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マリアの婚約者?

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「よりにもよってラインラルド家に外堀埋められるなんて…抜かったな」


エディお兄様が悔しそうに唇を噛む。私の婚約の噂は奇妙にもローズヒルズ家の家人または召使いには一切伝わらず、専ら市井の庶民の間で広まった噂なのだ、と情報屋を使ったジョシュア様から聞いた。そのジョシュア様は私の隣でエディお兄様と一緒にがっくり肩を落としている。


「この俺が情報戦で負けるなんて…」

「私の婚約を心配してるわけじゃないんですね」


そっちかよ!ちょっとは私の心配もしてくれれば良いものを、ジョシュア様は自分が知らなかった情報に本気で凹んでいた。語り部は情報が命綱であるために、その頭たるジョシュア様が知らない情報があるという事実に打ちのめされたらしい。


実のところ、その噂が出回ったのはつい先日…それも薔薇祭りの前日からであったそうだ。噂の出所ははっきりしない。誰に聞いても「知り合いの知り合いが」としか言わないのだ。その噂の内容は、まず祭りの前日に「ローズクリスタルを職人が加工しているらしいよ」という、遠回しにローズが結婚するという噂が広まった。そして祭りの当日に「マリアお嬢様はラインラルド様とダンスをしたらしい」、そして今日になって「ローズヒルズとラインラルドが提携するのは自然な流れ」と政略結婚的な意味で私の意思に関係なくあくまで自然な流れとしてラインラルド伯爵子息と婚約したことになっていたそう。


どうにもこうにもきな臭い。ローズクリスタルは未だ加工どころか研磨すらされていないし…それどころかまだどれが良いかの選別だってしていない。ラインラルドの息子とは踊ったけれど三秒で突き放したし…何よりラインラルドと事業提携はあり得ない。

ラインラルド家は王都からより離れた辺境にあり、土地も痩せた苦しい領である。そんなラインラルド家の特産品は、人参。あの赤い野菜の人参である。痩せに痩せた土地でさらに痩せた人参を特産品と言い張る領だ。何をどうやって事業提携するのか皆目見当もつかない。不自然極まりない流れだ。


それに、ラインラルド子息は兄も弟もまとめて今年の社交シーズン中に婚約も交際も大勢の前で蹴ったばかりだ。


だというのにこの流れはおかしい。それに着々と外堀が埋められつつあるのも気にくわない。こういう街全体でお祝いムードにしておけば実際にお断りしにくいし、噂を聞きつけた貴族達が祝いの品をフライングで持ってきかねない。そんなもの持ってこられたら引くに引けなくなる。


「お兄様、本当にラインラルド家のバカ兄弟とだけは結婚したくないです、どうにかなりませんか」

「確かに放っておくとマズイな。昨日きていた貴族連中が聞きつけていたら特に…」


エディお兄様が珍しく声を小さくして思案し始める。考えるより動け、と私はエディお兄様の耳に向かって叫んだ。


「お兄様!あんな人私の美意識が許せません!生理的に無理!結婚することになったらジョシュア様を道連れに自殺してやりますから!!!!」

「俺を巻き込むな」

「マリア…!そこまで思い詰めるな、大丈夫だから…」


私が半狂乱で怒るとエディお兄様が顔を真っ青にして宥めた。

だけど本当に、結婚はしたくない。政略結婚するつもりは元々毛頭無いし、だからこそ自らの意思で決められるローズの地位を望んだ。そして自らの意思でジョシュア様に求婚している。なのに、なのに!外堀を埋められたくらいで結婚したく、ない!


休みを与えたはずの私の専属侍女のフィリスがノックもなしに滑るように私の部屋に入って、私にお盆に乗った一通の手紙を差し出した。


「マリア様~、愛しのダァリンからですよぉ」

「からかうのはやめてください!」


ダァリン、のところを無駄に甘く囁かれて総毛立った。お盆から手紙を奪い取って、封を乱暴に破る。中から出てきた手紙にはラインラルド伯爵からの書状がしたためられられていた。季節の句、それから先日のパーティのこと…などなどを読み飛ばしていくと本題が目に飛び込む。

『互いの領民も祝福し、また周辺貴族も似合いであると認めております。この噂を認め、今こそ我らが手を取り合い互いの繁栄のために血を繋ぐべきではありませんか』

膝から崩れ落ちるとはこのことか…。私は床に膝を強かに打ちつけて床に崩れ落ちた。手紙を投げ捨ててエディお兄様に詰め寄る。


「お兄様ぁ!もう他所の貴族にも噂を流されていますよ!どうしてくれるんですか!」

「待て、落ち着け!俺たちローズヒルズ家としてもマリアを失うのは本当に惜しいんだ!お前の意思で出て行かない限り追い出したりは決してしない!」


エディお兄様は私の肩を揺すって正気に戻そうとした。

そうしているとフィリスがゴソゴソとポケットから何かを取り出す。窮屈そうに押し込められていた束になった手紙を引っ張り出してまたお盆に載せて、嬉しそうに差し出した。


「じゃーん」

「…敢えて聞きましょう。それは一体、何ですか」

「周辺貴族様からの、お手紙の山でぇーす!」

「いやぁぁあああ」


わたし、何か悪いことしましたっけ?!

フィリスは別のポケットから今度は丁寧に手紙を取り出す。差出人をよく見ながら、私に封蝋をよく見えるようにお盆に載せた。


「ちなみに何故か妃殿下と第二王女殿下からのお手紙も…」

「ど、どどどうして?!」

「それからラインラルド家お抱えの司祭から式の日取りの打診も来てますよ!よっ、モテモテ!憎いねえ!」

「フィリス、もう良いから下がりなさい…これ以上マリアで遊ぶな」


エディお兄様にしっしと追い払われてフィリスは大人しく、完璧な礼をして部屋から出て行った。衝撃のあまり貧血を起こした私は、ふらふらと床に手をつく。


「とにかく、妃殿下と第二王女殿下の手紙だけは先に見よう」

「勝手に見てください…内容を、掻い摘んで教えてくだされば良いので…」


これ以上衝撃を与えられたら心臓止まってもおかしくない。お兄様をクッションに、内容を優しく知りたい。原液100じゃなくて薄めて3%くらいで知りたい。

エディお兄様はジョシュア様と一緒に妃殿下からの手紙を広げ、一気に顔色を悪くした。ジョシュア様も、苦いものでも食べたような険しい顔で手紙を見、そしてサラセリア様からの手紙も広げた。一通り見ると今度はエディお兄様の気分が悪くなったのか、ソファに座り込んで落ち込んでしまったのでジョシュア様がため息混じりに私に説明をする。


「そのだな…妃殿下はラインラルド家の兄とマリアは可愛らしいカップルだから全力で応援しているそうだ…サラセリアは…結婚式には必ず呼ぶようにと…だな…」

「それって結婚しろと通告されたってことですよね?」

「…まあ、そういうことになる」


王家から直々に圧力がかかっている…!ラインラルド家のくせに、どうやって王家を巻き込んだのか…!


「ええっとだな、言いにくいけれど、妃殿下の名で婚約届けも受理されたらしい」

「そ、それって…?でも私は婚約届けにサインしてませんし…エディお兄様もそうでしょ…?」

「つまりその…妃殿下が強制的に結婚を許可させたってことだ…平たく言うと」

「いやーーーー!!!!!!!」


私は恐怖と嫌悪感に泣き叫んで部屋を飛び出した。

どうして、どうしてこんなことに!結婚はしたい、ジョシュア様と!どうして私が好き好んで落ち目の伯爵家と政略結婚なんて!なんのためのローズなの!


走って走って、ヒールの高い靴は階段の途中で脱げてしまった。息が切れるまで走っているとローズヒルズの屋敷の一番高い塔の天辺にたどり着いた。昼と夕方と真夜中に鳴らす鐘の塔だ。私のいる所に特大の鐘が置いてある。壁に背を預けて息を整え、絶望に涙が出るのを止められずに膝を抱えて子供のように泣いた。時間はもう遅くて、星が殊更美しい夜だったけれどそんなものは見たくない。だって私はこれから、醜くて頭の悪い、ついでに性格も傲慢で最低な好色変態野郎に嫁ぐんだもの…!いっそのこと死んでやるわ…!!塔の縁に片足を掛けたところで後ろからジョシュア様が手を握った。


「早まるな、バカ!」

「じょ、ジョシュア様ぁ…!」


ジョシュア様が息を切らしながら私の手を引く。探し回ってくれたらしく、汗びっしょりでぜーぜーはーはーと息を切らして私の隣に腰掛けた。


「ちくしょ、暗いからお前のブス面拝めねえ」

「酷いわジョシュア様…!もう死ぬ!」

「俺が悪かった!止めろ!」


またしても引き止められ、今度は手をしっかり握られたまま2人で膝を抱えて座り込む。


「どうしてこんなことになってしまったんでしょう…」

「本当にお前は悪くないんだけどな…」

「だったら…ジョシュア様!私と駆け落ちしてください!」

「嫌だ」


あっさり断られて私は普通に凹んだ。膝に顔を埋めてじわじわと滲む涙をドレスで吸い込む。


「可哀想な私…結婚相手を自分で選びたくて死に物狂いでローズになったっていうのに、結局政略以下の策略で結婚ですよ。それもとんだ貧乏くじの斜陽貴族と」

「マリア…」

「まだまだやりたいこともあるのにローズからも引き離されてあんな辺鄙な領に連れて行かれたらもう王都にも滅多に行けないし、ローズヒルズにもローレライにも帰れません。お金もないから王都に別宅もありませんしね」


死ぬほど好きなお買い物だってもうできない。仕事だって好きなのに辞めなきゃいけない。今まで美貌もお金も地位も全部欲望のままに手に入れてきたのに、こんなことで全部諦めなくてはいけない。こんなのって、私らしくない。


「本当はプロポーズだって特別大切にしたかったんですよ?結婚式だってとっても豪華で盛大な披露宴で領の人みんなから祝われたかったんです。だけどあの人の隣にいるところなんて誰にも見て欲しくない…!結婚式もあげたくない…っ!」


嫌だあぁと叫んで私はまたしゃくりあげた。人生が終わった瞬間なのだ、泣かずにいられるか。その後の人生だって考えれば考えるほど辛い。子供を産んでもあの人との子供じゃ美貌はおろか、頭脳明晰も望めないし、身長もなさそうだ…女の子だったら貰い手に困るだろうし男の子なら出世も望めない。そんな時に私はどうすれば良い…?


「マリア、まだ正式に決まったわけじゃないんだ、安心しろ」

「安心なんてできません!」

「ちゃんとエディが抗議の手紙を各所に出しているから、どうなるかはまだ分からない。そもそも婚姻は家の間の話だからいくら王族とはいえ干渉なんてできないはずなんだ」

「当然です…どうして妃殿下が勝手に出した婚約届けが受理されたのか皆目見当もつきません」

「そうだ、まずそこがおかしい」


弱々しく項垂れ、ぼろぼろ溢れる涙を指で拭う。ジョシュア様は繋いだ手をぎゅっと握った。


「考えられるのはこの2つだ。まず、妃殿下が嘘をついているということ。婚約なんてしていないけれど、したと信じ込ませているだけってことだな。もう一つは、…妃殿下が法律や倫理を捻じ曲げるほどの権力を得ているということだ」

「前者であることを祈るしかありません…」

「後者だったとしたらこの国始まって以来の大惨事だといえる…忙しくなるなあ」


本来の王族を押しのけて、関係のない妃が、そのワガママで常識に土足で踏み込んだのを王はわざと見逃している可能性がある。だとすると、もはや国の中枢は王ではなく妃のほうにあると言えてしまう。ジョシュア様はため息を盛大に吐き出して、残念そうに言った。


「それから何故妃殿下がそんなことをしたのかを考えなきゃならない」

「そういえば前に妃殿下からデズモンド王子の側室になれ、と言われた所なのに…」

「側室になれ…だと…」


ジョシュア様の手が一瞬震えた。


「…予想はつく。側室になれとは言ったものの、デズモンドの野郎がお前のことをサラセリアより気に入っちゃったんだ。それで妃殿下は面白くなくなった」

「酷い話…」

「安心しろ。権力は全くないが、正義感だけはあるアリシアの庇護下にいるんだ。きっとこの話を聞いたら何とかしようとはしてくれるさ」

「でも、もしダメだったら、わたしは…」

「シー」


ジョシュア様は私の唇に人差し指をそっと当てて黙らせる。不安でいっぱいだけれど、泣き疲れてやっと涙が止まってきた。嗚咽が止まりかけているのを見たジョシュア様は、空いた手で私の涙を拭った。胸が高まる。鼓動が早い。


「ジョシュアさま…」


ジョシュア様と顔が向き合う。近い、このまま、目を閉じて…どちらからともなく顔が近付く。雰囲気にのまれて甘えるように手に手を重ねる。ジョシュア様は嫌がらずに優しく手を握る。


「マリアお嬢様、嫁入り前の娘が男と二人っきりになっちゃあだめです」

「ぎゃっ!」


フィリスが塔の階段を登りきって私達の正面に立ち上がっな。ジョシュア様は私のことを突き飛ばして顔を背ける。一気に人一人分の距離が開いた。


お、惜しかった…!あとちょっとだったのに…!


「…ていうかあなたさりげなく私の味方じゃありませんね?」

「いえいえ、味方じゃなかったら休み返上で働いてませんって。あの手紙でみんなびびってマリア様の所になんていけないって言うんで」

「そんなことで解雇通知叩きつけませんよ…」


世の中には不機嫌に任せて解雇するなんてこともあるけどローズヒルズの人はそんなことない。


「エディ様が半泣きで探しているので帰ってあげてくれます?」

「エディお兄様まで泣かすのは趣味じゃないですしね…」


私は立ち上がって放心状態になっているジョシュア様を引っ張り上げた。手を繋いだまま階段を降り始めるがジョシュア様は文句一つ言わなかったし、手を握り返してくれていた。


「うわ、マリア様、ブッサイク」

「解雇通知が必要なようですね」


フィリスが差し出す鏡を覗く。ふむ、確かに化粧が丸々剥がれてアイラインやアイシャドウで黒い涙が流れた跡がくっきり残る散々な顔だ。ジョシュア様に見られないように髪で必死に顔を隠して歩く。ジョシュア様は薄ら笑いで私の顔を少し前から歩いて見ていた。見られた。見られた……

フィリスが思い出したようにポケットからハンカチを取り出して私に手渡した。遅いぞ、絶対わかってやってるな。顔を拭きながら部屋に戻る。


エディお兄様は半泣きで手紙を書き殴っていた。お兄様宛にも色々と手紙が来たらしく、山のように積まれた手紙に一つ一つ抗議をしているらしい。執事もオロオロと手紙の山を仕分けしていた。


「悪い報せだ、マリア。しばらく王都には返してやれない」

「お、お兄様…まさか…」

「ラインラルドの馬鹿がしばらくうちに滞在する」

「いやあぁ、帰らせて!帰らせてください!!!」


またしても逃げ出しかけたのを手を繋ぎっぱなしだったジョシュア様が引き止めた。このために繋いでいたのか…!不覚……


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