルになったことは、一度もなかった。

――しかし、

 隣のオヤジは、中毒症状からなのか? 被害妄想による幻覚を見るようで、連日連夜、登の家に向ってこう叫ぶ。

「おい、こらぁ。なに明りこっちへ向けて監視しとんねん」

 どう見ても塀の向こうから監視しているのは、そのおっさんのほうなのだが、そんなことはシャブ中には関係ない。

 家族全員が震え上がった。特に登の母親は、ノイローゼになる寸前まで追い込まれていた。すぐに家中にある厚手の毛布をだしてきて、まるで戦時中のように、徹底的に明かり漏れを塞いだ。

 ところが、そんな事をしても隣のオヤジの威嚇は増すばかりだった。深夜だろうが明け方だろうがお構いなしの様相を呈してきたのである。自分を襲いに来る刺客の妄想が強いようで、誰もいない暗がりや電信柱を見上げては、

「おい、お前。誰や? 降りてこんか。殺すぞ」

 などと怒鳴り散らすのだ。

 そろそろ隣人として、真剣に身の危険を感じ始めてきたころ、その事件は起こった。

     *

 冬の寒い、風の強い、ある日――。

 隣のオヤジが、またなにやら騒ぎだした。初めは風の音に掻き消され、なにを言っているのかよく聞こえなかった。

 最初に気づいたのは登の母親だった。おそるおそるカーテン代わりの毛布の隙間から外をのぞくと、なんと! 隣のオヤジが日本刀らしき物を手にして、庭に入ってきていたという。

 母親は、めちゃくちゃに昂奮しながら、そのときの様子をこう語った。

「あれは完全に目が()ってたわ。ラリった様子でうちの屋根を見上げて、何度も何度も『誰やお前。どこの組のもんじゃ。降りてこい』いうて、日本刀を振り回してんねんでぇ。絶対殺されると思たわ」

 それを聞いていた登の姉も……、

「覚せい剤で幻覚でも見てたんやろなぁ。一歩間違ったら一家皆殺しやったんちゃう」

 と、震え上がった。

 そのとき登は……、

『いやいや、あのおっさんは、ラリってたわけでも、幻覚を見ていたわけでもなく、エロ本をとりに屋根に登っていた俺に向かって、怒鳴ってただけなんやぁ』

 とは、口が裂けても言えなかったのであった。

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