表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/31

語り部の秘密



「エディお兄様!私、結婚したいと思える人を見つけましたわ!」



ローズヒルズ家の屋敷に戻るとすぐに難聴気味の兄にジョシュア様の話を突きつけた。ジョシュア様、歴史の語り部と言うと私が恋した相手を即座に理解した兄は3秒ほどとぼけた顔をして、ゆっくりと顔を真っ赤にして怒りを露わにしていく。だが私は、引かない!



「この大馬鹿もの!お前は結婚したくないからローズを引き受けたと!!」


「だから!結婚したいと思える人に出会うまで縁談を蹴るために!ローズを目指したって!言いましたでしょ!」


「よりにもよって!歴史の語り部だと!?」


「うるさぁぁぁあい!歴史の語り部だとか貴族じゃないとか!そんなのどうでも良いんです!!」



欲しいものは欲しい。我慢なんてできない!私はそういう人間だ!



「だから指輪を作って、お兄様!」


「却下だ!絶対に!絶対に絶対に却下だ!!」


「どうして!?」


「俺の立場も考えてくれ!」



兄は激昂して光沢のある深い焦茶色のデスクを力任せに叩いた。デスクは鈍い音を立てる。私は驚いて、少し冷静になった。おとなしくなった私に兄は諭すように静かに言った。



「お前は希代のローズだ。誰だってそう言う。お前ほどローズとしての将来を約束された人はいない」


「それは…わかっています」



与えられた才能…ドレスを着こなすこと、美しく微笑むこと、他の追随を許さない服飾のセンス。ローズに必要なものを天性の才能で備えた私が、ここ何代かで一番優秀だと言われていること。ローズがいなければ成り立たない事業だということ。ローズが全て。全て分かっている。



「俺の評価もお前にかかっている。分かるよな」


「分かります」


「ならせめてあと3年、俺がもう少し力を付けるまでは側にいてくれ」


「エディお兄様…」



私はしゅん、と項垂れた。兄はそれを見て満足そうに腕を組み、婚約指輪の件を白紙に戻したつもりになっている。私を説得したことで自信をつけた兄はわざわざ聞きたくもない説教を始めた。



「だいたい歴史の語り部は貴族と結婚しないんだ…特に俺たちのようなそれなりに有力な貴族とは」


「貴族と結婚しない?」


「歴史の語り部と懇意になって歴史に名を残そうとする輩の多いこと。だから歴史の語り部は、爵位を持たずとも貴族よりずっと偉いというのに、どれほどパーティに呼ばれても顔を見せないことがほとんどだ」


「だから見たことなかったのね…」


「婚姻によって懇意になることもしない。歴史は平等に描かれるべきだと。彼らはそういうものなんだ」


「…友人は?」


「さあな。城に住んでる以外のことは殆ど分からないんだ、実際のところ。今の歴史の語り部は70近い爺さんだったが」


「え?ジョシュア様はまだ21歳よ」


「それは孫だな」


「孫?」


「そりゃ歴史の語り部にも家族はいるさ。その孫は次代の王族の担当なんだろうな。きっとまだ修行中さ。本物の歴史の語り部は表にあまり出てこない」


「本物になってしまうと会えなくなるのね…」


「そういうわけだからお前が求婚されたというならそれは騙されたということに他ならない…」


「…お兄様、私がいつジョシュア様にプロポーズされたと言いました?」



エディお兄様は面白いくらいに固まった。思考停止したのか表情まで驚いたまま固まっている。怒り出す前に退散しよう。後が怖いが、怒られたくはないのだ、一応。




お城のエントランスで私がジョシュア様に好きになったと告げた時ーーー

ジョシュア様は素っ頓狂な叫び声を上げて、私を馬車に押し込んで逃げてしまった。


私は嫌われてしまった?それとも照れているだけ?


私の見た目は悪くないはずだ。仮にもローズ、社交界の華。ダサくもない。ならばなぜ?ローズ特有の短い髪が受け付けないとか?それとも性格?…直しようがないから考えたくない。




翌日、私は再び城へ行く事になっていた。私が選んだ数人の侍女を連れて馬車に乗り込む。彼女たちは今日付けで私の侍女から王女付き侍女になった。勿論彼女たちは大いに喜んだ。私が複雑になるくらい喜んだ。王女に仕えるのは名誉なことなのだから、と自分を納得させる。うん大丈夫。



「待っていたわ、マリア!」



城に着くとリゼリア様が満面の笑みで出迎えてくれた。待ち侘びていたらしい。リゼリア様の隣には金髪の長い髪を左右で結った侍女が佇んでいた。


金髪の可愛らしい女の子…


昨日のアリシア様の言葉が蘇る。私はリゼリア様と侍女を交互に見て、問いかけた。



「彼女がジェシカですか?」


「そうよ。ジェシカ・アーウィンというの」



ジェシカは慎ましく頭を下げた。たしかに、可愛いじゃないか。なんていうか、小動物的な可愛さがある。庇護したくなるというか、宝石箱にしまっておきたいような…本当に彼女がジョシュア様の言うようなアリシア様の右腕なのだろうか…頭が良さそうにはとても見えない。純粋で世間を知らないような顔をしているというのに。



「私、何人か侍女を連れてきました」


「助かるわ。私も数人用意したの。ジェシカは今日からしばらく見習いとして私の世話をさせることにしたの」


「リゼリア様の?」


「アリシア様の世話をさせる前にいろいろと叩き込んでおかないと」



ジェシカはにこにこと微笑んでいた。可愛い。本当に可愛い。砂糖菓子のような女の子だ。年上にはとても見えない。一生そのままでいてください。



「リゼリア様、ジョシュア様は?」


「さあ、今日は見てないわね。どうして?」


「会いたいんです」


「なら呼びましょうか?」


「ぜひ!」


「先にアリシア様の部屋に行きましょう。ここでは呼ぶに呼べないわ」



リゼリア様に連れられて私と侍女は昨日と同じようにアリシア様の部屋に移動した。侍女達は王城で働くのに申請書が必要だと言うことでジェシカに連れられて書類を提出しに行った。扉の前にはあのうざったいレイモンド様が気をつけの姿勢で警護をしていた。顔が不機嫌さをアピールしまくっていて見るからにうざかった。



「姫様に何の用だ」


「こら!レイ!マリアはこの私のお願いで来てもらっているのよ。態度を改めなさい」


「嫌だ」


「アリシア様に言いつけるわよ!」



リゼリア様に凄まれてレイモンド様はうっ、と言葉に詰まった。美形が言いくるめられる瞬間は壮絶だった。性格はとっつきにくくて最低だが、顔だけは一級品だ。



「くれぐれも粗相のないように」


「それはまだ失礼よ」



レイモンド様が部屋の扉をノックすると中年の侍女がさも面倒臭そうな顔で、仰々しく扉を開けた。リゼリア様はそれを軽蔑した目で見ている。



「いらっしゃい、リゼリア、マリアさん」



アリシア様は手に持った書類から目線を上げずに応対した。広いテーブルの上には所狭しと書類が並べられ、右手は忙しくペンを走らせていた。リゼリア様はアリシア様の仕事を後ろから覗き込んで問いかけた。



「お仕事中?」


「もう終わるわ。少し待ってて。アル、マリアさんが来てるわ!お茶でも入れてあげて」


「はーい」



アリシア様の大声に間の抜けた声が奥から聞こえた。どうやら私の実兄は奥で何かの作業をさせられていたらしい。レイモンド様が不機嫌な理由がわかった。アルフォンスお兄様がアリシア様の近くにいるのに自分は外に出されたからだ。


お茶をいれるのは侍女の仕事なのだが、兄は嫌がることなくそれをこなした。お菓子が載ったワゴンを押してきて好きなものを食べていいよと言ってくれた。中年の侍女は仕事を任されないのが不満なのか、ぶつぶつと何かを呟いている。負のオーラがレイモンド様と侍女で入り口に固まっていて怖かった。



「来てくれてありがとう、マリア」


「いえ、今日はほとんど自分のために来たから…」



清々しいほどアルフォンスお兄様はきらきら光るオーラを纏っていた。我が兄ながら美しい。レイモンド様とは違う種類のイケメンだ。そして私は兄の顔の方が好きだ。



「アリシア様、ジョシュアを呼ぶわね」


「ジョシュア?」


「マリアが会いたいって」


「マリアさん、悪いこと言わないからジョシュアにアピールして歴史に名前を残そうとしないほうが良い。どうせマリアさんはローズとして名前くらい、載るんだから」


「ち、違います!歴史には残りたいけど、でもジョシュア様に会いたいのは別の理由です」



全員の視線が私に集まった。私は一瞬恥じらいを見せ、自分が一番殊勝に見えるポーズを取る。両手を合わせて口元に、少し腰を屈める。顔は俯き。よし可愛い。



「私…ジョシュア様に恋をしてしまったのです…」



部屋の空気が一瞬で張り詰めた。アリシア様は書類を投げてしまったし、リゼリア様は口を開けて固まった。中年のメイドもこっちを見てきた。アルフォンスお兄様は、押していたワゴンから手を離して私の両手を掴む。



「な、なぜ!何故ジョシュア?!」


「いけないことですか?」


「いけません!あんな女ったらし!」



アルフォンスお兄様は右手を振り回しながら怒った。



「女ったらし?」


「そうですよ!いつもふらっと街に出たかと思うと隣には女の子連れて!」


「そうなんですか?」



リゼリア様とアリシア様のほうを向くとあからさまに困った顔をしていた。



「…そうとも言えなくもない。確かに綺麗な女が好きだし」


「そうね、確かに街によく出るし、出たら絶対女の子連れてるわ」


「ジョシュアは変態です!ジョシュアは女ったらしの最低野郎です!僕の妹をあんなやつにはやれません!!」


「…おいおい話が飛躍しすぎだろ」



全員がはっとして入り口のほうに視線を向けた。ジョシュア様がいつの間にか入っていたらしい。ジョシュア様の後ろにレイモンド様も立っていた。



「ジョシュア!貴様、僕の妹を誑かしたな!!」


「え、ええーー??そうなっちゃう?」


「僕より弱い男は認めない!剣を抜け!」


「持ってねえよ…」



アルフォンスお兄様がヒートアップしてしまった。腰に下げていた剣を抜き、今にも振り回そうとしている。ジョシュア様は青褪めてレイモンド様の後ろに隠れた。レイモンド様はアリシア様に剣が当たるのではないかと言わんばかりに顔を青くしていた。



「剣をしまいなさい、アルフォンス」


「アリシア様…っ!でも!」


「命令です。剣をしまいなさい。二度は言わない」


「…仰せのままに」



アルフォンスお兄様は剣を鞘に直した。全員がほっとした瞬間だった。ジョシュア様はその隙に逃げようとしたが、レイモンド様に首根っこを掴まれてアリシア様の前に差し出された。



「ジョシュア、まだ呼んでないのにどうした」


「ご機嫌伺いの時間だろ」



ご機嫌伺い?と私がクエスチョンマークを浮かべているとリゼリア様が補足してくれた。



「歴史の語り部は何日かに一回は必ず王族に会わなきゃならないの。記録のために」


「そ、暇になったから来たんだけどお呼びじゃなさそうだし、サラセリアのとこにでも行ってくる」


「確かに私たちは呼んでないけどマリアがお呼びよ」



げっ とジョシュア様から声が漏れた。私は一歩ずつ近づいていく。絶対に逃さないんだから!



「ジョシュアさま…」


「ひっ…」


「逃げないでくださいっ!」



私はジョシュア様に飛びついた。ジョシュア様は青い顔をして立ち尽くす。アリシア様は書類の整理に戻り、リゼリア様はお茶を静かに飲み始め、レイモンド様は入り口の警護に戻り、アルフォンスお兄様は後ろで怒りに打ち震えていた。



「ジョシュア、まさか僕の妹に言い寄られるのが嫌なんですか?」


「やだ、ジョシュアったらもしかして、ソッチ系?」


「はあー??!!やめろ!変な疑惑を持つな!」


「でもソッチ系だったら街で女の子引き連れてないですよね?」


「違う!!とにかく話を!」



ジョシュア様は私を引き剥がして無理やり椅子に座らせた。ジョシュア様は壁に背を預けて溜息を吐き出す。



「確かに女は苦手なんだ。…というか、貴族の女が」


「アリシア様や私も?」


「友達は平気なんだが…そういう目で見られるのは駄目なんだ」


「どうして貴族なの?」



ジョシュア様は遠い目をした。



「昔、俺が7歳のころ。とある貴族の女が言い寄ってきたんだ。気持ちいいことしてあげる、歴史に載せてくれるなら、って。当然怖いよな。なーんも知らねえ時だし。なんとか逃げ出したんだけどそれからどうしても貴族の女が怖くって」


「それは誰だ?お前の記憶力ならまだ覚えているだろう」


「覚えてはいるけど、もう二度と関わりたくないんだ。幸いなことに俺の婚約者は貴族じゃないし…」


「こ、婚約者ぁぁ??!!」



全員が叫んだ。ジョシュア様は罰が悪そうにか細い声をあげた。



「一応いるにはいるんだよ。ずっと前からさ…」


「じゃあどうして街で女の子を…」


「それはそれ、これはこれ」


「さ、最低だわ!!!女の心を弄んで!マリアだって!」


「ぶっ」



リゼリア様が容赦無くジョシュアをぶった。あまりのことに誰も反応できない。


私?傷ついてるかって?


まさか。寧ろ闘争心湧きました。人のもの?知りません。欲しいものは欲しい。



「…燃えてきました」



恋には障害が無くては。私の前には大きな壁が無くては。私は強欲。金も権力も愛も欲しい。金と権力はもう手に入れた。ならば後は愛。私に相応しい愛。



「ジョシュア様!絶対にあなたを私の虜にします!」



簡単に手に入るような男じゃ相応しくない!!!!ジョシュア様はたじろいで壁に張り付いてしまった。とびっきりの笑顔を見せると尚更凍りつかれてしまった。


仕方ない。休憩を置こう。私はアリシア様の方を向いた。



「…と、その前に、アリシア様」


「どうした?」


「髪を結いますわ。化粧も。朝起きて顔を洗って着替えただけでしょう。許しませんわよ」



アリシア様の顔が引きつる。こちらもこちらで逃がさない!リゼリア様も手伝ってアリシア様を鏡台の前に座らせ、アルフォンスお兄様に侍女たちを呼びに行かせる。化粧に自信はあるが髪結いに自信がない。私に髪がないから結わないせいで、勝手がよく分からないのだ。それに昨日トリートメントやオイルを渡したとはいえまだアリシア様の髪はぱっさぱさだ。絶対使ってないな、あの侍女。ちっ。アリシア様の機嫌を損ねない程度の薄化粧をしながら侍女達の到着を待つ。

ようやく化粧が終わったところで侍女達が到着した。ジェシカも一緒だ。アルフォンスお兄様はジェシカの姿をぼうっと見つめていた。


侍女に髪を任せて私は昨日献上したものがどうなっているか、部屋を見回した。クロゼットの中身を確認していく。ん?3着足りない?

小物も数を確認すると何セットかなくなっていた。バスルームのオイルも消えている。…あの侍女、昨日のうちに持って帰ったな…どうしてアリシア様は気付かないのだろう。ここまで自分の物に執着がない人を見たことがない。私なら耐えられない。


アリシア様は髪と顔をきちんとすると見違えるほど王族らしい威厳が生まれた。持って生まれたオーラは威厳があるものの、手入れをしなければ見た目は褪せてしまう。やはり我が家の侍女が髪を結うと違う。私ほどの大物になると化粧にも髪結いにも専属の者が付くので彼女達にやってもらうことは基本的にないが、我が家の侍女として仕込まれているのが良く分かる出来だ。リゼリア様が連れてきた侍女は片付けをしていたらしい。流石に口出しできなかったようだ。



「うちの子にはアリシア様の外見に関わることは一切無用と先に言っておいたの。他のことはとても良くできる子を連れてきているわ」



リゼリア様が私にこっそりそう言った。私はこっそりと扇で口元を隠して囁き返す。



「私、自分の侍女があそこまで出来るとは思っていませんでしたの。私の髪は侍女が触りませんから」


「普段は誰が?」


「ローズの髪はその代の当主か、次期当主が触ることになっております。…が、次期当主が壊滅的に下手くそなので専属の者を雇っておりますの」


「そ、そうなんだ…」


「それにこんな髪では、侍女も退屈でしょう」



毛先を摘まんで嘆息。リゼリア様もアリシア様も長い髪でそれはそれは結い甲斐があるというもの。それに比べて男のように短い髪では楽しくもないだろう。



「お願いがあるのですが」


「どうしたの?」


「ジョシュア様について一度調べてもらえませんか」


「婚約者のことかしら」


「それも含めて」



リゼリア様はため息を吐き出して頭を右手で押さえた。



「無理よ。歴史の語り部のことは探れない」


「リゼリア様でも?」


「私だからよ。家の立場が悪くなるわ。いくら友達でもね」



リゼリア様は私の顔をじっと覗き込んで眉を下げた。可哀想だと言わんばかりの顔をして。私は首を傾げる。リゼリア様の次の言葉は残酷だった。



「悪いけど、私もアリシア様も…それから口には出さないけどレイモンドも、もちろんアルフォンスもあなたとジョシュアがそういう関係になるのを歓迎していないわ」


「どうしてですか?」


「あなたが傷付くだけだからよ」



詳しくは言えないけど…とリゼリア様は言葉を濁す。



「私を止めるならそんな言葉は使わない方が賢明だと思いますわ」


「それもそうかもね」



ここでそんな言葉に折れて諦めてしまえば強欲の名が泣く。その言葉は寧ろ、余計に手に入れようと躍起にさせるだけだ。リゼリア様は諦めたように手のひらを返す言葉を投げる。



「さて、私はもうお暇させていただきますわ」


「もう?」



アリシア様が不満げに声を上げた。アルフォンスお兄様もさみしげに眉を下げている。



「今日は夜会がありますの」


「アダルベルト家かしら」


「リゼリア様もいらっしゃるのですか?」


「行かないわ。あんなところ」


「リゼリアは夜会が得意じゃないんですよ、マリア。この前はたまたま断りきれなくて。だから僕が付き添ってあげたんです」



夜会が嫌いな令嬢っているんだ…と私は内心驚いていた。私は夜会が大好きだ。綺麗な衣装、美味しい食事、煌びやかな会場、美しいご婦人方、為になる…そして自分を守る話術。華やかさの裏の駆け引き。私は全部大好きだ。退屈になる暇もないし、嫌いになれない。



「アリシア様もあまり多くは行かれないもの」


「必要最低限で良い。それ以上は無駄だと思う」


「護衛や侍女なんかが沢山必要になるので遠慮されてるのですよ」



アルフォンスお兄様が副音声のように即座に噛み砕いて話す。アリシア様はそこそこ言葉が足りない。リゼリア様は敢えて言葉を減らす。



「レイ、マリアを馬車まで送ってあげて。ジョシュアにお願いすると、逃げちゃいそうだ」


「アルフォンスにさせればよろしいのでは?」


「わがままを言わない。今日の外の警備はレイなのだから」



レイモンドがあからさまに私をにらんだ。よほどアリシア様と離れるのが嫌ならしい。



「私、1人で帰れますよ」


「だめよ。危ないわ。レイを付けるから安心して」



私とレイモンド様は顔を見合わせた。アリシア様に絶対服従のレイモンド様は渋々、本当に嫌な顔をしつつ私の背中を強く押した。きゃっと可愛い声をあげてよろめくとアルフォンスお兄様が怒ってレイモンド様に本を投げつける。



「レイモンドーーー!!!!僕の妹に何をするんですか!!!!」


「レイったら…」



アリシア様も呆れ返って頭を押さえた。レイモンド様は悪いことをしたとは露ほど思わず美麗な眉を不快そうに寄せた。



「送ってやるから早く出ろ。いちいち言わなきゃわからないのか?」


「アリシア様!今すぐ僕とレイモンドの命令を交換してください!こんなクズ野郎に僕の大切な妹を任せられません」


「お兄様…落ち着いてください。私ならレイモンド様で妥協してあげますから。ジョシュア様、また来ますね!」



レイモンド様は私の嫌味に涼しい顔で対応した。…鉄面皮め。アリシア様は私の答えに安心したのかアルフォンスお兄様の言葉を受け入れず鷹揚に手を振った。私は一礼し、レイモンドは嬉しそうに頭を垂れた。アリシア様に手を振られてるのは私なんだけど。レイモンド様を白い目で見て部屋を辞す。


レイモンド様は部屋を出ると顔を引き締めて一言も口を聞かずにスタスタと歩き始めた。私のペースに合わせるでもなく、歩幅の大きい彼は先へ先へと行ってしまう。



「あの!レイモンド様!」



大声で呼びかけるがレイモンド様は止まらない。…何のための護衛なのか。痺れを切らした私はもう一度叫んだ。



「アリシア様に言いつけちゃうんですからね!」



盛大な舌打ちが聞こえた。レイモンド様は振り向いて私が追いつくのを待った。そして私の歩く速さに合わせてゆっくり歩きはじめる。額には青筋が浮かんでいるが、少しは私を気にするように…というよりはアリシア様に言いつけられないように気をつけ始めたようだった。



「そんなにアリシア様が怖い?」


「怖い?そう思うならお前は彼女と俺を誤解している」



寡黙に見えたレイモンド様はアリシア様の話を振ると面白いくらい饒舌になった。



「あの御人ほど美しく、賢く、優しく、たおやかで艶やかな女性はない。俺は俺の命の全て、欠片一つとして逃さずあの方に捧げているんだ」


「随分慕っているのですね…」


「小さい頃からずっと一緒だからな」


「そうでしたの」


「アリシア様の為に騎士を志した。今もあの時の気持ちは忘れない」



なんていうか…妄信的というか…ここまで来ると気持ち悪さを感じた。あれだけアリシア様やリゼリア様が信頼しているのだからきっと悪い人ではないのだろうけれど。



「お兄様もそんな志があるのでしょうか」


「あいつは俺とは違う」



レイモンド様はきっぱりと切り捨て、眉間に皺を寄せた。



「上昇志向の塊だ。アリシア様を見てるのではなく、アリシア様に傅いた先の未来を見ている」


「やっぱり兄妹ですねえ。私とそっくり」


「アルはお前とは似ているが、違う」



何が違うのだろう。お兄様はいつも涼しい顔をしているが、中身は私と同じ強欲の塊。上昇志向の方向性が私とは違っただけだ。アリシア様の伴侶になるつもりがないだけマトモなだけで。もしそのつもりならレイモンド様に切り捨てられていたに違いない。



「俺はアルのほうがずっと怖いと思うけどな」


「お兄様が?」


「お前には甘すぎるが、他人には情けも容赦もしない。剣の腕も今の王宮では五本の指に入るだろうし頭も切れる。行く末がただの騎士では終わらないだろう」


「ローレライ家の跡継ぎにはなれないでしょうから、何かで身を立てることに邁進しておられるのですね」


「もともと跡を継ぐつもりなんかないだろうがな」



ふん、と鼻を鳴らしてレイモンドは口を閉じた。

正直なところ、アルフォンスお兄様の全ては私にはわからない。離れている時間が長いことや、アルフォンスお兄様が本心を常に隠していることが理由だ。きっとアルフォンスお兄様を丸々理解できる人なんていない。それくらいに、気難しくてミステリアスで本当の姿を晒さない人なのだ。紳士の皮を被った獣だと私は考える。


レイモンド様は私を馬車まで送り届け、見送ることなく足早に去って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ