ブルーローズバースデー
地獄の2週間だった------
私は美しいドレスを着つけられながら遠い目をした。
ドレスは白から紺へのグラデーションで殊更に美しい品だし、手触りも最高で、まさにローズに相応しい最高級の逸品であると言える。このドレスが見つかるまで何百というドレスを見、着せられ、連れまわされ…体力の底が見えたような気すらした。それに今回は自分のドレスだけじゃなくてアリシア様のドレス探しもあった。そしてさらに…ローズの今年のドレスを、それから来年用のドレスの絵を描かせるために画家を何人も読んで描かせたり…もう、本当に、心の底から言わせてほしい。
地獄の、2週間だった…!!
何とかアリシア様のドレスの目処も立ったし、何より今日の薔薇祭りが終われば王都に帰れる。王都に帰れば、自分のペースで仕事ができるから比較的楽になる。ああ、本当に良かった…!自分の誕生日なのに生きた心地がしないなんて、ローズなんてなるもんじゃない。
午前中に薔薇の品評会が行われる為、地獄の形相の私は朝一番に叩き起こされ、化粧をし、ドレスを纏い、審査員の一人として席に座った。めちゃくちゃ眠いがそれをおくびにも出さず優雅に微笑み、薔薇の一つ一つを観察して得点をつけていく。依怙贔屓が出ないように作品名や作者は隠されており、一見では私にもどれがアルフォンスお兄様の作品かは分からなかった。
「これはとても良い香りですね」
どういうわけか、出来の悪い薔薇ばかりがよく見える中央に置かれ、優勝候補になるべき作品は会場の隅に追いやられていた。いろんな悪意が見え隠れするが、いつものことなので気にせずに隅に追いやられた薔薇を見に行く。その中で一際目立っていたのは優雅な黄色い薔薇だった。完全に咲き切った薔薇ではなく、慎ましく5分咲きであったが、とにかく香りが良い。
「こちらの薔薇はこの5分咲きが一番美しい状態なのだそうです。完全に咲くと、香りがより強くなりますが、見目はこちらの方が良いのでそのまま香水にされるのが良いでしょう」
「まあ、素敵だわ」
一度で二度美味しいなんて最高じゃないですか。作品の解説者ににっこり微笑み、私は最高得点をこの薔薇に与えた。
審査員全員が採点を終え、野外の会場へ移る。私の登場に会場に集まった人々が歓声をあげた。気分を良くして手を振っていると、集計を取った物がすぐに追いかけてきて、私にも順位の書かれた紙を手渡す。プレゼンターを交代して私が鈴のなるような声で今年の優勝を告げた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。今代のローズ、マリアでございます」
お決まりの挨拶を終え、順位を見ていく。私の選んだ薔薇はもちろん優勝だ。
「今年の優勝は…いえ、今年の優勝も、ですね。壇上へどうぞ、…アルフォンス・ローレライ!」
アルフォンスお兄様は拍手を持って壇上へ堂々と上がった。ライバルたちは「またお前か」と言いたげだったが、腕は認めているのか、素直に拍手で迎えている。アルフォンスお兄様は嬉しそうに審査員からアルフォンスお兄様の薔薇の鉢植えを受け取り、そこから一番出来の良い薔薇をハサミで切った。それを片膝をついて私に差し出す。
「今年もまた、飾っていただけますか?貴女の美しさには劣りますが」
「喜んで。つけてくださる?」
アルフォンスお兄様は丁寧に薔薇の棘を抜き去って、私の髪に薔薇をさした。ドッと歓声が上がり、羨ましそうにライバルたちがアルフォンスお兄様を見上げた。ところで私が珍しく敬語ではないのは、実の兄ではあるが現在の爵位では私が上回っているので礼儀としてこうなっている。
「ところでこの薔薇の名前は?」
「『愛し姫』と名付けました」
「5分咲きですから控えめな姫なのでしょう。とても良い香りですから、あふれる魅力は抑えられないようですわ」
…と、適当にプロモーションをして、私はアルフォンスお兄様に賞金と賞状を手渡し、朝の祭りはお開きになった。アルフォンスお兄様は勿論たくさんの株をローレライ家に預けていたようで、ローレライ家が出店している薔薇ブースは人でごった返し初めていた。
その隙に乗じてアルフォンスお兄様を屋敷に迎え入れ、幾つか薔薇の花を貰って髪に飾り付けさせながら尋ねる。
「愛し姫ってどんなネーミングセンスなんですか…ていうかジェシカのことでしょう、これ」
「そりゃあジェシカからインスピレーションを受けて作ったんですから仕方ないでしょう」
「ジェシカには伝えたんですか?」
「枯らされたら困るのでまだ言ってません」
枯らされるかもしれないってことは分かっていたのね…と嘆息。というか下手したらアリシア様に横恋慕していると思われかねない危険なネーミングだと思うのは私だけだろうか。
朝のグラデーションドレスから夜用の、大胆に胸元が開いたロイヤルブルーのドレスに着替え、薔薇をさらに豪勢に飾った頭をした私は屋敷のパーティ会場でにこやかに客対応をしていた。いつも頭は短い少年の髪だけれど、ローズの誕生日だけは話は別。鬘を被ることが許され、一年に一度の特別な日ということで普通の令嬢に戻ることができるのだ。ということで私は髪を高々と結い上げ、それはそれは気品に満ちた令嬢に変貌していた。ローズの姿だと、ドレスやアクセサリーを際立たせるために髪をアンバランスにしているので、この姿は普段はなかなか見せられない完璧な令嬢姿と言えよう。私のエスコートをするエディお兄様も鼻が天井まで伸びそうな勢いで高くして私を誇らしげに連れまわしている。この姿はまず間違いなく万人受けする出来なのだ。ちなみにこのドレスだけはエディお兄様がこのパーティのためにドヤ顔でプレゼントしてくれたものである。この日のためにエディお兄様が半年かけて直々にデザインしたものらしい。揃いの宝石もエディお兄様デザイン。全身エディお兄様プロデュースだ。素直には言えないが、ビジネスパートナーでしかない義理の妹をこれだけ大切にしてくれているのは素直に嬉しいことだし、私を好きにさせてくれているのもいつも有難く思っている。
「本当に綺麗ですよ」
「ありがとうございます、アルフォンスお兄様」
「マリア様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、ジェシカ」
…珍しく、アルフォンスお兄様はジェシカを伴ってパーティに来ていた。私はびっくりして二度見したが、アルフォンスお兄様は幸せそうにジェシカをエスコートしている。ジェシカはアルフォンスお兄様が買い与えたのであろう上質のドレスをまとって居心地悪そうにしていた。
「驚きました。あなたがここに来るなんて…それもアルフォンスお兄様と」
「アリシア様命令ですから仕方なく」
「まあアリシア様が…でも、すごく綺麗ですよ。そこらの貴族には負けていませんね」
「貴族のフリをするのも無理がありますけどね」
確かにジェシカは庶民だから、貴族の中に紛れるのは居心地が悪いらしい。歩き方一つ取っても気を使うものだし、ジェシカはダンスを一つも覚えていないからダンスの時間になったらアルフォンスお兄様と外に薔薇を見に行く約束をしていた。丁度薔薇祭りのための薔薇が咲き誇っているし、夜の庭には明かりを沢山灯しているのでまず間違いなく楽しめるだろう。
「マリア、お誕生日おめでとう!こんなに華やかなパーティ初めてよ!とっても楽しいわ!」
「リゼリア様、来てくださってありがとうございます。楽しんでいただけているようで私も嬉しいです」
リゼリア様がジョシュア様を引きずって私の所へ来てくれた。ジョシュア様はリゼリア様に引っ張られた腕を整えながら渋々といった風に私にも最低限の挨拶をした。
「…おめでとう」
「ありがとうございます、ジョシュア様!今までで一番嬉しい誕生日祝いです」
ジョシュア様が私のパーティに駆けつけてくれるなんて、贅沢なパーティだ。とびっきりの笑顔をジョシュア様に向けるとジョシュア様はほっとしたように肩の力を抜いた。
「ジョシュア様、後で踊ってくださいね、絶対ですよ」
ジョシュア様にウインクして、私は挨拶を今か今かと待っている他の貴族達の元へエディお兄様と挨拶回りをし始める。ちょいちょい名前を忘れて苦労はしたが、まあ及第点はもらえただろう。エディお兄様もうろ覚えが激しかったのでいい勝負だったはずだ。血の繋がりは薄いのに良く似た義兄妹である。
ダンスの時間に差し掛かると私はまずパートナーのエディお兄様とフロアに踊り出た。一曲目はローズヒルズ家では必ず取り入れられる珍しい型のダンスだ。クラシックで、バレエの要素を含んだダンスは代々ローズヒルズの流れを組む家では必修科目として教え込まれている。これがめちゃくちゃ難しい。体幹を鍛えていないと安定しない踊りなので、これを真面目に練習するだけでゴッソリ痩せる。うっかりローズが太り始めたらこのダンスを死ぬほど踊らされる…という嘘か本当か分からない言葉が分家には伝承されている。真偽の程は知らない。太ったことがないからわからない。
このダンスに入れるのはローズヒルズの流れを汲む者たちだけで、私の実家のローレライ家のお兄様やお母様、他のローズヒルズに連なる家の方々が次々にダンスフロアに入ってきた。一曲目が終わると今度は普段の夜会でよく聞く曲が流れ始め、その他の貴族が順番にフロアへ入ってきたり、逆にフロアから離れて壁の花になる者に別れ始めた。
今日の主役の私は勿論引っ張りだこなので休むことは許されない。次々とダンスに誘われ、下手くそを引き剥がし、パートナーを変え続けていく。宣言通りアルフォンスお兄様はジェシカを連れて庭に行ってしまったので今日は踊ってくれなかった。
踊るに値する人とだけ、と思ってはいても存外人数が多いし、私に好意を持つ人物はこの機会に見合いでもと持ちかけてくるので時間と手間がかかって仕方ない。いつまで経ってもジョシュア様が誘ってくれないので無作法とは知っていても、群がる男共を掻き分けて壁際で談笑するジョシュア様とリゼリア様の所へ進む。ジョシュア様は私を気にしていない顔で、なにか、とでも言いたげな胡散臭い顔で出迎えてくれた。
ジョシュア様って、いつもこうだ。期待させるようなことをして…そして必ず期待を裏切る。なかったことにしてしまう。パーティに呼んで欲しいと言ったのに主役の私に無関心を決め込む。そんなのってひどい。
「ジョシュアさま」
「おう、お疲れ。流石は人気者のローズ様って感じだな」
「馬鹿にしないでください」
ジョシュア様は面白くなさそうに私の後ろを付いてきた男共を一睨みした。男共はジョシュア様が誰かを知らないから、私を狙うライバルとして不穏な空気が立ち込める。私はそれに構わずジョシュア様に俯いたまま勝手に宣告をする。
「今日は私の誕生日です。だから、おねだりさせてほしいと思います」
「おいおい…」
私は紳士が淑女にそうするように、ジョシュア様に向かって腰を曲げて礼をした。そして嫌がらない程度に手を取って、手袋をした甲に口付ける。ジョシュア様はたじろいで、目を白黒させた。
「ジョシュア様…私の王子様、どうか私と一曲踊ってください」
ジョシュア様は驚いたように呆然と私を見た。目を合わせて逃がさない。音楽はかかっているのに、私とジョシュア様の間は驚くほど無音で、神経を研ぎ澄まして私は返事を待った。こんなに恥ずかしいことをしたのに、私はいつになく堂々と、そして誇らしい気持ちだった。
やった、ジョシュア様を困らせてやった…!とすら思っていた。きっとこれは無意識の意趣返しのつもりだったのだ。
ジョシュア様は私の手を握り返して返事を肯定で返した。声が裏返っていて、かっこいい返しでは無かったけれど、言葉もくれた。
「その誘いを待ってた」
ジョシュア様と私は、パートナーとしてフロアへ戻る。ジョシュア様は前に私と踊った時のように、私を利用しているわけでもなく、本当に純粋なお祝いとして私と踊ってくれた。言葉はなかった。ただ溶けるような視線を交わして、身体をくっ付けて幸せなひと時を過ごしていた。ジョシュア様は、私がほしい誕生日プレゼントを、くれた。本当に欲しいものを。高価なドレスでも希少な宝石でもなく、彼と過ごす時間を。
夢のような一曲は、人生で一番短い一曲に感じた。私はもう一曲を強請り、ジョシュア様はごく自然な動作で拒否を示してさっさとリゼリア様の元へ帰ってしまった。それにもちろん少なからずショックを受けたけれど、先ほどの甘美な時間に勝るものはない。
パーティが終わるまで私は機嫌良く群がる男共の相手をこなした。
さて、パーティが終われば待ち受けているのは貰ったプレゼントの仕分けである。各地の有力貴族から無名の貴族まで至る所から大小様々の贈り物ご山のように屋敷の一室に無造作に置いてあった。本来なら侍女に開けさせれば良いのだけど、パーティの準備片付けなどで彼女たちも死ぬほど忙しくしているからとっても頼れない。よって、私とエディお兄様で誰から何を貰ったかリストを作成しながらラッピングを引き剥がしていく。
「毎度ながら趣味が悪いと思いませんか?なんですこの壺は」
「物凄く高かったと言っていたぞ」
「ぼったくられたの間違いでしょう」
どこぞの伯爵からのプレゼントを廃棄のゾーンに入れる。キープと廃棄のゾーンに分けて見た瞬間にそれを決める。廃棄ゾーンのものは屋敷の使用人に引き渡し、それでも引き取り手がないものは売り捌く。
「これはとっても気がきくプレゼントです」
「それで喜ぶのはお前だけだと思うけどな」
重い袋を開けると中からは上質な絹が沢山出てきた。これは勿論キープ。後でドレスにする。宝石類もキープ。
「ああ、アルフォンスの薔薇は初販売分53%は買い占めた。今年はいつも以上に売れてるみたいだな。ローレライの連中もすごいいい顔してたよ。毎年の臨時収入で城の改築が進むって」
「確かに実家はとっても古い城ですから…歴史があるとか以前に隙間風が物凄くって…」
アルフォンスお兄様の薔薇は今年は特に美しいだけではなく商業的に香りも使えるものだった。香り高い薔薇は香水にも香油にも何にでも応用できそうな代物だったので、開発できそうなローズヒルズが半分買い占め、残りを周辺の貴族で分け合ったり、今回のお土産として持って帰る貴族が多かったのだろう。注文だけでパンクしそうなほど貰えたらしい。
粗方のプレゼントを開けると1日のイベントでくたびれていた私たちは片付ける気にはなれず、部屋をそのままにして早々に解散した。大方の片付けを終えた侍女も休みに入っていたので、フィリスだけは私の世話として残らせた。めちゃくちゃ嫌がっていたけど一人でドレスも脱げないしお風呂にも入れないんだから仕方ない。お湯を持ってきて貰って汗を流し顔から化粧を落としてほっと一息つく。疲れ切ったフィリスに明日は休んでいいよと告げると突然元気になって部屋に下がっていった。
翌朝になって目を擦りながらプレゼント部屋に戻り、今度は侍女の助けを借りてラッピングの山を片付けていく。ふと開け忘れたプレゼントがあるのに気付いてラッピングを引き剥がすと、ガラスでできたウサギの親子の置物が出てきた。
ウサギ…はて、どこかで何か見たような…
ウサギ…
子ウサギ…
「はっ!ジョシュア様!」
子ウサギ小屋…!!!うっかり怒りで子ウサギを床にたたき落として割ってしまった。親ウサギのほうも見るに堪えないので(普段ならとっても素敵だから玄関にでも飾りたい)廃棄ゾーンに置いておく。
「語り部様ならまだ屋敷におられますよ」
「屋敷に?」
「ええ、エディ様がアルフォンス様とそのお連れ様、リール公爵令嬢様、語り部のジョシュア様には屋敷に部屋を取るように指示されましたので」
それは私に報告してくださいよ、エディお兄様…時間的に今は呑気に朝食でも食べているんだろう。私もお腹すいたし一緒に食べようかな…
吸い寄せられるように朝食を取っているであろう部屋に入るとやはり、エディお兄様込みで全員で朝食をとっていた。お兄様はやたらとリゼリア様に話しかけていて、なるほどそれで私のことを弾いたのかと納得した。お兄様、リゼリア様に気があるのね。
「ゲッ、マリア」
「なんて声を出すんですか、お兄様。私も呼んでくだされば良かったのに」
「ええ?マリアは寝坊して来られないって…」
リゼリア様が困ったように言った。このやろう、リゼリア様にはいい格好して私が寝坊したことにしたな…
「ええ、おかげさまで楽しく一人で片付けをさせていただきました、お兄様」
「ま、まあ来たんだから一緒に食べようじゃないか…」
「喜んで」
で、と言ってリゼリア様とエディお兄様の間に割り込む。エディお兄様は残念そうな顔をしたが私の般若の顔に負けて椅子を離した。
「改めまして、皆様おはようございます」
礼儀正しく挨拶をしてからパンケーキにシロップをたっぷりかけて食べ始める。アルフォンスお兄様は恐縮しすぎて固まっているジェシカにせっせとコーヒーのお代わりだとか膝にナプキンをひくだとかで甲斐甲斐しく世話をしているし、ジョシュア様は新聞を片手に上の空だ。
「アルフォンスの薔薇が話題になってるぜ」
「そんなの毎年のことですよ。今年は特に出来が良いので余計に話題になってると思います」
「それは勿論だけど、お前とマリアの関係にまで話題が飛び火してる」
アルフォンスお兄様がジョシュア様から新聞を奪い取って読み始める。ジェシカも興味津々でアルフォンスお兄様に顔を近づけて新聞を読んでいた。アルフォンスお兄様がそれに気付いてジェシカに振り向き…あまりの近さに顔を赤らめる。ジェシカも気付いて視線が出会い、ジェシカもまた顔を真っ赤に染め上げた。
見るからに恋の雰囲気に気まずくなる。アルフォンスお兄様とジェシカが何だかいい感じになってるのが意外だった。何かあったのだろうか。
「…ああほんとだ。これは不名誉極まりないですね。薔薇祭りを知らない奴が書いたんでしょう」
「どんなことですか?」
「僕が兄だから、他にどんなに素晴らしい薔薇があろうと兄の作品に得点を与えるってね。不公平だからローズを降りるべきと書いてあります」
「アルフォンスお兄様の批判かと思ったら私の批判ですか…」
"自称"実際に優勝候補と言われていた薔薇の製作者である貴族の恨み辛みインタビューが載せてあり、アルフォンスお兄様もエディお兄様も不愉快そうに顔を顰めた。特にその内容が『たかだか男爵家の物を伯爵家より優位に見るなんて』から始まる身分によって優勝させるべきという論調が癇に障った。身分の貴賎に関わらず美しい薔薇を選ぶのがこの薔薇祭りのコンセプトだというのに。
「優勝候補…?侍女を買収していい位置に薔薇を置いただけのくせに、全く身の程知らずにも程がありますよ」
「彼にはもう出品させない」
いくら貴族だろうと薔薇祭りを穢す奴はもう呼ばない。うちはプライドが高いのだ。前に来ていた縁談を蹴ったからその恨みも少なからずあるのだろう。
「さて、僕とジェシカはもう帰りますが、皆さんはどうするのですか?」
「俺は1日ここにいるつもり。リゼリアは」
「私も帰るわ。アリシア様が寂しがるといけないから」
「じゃあ一緒に帰りましょう。マリアはどうするのですか?」
「私も仕事が少し残っているので明日帰ります」
もう帰ると言ったリゼリア様にエディお兄様が明らかに残念そうな顔をした。デートに誘おうとでも思ったのだろう。だが甘いぞお兄様。お兄様にも仕事が山積みなのだ。
宣言通りアルフォンスお兄様とジェシカ、それにリゼリア様は朝食後すぐに領を発った。エディお兄様は涙ぐみながらリゼリア様を見送った。リゼリア様は確実に引いていた。お兄様ドンマイ。私がついてますよ。
ジョシュア様は馬車を手配してローズヒルズの都に繰り出していった。私とお兄様はお礼状書きに死ぬほど忙しいし今後のローズヒルズのラインナップミーティングまで分刻みのスケジュールが組んであったので夕方まで解放されることなく部屋に篭って過ごした。夕食時にようやくスケジュールを消化できたので、せっかくなので食事はローズヒルズの都でとろうということになり、私とエディお兄様は都で一番腕の良いシェフが構えるレストランに席を取らせた。そういえばジョシュア様がいないままだけど彼も大人なのでご飯くらいどうにかするだろう。大満足のディナーを終えて、さあ帰ろうかというところで目の端にジョシュア様が見えた。我ながらセンサーでも付いているんじゃないかと思う察知力だった。私はエディお兄様と帰らずに都をうろつくジョシュア様を尾行することにした。怪しい人じゃないんです、ただほっとけないだけで。
ジョシュア様は地図を何度も確認しながら民家の並ぶ通りに入っていく。共同住宅の居並ぶ通りで、ジョシュア様は一軒の家の前で歩みを止めた。何度もドアを叩くか迷い、拳を上げては下ろしている。
「どちら様のお家ですか?」
「うわぁ…!」
私は堪らず声をかけた。ジョシュア様はびっくりして情けない声を上げて膝から崩れ落ちる。
「…あなたがそんなに周りに注意していないなんて、珍しいですね」
「仕方ないだろ…」
ジョシュア様はガシガシと頭を掻いて項垂れた。
「ここにもウサギさんがいるんですか?」
「は?ウサギさん?」
ジョシュア様は心底不思議そうな顔をした。私は勝ち誇った顔で告げる。
「ジョシュア様が王都で通ってる高い宿屋さんですよ」
「……………………………いやいや、お前ってやつは」
「やっぱり男の方ってそういう店が大好きなんですか?」
やっと察しがついたらしいジョシュア様は怪訝そうに眉を顰めた。
「俺のことを尾行するのをやめろ、ていうかお前異常に尾行上手くないか?」
「え?そうなんですか?今度から特技の欄に増やしておきます」
「ああそうだな…じゃなくてだな、あれは仕事だ。俺は娼館通いはしない」
「いえいえ、ジョシュア様が女好きなのは周知の事実…アリシア様達からも街に下りる度に違う女を連れていると」
「あいつら俺のことなんだと思ってるんだ?俺なんか悪いことしたっけ」
ジョシュア様は困りきったようにため息を吐き出す。
「俺は貴族アレルギーついでに女も苦手なんだよ。だからそういうのはまずない。お前はもう知ってるだろうから言うけど、俺が会ってた女の半分は情報屋、もう半分はその地区の語り部だよ。それに街に下りたら女より男に会ってるはずなのになんでそっちはカウントされてないんだ?アリシアの野郎…いやこの場合はレイモンドとアルフォンスの馬鹿野郎か」
アリシア様に色々吹き込んだのはどうやらこの2人のようだ。
「で、こちらにはどちら様が?」
「エミリアとマシューだ」
「…ジョシュア様、駄目ですよ。あの2人のことはもう、そっとしておいてください」
「またしても誤解な、お前俺のことをなんだと思ってるんだよ」
見つけたぜ、マシューめ、殺してやる!…な展開を想像してジョシュア様に説教をかますつもりだったが違ったらしい。
「俺ら語り部とマシューはもう和解したんだよ。マシューは語り部に復帰してる」
「まあ、そうでしたか」
「色々不毛だからな、そこで揉めるのは。語り部を失うより俺が引く方がら早いし、俺もそれで吹っ切れてるからな…」
ぽんぽんと慰めるようにジョシュア様の背中を叩く。ジョシュア様は深いため息を吐き出して、ドアを不器用にノックした。はあい、と中から明るいエミリアの声が聞こえ、ドアが開く。マシューが中から出てきて私とジョシュア様を交互に見た。
「マリアお嬢様?」
「ごめんなさい、私もお邪魔して良いでしょうか?」
「もちろん構いません、さあどうぞ」
こほん。
マシューが私の手を取ろうとしたのを、ジョシュア様が咳払いで止めた。代わりにジョシュア様が私をエスコートして部屋に入れる。エミリアがいるのに他所の人に手を出すんじゃありませんってことか。真面目な人だなあ。
「マリアお嬢様ぁっ!」
「エミリア、お久しぶりです。元気にしていますか?」
「はい!ローズヒルズの薬がすごく合って、病気も治るかもしれないと言われました」
エミリアは薔薇色の頬で笑った。肉付きも良くなったし、相当良かったのだろう。マシューも嬉しそうに車椅子に座るエミリアの肩を抱いた。
「良かった、お嬢様とジョシュア様は仲直りしてくださったのね」
「なんとかできたようです」
「そういえば薔薇祭り、参加しましたよ!あの薔薇は本当に良い香りでした」
「今日ここに来るのが分かっていたらお土産に持ってきたのに…!次に来るときは必ず持ってきますね」
いつになるかは分からないけれど…でもマシューが追われなくなったからローズヒルズに腰を落ち着けるつもりなんだそうだ。だから次に帰省した時にはまたお茶に呼んでもらう約束をした。和やかにお茶をしているとエミリアがとんでもない爆弾を無邪気な笑顔で投下した。
「ところでお嬢様に婚約者の噂が立っていますが、実際のところどうなんですか?」
…………………初耳なんですけど、詳細ください。
私がぴしりと石化し、隣でジョシュア様も驚愕の顔で私を見下ろした。




