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戦闘を終えて



リゼリア様が事後処理に走り回っている。ジョシュア様は当たり前の様に忙しくまさに私の相手などしてられないらしい。私はお呼びではないらしいということはわかったので、戦果を上げたアルフォンスお兄様とレイモンド様の所へでも行こうと思い、2人を探すことにした。

侍女に尋ねるとなんと2人は怪我をしていて、アリシア様の部屋近くで休んでいるとのことだった。地下に押し込められた貴族たちの世話をさせられている侍女たちは見るからに窶れている。どうやら余程貴族たちは自分達の扱いに不満が募っているようだ。鬱憤晴らしに侍女たちに当たり散らす図が目に見える。可哀想に。


お見舞いは部屋が近いレイモンド様を最初に、次にお兄様の部屋へ行くことに決めた。レイモンド様の部屋へ行くと、中からかすかに話し声が聞こえている。アリシア様の声だ。宥めるようなレイモンド様の声も聞こえる。悪趣味ではあるが少しだけ聞きたい。耳をドアにくっつけると鮮明とは言い難いが声は拾える。



「アリシア様が謝ることではありません。俺の怪我は俺の失態。アリシア様…お願いですから責任を感じないでください」


「ごめんなさい…無理を言ったわ…酷い主ね、わたし」


「俺は平気ですから」


「あんなことを平気で言ってしまう自分が怖い。私、恨まれているわ。死者に呪い殺されるかもしれない…怖い…怖いわ…どうしたらいいの…」


「アリシア様…世界中が貴女を恨んでも俺だけはずっと味方です。呪いの盾にでも何にでもなります。だから泣かないでください。俺だけはいつまでも側にいますから」


「レイ…」



ん?なんだ?なんだこの空気?え?レイモンド様とアリシア様がちょっと良い雰囲気になってるぞ?ん?

ちょっと誰か!誰でも良いからこの空気に入れる人!状況の説明を!お願いします!



「あら、マリアったらこんなところで何をしているの?アリシア様を見てない?」


「り、リゼリア様…っ!静かにぃ…ッ!!!」


「え?!」



ジェスチャーでドアに耳をくっつけ口を人差し指でしっとすると私に倣ってリゼリア様がドアに耳を付けた。そうしている間にもアリシア様とレイモンド様の良い雰囲気は続く。



「そうだわ、褒美は何が良い?貴方とアルは功労者だから何でもおねだりして良いのよ」


「なんでも…とは例えば?」


「ええ、何でも。休暇でも金銀財宝でも領土でも屋敷でも。なーんでも良いわよ、私の権力が及ぶ範囲なら」


「それでは…」



行け、行け、レイモンド!アリシア様が欲しいです結婚してくださいと言え!いけいけ!今の空気ならいける!!

なんだか妙にレイモンド様に共感というか情が湧いて応援したくなってしまった。自分の恋が上手く行っていない反動からなのか…切ない…

リゼリア様は顔を真っ赤にしながら俯きがちに聞いていた。断じて私のように応援する空気ではない。恥ずかしいものを見てしまったとばかりに顔を逸らし始めている。



「アッカーソン家の領内に古い屋敷があったのですが、兄が最近屋敷を改築して随分綺麗になったそうです。俺としては、傷心しているアリシア様に是非ここを保養地として選んで欲しいものです」


「レイはいつも自分のことより私のことを考えてくれる。たまには自分に素直になれば良い。…でもありがとう、来月にでも行こうかしら」



ちっがーーーう!!!レイモンド様は!レイモンド様のことしか考えてない!アリシア様が綺麗に騙されている!下心丸出し!隠してレイモンド様!



「もうだめ!我慢できないわ!」


「リゼリア様ぁっ!」


「アリシア様!ダメよ!旅行なら私も連れて行って!」


「それも違う!?」



リゼリア様と2人で部屋に雪崩れ込むように突入。突然の侵入者にレイモンド様もアリシア様もびっくりして目を丸くした。はっ!手元!手繋いでる!レイモンド様めっ、怪我してるのを良い事に手を握ったな!



「マリア、リゼリア…盗み聞きか?」


「ええ、ええ。盗み聞きです。あんな空気の中真顔では入れないんだもの。私たちなりに気を使ったのよ。ここには失恋ホヤホヤのマリアもいるっていうのに!」


「リゼリア様、言い過ぎです…心に突き刺さりました」



失恋ホヤホヤってなんでしょうか。私としては失恋した気は全くないのだけど。



「ちょっと待って…あんな空気?何のこと…?話が見えないわ…」


「無自覚!」



罪である。アリシア様、罪深い。レイモンド様、悪いけど貴方のアプローチの効力はゼロです。果てし無くゼロ。寧ろ忠実なる騎士ポイントが上がって余計に異性として見てもらえなくなる、にエディお兄様がくれた真珠を賭けてもいい。惜しくもないけど。



「それよりマリア。ジョシュアのこと、悪かったわ。どうやって警告すれば良いのか分からなかったから」


「え?悪いって何ですか?」


「ほら、ジョシュアって酷い男だったでしょ」


「ええ、すっきりするくらい最低でしたね」


「そういう男だと言えなくて曖昧なことをリゼリアに言わせてしまったわ。ごめんなさい」


「気にしてませんよ?それにまだ好きですし失恋したつもりも全くないです!」



全員がぎょっとした顔で私を見た。私はにこにこと笑顔を保ったまま椅子に座る。


良く良くレイモンド様を見るとアリシア様が握っている方の手は包帯がぐるぐるに巻かれ、服を着ていない上半身にもこれでもかというほど包帯が巻かれている。顔が赤いし、熱もあるようだ。あれだけ怪我していれば体が菌と戦って熱を出しているのだと予想できる。顔が赤いのは熱のせいだけではないと思うけれど。



「そんなことよりレイモンド様、お怪我は大丈夫なのですか?」


「五体満足だし何よりアリシア様が側にいて下さる。これで大丈夫じゃないと言うと罰が当たる」


「もう、レイったら」



…変態再び。アリシア様は嬉しそうだけど傍目には気持ち悪い。わたしはレイモンド様に同情するのはもうやめにした。



「余程強敵だったようですね」


「あら違うのよマリア」



傷の具合から鑑みるに余程の強敵と相対したのだと思ったが、即座にアリシア様が否定した。レイモンド様は居心地が悪そうに顔を背ける。



「表向きは敵と戦って馬から落とされ…って流れなんだけど、本当はこの城から関所へ行く時に馬に乗った直後緊張のあまり落馬して馬に置いていかれたの。だから戦闘に加わる前に既にレイモンドは満身創痍だったってわけよ」


「待ってください。レイモンド様が落馬?馬乗れないんですか?」


「騎士なんだから乗れるに決まってるでしょ」


「で、ですよね」


「絶望的に下手だけどね」



私の中のレイモンド様の株がどんどん下がって行く…馬に乗れないドジっ子要素なんていらないんですけど…



「でも満身創痍だったおかげで関所の兵たちは緊急性を認めて兵を出してくれたのよ」


「なんとまあ…怪我の功名ですね。転んでもタダでは起きないというか」


「ちなみに戦闘に加わってからもう一回落ちたから戦闘で出来た傷というのもあながち嘘じゃないのよ!」



私とアリシア様とリゼリア様は肩を震わせていた。レイモンド様の前で大笑いするのは可哀想なので耐えているのは3人とも同じで、3人で顔を見合わせて耐えていた。見兼ねたレイモンド様が憤慨しつつ話題を変える。



「アルフォンスの見舞いにはもう行ったのか?」



珍しくレイモンド様が私に問いかけた。同時にリゼリア様にも問いかけたようで私とリゼリア様は顔を見合わせた。



「私は行ってませんが…」


「実は私もまだなの。レイモンドのほうが重症だと聞いてこっちに来たのよ。マリアもでしょ?」


「アッ、ハイ」



全く知らなかった…まさか部屋が近かったなんてとてもじゃないけど言えない…



「それではアリシア様は?」


「見舞いはまだだけど、報告に来たアルフォンスを見たわ。ピンピンしてたわよ?レイモンドのほうがよっぽど…」


「ミイラ男ですね」


「ええそうなの…」



アリシア様は深く考えずに同意した。レイモンド様は勝手に化け物扱いされて憤慨したようだがアリシア様が同意したことで何も言えず、仕方なく肩を落とすに留めた。



「そろそろアルフォンスを見舞いに行かないと拗ねるかしら。ああ見えて依怙贔屓には煩いから」


「私はレイモンドが寝るまで側にいてやりたいから、2人で行って頂戴」


「行かないのですか?」


「ピンピンしてるんだもの。馬に乗れない可哀想なレイを慰めてあげたいの」



笑って力の抜けた私とリゼリア様はアリシア様をレイモンド様から引き剥がすことを諦めた。今のアリシア様はレイモンド様が可哀想で仕方ないらしい。確かに結構な怪我だし落馬もショックだろうからそれも仕方ない。


去り際にリゼリア様は思い出したようにアリシア様に声をかけた。



「ああ、いつものように処理したわ。そして例の如く、彼女の差し金よ」


「有難うリゼリア。今回はとても壮大ないやがらせね」


「身の振り方を考える時期になりそうよ」


「…またその話は後で」


「分かっているわ」



アリシア様が冷たい声で答える。リゼリア様はにっこり笑ってそれに応えた。


レイモンド様の部屋を出てアルフォンスお兄様の部屋へ向かう途中に私はそれとなくリゼリア様に問いかけた。



「アリシア様って人前に出ると性格が大いに変わりますね」


「それはもちろん…王族としての威厳を保つ為にね」


「普段は私たちと変わりありませんのに」


「年頃の女なんてみんな似たようなものよ」


「それではあれはただの噂ですね」


「あれって?」



リゼリア様は首を傾げた。たしかにあの噂はかなりタチの悪い、下賤な噂だ。貴族間での広がりよりむしろ平民の間でのもの。名誉のために言っておくが私がそんなものを知っているのは単に自分の侍女がゴシップとスキャンダル好きできゃっきゃと騒いでいるのに巻き込まれるからであって私が好き好んで聞いているわけではない。



「その、アリシア様の想いを踏みにじった男を手打ちにしたという…」


「…そんな噂が?」


「ということは嘘なんですね、ああ良かった」


「いえ…その…どうしてその話が出回ってしまったのか…なるべく大事にならないように処理したのだけど…」



リゼリア様は眉を下げて困ったような、申し訳なさそうな顔をした。対する私はこのマリア・ローズヒルズにあるまじき姿、つまりぽかんと口を開けてそして手をだらんと下げ、目の前が真っ白になるのを感じた。



「いえ、違うのよ!ミハエルが死んだのは事実だけどそれに至るまでに誤解があるわ!」


「その人がアリシア様の恋人であったことには間違いないんですね?」


「そうよ」


「塔から突き落とされて死んだというのも?」


「塔から落ちて死んだのには間違いないわ」


「アリシア様に突き落とされたのでは?」


「ミハエルにアリシア様がそんなことするわけないわ!」


「…それではどうして落ちたのですか?」


「アリシア様は詳しく語りたがらないから完璧には知らないけれど…どうやらアリシア様の目の前で身投げしたようなの」


「ど、どうしてですか?」


「それも…アリシア様は理解しているようなのだけど、私には言ってくれなかったわ。きっとあとはジョシュアが知っているくらいね」


「どうしてジョシュア様が?」


「身投げした時にアリシア様とジョシュア、そしてミハエルは一緒にいたのよ」



つまりその元恋人は歴史の語り部と最愛の恋人にその最期を看取らせたということか。アリシア様はともかくジョシュア様に見せたのはどうしてだろう。もしかしてアリシア様がジョシュア様が好きで、それを察して抗議の身投げだったり?



「色恋は怖いですね…」


「そうね…あれを機にアリシア様が随分変わってしまったわ」


「どれくらい前のことなのですか?」


「2年かしら。あなたが来るまでお洒落や贅沢を生活から全て切り離して侍女ですら解雇していたの。私たちは無理矢理残ったのだけど…それからのアリシア様は勉強、公務、議会

の口出し、勉強勉強勉強…って生活に完全にシフトしたわ。自分のことに時間を割くより国民のために、そして女王になるために、って」


「だからあんなに飾り気がなかったのですね」


「昔はそんなことなかったのよ。年相応にお洒落も大好きで、ドレスもちゃんとシーズン毎に仕立てていたし、宝石も調度品も沢山持っていたのよ。…全部サラセリア様に持って行かれちゃったけど」


「アリシア様はサラセリア様に甘いのですか?あまりお話は聞きませんが」


「甘いというよりは、身の危険を察しているわ。サラセリア様は隙あらばアリシア様を殺そうとしているから」


「ご家族なのにですか?!」


「母が違えばそんなものよ」



リゼリア様はふう、と溜息を吐き出した。どことなく疲れた顔をしている。そういえばリゼリア様のリール侯爵家もなんだかんだの事情があったとエディお兄様から聞いたような…



「そうね、あなたにはこれからもアリシア様の側にいて欲しいから少しアリシア様の過去について話しておいたほうが良いのかもしれないわ」


「今のところは得しかしていないので離れるつもりもありませんから是非」


「あなたって身も蓋もないわね」



私の言葉にリゼリア様は嘆息した。損が出れば離れるつもりだが今のところはかなり調子が良い。アリシア様に衣装を提供していることで箔が付き我が家の事業の業績はまさに鰻登り。この私が離れるわけもない。



「話すのはミハエル…つまり塔から落ちて死んだアリシア様の元恋人についてよ」


「待ってました」


「ミハエルという男は元々平民で、剣の腕と容姿をかわれて騎士の見習いとして城に上がってきたのよ。ほら、騎士って花形だから剣の腕だけじゃなくて容姿も重要視されているから勿論難しいけれど平民にも可能性があるのよ…本格的に城で警護や訓練をするようになってからレイモンドとつるんでいたの。レイモンドってあんな性格だけど、ミハエルの前では違ったわ。アルフォンスも仲良くし始めて…アルフォンスもやっぱりミハエルの前では何か違ったわね。そういう不思議な魅力があったのよ。誰とでも仲良くできて、会って話してしまえば誰でもミハエルを好きになる。まさに神に愛された男よ。アリシア様は私とレイモンドの冷やかしに行ってミハエルと出会った。あの日のことはよく覚えてる」



リゼリア様は懐かしむように目を細めた。



「アリシア様は一目惚れだったの、きっと。一気にのめり込んだわ。すごく絵になる2人だった…一目惚れだったのはミハエルも同じだわ。いつの間にか寄り添うようになっていたの。サラセリア様の誕生日の日に護衛騎士を付けることを王様が決めて、せっかくだからアリシア様にも付くことになったの。選ばれたのはミハエル、レイモンド、アルフォンス。尤も、サラセリア様は10人も従えてたけどね。そんなわけで2人はそれまで以上に親密になっていったわ。レイモンドだってあれだけアリシア様のことが好きなのにミハエルならアリシア様を絶対に幸せにできるって身を引いたくらいに」


「それがどうして自殺なんて流れに?」


「私には分からないの。だけど、ある日突然ミハエルが塞ぎ込むようになってしまって…みんな心配していたのだけど、本当に突然、アリシア様とジョシュアを呼んで…塔から身投げしたわ…」


「そのぉ…アリシア様とジョシュア様がいい感じになったから、とかはないですよね?」


「あるわけないわ」



リゼリア様が愛らしい顔に似合わない溜息を吐き出す。確かにアリシア様とジョシュア様の間にあるものは恋い慕うものではなく、お互いに友情に近い無関心だ。過干渉すぎず没交渉すぎず。付かず離れずを繰り返している。ジョシュア様は近すぎることを極端に嫌う。私が側へ寄れば逃げるのもその良い例だし、貴族や騎士が媚びへつらうのを嫌悪する。好意の裏にあるものを見透かしてしまうのだ。私は自分ではかなり純粋な好意で接しているのだがジョシュア様にはきっとそう見えない。



「アリシア様とサラセリア様の話はまた今度ね」


「焦らしますね」


「というよりここで話すとあなたが今度から城に来てくれないかもしれないわ」


「その一言で既に」



行きたくなくなりました、と言いかけてリゼリア様の氷点下の眼差しを受け取ったのでおとなしく口を閉じる。おっそろしい…



「今まで何にも言われなかったので気にもしなかったのですが、リゼリア様はアリシア様の執事のようなものなのですね」


「そうね。あの人の身の回りの厄介ごとから幸せまで全部指揮をとってるわ。所謂右腕ね」



(ジェシカが右腕だとジョシュア様が言っていたのは黙っておこう)

わたしは黙ってリゼリア様の話をやり過ごした。右腕が二本あるほうがアリシア様には都合が良いのかもしれないし私もそのうち「マリアは私の右腕よ」なんて都合良くアリシア様に言われるかもしれない。短い付き合いだがそういうのはわかってきた。



「ちょ、ちょっと!怪我してないじゃないですかあ!包帯取り替えてって言うのは嘘ですね!?この嘘つき!」



アルフォンスお兄様の部屋からあらん限りの罵倒が聞こえ、私とリゼリア様の足が自然と止まった。顔を見合わせて半開きの扉から中を覗く。



「やだっ!服を脱がないで!変態!いやっ!汚らわしい!きゃっ!近寄らないで!?」



女の細い腕が全身全霊を込めて半裸のアルフォンスお兄様の頬をばっちーん!と打った瞬間を私とリゼリアは見てしまった。



「お、お兄様…」


「アルフォンス…流石の私でも引くわ…」


「はっ…!!マリア…様にリゼリア様!」



私たちの声に先ほどの女が驚いて振り返る。そして顔を真っ青にして床にへたり込んだ。そして我に返った瞬間猛烈な勢いで頭を私とリゼリア様に下げる。



「も、も、も、申し訳ございません!!!」


「ジェシカ!今ので怪我したので包帯取り替えれますよ!」


「取り替えるも何も怪我してない頬じゃないですか!喋れないくらい包帯巻いてやる!」



ジェシカがアルフォンスお兄様に向かって吼えた。私とリゼリア様は呆然と目の前の光景を見る。どういうことなのか小一時間は説明してほしい。

ジェシカに縋るアルフォンスお兄様を冷たい目で睨みつけ、私とリゼリア様は仕方なく近くの椅子に座した。



「説明なさい」



リゼリア様がこれ以上ないほど怖い声で説明を促す。ジェシカはこれ以上ないほど顔を青くして震える口を開いた。



「あ、アルフォンス様に包帯を取り替えるように指示されまして…!来てみれば傷がなく…」


「襲われそうになったのね?」


「ウソっ!お兄様!汚らわしいわ!最低、女の敵!見損ないました」



ジェシカがこくんと頷く。アルフォンスお兄様に非難の目を向けると慌ててぶんぶん手を振って否定を始めた。



「ち、違います!まあジェシカのことは好きですけど!」


「きゃっ、アルフォンス様!おやめください!私は平民なんです!そっとしておいてください」


「なんでしょうこの既視感」



思わず呟くとリゼリア様は額を手のひらで押さえて首を振った。そしてジェシカに向き直り手早く尋問を開始する。



「参考までに、ジェシカは貴族アレルギーかなにか?」


「そういうアレルギーはありませんが…私は他にしたいことがありますので…あっでも気を使うのが嫌なので貴族の男の方とは…そのぉ…」


「ちなみに婚約者は?」


「いっ、いません!!」



ジェシカは首をぶんぶん振り回して否定した。アルフォンスお兄様はそんなジェシカを熱に浮かされたような顔で見ている。



「でもアルフォンスのことは苦手ね?」


「はい…」


「そんなあ」



アルフォンスお兄様の情けない返事に私は呆れた。



「兄妹って似るわねえ。まるでマリアとジョシュアよ」


「一緒にしないでくださいよ…相容れない立場じゃないです、僕達は」


「相容れ ま せ んから!寄るな変態!はっ、すみません!」



ジェシカはお兄様が相手だと容赦無く暴言を吐くらしい。一応私たちを気遣って真っ青な顔で謝るので私たちも可哀想になって罰するつもりはなかった。



「ていうかアルフォンスお兄様、本当に傷一つありませんね」


「言ってしまえば僕は司令塔ですからねえ。まあレイモンドが帰ってきたあたりで最後の追い込みってことで戦場に出たには出たのですが」


「アルフォンスに怪我させる程の奴は居なかったのね」


「そういうことです。事後処理が面倒なので怪我したフリで部屋に帰ってきたまでです」


「もしかしてお兄様って凄い人なのですか?」


「もしかしなくても凄い人よ」



ジェシカがこの時ばかりは同意するように力強く頷いた。



「城内屈指の美剣と称えられ、戦術理論は時期将軍を目され、そして何より顔が良い。なあんて言われてたわね」


「全部本当のことですね」


「美剣?将軍?」



首を傾げるとリゼリア様が言葉を足した。



「ただ強いだけじゃなくて剣捌きが美しいから美剣、戦術を組ませれば負け戦無しだから将軍。アルフォンスって弱小無名貴族じゃなかったらご令嬢が殺到してたわ」


「今は侍女や下働きに色目使われちゃうんですけどね。ジェシカは使ってくれないんですけど」



確かにご令嬢が殺到するには爵位が足らず、侍女や下働きならばあわよくば…という平民出身が殺到してもおかしくない。侍女には男爵家出身も多いし何も不思議ではない。それにローレライ家は弱小無名ではあるものの貧乏を極めているわけでもなく、一般的な夜会にも満足に参加できるくらいには財がある。安全牌である。隠れ優良貴族だ。



「さあジェシカ、仕事に戻って良いわよ。アルフォンスの命令は基本的に従わなくて構わないわ。気持ち悪いなら全力で無視よ」


「ありがとうございます、リゼリア様!」


「リゼリアっ、君って人は僕の味方じゃないんですか!」


「うるさいわよ変態」



ジェシカは脱兎のごとく逃げ出してあっという間に見えなくなった。彼女も侍女だし忙しいはずなのだから当然か。静かになった部屋でアルフォンスお兄様はようやく上半身にシャツを羽織った。素晴らしい肉体美が披露されていたがリゼリア様も私もピクリとも反応しなかったのは何故だろう。



「お兄様がここへ来て変だったのはジェシカの所為でしたか」


「変でした?」


「マリアがいるのに突然消えたり、コートを干すなんて消えちゃったり」


「言いづらかったので黙っていましたが、そうですね。ジェシカを追いかけていました」


「アリシア様はこのことを知っているの?」


「当然…というより、僕が言うより先にお見通しでした。何でも解るお方です」



詮索無用とアリシア様が言ったのはアルフォンスお兄様を気遣ってのことだったようだ。お兄様はアリシア様に隠し事の類が一切できない ようだった。



「無理強いしては駄目よ」


「当たり前です。僕は紳士ですから」


「変態の間違いじゃないの」


「本当にさっきはレイモンド様に勝るとも劣らない変態さでした、お兄様」


「え…?レイモンドが変態…?」



お兄様は心底不思議そうな顔をしてリゼリア様と顔を見合わせた。



「僕やレイモンドが変態ならマリアも相当の変態だと思いますが」


「いえ、言いにくいけれどアルフォンスは変態よ」


「そんなあ」



アルフォンスお兄様が力なく項垂れた。


リゼリア様が残りの事後処理を終える為に部屋を出て行ったので、私もそろそろ自分の部屋へ帰ることにした。まだ舞踏会の衣装のままだったのが気になっていたからだ。バッチバチの化粧も落としてしまいたいし、帰りの荷造りもさせたい。

アルフォンスお兄様は私がもう帰ると行ったことに不満を漏らしていたが、無傷の兄を見舞うほど暇ではない。




「マリア様、お疲れ様でした」



部屋へ帰ると私の筆頭侍女、フィリスが全ての準備を整えて待っていた。



「相変わらず手際が良すぎます」


「どうもー」


「その間抜けな返事を除けば言うことなしなんですけどね」



優秀は侍女なのだけどちょっと間抜けだ。独特の世界観を持っていて、話し方も気分で変わる。そのせいか仕事が良くできるわりに人間関係の構築が下手くそで、他の侍女との折り合いが良いとは言えない。そして主人のベッドでぐっすり寝るような馬鹿だ。でも一番気楽に接することができるのが彼女で、私にとっては必要不可欠な存在だ。



「マリア様は怪我しなくて良かったですねえ」


「貴族はみんな怪我してないと思うのだけど、違いました?」


「勝手に暴れた方がいたようで、数名負傷しているとかなんとか。馬鹿ばっかりで嫌になるってもんですわ」


「そういえばフィリスはどこにいたの?」


「地下に行くと貴族がうるさいって伝言が回ってきたんで一人さみしくここに籠城してました、しくしく」


「どうせ私のベッドで転がってたんでしょうね」


「ついでにお嬢様の衣装を片っ端からアイロンかけてました」


「遊んでるのか仕事してるのかよく分からないわ!」



どこからか湯を調達してきたフィリスのおかげで完全に化粧を落とせ、体の汚れも落とせたので気が抜けてきたようでフィリスの調子に乗せられ始めてしまった。


髪を乾かしながら暖炉の火にあたり、疲労で眠くなった頭を起こす。



「そういえばジョシュアって人がお嬢様に会いに来られましたよ?」


「ジョシュア様が?!いつのこと!?」


「お嬢様が帰って来る少し前…だったような?いないって言うとしょんぼりしてました」


「行ってきます!」


「ちょ、ちょ、お嬢様ぁ!」



ジョシュア様が私を訪ねてくるなんて、何かあったに違いない。居ても立ってもいられず私は髪が乾いていないにも関わらず、部屋を飛び出した。何かあったらリゼリア様やアリシア様な呼ばれる可能性を考慮して完全な寝巻きではないが余所行きのドレスではないものを身に纏い、廊下の寒さが気にならないほど緊張している。とにかく一刻も早くジョシュア様の元へ行きたかった。


もしかして:一話が長い

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