マリアのローズクリスタル
戦勝祝賀パーティまであと7日。
私とジョシュア様がキスした事件から数日経っている。あれからジョシュア様からは音沙汰がない。
その日の屋敷は上から下まで大騒ぎで全員が屋敷中を駆け回っていた。
尤も、私は例外で、朝からぼーっとサロンのソファに寝転んで天井を見ている。ローズヒルズ邸のサロンの天井画の素晴らしさたるや。歴代の傾国の美女と呼ばれたご婦人方や、神話の女神たちが華々しく色とりどりの薔薇に囲まれながら踊るという構図の天井画は、美術好きな貴族たちの間では金を払ってでも見に来たいと言われているほどの---
話が逸れた。
そう、何故私1人ぼーっと寝転がっているか、だ。サボっているのではなく、私はショックを受けて倒れてしまったのだ。そんな繊細な心があるかって?…私ですら衝撃のあまり貧血を起こすような事が起こったのだから仕方あるまい。
「お嬢様、目が覚めましたか?」
「ええ、3時間ほど天井画を眺めていました。お兄様たちは?」
「まだ探し回っておいでです」
「確認させてくださいね。…中身1つがなくなったのよね?」
「はい、間違いございません。3つあったローズクリスタルのうち、真ん中の1つが盗まれておりました」
私の婚約指輪に使われる石が、盗られた。
原石のままとはいえ、希少価値が高くとんでもない値段がつく…くらいなら別に構わない。だけど、私のローズクリスタルがこの時期に盗まれるのは、どう考えてもおかしい。
ローズクリスタルはローズが結婚する時に磨かれるものだ。それがローズとローズヒルズ家が双方結婚を認めたという動かぬ証拠となる。
つまり、私はあの石を持ち出されたら結婚を了承したということになるのだ。たとえ相手が誰であっても!言い逃れできない状態に持ち込まれてしまう…
だからこそ問題なのだ。一体誰が持ち出して、理由がなんなのか。理由がどうであれ回収しなければ私は大変なことになる。
「そもそもあの部屋は、執事か、私達ローズヒルズ家の者か、数人の侍女しか入れなかったはずですよね。…この中に犯人がいるとしか思えません」
「はい、賊が入った形跡はありませんでした。執事が日課の掃除を行った際、発見したようです」
「ということは昨日の朝から今朝の間に誰かが入った、ということですよね。…はあ、気が重い」
私はローズクリスタルが盗まれておりました…というくだりで卒倒したので、その後の事がよく分からないのだが、お兄様は身内を怪しむことすらしなかったらしい。だから徹底的に賊の侵入を調べさせたらしいが、そのせいで犯人が身内に絞られてしまったようだ。
「…フィリスを呼んでくれます?」
うーん、私の勘が当たっているとしたら。気が重い…
フィリスが完璧な作法でサロンに入り、私の許可を得てソファに着席した。フィリスはローズクリスタルがなくなったことを大袈裟に悲しんでいた。
「私もあちこち、隅々まで調べました」
「…そう、ご苦労様でした」
「エディ様がお嬢様たちに内緒で研磨させたのではないかとも思ったのですよ?」
「エディお兄様は私にそんなサプライズをする根性ありませんね」
「じゃあマリアお嬢様の自作自演?」
かっちーん。
私は臨戦態勢に入った。あくまでもおちょくるつもりらしいフィリスに、私も負けじと言い返すことにする。ルースにはお淑やかに!と教えるが私は別!負けてなるか!
「それとも、勝ち目のない貴女の策かもしれませんね?」
「…勝ち目がない、とは?」
まんまとフィリスは乗せられた。私は美しく微笑んで、自然な動作で足を組み、背を仰け反らせた。威圧的にフィリスを見下ろすと、令嬢の喧嘩に多分慣れていないフィリスは一瞬震えた。負けないわよ!
「貴女、見ていたんですってね。私とジョシュア様のキス」
「あんなの、意味のないことだと聞いております」
「私、ジョシュア様からそうは聞いておりませんの。残念ながら」
フィリスはサッと顔色を変えた。…あれ?カマかけてみただけなのだけど、存外これが正解だったりするのだろうか。
「貴女、私に嘘を吐いていますね。ジョシュア様から言付けなんてされていなかったでしょう」
「お優しい若様の代わりに私がお伝えしたまでのこと」
「ジョシュア様の本心が分からないなんて、忠臣失格ではなくって?」
バサッと扇子を広げて口元を隠す。フィリスはぎゅっと眉を寄せて、悔しそうに歯噛みした。
「貴女如きが私と、この誉れ高いローズと張り合えると思ったのですか?語り部の資格を持つとはいえ、貴女程度が、私に?」
上から下までジロッと睨めつけ、値踏みするようにゆっくり瞬きをした。フィリスは明らさまに傷ついた顔をしていた。フィリスは、別に不細工ではない。どちらかというと非常にお綺麗な侍女だ。だけど比べる対象が悪い。私と比べられたら誰だって霞む!…はず。
「若様はその顔が苦手です」
「最近はそうでもないようですけどね?貴女もご存知でしょう?」
苦し紛れに返した刃が自分に跳ね返った。フィリスは完全に敗北していた。
はい喧嘩終了。私は居住まいを正して扇子を畳んだ。喧嘩の時は引き際を見極めねばなりません。
「ローズクリスタルを盗んだのは貴女でしょう」
「違います」
「まともな動機があるのは貴女だけです。それに、…きっともう外へ出したのでしょうね」
「……」
「誰に渡したのか言えば、不問としましょう」
フィリスは押し黙った。
フィリスが盗んだのはもう、火を見るよりも明らかだった。恐らくローズクリスタルは何処かへ、誰かの元へ渡っているだろう。昨日の外出記録を見ればフィリスの記録があるはず。その先は情報屋を使って調べるしか、ない。
フィリスに自室での謹慎を言い渡し、監視の衛兵を付けて、私が出した結論をエディお兄様に伝えた。速やかに情報屋に依頼を出し、返事を待つ。
「事が起こるとしたら、戦勝祝賀パーティだろう」
「…そうでしょうね」
「今のお前の価値はこの国で1番と言っても過言ではない。アリシア陛下の覚えが良く、稀代のローズとして名高く、そして貧しいとはいえ1つの領の領主だ。ローズとして稼いだ莫大な資産もある。おまけに若くて国一番の美人とくれば、誰がお前に求婚しても不思議ではない」
ここ数ヶ月で余計な付加価値がいっぱいついたせいで、窮地に陥った。…まあ元々誰から求婚されても不思議じゃないのだけど、今は輪をかけて危ない。政治的に利用されてしまう可能性が高い。
「でもお姉様はサン・マドック家のサミュエル様と婚約しているわ」
「サン・マドック家はローズクリスタルを持っていない。つまり、彼らはただの恋人同士というだけで、家同士の繋がりはないということだ。家が決めた婚約のほうが意味として重い」
ミッシェルが唇を尖らせる。ミッシェルはサミュエルと私の仲を応援していたようだ。
「石はどこへ行ったと思います?」
「フィリスができることは、恐らく使い走りを雇ってローズクリスタルを誰かに届けさせるくらいだろう。使い走りさえ突き止めれば」
「…そう簡単にはいきませんね。ローズヒルズの領から出てしまえば追跡は困難ですし」
「もしくは来週のパーティには向けて衣装探しをしている令嬢に渡したかもしれないな。令嬢達から兄や弟に渡ると厄介だ…貴族の荷物の検分は簡単ではない」
可能性は無限大ときた。
元々そんなに大きな石でもないから、隠そうと思えばどこにでも隠せる。回収はほとんど不可能に近い…
「捜索は続けるが、もし見つからなかったら…どうやって切り抜けるか、考えておいてくれ」
「もう一回倒れても良いですか?」
あ、貧血が。
「盗まれたことを公表したら?」
「…ミッシェル、それを言ってしまうと我が家の家格が落ちる。恥を外に晒すようなものだ。しかも我が家の使用人に盗まれたのだからな」
「貴族って面倒くさいわね!」
「お前も貴族なのだから、その辺りは意識しておけ」
「はいはい分かったわよ」
ミッシェルは不貞腐れた。ミッシェルは貴族の体裁がまだ分かっていない。とりあえず目眩がした私はソファに座り込んだ。私にはもう色々考える気力がない。
「サミュエルに手伝ってもらえるか聞いてみよう。婚約が破談になっては大変だ」
「…サミュエルならなんとかしてくれるかもしれませんね」
「それと、ジョシュア殿にも。何か知っているかもしれない」
「フィリスの犯行ですものね」
「ひょっとすると、ジョシュア殿が持っているかもしれないぞ。フィリスがジョシュア殿に渡して、ジョシュア殿がマリアに求婚するかもしれない」
「その可能性はありません」
だってフィリスは私とジョシュア様が結婚するのは望んでいないもの。私は起き上がって手紙を書いた。ジョシュア様とサミュエルに。ついでにアリシア様にも書いた。婚約の届けが出た時に最悪アリシア様にブロックしてもらうためだ。もちろんアリシア様がそういう干渉をするのは、良くはない。良くはないけど権限がある。夫婦でも別れさせられるくらいの権力が。
3人に同じ文面の手紙を書いて、即座に送った。
「フィリスがマリアお嬢様を呼んでおりますが」
「行きます」
手紙を出してまたソファに沈んでいると、私の侍女が呼びに来た。することないし、落ち込むのにも疲れた私は誘いに乗った。エディお兄様は止めたけど、行っても行かなくても現状に変わりがあるわけではないし。
「マリア様」
フィリスの部屋は、こざっぱりしていた。あるとすれば数冊の本と便箋とペンだけ。あとは我が家が用意したシンプルな家具が少し。
フィリスは椅子に腰掛けて、私にはベッドに座るように促した。逆じゃない?…というのはさておき。私は素直にベッドに座った。
「ジョシュア様とは結婚しないで」
「その予定はありませんが」
「貴方はジョシュア様に相応しくない」
言うわね。
私はフィリスを睨んだ。どちらともなく臨戦態勢に入り、私はまた仰け反って威圧感を出そうとしたが、安定しないベッドでは決まらなかった。謀られた。
逆にフィリスは大きく出た。椅子から立ち上がって、私を上から見下ろす。
「貴女みたいな顔しか取り柄のない女がジョシュア様に釣り合うと思いますか?ジョシュア様は語り部の長となるお方。貴女が我々語り部の名を汚しても良いとでも?」
「顔だけじゃなくてスタイルもセンスも良いですけどね」
頭が良くないのは認める。…が、他の部分で負けるつもりは毛頭ない!
「語り部の長は、良い血を残されねばなりません。貴女がその血を汚すことを、私は認められない!」
「…だから私を他の人と結婚させようとしているのね。ほっといてもサミュエルと結婚すると言っているのに。でも、無駄ですよ。誰が私にあの石を持って結婚を迫ろうと、アリシア様が許さないでしょうから」
「サミュエル様と正式に結婚するのを待てるとでも?語り部様にはお手紙を出しました。きっと語り部様が対策なさる…ジョシュア様が貴女なんかに求婚するのは耐えられない…!」
「語り部様?…ってジョシュア様のおじい様のこと?」
「語り部様も貴女のことはよく思っていません!絶対に求婚を許しません!」
キィーッと燃え上がるように怒るフィリスの意見を聞きながら、私はとんでもない結論に達したことに気付いた。
「ジョシュア様は本当に私に求婚するつもりなの…?」
「いいえ!させません!」
するつもりがあるらしい。私はフィリスと喧嘩した時のことを思い出し、記憶を繋げていく。最近のジョシュア様の態度、フィリスの態度、フィリスの言葉。
「ジョシュア様は私の事が好きなの?」
「なんっってこと!!恥を知りなさい!」
フィリスがブチ切れた。その瞬間にフィリスは墓穴を掘ったことに気付いて顔を真っ青にした。私は自分の結論が正しかったことを察した。
ジョシュア様は私のことが、好きらしい。
「…貴女は私以外の人なら許せるのですね?例えば、エミリアとか」
「ええ。マリア様だけは許せない」
「それはどうして?」
「性格が悪い。頭も悪い。学院時代の成績をみるかぎり、地理や政治学は赤点スレスレだった」
くうっ…返す言葉もない!
「貴女を養うにはコストがかかりすぎますし、手間も暇もかかります。1人では何にも出来ないし、侍女も1人では足りないし。着る物を選ぶだけに1時間かかるし化粧に30分もかかる。食事だって太らないように計算して食べるから好き嫌い多くて偏食するし、歩き方まで拘るのも鬱陶しい。高い服で馬に乗っちゃってこっちの苦労も考えてないし。人のマナーにもうるさいし。風が吹いたくらいで鏡チェックする癖も鬱陶しいし、なにより、なにより」
フィリスは突然涙腺を潤ませた。そのまま私を睨んで、涙声でフィリスは続ける。
「どうしてマリア様が良くて、私がダメなのか、分からない…」
「フィリス…」
「私の方が、ずっとそばにいたのに。私の方が若様のこと、わかっているのに。私の方がずっと相応しいのに…!」
その気持ちは分からないでもない。私だってエミリアに同じように、どうして私じゃないの?と思って勝手に恨んだ。フィリスから見た私はまさに、あの時のエミリアだ。ジョシュア様の心を掴んでいるくせに他の男と結婚をする。そんなことをされればフィリスが悔しくないわけが、ない。そうでなくても恋敵は嫌いなものだろう。
フィリスは両手で顔を覆った。手の隙間から涙が零れる。フィリスの溢れる感情は、フィリスの理性ごと飲み込んで、私への敵意となってしまった。多分フィリスは、ジョシュア様がエミリアと婚約を解消した時に、もしかしたら婚約者になれるのではないかと期待したのだろう。ジョシュア様も期待させるようなことをしたのだと、思う。例えばフィリスと連絡をまめに取るとか。…だから私を選ぼうとしているジョシュア様にも、多分怒っている。
「貴女の気持ちはとても良く分かります。…でも、何でもして良いわけではないんです。相応の報いは受けてもらいます」
「私は後悔していない!」
フィリスは苦し紛れに吠えた。
可哀想だけど、絶対に後悔はさせる。
ジョシュア様のことは、今一番彼と話し合いたいけれど、そうは言っていられない。石の件が解決していないからだ。出した手紙の返事は翌々日になっても返ってこない。代わりにサミュエルは翌日にはまた屋敷に来てくれた。
「君といいスカーレットといい、どうして僕に負荷をかけるんだろうね。良い加減禿げていい?」
「禿げてもいいから助けてください」
「…僕の蒔いた種だし、勿論手は貸すよ。フィリスがここまでするとは思わなかった」
私はサミュエルを二度見した。フィリスを焚きつけたのはどうやらサミュエルらしい。何をしてくれてるんだ…
「勘違いしないでね。僕はただ、フィリスにいい加減現実を見ろって言っただけだよ。彼女は聡い語り部だと思っていたけど。…やはり恋は人を愚かにするね」
「フィリスも悪気があったわけでは」
「悪気しかないでしょ」
ジョシュア様も多分悪いって言おうとしただけなのだが、サミュエルに睨まれて言うのはやめた。
「スカーレットも何かあったんですか?」
「今は競技に集中してるみたいだよ、2人とも。口もきかないらしい。もうあそこは放っておいていいんじゃない?」
「…左様ですか」
サミュエルは頭を抱えながら言った。私の事とスカーレットの事が同時に進行してて、ついでにラインラルド領のこととか、自分の領とか事業のことでいっぱいいっぱいなのだろう。
「僕が調べた所、ジョシュアは今軟禁されてる。他ならぬ語り部様によって。やっぱり語り部様は君が気に入らないみたいだね。君が他の人と結婚しない限りはジョシュアと合わないように軟禁し続けるんじゃない?」
「…フィリスの言った通り」
「少なくとも君がどういう人なのかを語り部様に報告したのはフィリスなのだから、君の欠点が脚色されて報告されても可笑しくはない。…フィリスも語り部だけど、フィリスのあの様子を見る限りでは、客観的にマリアを伝えたとはとても思えない」
私もそう思う。でも私がジョシュア様に相応しくないのは、正直否定しきれない。
「でも私は、私が彼に本当に相応しいか、自信がありません」
「相応しいか相応しくないかなんて、大した問題じゃないと思うけどね。言いたい奴には言わせておけばいいんだよ」
「ありがとう、サミュエル」
「…敢えて言うなら、君はとっても彼に相応しい相手だと思うよ。もちろん能力的にもね」
「重ねてお礼を…ありがとう、サミュエル。ちょっと自信が付きました」
「自信の塊の君がそんなんじゃ調子狂うからやめて」
「恋は人を愚かにしますから」
サミュエルはふっと笑った。
「ラインラルド領からの帰り道に、ジョシュアに言われたんだ」
サミュエルは座り直してから切り出した。
「今更だけど、マリアに求婚したいと」
「本当に…今更ですね」
「ジョシュアも結婚に関しては僕たちと同じかそれ以上に色々と制約があるからね。マリアが自分の伴侶としての基準をクリアできていないと思っていたらしいよ」
「…私、基準クリアしてるんですか?」
「ルースと話してクリアしてるのに気付いたらしいよ。多分マリアの記憶力が良いっていう話」
ルースがジョシュア様にそんなこと話したと言っていたな…気分悪そうにしていたというのは、この話を聞いて、自分のミスに気付いたからだろう。
「僕はジョシュアに、僕とマリアとの婚約を解消して欲しかったらマリアに君を好きだと言わせてみろってけしかけたんだよね。惜しいところでフィリスに邪魔されて上手く行かなかったけど」
「…あれはそういうことでしたか」
ジョシュア様の態度が急変したのは、私に好きだともう一度言わせたかったから、らしい。ジョシュア様が素直になれば私も応えると思ったようだ。そうしてサミュエルと婚約を解消させた後に私に求婚する予定だった。だけど、私が本気で諦めにかかってしまったから話は拗れた。ついでにフィリスの行動で事態は捻じ曲がってしまった。
「とにかく、阿呆なジョシュアのことより目下の問題はローズクリスタルだ。…ハッキリ言って見つからないと思うよ」
「痛いところを突きますね」
「だから逆手に取る。僕にもローズクリスタルを1つ分けてくれる?」
「構いませんよ。貴方のことを信頼していますし、私たちには良いアイデアがありませんもの」
サミュエルは自信無さそうに笑った。
「僕もどうなるかはわからないけどね。でもローズクリスタルが2つあるということは、婚約者が2人存在することになる。でも結婚は1人としかできない。…ならば相手はマリアが選べる、という流れにする」
「それでサミュエルを選ぶわけですね」
「うん、で、後日破棄する」
私はちょっと笑った。サミュエルは絶対に私とは結婚したくないらしい。私もそうだけど。
「…とはいえ、研磨してる時間がないから綺麗な指輪にはならないよ。覚悟しててね」
「私ローズなのですが」
「知らない人と結婚する羽目になっても良いの?」
「言うこと聞きます」
私は右手を上げて恭順の意を示した。
「それから、ジョシュアのこと。軟禁されてるって言ったでしょ?多分マリアが出ると分かりきっているパーティにも出さないはずだ。…とはいえ、相当大きなパーティだし、意味の大きなパーティだ。絶対に語り部様もジョシュアに手伝わせたいはず。もともと出席させて貴族の相手をさせる予定だったようだし」
「そういえば私はパートナーに誘われましたし、そのようですね」
「ジョシュアをあの場に引きずり出すには、マリアがジョシュアとは結婚しないと思わせるしかない。つまり、僕と君はとても仲睦まじく見せるしかない」
「元の計画通りじゃないですか」
「そうだね。でもローズクリスタルを出すことで意味が変わってくる」
私とサミュエルが出ることの意味が、重くはなる。
「そうなったら語り部様もジョシュアを出すと思う。…ジョシュアが出てきたら2人で話しておいで」
「ええ。…ありがとう、サミュエル」
「君に貸しを作っても損はないからね」
私は大損だけどね。
「でもそのスケジュールはざっくりしすぎてて怖…ぃだっ!やめて!」
サミュエルは私の額にデコピンした。超高速だった。むちゃくちゃ痛かった。思わず額を押さえて叫ぶとサミュエルは阿修羅の顔で言った。
「これ以上僕に面倒かけるのやめてくれる…?僕、今本当に追い詰められてて身体が追い付いてないからさあ」
「痛いッ!?痕が残ったらどうしてくれるんです!やめっ、ごめんなさい!」
またデコピンをお見舞いされて私はサミュエルから距離を取ることにした。
「誰に追い詰められているんです?わたし?」
「君にもね」
「も」
「スカーレットのこともそうだし。…一番は陛下だよ。あの人の無茶振りに僕は心底うんざりしてる…あの人僕のことおちょくって遊んでるんだよ」
通常運転じゃないか。わたしは白けた顔でサミュエルを見た。サミュエルが右手を構えたのを見てもう少し距離を取る。
「陛下も陛下だよ。嫌ならクーデター起こせば?って言ってくるんだよ。どんな神経してるのか僕は見てみたい」
サミュエルは胃の辺りを摩りながら目を濁らせた。流石に心配になる。
「サミュエル、胃薬ありますけど」
「ローズヒルズの薬ってすごく効くよね。箱でくれる?」
「そんなに在庫ありませんから。1瓶持って帰って」
それでしばらく来ないでほしい。そのストレスを私にぶつけられても困る。
「君で遊ぶのが唯一のストレス解消になるはずだったのに、ジョシュアがヘタレなせいで余計にストレスが」
「ちょっとちょっと!聞き捨てなりませんよ!」
私で遊ぶ?!スカーレットが言った言葉は本当だったのか!!
「何を今更。昔からそうでしょ」
「そうだったの…?」
「本当に考えが足りないよね。見てて飽きないから是非そのままでいてね」
私はサミュエルを蹴り飛ばして屋敷から追い出した。でも優しいので胃薬は恵んだ。サミュエルは胃薬を後生大事そうに抱えて帰った。




