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薔薇の溜息

今日からまた投下していきます



「お帰りなさいませ」


トレント家に仕える執事が私に向かって物々しく腰を折った。ドレスを着なおした私は今日の夜会の会場であるトレント家に戻ってきている。時計の針は真夜中どころかそろそろ朝の区分を指そうとしていた。馬車ではとっても寝られず、お肌に悪い状態が続いている。トレント家の執事は私のドレスの裾の方が皺になっているのを目敏く見つけてジロリと値踏みするように見ていた。とにかく眠い私に代わって私の侍女であるフィリスが手早く私のドレスの裾を直した。


「それで?」


眠気のピークで、私は苛立ちマックスで高圧的に問いかけた。


「旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ」


あくびと一緒に溢れた涙でよれたアイラインを執事はまたしてもジロジロと不躾に見下げた。フィリスは流石に呆れた目を執事に向けて、決して直そうとはしなかった。

執事はややあって歩き始める。私はその後ろを足早に追いかけていった。執事の足は銀の天使のオブジェのある執務室まで止まることはなかった。それどころか一度も振り返らなかった。彼は長身を活かした早足を私に披露していた。

執事は厳重にロックされた扉を4回ノックした。すぐさま中から扉が開かれ、私は笑顔のトレント家のアホ男に招き入れられた。


「やあやあ、また会ったね」

「また呼んで頂けて光栄ですわ」


満面の笑みのまま、ディーンは銀の天使の前に椅子を引っ張ってきて私を座らせた。彼は天使の台座に腰掛ける。


「お、お嬢様」

「ちょっと!私の侍女に何をするんです!」


執事はフィリスの肩を乱暴に掴んで外に追い出し、鼻先で扉を閉めた。フィリスが扉を叩いたが彼らは何も言わずに笑顔のまま私に近寄る。


「君も見られちゃ困るんじゃない?」

「な、なにを…!」


ディーンは天使の手のダイヤを叩いて沈めた。その瞬間に台座が動き、地下への通路が開かれる。


「放火の犯人が君だってのはウソだけど、これを見られたことが一番不味い。花壇の花を燃やしたのは僕だしね」

「……」

「さあ降りて」


ディーンは私の手を取って階段を下りた。エスコートされて仕方なく降りていく。ディーンが持っていた蝋燭を松明に灯すと壁の仕掛けで一気に通路が明るくなった。通路は狭いが、両サイドは倉庫になっているらしく、麻袋がいくつも積んで置いてあった。


「麻薬ですね?」

「僕が知りたいのは なぜ 君が それを調べているか だ。わざわざ人の手を借りてまで」

「どういう意味です?」


わざわざ人の手を借りてまで?

私は言葉の意味がわからずに首を傾げた。


柱の影を手に持った松明が照らす。男が座り込んでいた。顔に麻布を被らされていて誰かはわからない。礼服をラフに着崩した男は後手を縛られて窮屈そうにしている。


トレント家の執事が乱暴に男の麻布を取った。麻布の下には、黒い髪に茶色い瞳の整った顔立ちの男が眩しそうに目を瞬かせている。口に縄を噛まされ、到底離せそうにはない。


「…………」

「…」


男はわたしの姿を見ると居心地が悪そうな顔をした。彼はわたしのパートナーとして夜会に出席していたジョシュア様だった。お互いに驚くでもなく無言になってしまい、この状況を上手く飲み込めなかった。


「さて、マリア殿?」

「どうすれば良いのですか」

「話が早くて助かるよ」


助けないわけにもいかないし…助けた見返りに何してもらおうかな…

不埒な考えを尻目にジョシュア様は私からぷいっと目を逸らした。


「君はかの歴史の語り部と親しいと聞く。まず、その親しくしている語り部にこの事は内緒だ」

「…は?」


どうやら彼は捕らえた男がその語り部であるとは気付いていないらしい。ジョシュア様が私を鋭く睨んだので、慌てて私は弁解した。


「いえ、勿論です。決して口外致しません」

「よろしい」


うっかり彼こそが語り部だと分かると…どうなってしまうか。


「それから、陛下への口聞きをお願いしたい」

「アリシア様に?」

「当家は長らく中立を宣告していたが…それゆえに状況は芳しくない。このルートを知られてしまった以上、我が家から麻薬を売って小遣い稼ぎというわけにもいかない。増税をすれば領の経済は悪くなるばかり…我が家の借金を払うには官僚になることが1番だ」


ジョシュア様が呑気な顔で独白を聞いているのを横目に、私は神妙な顔で頷いた。


「明日にでもアリシア様には私からお話致します。その後アリシア様に謁見していただきましょう」

「よろしい。全て終われば彼を解放しよう」


満足そうに品の良い形の唇を歪めて、ディーンは私に手を伸ばした。不躾に肩を抱き寄せて歩き出す。後ろでジョシュア様が呻いた。執事が前を照らし、強引に前を向かされる。私は手を後ろに回してこっそり親指を上げた。大丈夫、お任せください。


ドレスの隠しポケットをこっそり探る。指先に硬いガラスの感触。ジョシュア様に渡されたあの薬、持ってきて正解だった。


地下通路から部屋に戻った瞬間に、瓶を懐から取り出す。ディーンの肩を後ろから叩き、振り向いた瞬間に瓶の頭を押して中身を噴射。ディーンはさっきぶりに薬のせいで強制的に昏倒した。大きな音がしないようにディーンを支え、私に抱きついているように見せる。顔が彼の服に擦れて化粧が落ちた。わざとらしく私は声を上げた。


「きゃっ!ディーンさま!」


執事はやはり見て見ぬ振りをした。つまり彼が私に迫るところまで織り込み済みだったというわけだ。執事は澄まし顔のまま部屋から出て行く。出て行った瞬間にディーンを突き飛ばして床に転がす。外からフィリスが抗議する声が聞こえた。私の身を案じているようだ。執事がさあ?知りません等と宣っているのに我慢できなくなったフィリスがイライラと足踏みしている音がする。


私はわざとドレスを着崩しながら部屋のドアを少し開けた。執事はギョッとした顔で顔を出した私の姿をなるべく見ないように逸らしていた。私は手を伸ばして執事の鼻先で瓶をプッシュしてやった。執事はギョッとした顔のまま昏倒する。盛大に頭を打ち付けていたが知るもんか。フィリスはびっくりしていたがとにかく中に入れた。


「お嬢様、勇ましくなりましたね」

「それよりここから逃げなきゃ。ジョシュア様とよ」

「ジョシュア様は奥ですね?」


フィリスはいつもの茶化すでも、からかうでもなく極めて切羽詰まった態度でジョシュア様の行方を聞いた。私は頷いて天使の像のダイヤを沈める。通路に飛び込み、フィリスはそれに続いた。


「ジョシュア様、ご無事ですか」

「若様!」


ジョシュア様が縛られて床に転がされているのを見たフィリスが悲鳴じみた声を上げた。フィリスは忍ばせていたナイフで即座に戒めを解き、携帯していた水筒で水分を手ずから補給させた。


「フィリスは心配致しました」

「悪かった。油断したんだ」

「若様に何かあればと思うと…!フィリスのこの胸は張り裂けてしまいます…そういうことはこれまでのように私達下部の語り部にお任せください」


フィリスは涙目でジョシュア様に縋り付いた。


なにこれ。…なにこれ!!!


「さ、早く参りましょう。屋敷の裏に馬車を手配しております。上は恐らく騒ぎになっていると思いますが」

「この先に屋敷の裏に出る道がある。そこを使おう」

「お怪我はございませんか?宜しければフィリスにお掴まりください」

「助かるよ」


なんだこれーーーー!!!!!!

フィリスはぴったりとジョシュア様に寄り添って、ジョシュア様もフィリスに介助してもらって、立ち上がる。私は開いた口が塞がらない。脳が追いついていない。

フィリスがジョシュア様を好きだなんて、好きだなんて!!いえむしろ、フィリスが語り部に一枚噛んでるだなんて!!下部の語り部?!聞いてない、聞いてない、聞いてない!!!!


「マリア、何ぼーっと突っ立ってんだ?行くぞ」

「…失礼しました」


2人の後ろを亡霊のようにフラフラとついていく。どうしよう、フィリスとジョシュア様。考えたこともなかった…語り部の一員だったのも知らなかったけど…知らなかったとはいえ、考えられないことはなかったはずだ。ローズ専門の侍女なんて普通に考えたら怪しいじゃないか…ローズ記録部門だったに違いない…ローズの動向も大切な記録だってジョシュア様も言ってたし…

ジョシュア様がちょくちょく私に会いに来てくれたり、わざわざ手紙を出してくれていたのってもしかしなくてもフィリスとの情報交換のためだったり…?最近関係が進展したと思っていたのは、私の勝手な思い込みに過ぎなかったようだ…その証拠にジョシュア様はもうほんの少しの視線も寄越さない。


「惨い…」


終わった。これは完全に、完璧に、完膚なきまでに、終わった。さよなら私の初恋…

人の屋敷の地下通路から裏手に出て馬車に乗り込みこっそり逃げ帰るのは相当な冒険だった。たぶん。だけど、ほとんど覚えていない。馬車の中でフィリスが偽の主君である私を完全に放置して本物の主君たるジョシュア様の世話を懸命に焼いているのを目の前で見せつけられ、信頼できる侍女と初恋相手の両方を失った私は目を閉じて屋敷に着くのを待った。屋敷に着くと私は他の侍女に世話をしてもらった。フィリスがジョシュア様にかかりっきりだったからだ。フィリスは他の誰にもジョシュア様の世話をさせたがらなかった。


私は眠れずに今日のことを思い出して枕を濡らした。



朝になってもフィリスは現れなかった。代わりの侍女が朝起こしに来て、私が目の下にくっきりクマを作っている上に目が腫れているのにギョッとしていた。スプーンの裏でぐりぐりマッサージをしながら窓を開ける。私の部屋の窓はエントランスに面している。眼下に広がる壮大な庭を見て心を落ち着けて…いると、うっかり出て行くジョシュア様と見送りに出てきたフィリスが目に入る。フィリスは大胆にジョシュア様に抱きついて見送った。ジョシュア様は別段嫌がるでもなく、フィリスの頭を撫でてやった。女嫌いじゃなかったっけ…?ジョシュア様がフィリスの頭に軽くキスしたところで心理的な発作が起きて涙が止まらなくなったので今日は一日中ベッドに引きこもることにした。侍女にフィリスへのお使いを言付けてフィリスがしばらく私に近寄れないようした。


私が食事にも来ないから兄と最近できた妹が心配してお見舞いに来たけれど、とっても話す気分になれなくて追い返してしまった。フィリスが側にいないのでフィリスと何かあったとは気付いたらしい。首を傾げつつ出て行ってくれた。


そしてその翌日、ガーディン国と戦争状態に入ったという連絡が入った。










戦争の間、私は城へ入ることができなかった。アリシア様が多忙を極めていたからだ。ついでにジェシカやリゼリア様も昼夜問わず仕事に明け暮れているらしく、私が呑気に採寸しましょうと入る時間的な余地はなかった。アルフォンスお兄様もガーディン国に攻め入ってから音沙汰が無いし、ジョシュア様ももちろん忙しい。レイモンド様のことは知らない。我がローズヒルズ家はというと、軍服や包帯、ガーゼ等、主に布の出荷で莫大な利益を上げていた。うちの領土は食料的な資源は乏しいものの、着るものに関しては困らない。戦争になっても経済が回り続ける。得た利益で他領から食料ルートを開拓して民が困らないように整備していれば良い。


そして戦争中にもお気楽な貴族というものは常にいるものだ。


「これ本当に全部買うつもりですか?」

「そうだけど、変かな?」

「彼女は成長期真っ最中ですからすぐにサイズが変わりますし…日替わりでも着切れないと思います」

「じゃあ毎週君が来てドレスを新しくしてくれる?」

「サミュエル、馬鹿はやめてください」


流れるような美しい金髪の青年は、この国でも有数の大貴族様である。透き通るようなアクアマリンの瞳に白磁の肌とくれば、大抵の人は彼を天使と呼ぶ。私が隣に立っても見劣りしない珍しいタイプの青年だ。私とは旧知の仲で、気軽に呼び捨てできる仲の良い友達だ。彼自身はとても気持ち良い人間で、世渡り上手に褒め上手、頭も切れるとくると縁談がバカみたいに舞い込む。


「いくらマドック家でも私を毎週呼ぶと破産しますよ」

「新しいビジネスも始めたから平気だよ」

「また怪しいものを始めたんですね?」

「怪しくはないさ。新しいエネルギーを開発し始めたんだけど…これがまた馬鹿みたいに上手く行きそうなんだ。陛下のお墨付きだよ」

「アリシア様の?」

「小難しい話はまた今度。とにかく定期的に来てくれると助かるよ」


サミュエルはぽんぽんと着せ替え人形になっていた少女の肩を叩いた。サミュエルとは真反対の、真っ黒の髪に薄いグレーの瞳の、ガリガリに痩せて目ばかり飛び出て見えるみすぼらしい少女には私が持ってきた豪奢なドレスはまだ不釣り合いだ。

彼女はルースという、マドック家の養女だ。つい一昨日養女になったらしい。サミュエルの新しい妹になったルースは骨ばった体に怯えの残る表情でドレスの裾を持ち上げてトコトコと歩いてきた。


「ルースお嬢様、もっと食事を召し上がって肉を付けるのです」

「はい、ごめんなさい」

「謝ることではありません」


私よりずっと年下に見えるが、サミュエルによると彼女は私と同い年らしい。彼女の継母に虐待されて碌な食事も与えられずにいたせいでこんなにみすぼらしい容姿をしているそうだ。サミュエルはそんな妹を溺愛していて、法外に高い私の出張費用をぽんっと出してまで彼女の洋服を揃えた。それもこれからは毎週だ。


「ルース、疲れただろう。少し休んでおいで」

「はい、サミュエル様」


サミュエルは侍女にルースを部屋に送らせた。サミュエルは私をふかふかのソファに座らせ、自分も向かいのソファに深々と腰掛けた。


「思い詰めてるね」

「ああ、分かります?ちょっと鋭すぎて引きますけど」

「暫くぶりだけど長い付き合いだしね。デビューして暫くは僕が君のエスコートをしてたんだし」

「悪い虫が付かないようにですけどね」


大貴族様を横に置いておけばその他大勢の普通の貴族じゃ釣り合わないと勝手に消えてくれて重宝していた。が、彼がビジネスにのめり込んで私の相手をしてくれなくなったから自然と付き合いが消えていったのだ。


「貴方に捨てられて私がどれほど苦労したか…」

「最近の騒動は聞き及んでるよ。大変だったね」

「隠し事は無理ですね。…で、どの子が貴方の子飼いですか?」

「出入りの庭師」


明るい庭師のおじさんが脳裏に浮かんだ。あいつか…うちにはスパイが沢山紛れているようだ…フィリスといい…胸が痛い。


「僕が君の様子を気にしていても不思議じゃないでしょう?君のことは本当に好ましいと思っているし」

「男友達と並列で、ですね。こんなに可愛いのに恋愛対象にはならないんですか?」

「元から磨きがかかってる人は対象にならないんだよねえ…僕って変わってるから」

「彼女は妹ですよ」


サミュエルは自分で1から磨くことに喜びを覚える。だから元から自分に磨きをかけて美しくしている人間は全く対象にならないらしい。その点、サミュエルの新しい妹のルースはばっちりどころかしっかり彼の恋愛対象だ。


「今はね」


意味ありげにサミュエルが微笑んだ。


「良かったらルースと仲良くしてあげてほしいんだ。あんな暮らしだから友達もいないし、何もかもにビクビク怯えてる。いずれは君のような堂々とした令嬢になってほしいし、可能であればローズヒルズの養女にしてほしいと思ってる」

「それは私の一存では決めかねますけど…」

「エディに話を通しておいてくれる?彼女は商家の出身だから僕に嫁ぐのは難しいんだ」

「猛反発でしょうね」


大貴族様が別の貴族と繋がらず商家の娘と、というのは彼の家族からも全く関係のない貴族連中からもバッシングを食らうだろう。彼が気ままな独身を貫いているのも既に各所から抗議の声が出ている。


「見返りに、僕はこれからも変わらず君を支持するよ。ローズヒルズとしてもマドック家と繋がるのは悪くないと思うけどな」

「そのように兄には伝えます」


サミュエルはにっこり笑った。


「羨ましい。貴方には選択権があって、何もかも思いのまま。私は何もかも上手くいかないですもの」

「そう?」

「私は…何もかも失った気分なんです。この世で一番好きな人も一番信頼していた侍女だって…」

「フィリスも?あんなに仲が良かったのに」

「弱みに付け込んで惚れさせてくれます?」

「僕じゃ役不足でしょ」


そんなことない、とは言えなかった。ジョシュア様のことがとっても好きだ。今でも。サミュエルは、逆立ちしても好きになれるタイプじゃない。


「じゃ、せめて一矢報いてみない?」

「どうするんです?」

「戦勝祝賀パーティがあるでしょ?再来月かな」

「…よくご存知ですね」

「アルフォンスが出て負けるわけないし、僕なりに分析した結果だよ」


顎に手を当ててサミュエルは考え込む。


「そのパーティには僕と行こう。どうせエディは新しいローズと行くんでしょう。君は相手がいないよね」

「構いませんけど」

「そこで僕たちは恋人だと見せかけるんだ」

「嫌ですけど」


笑顔のままサミュエルが無言の圧力をかけた。私は頬を引きつらせながら顎を引く。


「詳しく聞かせていただけます…?」

「まずは料金の話をしようか」

「は?料金?パーティに一緒に行くのに私からお金を取るんですか?」

「僕の出張費用も高いんだよねえ…」


半眼で睨むがサミュエルは笑顔を崩さない。右手の指を二本上げて嬉しそうに言った。


「僕と君の付き合いだから大幅に値引いて、君の出張費用2回分でどう?」

「…よろしいでしょう」

「助かるよ。ルースも喜ぶ。あ、あと僕のパーティ用の服も君持ちで」

「大損なんですけど」

「今後も末永く贔屓させていただくよ。次来るときは僕用の服も持ってきてくれる?」

「まあ。それなら大歓迎」


金にうるさいエディお兄様も黙って送り出してくれそうだ。


「これまで自分に惚れてた女性に突然興味を失われたら、追いかけずにはいられないのが男ってやつなんだ」

「…でも、そんな気持ちで追いかけて欲しくはありません」

「だから追いかけて来た彼を綺麗サッパリ振ってしまえばスッキリするんじゃない?」


すっきり…するだろうか。首を傾げてみせるとサミュエルはくすっと笑った。


「大丈夫、僕のこと信じて」

「…よろしいでしょう」


納得もそこそこに、私は頷いた。このまま屋敷で悶々としているよりはずっと建設的だと思えたのだ。




屋敷に帰ると1週間ぶりにフィリスと顔を合わせた。少し気まずそうにしていたが、私はあえていつも通り堂々とした態度を崩さなかった。


「フィリス、悪いですけど今日からミッシェルについてもらえますか?」

「…え?」

「私はそのうちローズじゃなくなりますから、早いうちに新しいローズに慣れて貰いたいと思います。お兄様には私から話を通しますから」

「で、でも、お嬢様」

「返事は無用です」


言い淀むフィリスに冷たく切り捨て、私は新しい侍女を連れて部屋に戻った。これが第一歩。サミュエルに言われたプランの一手。

それから、私はエマと相談してサミュエルと私の揃いのパーティ用の服を決めた。私のドレスにはサミュエルのアクアマリンの色を、サミュエルのには私のサファイアの色を。花の咲き誇るような繊細で華やかな刺繍を。誰が見ても似合いのカップルに見えるように。誰もが私とサミュエルの仲を誤解できるように…エマは不思議そうに首を傾げていたけれど、とにかく言われた通りに作ることを約束してくれた。それから、たくさんあるドレスの中からルースに似合うドレスをピックアップしていく。サミュエルの平服もいくらか用意しているとエディお兄様の大きな声が階下から響いた。


「マリアー!!!!」

「はいはい、何でしょう」


うんざりしながら返事をするとエディお兄様は眉を吊り上げたまま凄む。


「フィリスをミッシェルに渡すだと?」

「ええ」

「どうして!」

「私もいつまでもローズというわけには参りませんから」


エディお兄様は言葉にならない言葉を吐き出した。パニックで頭の血管が切れそうになっている。顔を真っ赤にして、怒鳴り出す前にさっと身をかわした。


「私、ジョシュア様のことをすっぱり諦めました!」

「…上手くいってたんじゃなかったのか?」

「少々疲れてしまったようです。心が折れてしまいました。だから次のパーティにはサミュエルを誘ったんです」

「サミュエル?マドック家の?」

「ええ、そのサミュエルです。私、きっと彼となら上手くできると思います」


朗らかに笑うとエディお兄様は本気で不思議そうな顔をしたまま固まった。追い打ちを掛けるように微笑む。


「いずれマドック家との繋がりができますから、その時はよろしくお願いしますね」


ま、私とじゃないけど。

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