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子ウサギ狂想曲

念入りに髪を梳かし、美しい銀細工のカチューシャを飾りつけ、目の色に合わせた真っ青なサファイアと淡いブルートパーズのネックレスをシンプルな白いドレスに合わせる。ドレスは首元がきっちり詰まったものをわざわざ選び、王都は季節が移り変わって暑くなってきたが、袖は7部丈の長いもので極力肌の露出を避けた。化粧も今日は控えめに、いつもは挑発的に引くアイラインも鳴りを潜めている。青みのピンクチークと揃いのリップで良くできた陶器の人形のような質感にし、戦闘準備が整ったところで馬車に乗り込む。


ーーーー殴り込みだ!!!!


デズモンド王子から婉曲的に『会いたいから会いに来い』という不躾なお手紙を迷惑にも頂いてしまったからには仕方ない、行くしかない。事前にアリシア様に行ってきますと手紙を出したから、何かあっても対処はしてくれるはずだ。もしかしたらアルフォンスお兄様を護衛に寄越してくれるかもしれない。


「おい」


…淡い期待を他所に、ゴトゴトと馬車に揺られ、城に入るとレイモンド様が不機嫌さを全開に腕組みをして待っていた。私はにっこりと花が咲くような笑顔を見せ、優雅に礼を取る。


「御機嫌よう、レイモンド様」

「アリシア様から護衛を頼まれた。くれぐれも俺に迷惑をかけるなよ」

「…いえ、この際この馬鹿でも構いません。私の身を守ってくださいませ」


一言文句を言おうか迷ったが、それより自分の身が心配だった。前回怪我をさせられた件でデズモンド王子にかなり苦手意識を持ってしまったため、1人で彼の元に行くのは気が重い。だからレイモンド様でも仕方なく連れて行く。


「よっ、今日は随分格好が違うな。イメチェンか?」

「まあ、ジョシュア様。一緒に来てくださるのですか?それと、これはイメチェンではなく、武装です」

「面白そうだから付いていくことにしたんだ」


ジョシュア様も来てくれるなら万々歳だ。何かあれば抑止力になってくれるし、何より私の気分が良くなる。


…というか、風邪を引いたので見舞いに来るように、と手紙にあったけど、これっておかしくないだろうか。私に怪我をさせておいて見舞いの言葉も謝罪もなしに、自分に会いに来いだなんてあまりに横暴だ。


長い廊下を歩き、サラセリア様の部屋がある階に辿り着く。部屋はさらに奥で、廊下にはデズモンド王子のものと思われる荷物があふれていた。整理されていないのか、ゴミ山のようになっていて私は顔を顰めた。部屋のドアを上品にノックすると、入れと大きな声がしたので遠慮したかったが仕方なく入る。

デズモンド王子の部屋は、汚かった。廊下にある以上の荷物がこれでもかというほど詰め込まれ、床に散乱し、足の踏み場を探すのに苦労する羽目になった。デズモンド王子は余所行きの格好でベッドの上でポーズを取っていた。


「やっと来たか、遅かったね」


王子としては、私が顔を赤らめるなり恥ずかしがるなりのリアクションが欲しかったに違いない。私は白けて真顔になり、挨拶を取るのも忘れた。ツッコミどころが満載すぎてお腹いっぱいだったのだから仕方ない。


「失礼ながら、手紙が届くまでの時間、私の身支度、移動、と時間がかかるのは至極当然のことと」

「いーや、待ってる間に風邪が治った。…待たせた挙句に男連れとは、流石は美貌のローズだ」

「レイモンド様のことはご存知と思いますが…今日の彼は私の護衛です」

「少なくとも、語り部は呼んでないけどね」


酔ってる時とはまさに別人ながら、酔っていなくてもタチが悪い。王子は不機嫌そうにジョシュア様を睨みつける。ジョシュア様は素知らぬ顔で荷物の上に腰掛けた。レイモンド様は直立不動でドア近くに立っている。


「呼んだのは他でもない…」

「はあ」

「僕をお前の邸に住まわせてほしい。できるね?」

「いえ、意味が分かりません」

「この部屋は狭い、落ち着かない。王族がいるせいで僕の生活範囲はかなり狭くさせられていて、退屈なんだ。ねえマリア?君の家に僕を泊めてくれたら悪いようにはしないよ」

「…意味が分かり兼ねます。そもそも我が家は別邸ですので大した広さではありませんから、この部屋以上に広いお部屋はご用意できません。それに、結婚前の乙女が何の関係もない殿方と一つ屋根の下というのも良くないことです」

「そう言わずにさ、僕たちの仲だろう?」

「ご冗談を」


私は殴られたんですけど、と目線に乗せて睨みつけるとデズモンド王子は面白くなさそうに唇を曲げた。


「君は王の言うことが聞けないの?いけない子だ」

「残念ながら、私はデズモンド王子は我が王になると、王からは伺っておりません。ですから真偽の程が分からないのです。従う必要があるとは思えません」

「ちょうど良い、語り部がいるじゃないか。教えてやれ」


デズモンド王子は勝手に寛ぐジョシュア様に迷惑そうな顔をしつつ命令した。命令されたことにジョシュア様は不快そうに頭を掻きながらぶっきらぼうに突き返す。


「俺はお前の命令をきく立場じゃない。残念だったな」

「全くこの国の連中ときたら…俺の言うことを一つも聞かない奴らばかり」

「一つ質問だが、王子は2週間前の夜のことを覚えているのか?」


ジョシュア様の射抜くような視線にデズモンド王子はたじろいだ。そわそわと体を窮屈そうに動かし、視線をあたりに彷徨わせる。


「その…僕はいつも通りこの部屋で休んでいたが…それがどうした?」

「覚えていらっしゃらないのですか?」

「さて何のことだか…」


ジョシュア様が睨みを利かせ、鋭く言った。


「訂正その1、お前はこの部屋で休むことは殆どない。訂正その2、お前は毎日酒を飲んで迷惑をかけまくっている」

「…だったら何だ?俺様の行動に指図ができる立場なのか、お前は」


出た、俺様。デズモンド王子は普段は穏やかな仮面を被っているため一人称も僕だが、酒を飲んだり怒ったりして仮面が剥がれると『俺様』の暴虐無人な本性が曝け出されるらしい。勿論この状態の彼が何をやらかすかわかったものではないので私は何歩か後退してレイモンド様に近寄った。


「いいや、俺は関係ないからどうでも良いけど、記録の為だからな。大切だろ?後世のために隣国の王子ってやつは毎晩酒を飲んで侍女に手を出し、王女に手を出し、挙げ句の果てには嫌がる淑女を殴りつける男だってしっかり警告しないといけないからな」

「貴様…!」

「デズモンド王子、俺に手を挙げると王女を殴るより立場が悪くなるぜ。ご存知の通り、俺は権力の及ばない人間だからな」

「くっ」


デズモンド王子は握った拳を壁に打ち付けた。ドンッと大きな音がして、レイモンド様が一歩私の前に出る。さすがに危ないと判断したようだ。遅いけど。


「マリア、お前は俺様の第2妃にしてやる。だったら問題ないだろう」

「丁重にお断りさせていただきます」


私が吐き捨てるように言った瞬間にデズモンド王子の右手が閃いた。私は目を見開いたまま、デズモンド王子を睨みつける。デズモンド王子の右手はレイモンド様がいとも簡単に掴み取り、止まった。


「良くないなあ、デズモンド王子。レイモンドが止めなかったらそれこそ大問題だぜ?」

「うるさいうるさいうるさい!どうして言う通りにできないんだ!」

「随分鬱憤が溜まってるな。もう国に帰ったらどうだ?」

「誰が!」


出て行け!とデズモンド王子は手近にあった枕を私に投げつけた。ぶつかる前にレイモンド様が弾き、ジョシュア様を連れてドアから逃げるように廊下へ出て行く。ジョシュア様はケラケラ笑いながら出てきた。レイモンド様は相変わらずの仏頂面でさりげなく殴りかかられた私を気にしつつ、隣を歩く。


「いやあ良かった。面白いもんが見れた」

「いえ、私は何にも楽しくなかったんですけど」

「レイモンド連れててよかったな、今日も頬を腫らすところだった」

「あんなに短い時間だったのに永遠に感じるくらい重く感じました」


ものの数分の滞在だった。だけど体感時間は倍以上。まさに、苦行でしかない。


「大丈夫か、マリア」

「まあ、レイモンド様が心配してくださるの?」

「…この前はアリシア様の盾になったと聞いた。俺から礼を言わねばと思ってはいたんだ」


え?俺から? 素で聞き返しそうになったのをなんとか止めて、レイモンド様に曖昧な笑顔を向けた。


「もうこの通り、すっかり元気になりましたから大丈夫です。お気持ちは嬉しいですけど」


私がレイモンド様に良い顔をしたのでジョシュア様が拗ねた。むすっとしたまま私達より早足になったのですぐに分かる。

私はジョシュア様の手を掴んで引き止めた。


「もちろんジョシュア様にも感謝しております」

「当たり前」


ジョシュア様はすぐに気を良くして私達と並んで歩いた。アリシア様の部屋に着くとレイモンド様は部屋をノックして、きちんと返事を待ってからドアを開けた。…が、我先にと部屋に入ってしまったのでエスコート不合格。


「ただいま戻りました、アリシア様!」


尻尾があれば、ブンブン振られていることだろう。レイモンド様の後ろ姿を見ながら勝手にそう思って、レイモンド犬を想像して一人で笑った。


「マリア、お帰りなさい。怪我が治って本当に良かった。もう帰ってこなかったらどうしようと思っていたところだ」

「アリシア様…勿体無いお言葉です」

「で、バカ王子は何と?」


私はジョシュア様と視線を合わせ、2人でデズモンド王子の要求を伝えた。私が事の大まかなところを説明すると、ジョシュア様は流石の記憶力でデズモンド王子の言葉を一言一句違えず、声色まで真似して臨場感たっぷりに伝えた。

アリシア様はそれを聞くとニヤリと笑い、嬉しそうに言った。


「うん、良い傾向だな。これでデズモンド王子はまず間違いなくサラセリアを選ぶだろう」

「どういうことですか?」

「デズモンド王子はサラセリア親子に精神的に支配されつつあるようだ。最後の悪足掻きでマリアに縋ったけれど、袖にされてしまったからな。デズモンド王子は足掻いても誰も助けてくれないことが分かってしまったんだ」


そもそもこうなってしまったのはデズモンド王子が私に手を上げたあの騒動が原因らしい。なんだかんだ言ってもサラセリア様とはウマが合うデズモンド王子を、妃殿下はまず間違いなくサラセリア様の婿になると確信していた。なのに、悪戯が過ぎた。サラセリア様の名を、ひいては妃殿下の名を穢す程に大暴れさせてしまった。プライドの高いお二人はデズモンド王子を許さなかったのだろう。だから懐柔から支配に打って出たということらしい。


「でも、サラセリア様を選ぶということは、アリシア様は…」

「それもまず問題はない」


アリシア様がはっきり言い切ったので私はこれ以上聞かないことにした。隠し事が多すぎてついていけないのはわかりきってきたので、私としては言われた通りに衣装を選び、言われた通りに仕事をこなせば良いと思っている。


「まだ夏になったところだけれど、秋に大きな式典が予定されている。なんとデズモンド王子の誕生日式典だ。ついでに私とサラセリアの誕生日祝いもするようだけれど…大切なのはそのタイミングでデズモンド王子が私かサラセリアに求婚することが内々に決まったということ」

「それではその時までどちらと婚約するのか分からないのですね」

「まず間違いなくサラセリアだがな」


アリシア様は満足そうに笑った。


「さて、そのタイミングで私もとある重大発表を行おうと思う」

「重大発表といいますと?」

「それはその日まで内緒」


アリシア様は悪戯っぽく片目を閉じて、私に一枚の紙を差し出した。


「というわけで、マリア、仕事だ。こういうコンセプトが良いっていうのを書き出したから、これに沿って幾つか候補が欲しい」

「お任せ下さい。今月中には当たりを付けます」

「今までで一番大切な日になるから、歴史に残るような素晴らしいものを頼む」

「今回は異常に期待が重いですね…」


アリシア様から受け取った紙をソファに座って読み始める。アリシア様のオーダーは『豪奢で威圧感のあるドレス』だった。肩を出したデザインが良いとか、スカートが広め、アクセサリーはアリシア様手持ちの国宝を使いたい、等…実現できるか微妙なラインもあるが…というか国宝を使いたがるとは思わなかったから驚いて思考停止してしまった。


「アリシア様、どの国宝を使いたいのか教えていただけますか?」

「どれでも構わないけど、そうね、やっぱり一度は見てみないとわからないか。行きましょう」

「どこに?」

「宝物庫」


宝物庫???!!変な奇声を発する前にアリシア様がレイモンド様を伴って私を手招きした。アリシア様の部屋に近い金庫室に招待され、アリシア様は慣れた様子でダイヤルを回し、鍵を回して扉を開けた。


「え?こんな近くにこんな良い金庫室があったんですか?だったら私が渡した宝石もこっちに」

「そのスペースはないな」

「ああそうですか…」


足を踏み入れると密閉された部屋独特の香りがした。部屋の中には所狭しと並んだショーケースがあり、そしてその中には一つ一つが超大物な宝石が行儀よく並んでいた。


「これは…ッ!『マリアンヌの涙』じゃないですか…こっちは『イザベラの瞳』…!『日暮れのサニー』『朝焼けのアンリエッタ』…アリシア様ったらこんなものを所持していたのですね!」

「母の所持品だったものと、王がいくらか分けてくれたものだな。サラセリアは倍以上持っているけれど」

「すごい!素敵すぎます!アリシア様、どれを使いたいですか?」


アリシア様は悩みながら美しい光を放つ『イザベラの瞳』を指差した。昔の王妃の名を冠するこのアクセサリーは、ネックレスとイヤリングがセットになったとてつもなく豪華な代物だ。イザベラ王妃は緑色に赤が霞んだような不思議な色合いの瞳を持っていたらしい。そのイザベラ王妃にあやかって、妖艶なアレキサンドライトが正面に飾られ、左右に蔦を象ったペリドットが並び、それに連なるようにルビーとピンクサファイアが鎮座している。イヤリングも同じデザインだ。


「唯の夜会だと豪奢すぎますが、式典なら問題ないでしょう。いやらしくならないようにコーディネートさせていただきます」

「楽しみにしておくよ」

「ええ、勿論ですわ」


意欲を刺激されてきて、私はやる気満々で頷いた。アリシア様に紙をもらって、『イザベラの瞳』のサイズや付けた時にどんな感じになるか、形をスケッチしていく。スケッチ中に飽きたアリシア様がさっさとレイモンド様を連れて行ってしまったので一人で他の宝物も眺めながらスケッチをする。候補として他の宝石も見繕ってスケッチしておいた。各宝石にマッチするドレスも簡単なスケッチをしてから金庫を出た。


「マリアじゃない!」

「…サラセリア様?」


アリシア様の部屋近くにサラセリア様がいつも通りの豪奢でケバいドレスで訪れていた。嫌な予感しかしないのが顔に出てしまっていたのか、サラセリア様はにっこり笑いながら私の顔を指差した。


「マリア、良くないわ、ここは王家の宝物庫よ?」

「アリシア様にお招きされたのです」

「ふふっ、あの人のものは全て私のものだから、ダメよ。ところでアリシアはどんな物を着るつもりなの?」

「…ダメですよサラセリア様。私がまたサーリヤ様に怒られてしまいますもの」


またしても怖い目に合うのは嫌だ…とにかくサラセリア様とは関わりたくないしサーリヤ様にも会いたくない私はサラセリア様の問いをやんわり断った。サラセリア様は聞こえなかったふりをして私との距離をぐいっと縮める。私が一歩後退すると二歩近づいてくるせいで距離は余計に縮まった。


「サラセリア様…?」

「あら、それはスケッチね!見せて!」


咄嗟に本命のスケッチを床に落とし、私が気に入った宝石をスケッチしたものをサラセリア様に差し出す。落とした方は素早く足の下に入れてドレスの陰に隠す。もう二度と同じドレスにはさせないし、骨折り損はこりごりだ。


「まあ、素敵だわ。『朝焼けのアンリエッタ』ね。この前も朝焼け色だったわね、好きなの?」

「ええ、まあ…」


盗られたやつね、ハイハイ。真顔になりつつ返事を返す。


「このスケッチ、貰っていくわ。アリシアの宝石も貰ってしまうから、アリシアに言っておいてね」

「宝石を…?いえいえ、あの宝石はアリシア様の」

「私のものになるんだから構わないじゃない。だってアリシアにはそのうち首すらなくなっちゃうってのに首飾りを使おうなんて贅沢すぎない?」


目玉がぶっ飛びそうだった。思わず三度見してしまう発言だったが、彼女はもう私になど構わずに金庫の鍵を手慣れた様子で開け、中から『朝焼けのアンリエッタ』を一揃い躊躇なく取り出してネックレスを自分の首に下げ、イヤリングを耳に、指輪を中指に通して満足そうに笑った。その隙に足元のスケッチを拾い上げ、服の中に隠す。


「どう?似合う?」

「え、ええ。よくお似合いです」

「お父様もおかしいわ。私にこんなによく似合うというのにアリシアなんかにあげるなんて。規則だかなんだか知らないけど、本来なら全部私が貰うはずなのに」

「アリシア様のお母上の物もあると伺いましたが…」

「そんなのお父様が言えば全部私のものになるのに」


サラセリア様はぶつぶつと眉間に皺を寄せて文句を言い、それに飽きるとさっさと部屋から出てしまった。私も出てサラセリア様が立ち去るのを見送ろうとすると、サラセリア様は私の姿を上から下までじっと見つめた。


「デズモンド王子に呼ばれたそうね」

「大した用事ではありませんでしたし、私一人ではなくレイモンド様とジョシュア様も一緒でしたわ」


見当違いな嫉妬をされると迷惑だ。さっと血の気が失せて慌てて言い訳めいたことを並べてしまって後悔した。どうせなら『ファッションの相談を受けた』とか言えばよかった…

サラセリア様はふうんと大した興味もなさそうに言った。


「いいえ、いいのよ。マリアなら側室になっても構わないもの。お母様も側室になるならアリシアの側にいたことも水に流すと言っているわ」

「私が側室…」

「勿論子を産むのは私が先だけれど」

「え、ええ…」

「だけどその時は、お母様の親戚の娘をローズにしてね」


ジョシュア様の言った通りだ。妃殿下はローズヒルズを乗っ取るつもりだ。それも、私を懐柔することによって。ローズヒルズの名を汚さずに手に入れるにはこうするしかないのだ。


「またその話は別の機会にお願いします」

「ええ、サーリヤがうるさいからもう帰るわ。スケッチを渡さなきゃならないし」


やっぱりデザインは盗られるのね。表情を引き締めてうっかりボロを出さないように気をつけながらサラセリア様を見送る。サラセリア様は気分良く帰って行ってくれたから、しばらくアリシア様の前には姿を現さないだろう。

でもサーリヤ様は乗り込んでくるだろうなあ…嫌な予感がするのでしばらく城に来るのは控えよう。どうせだしローズヒルズまで帰って、そこでドレス探しをしたほうがずっと建設的かもしれない。

それに、私も一つ大きな行事を抱えているからローズヒルズに帰らなければならない。


「アリシア様、先ほどサラセリア様がお見えになったのですが、『朝焼けのアンリエッタ』をお持ちになってしまいました」

「そうか。残念だけど思い入れがあるわけじゃないから好きにさせれば良い」

「また私のデザインをお持ちになってしまいました」

「それはすまないな」


アリシア様は小さく頭を下げて謝罪した。私は、気にはしているが本命のデザインではないので打撃を受けるほどではなかったので、さして凹んでもいない。


「ところで…私はしばらくローズヒルズ領へ帰ることにします」

「帰る?」

「ええ、私も大きな行事を抱えておりますので」

「薔薇祭りか?」

「薔薇祭りと同時並行で行われる、私の生誕パーティです」

「誕生日?いつ?」

「ちょうど再来週ですね」


日にちを指折り数えてみせるとアリシア様は悩み始めた。部屋にいるレイモンド様は無関心で気にもしていないが、ジョシュア様は首をこちらに向けている。


「そういえばアルフォンスがその日に休みが欲しいと言っていたな…毎年その日だからなんだろうと思っていたけれど、マリアの誕生日なのね」

「お兄様は毎年駆けつけてくれますから」

「俺逹には招待状くれないの?」


ジョシュア様が拗ねたように言った。アリシア様はその様子に驚いたように目を見開く。ジョシュア様は自分が思ったより拗ねた声色をしていたのに驚いたのか、居心地が悪そうに座り直す。


「一応親しい仲なのに誰も貰ってなさそうだからさ」

「お兄様には送りましたけど、アリシア様やリゼリア様はお忙しいから難しいでしょうし、レイモンド様は論外でしょう。ジョシュア様もたとえ送ってもまず来てくれないと思いましたので…」

「送らないうちから決めつけるのは良くないぜ」

「ジョシュア、行きたいのか?」

「はあー??止めろよそういうの。俺は単に、薄情じゃないかと思ってだな」

「来てくださるなら今からでも招待状をお渡ししますよ」

「じゃあ俺とリゼリアの分」


まだ予備はあるし、問題ない。はい、と頷いてから2人分の招待状の手配を考え……って、


「ジョシュア様…!来てくださるのですか?」

「悪いが期待するなよ、俺としてはローズヒルズの家に興味があるだけだからな」

「リゼリア様のご都合は聞かなくてよろしいのですか?」

「どうせ暇だろ。それに俺のエスコート相手が必要だ。一人で行ったら格好つかないだろ」

「お兄様は毎年一人で来ますけどね」


ジョシュア様が私の誕生日をお祝いしてくれる!嬉しくて声が弾む。ジョシュア様も存外嫌がらずに優しい笑顔を浮かべてくれた。アリシア様もリゼリア様が外に出ることにさした抵抗もないらしく、ふーん、と意味有りげにジョシュア様を見つめただけだった。


「さて…それでは手配のこともありますので今日はもう下がらせていただききます。それでは皆さま、御機嫌よう。ジョシュア様、送っていただけますか?」

「何かと物騒だからな、仕方ない」


ジョシュア様は腕を差し出し、私はその腕に自分の手を重ねた。私はうっとりとジョシュア様に寄り添い、アリシア様の部屋から出て行く。

ジョシュア様と私は天気の話をしたり、今度のアリシア様のドレスの話をしながら歩いていた。ついでに誕生日に何か欲しいものがあるかと聞かれたので、ジョシュア様の愛を、と素直に言うと額にデコピンされた。


「マリア、ジョシュア!」

「まあ、アルフォンスお兄様。寝ているお時間では?」


中庭に差し掛かったところでアルフォンスお兄様と偶然出会った。レイモンド様と交代した後はほとんど寝て過ごしていると思っていたが、アルフォンスお兄様はいつもの騎士服よりラフで粗末な格好を土で汚し、これまた粗末な布で汗を拭きながら廊下を歩いていた。


「いえ、睡眠も摂りすぎるとしんどいので適度に身体を鍛えたり、趣味をしたり…」

「ああ、あの薔薇だな」

「はい。今年も自慢の作品を持っていくので期待しててください」


ジョシュア様が若干嘲りの色を乗せてアルフォンスお兄様の趣味を笑った。アルフォンスお兄様はさして気にせずに私に向き直る。


「お忙しいのにまた新種を?」

「勿論。今すごくいい感じだから、今年も優勝できそうです」


お兄様の趣味はガーデニング…もとい、薔薇の新種作りだ。我がローズヒルズ領ではローズの誕生日に合わせて薔薇祭りを開催している。その薔薇祭りでは身分を問わず自慢の薔薇を出品し、新種のものや特に良くできた品種を品評会に出す。そして得点が最も高かったものを優勝とし、その薔薇はローズに贈られ、ローズは薔薇祭りの間その薔薇を身につける。勿論ローズが身につけた薔薇としてその品種は飛ぶように売れるし、作者には多大な賞金と誉れが贈られる。ちょっとした趣味レベルから薔薇の交配に魅了され、昼夜問わず研究するようになってしまったお兄様はこの薔薇祭りの優勝常連だ。…つまり、薔薇で一財産築けるほどの才能持ちなのだ。


「ジェシカに見せたんですけど、結構受けてくれたので贔屓目なしに見ても、3億は固いと思いますね」

「どれだけ売る気なんですか…」

「まあ売るのは僕じゃないので手間もかからないし、いい商売ですよね」


アルフォンスお兄様は薔薇を自分では売らない。実家のローレライ家の兄達の仕事だ。ローレライ家が比較的裕福なのはこれも一つの要因といえる。アルフォンスお兄様は気前が良いから…というかめんどくさいから、破格の分け前で兄達にこの仕事をさせている。とはいえ元来やる気のないローレライ家が必死に薔薇を売るわけなどなく、ローズである私のプロモーションによって勝手に殺到する客を捌くだけになってはいるけれど…


「新しい薔薇にジェシカの名前を付けようとするとすごく嫌がられちゃって」

「ジェシカは謙虚ですもの」

「特に『スイート・ジェシカ』ってつけたら夜の間に薔薇を一つ残らず枯らす、って脅されちゃいました。なんでばれたんだろう」


スイート・ジェシカってつけるつもりだったのか…他の女に捧げる薔薇をローズに差し出すなんて、本当にお兄様は大した人だと思う。ジョシュア様は引き気味に顔を引きつらせて笑った。


「そうですか。ローズヒルズに帰るんですね…」

「はい、やることがたくさんありますから」

「そうでしょうね。それじゃ、お勤め頑張ってください、僕の可愛いローズ・マリア」


アルフォンスお兄様は私の手を取って口付けした。私は素知らぬ顔で手についた泥をはたき落とす。お兄様ったら、薔薇の手入れをした後の手で触るなんて最低よ。手が汚れてしまうじゃない。


「じゃ、俺も馬車に乗せてくれる?」

「今度はどちらに?もうエミリアはいませんけど」

「ほっとけよ。もう尾行はするなよ」

「保証は致しかねます」


私の馬車に何の躊躇もなくひらりと乗り込んだジョシュア様に手を引かれ、馬車に乗る。ジョシュア様はいつも通り私の向かいに腰掛け、私が指示を出す前に御者に通りまで頼むと一声掛けた。


馬車がいつでも大賑わいのメインストリートに差し掛かるとジョシュア様は直ぐに御者を止めて、馬車から降りた。絶対に付いてくるな、と私に行って、人混みに紛れていく。

いや、行かないほうがおかしいでしょ。

私はいつも通りストールを巻きつけて馬車を降りた。御者に適当に走らせておいて、ジョシュア様を追いかける。今回は見失わずに人混みに紛れながら尾行できそうだ。


ジョシュア様はメインストリートを一本離れ、怪しい路地裏に繰り出した。昼過ぎだというのに随分薄暗い陰気な空気が漂い、寂れた雰囲気の店が、古びて薄汚れた看板と一緒にぽつりぽつりと並んでいる。ジョシュア様の足は迷うことなく一つの店に吸い寄せられた。その店だけはこの寂れた路地裏にあるにも関わらず、小綺麗で真新しい看板を下げていた。看板は『子ウサギ小屋』と書かれた宿屋のようだった。看板には店名の下に料金表が置いてあり、ジョシュア様はそれを全く確認すらせずに入っていったところを見ると常連なのだろう。こんな時間に宿屋なんて、何故だろう。料金表をさっと見ると、


『30分 金貨1

60分 金貨2

120分 金貨4

240分 金貨10

オプション多数』


という文字の他にやけに煽情的なウサギが描かれていた。この意味が分からないほど箱入りではない。顔に血が上って赤くなるのが自分でも分かった。つまりジョシュア様は、今からこの、寂れた小屋で、ウサギ達と…!


「じょ…ジョシュア様のッ!馬鹿ぁ!」


路地裏に震えた声が響いた。

ここでジェシカについて「あれっ?」と思った人はすごいと思います。その通りです

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