第1話
「グレーテ・マーガレット!そなたとの婚約をこの場を持って破棄しよう。」
私の婚約者であり公爵家次期当主のセバスチャンはそう告げた。セバスチャンの隣にはジェニットがいる。
「そして、私はこの日を持って、ジェニットと婚約を結ぶ。」
その発言とともにセバスチャンはジェニットを自身の元へ引き寄せた。ジェニットは満足そうな笑みを浮かべている。
「…婚約破棄、ですか?」
「そうだ。すまない…。私はどうも君を愛すことができない。私はジェニットを愛してしまったから。」
「セバス…。」
婚約破棄…。私達の結婚は生まれる前から親同士の話しあいで決められていたこと。それを簡単に破棄することはできないだろうが…
セバスチャンは抜かりない男…。その点は上手く手回しはできるわ。
「本当によろしいのですね?」
私はもう一度彼に尋ねた。彼は躊躇うこともなく「あぁ。」という短い返事をした。
普通であれば、この場で絶望をするのかもしれない。あの公爵様から婚約を破棄されたのだ。しかも、相手はただの男爵令嬢。
だけどーー私は思わず笑みを隠しきれないでいた。
目をまっぴらいた後、セバスチャンとジェニットに深く礼をする。
「ありがとうございます!」
「「え?」」
セバスチャンとジェニットは私のお礼の言葉を聞いて、そんな声を漏らしていた。
…まぁ、そうよねぇ。普通、婚約破棄されて喜ぶ令嬢なんていないもの。普通は。
でもーー私は違う。婚約破棄をずーっと昔から望んでいたんだから!
「では、私はこれにて失礼致しま」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私がすぐさま部屋から出ようとした瞬間にジェニットがそう言った。
「無理に振る舞わなくてもよろしいのですよ、グレーテ様。」
「無理になど振る舞っていませんのに…。こればっかりは、理由をお話した方がよいでしょうかね。」
ため息をついた後、私は呼吸を整えて2人に言った。
「私はずーっと昔から、アグナード殿下をお慕えしていたのですよ!」
私の告白にセバスチャンとジェニットは唖然としていた。まぁ、今までそんなことは誰にも言わなかったし、周囲からはセバスチャンをお慕えしていると噂まで立っていたもの。驚くのも無理ないわ。
「では、私はアグナード殿下に求婚をするという用事がありますので!」
「求婚!?」
ジェニットは驚きの声をあげていた。私はそんなことも気にせず、公爵家から走って馬車へと向かう。
「お嬢様。ものすごくご機嫌なご様子ですが、どうされたのですか?」
執事であるザビエルは私にそう尋ねてきた。急いで馬車に乗りながらも、短く答える。
「セバスチャンに婚約破棄されたのよ!」
「…。お嬢様、それは喜ぶべきことではありません。」
執事は冷たい眼差しを向けて私にそう言った。…失礼ね。クビにするわよ?
「執事。今から、王宮へ向かうわよ!」
「お嬢様。まさかではございますが、王太子殿下に告白をするおつもりではないですよね?」
あぁ…。誰にも言ってないというのは訂正しよう。執事には言ってたわ。
「告白ではないわよ。」
「あぁ…。私、深く安心致しました。…それで、要件はなんなんです?」
私はその言葉に満面な笑みを浮かべる。
「アグナード殿下に求婚するの!」
その一言に執事は数秒間沈黙していた。その沈黙の後、顔を真っ青にして「えぇぇぇ!?!?」と叫んでいた。
「私は…胃が痛いです。」
「胃薬持ってるわよ。あなたって、昔から胃を壊しがちよねぇ。」
私の言葉に執事は馬車の窓に頭を打っていた。私は思わず「大丈夫?」と声をかける。
「お嬢様のせいでございますのに…。」
私のせい?人のせいにしたいぐらいまで痛いのかな?医者の手配でもしといた方がいいのか?
「お嬢様。殿下の求婚はやめましょう。もしかしたら、お嬢様が殿下に殺されてしまうかもしれませんよ。」
「えぇ!?殿下直々に!?わぁ!それは、なんと幸せなことなのでしょう!」
私は思わずワクワクしてしまう。殿下からそんな罰をもらえるなんて、どんな幸せか!
執事を見ると、この世の終わりのような表情を浮かべていた。そして、馬車の中から外で運転していた男に言い放つ。
「目的地を伯爵家へ変更で。」
「ザビエル?」
低い声でその名を呼んだ。そして笑みを浮かべながら、彼に言い放つ。
「クビよ?」
「や、やっぱり目的地を王宮に!」
その言葉を聞き、私は機嫌を取り戻す。
「ザビエルは勿論、私に協力してくれるよね?」
ザビエルは拳を握りしめ、悔しそうな表情を浮かべながらも答えてくれた。
「え、えぇ。わ、私は、お嬢様の、執事ですから。」
「流石私の執事だわ!」
馬車につく窓から、外の景色を見る。
あぁ!やっと、殿下に思いを伝えられる!
長かった。ヒロインがどれだけ王太子ルートに行かないことを願ったか!
「ふふ。あはははは!」
「…まずいまずいまずい。お嬢様がとうとう壊れてしまった…。」
壊れたとは失礼ね。私は嬉しいだけよ。
前世の頃、推していたキャラにやっと思いを伝えられるんだから。




