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世界を旅した少女の話  作者: 空猫このは
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第5話「旅人見習いの卒業」


次の日の朝。


外は青い空が広がり、太陽は燦々と輝いている。開けていた窓からは、暖かく優しい風が吹いていた。


そんな中、シャルルは身支度を調えていた。

ボロボロになってしまったコートは新しいコートに替え、帽子も新調した。


新しい旅路の時なのだ。せめて、綺麗な姿で新たな門出を迎えたい。


しかし、見栄えは変わらなかった。

そこはシャルルの拘りだ。

赤いコートと帽子だけは、どうしてもそのままがいい。


鞄の中身を確認しつつ、小さなナイフを入れた。これは今まで使っていた剣だ。少し加工して小さなナイフへと姿を変えたのだ。


今まで一緒に戦ってくれた相棒だ。置いていくのは、剣に申し訳ない。




鏡の前で、コートを羽織る。

そしてベルトを締め、師匠から貰った新しい剣を腰に下げた。


帽子をかぶり、準備万端。

いつでも出発出来る。


シャルルは今まで使っていた部屋を見渡した。数年使っていた部屋だ。この部屋にはもう戻れない。名残惜しいかと言われたら、そりゃ少しは名残惜しい。


でも、もうシャルルは弟子ではない。



___旅人だ。



机の上に置いていたチケットを手に取り鞄を背負って、シャルルは静かに部屋を出た。

そして、玄関へと歩き出す。


師匠の家の扉を開けた。

外から風が吹き込んでくる。



「___師匠。」



__シャルルは振り返らない。

後ろに師匠が居ることは分かっていた。

でも、もしも今振り返ったら、きっと此処から出られなくなる気がしたから。


「何じゃシャル。」


師匠は大きくなった弟子の背中を、暖かい目で見詰めていた。振り返らなくともシャルルには分かる。いつものように、優しい声だ。


「私...私ね__。」


「うむ、もう何も言わんでいい。お前の事じゃ。くだらん心配でもしとるんじゃろう。...___大丈夫じゃ。胸を張って行けば良い。何処までも。世界の果てまでな」


「うん...!」


シャルルは前を真っ直ぐに向いた。

振り返り、思いっきり師匠を抱き締めたい気持ちもあるが、それをねじ伏せる。



「それじゃあ師匠_。いってきます。」



「ああ。さらばじゃ。旅人よ__。」



大きな一歩を踏み出して、シャルルは歩き始めた。これまでの外出とは違うのだ。もう此処には帰ってこない。



ここには沢山の思い出があった。

辛い事、楽しい事、苦しい事、嬉しかった事。数え出すときりが無い。



そんな沢山の思い出に、別れを告げる。涙を流したくなる気持ちを必死に押さえ、シャルルは笑顔で歩いて行く。


また会う日まで__。

次は旅人として会いに来ると、心に誓った。


そんな弟子の背中を小さくなるまで、師匠は見守っていた。


「シャルロット...。我が弟子ながら、立派になりよったの...。」


師匠の小さな呟きを、風がかき消してしまったのだった。


______。


___。




シャルルが飛行艇乗り場がある街、「デオール」に着いたのは、昼の3時を回った位だった。アストール村から伸びる道を東へ進むとある大きな街だ。



シャルルの居る大陸...と言うよりは島なのだが、意外に小さい。島を一周歩こうとすれば、5日間もあれば一周出来てしまう広さだ。



魔力を使い走り続けたなら、2日間と半日で島を一周走破出来てしまうだろう。まぁ大抵の人はそこまで魔力を持続的に使えないのだが...。



そんな島の一番大きいデオールの街は、海に面しており漁港としても有名だ。新鮮な魚や魚介類が屋台でも売られている。


それよりも有名なのは、この街が誇る大きな飛行艇、「ブルースカイ」だろう。


一日に数回、飛行艇ブルースカイは海を渡り、島と大陸を繋ぐ役割を果たしている。

勿論チケットが無ければ乗ることは出来ないし、チケットを買うのにも色々手続きが必要だ。


勿論、人以外の物も運んでいる。

特産品である果実や魚介類、その他様々多種多様だ。



そんな街に、シャルルは一度だけ来たことがあった。あの時は師匠からのお遣いだったから、ただ飛行艇を見ただけになったのだが、飛行艇を初めて見た感動は、今でも鮮明に覚えている。


しかも今度は見るだけで無く、あのブルースカイに乗って海を渡るのだ。胸の高鳴りはシャルルの表情を見れば、一目瞭然だ。



さてさて。

テンションが上がりっぱなしのシャルルがメインストリートを瞳を輝かせつつ歩いていると、沢山の出店が並んでいた。どこからも美味しそうな匂いと、活気に満ちた声が響いている。


お祭りではなく、この光景がデオールの日常だ。ブルースカイから降りてきた人たちを出迎える役目もある。



シャルルは、沢山ある出店の中から果物屋の前に立ち止まった。


「いらっしゃい。何にしやす?」


「んーっと。グラシアの実ってある?」


ちなみに!グラシアの実とは、大きな木からなる赤い果実のことだ。こちらの世界で言う林檎のようなものなのだが、果汁は梨のように溢れ出て、味もさっぱりしている。そのかわり、少し小さいのが残念な所ではあるのだが、シャルルの好きな果実の一つだ。



「グラシアの実ね!はいこれ。一袋で200ルピだよ」


「はい、これお金。ありがとうおじさん。」


お金を支払い、紙袋を受け取る。


「嬢ちゃんはお遣いでこの街に来たのかい?」


「いや、これから大陸の方へ行こうと思って」


「おぉー海を渡るのかい!そいつは大変だなぁ。てことは?ブルースカイに乗るって事かい?」


「うん、私この島を離れて、旅人として生きていくからね!」


「旅人に?!そうかいそうかい!そいつは驚いたな!嬢ちゃんの新たな門出だ!これはオマケだから取っときな!」


果物屋のおじさんは、シャルルの持つ紙袋に、二つグラシアの実を入れた。気前のいいおじさんである。


「ありがとう!おじさん!」


「あぁ、いいって事よ!にしてもよ。冒険者より旅人を選ぶたぁーなぁ...。羽振りも保証も、冒険者のほうが良いんじゃねーか?」


___________。。_______


※補足説明すると、冒険者と言うのは人がまだ未開拓の大地や土地を冒険する職業の事だ。当然危険を伴うため、国からの援助がある。


一般的には様々な王国からの派遣や、ギルドぐるみの大人数パーティーが多いのだが、少人数で冒険するパーティーも少なくない。



冒険者は国に属しており、冒険者は立派な職業として扱われる。その国々にある冒険者ギルドに登録すれば、冒険者として扱われることになる。国に仕える冒険家達ということだ。



それに比べ旅人は、世界を旅する人の事を言う。基本的には一人旅となる。世界を回るには実力が無いと、冒険者よりも危険が伴う。



旅人は国には属さないので国々からの援助は無く、未開拓地へ足を踏み入れても報酬は出ない。


その代わりに、国からのしがらみは無く、様々な場所に自由に行き来出来るというわけだ。しかし全ては自己責任なのだが。


国に属して未開拓地を冒険するのが冒険者。


国に属さず、様々な場所を冒険出来るのが旅人。という認識でOKだ。



ここまでお疲れ様。

お話に戻ろう。

______________。。____


「確かに大変だけど、冒険者より旅人の方が自由だからねー。変に縛られるのも、私苦手なの。ほら、国に仕えるってタイプでもないし」


「はは、それは言えてるかもな!どっちにしても嬢ちゃん。きっと苦労するぜ?旅人と言えばその日暮らしだろ?」


「あはは...まぁそこは、用心棒でもなんでも、ギルドから依頼受けて生きていくよ。それに、野宿は得意よ?私」


「そうかいそうかい。立派だねぇ。嬢ちゃんは丁度、俺の娘ぐらいの歳だからな。気を付けて行きなよ!」


「うん!ありがとねおじさん!」


「あ、そうだ嬢ちゃん!あんたブルースカイに乗るんだろう?ここ最近の話なんだが、ブルースカイの航路に魔物が出るって言われてるからよ。気を付けた方が良いぜ?」


「ふーん?そうなの?聞いたこと無いけど」


「何しろ、空飛ぶ魚の形をした魔物なんだと!俺も見たこたーねぇが、最近この街じゃーその魔物の話で持ちきりよ」


「空飛ぶ魚ねぇ...いざとなれば、ギルドの人達が討伐してくれるし大丈夫でしょ!色々ありがとね!おじさん」


「おう、嬢ちゃんも気を付けてなー!」



手を振り果物屋を後にすると、メインストリートから少し離れた公園へと足を運んだ。

公園と言うよりは広場なのだが、真ん中には大きな噴水があり、それを囲むようにベンチが並べられている。


ここにも、大陸から来る人を楽しませる工夫がなされていた。


シャルルは一角のベンチへと腰掛けると、先ほど買ったグラシアの実を一つ取り出し一口頬張った。



「空飛ぶ魚の魔物ねぇ...。」


グラシアの実を食べながら、一体どんな魔物なんだろうと想像する。


魚が空を飛ぶ?しかも飛行艇の飛ぶ高さまで?と、シャルルの頭の上には沢山のクッションマークが飛んだ。


一度見てみないと分からないなぁと考えつつ、グラシアの実を一つ食べ終わると立ち上がった。


シャルルはまだ、この街でするべき事がある。試練の洞窟や始まりの森で得た沢山の結晶を換金しなければ。換金場へとシャルルは足を運んだのだった。


______。________。。。____





「いやはやー、頑張ったなぁ私!これだけあれば、旅も十分なんとかなるかも!」



デオールの街を見渡せる高台広場にある、換金場から出て来たシャルルは、街に着いてから一切変わらずご機嫌だった。魔物数十匹と、ゴブリンの親玉を倒した際に出た結晶を全て換金したのだ。



まぁゴブリンの親玉の結晶は、アストール村から師匠の家に帰る最中に見付けたものなのだが__。倒した記憶は無いが、きっと倒したのだと拾ってきたのだ。



ちなみに魔物の結晶の換金は、国営ギルドが結晶の質や量を測定し、ルピに換金してくれる仕組みになっている。結晶の使い道は様々あるが、主な使い道として魔法道具の動力源だ。



時計の動力も、噴水も、電気も、日常生活で使われる道具は魔物の結晶が使われている。

どのように結晶を動力に変えているのかだが、それはまた別のお話だ。



魔物の結晶の価値は、その街の規模や魔物の結晶の量、品質によって変動する。高い時期に換金すれば、それだけ多くのルピを手に入れられると言うわけだ。





「さてさて、お金も手に入ったし、あと何かやっておかなきゃいけないことは...」


街でしたいことは、思いつく限り終わったはずだ。大好物のグラシアの実を買うことと、魔物の結晶を換金すること。


あぁそうだ。あともう一つあった。

でもそれをするには時間が足りない。

アストール村の命の恩人に、挨拶をと思ったのだ。しかしこの街からアストール村まで行くには、出航時間に間に合わない。


のんびり話す時間もなさそうだ。



「...アル君に一言伝えてから街に来た方か良かったかなぁ...少し失敗したかも。」


高台の橋に、寄りかかりつつ頬に手を当てながらデオールの街を見下ろした。港には沢山のが並んでいる。漁船もあれば、旅の船もある。


少し横に目を向ければ、大きな飛行艇ブルースカイの姿が見える。船の出航は五時頃だっはずだ。今の時間は四時過ぎ。そろそろブルースカイに乗り込んでも良い時間帯だ。乗船は一時間前から可能と、チケットにも書いてある。



「なんなんだろう。このモヤモヤ。凄く楽しみなはずなのに。旅へ行きたいって頑張って来たのに。妙に...寂しい気持ち」




シャルルは何とも言えない気持ちになっていた。この時の為に、数々の苦悩と痛み、激戦を超えて此処まで来たはずだったのに。やっと苦労して手に入れた筈のチケットなのに。



後ろめたさと言うか、心残りというか。

何か大切な物を忘れているような気がして、少し複雑な気持ちになっていた。



そんな気持ちとは裏腹に、高台の広場では大道芸を行うパフォーマー達が、楽しげな曲を演奏していた。シャルルはしばらく、ぼんやりと流れてくる音楽を聴きながらデオールの街を見下ろす。



大きな鐘の音が鳴った。

四時半を知らせる鐘の音だ。

そろそろ行かないと。



シャルルはブルースカイの船乗り場へと足を運んだ。チケットを見せ、ブルースカイへの乗り橋を渡っていく。乗り橋を歩いて行くにつれて、どんどん飛行艇は大きく見えた。


ブルースカイは木造で出来ている飛行艇なのだが、その規模は明らかに大きい。しかも見た限り、アンティーク調の彫刻やランタンなど、かなりお洒落な作りになっている。


流石、デオールの街が誇る飛行艇だ。


乗船口に着くと、甲冑を身に纏った二人の警備兵が立っていた。背筋がビシッと伸びていて微動だにしない当たり、大陸を渡った先にある、これから向かう王国の兵士なのだろうなとシャルルは想像した。



うー...なんだろう。何もしていないのに少し罪悪感のある感じ。いや何もしてないぞ?!とシャルルは気持ちを改め、堂々と歩いていく。


「「この度は、ブルースカイを御利用頂きありがとうございます。約二日程ですが、良い旅を!!」」


すれ違いざま。二人の警備兵に急に声をかけられドキッとしつつも、シャルルは軽く頭を下げた。にしても息がピッタリな二人だ。感心するべきはもっと別な場所にあるのだが、シャルルから見れば、この二人は仲が良いのだろうなと言う印象だった。シャルルの後について歩く乗客にも、しっかり背筋を伸ばしながら挨拶をする。



楽な仕事ではないだろうなぁ...と、シャルルは心の中で呟いた。




乗船口を越えれば、もうブルースカイの甲板だ。歩く度に木が軋むような音がするが、それはそれでお洒落な物だ。アンティーク調の雰囲気に良く合っている。船内を軽く見て回り、また甲板へ出た。


ブルースカイの甲板から、デオールの街を見下ろす。沢山の人で溢れているのが見える。先程まで居た高台も、ここからなら丸見えだ。飛行艇に乗る為の橋を渡る乗客も、ここからならよく見えていた。



そんなデオールの街を眺めていると、時計塔の鐘が鳴った。時計の針はもう五時を指している。鐘の音が響き渡ると、警備の二人はそそくさと移動し、乗り遅れの人が居ないことを確認してから乗船口を封鎖する。



出航の時間。


この街とも、この島ともお別れだ。


次ここを訪れるのはいつになるのか。

そんな事はシャルルにも分からない。


静かに飛行艇は動き出した。

大きなプロペラが回ると、飛行艇ブルースカイは速度を上げてゆく。


空に浮かび上がると、もうあっという間にデオールの街は小さくなってしまった。


黄昏の時間。

日は沈みかけ、空は黄金色に輝いている。

シャルルは初めて見る光景に瞳を輝かせた。



「...何処までも行こう。世界の果てまで」





シャルルの壮大な冒険綺譚は、

そんな黄昏の時から始まったのだった。






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