覚悟
ラジハバ市を出てショウは、船上の人となっていた。
これからチェリ諸島国を陸路と航路でたどって、オーア大陸西に位置するタキュ帝国に入る予定だ。ノスコ国もオーア大陸の南西に位置するのだが、陸路では大きな湾を迂回する必要があって、一旦サスコ国に戻る経路になる。遠回りだし、今は戦時下だ。そのためこうして航路を利用していた。
船はチェリ諸島国数十の島の中でも最大のチェリ本島に、9時間ほどで到着する予定である。アキン自らの見送りを受けて出港したのは8時過ぎなので、到着は17時頃。潮の流れの関係で、逆にチェリ本島からラジハバ市であれば6時間で着く。
この星の1年は360日、24時間。長さの単位と同様、時間も地球と同じかどうかはショウには分からなかったが、大差は無いように感じていた。
「船は初めてなのよね」
甲板で海をながめていたオフェンが言った。
出港が朝早くということで、昨日は古代人拠点ではなくラジハバ市で宿をとって、特注装備を受け取ったショウたちと合流していた。普段よりも早起きをし、仕事もしていないため体が目覚めていない。
もちろんディフェンも乗船している。いつもと違うのは、アーマーを着装していないところ。海にも野獣や猛獣はいるのだが――実際は獣ではないのだが、野魚、猛魚などとは呼ばれていない――、船上から遠距離攻撃で仕留めるのが基本である。アーマーはじゃまになることはあっても、役に立つことはまずない。
モールはいつものように人目に触れないよう別行動をとり、海上で船に潜入していた。今はパッカランたちとともに船倉にいる。オフェンらのパッカラン2頭もこの船で運ばれていた。
「それは意外です。世界をまわって狩りをされているのですよね?」
ショウも海をながめたまま返す。波はかなり荒いが、北からの潮風は暖かい。ラジハバ市もそうだったが、北に進むにつれ暖かくなっている。つい先日目覚めたサスコ国の森では、肌寒かったものだが。
「古代人は海が苦手なのよ。泳げないし、拠点もまばらだし」
オフェンの話にショウは驚いた。魔素扱いといい、古代人もいろいろと苦手なことがあるものだ。しかし拠点の話はどう関係しているのだろう?
「パッカランも泳げるのに。ディフェンのウロコはなんのためについているのかしら」
突然、姉からとばっちりを受けたディフェンは、「ウロコ、関係ないだろ」と憮然とした。
……
船は定刻どおりにチェリ本島南の港町に着いた。季節は初夏で日は長いが、それもそろそろ暮れる頃だ。
オフェンとディフェンはパッカランに騎乗せず、ショウが泊まる宿まで歩いて同行し、そこで別れようとしていた。オフェンらはさらに港から外れた場所にある、古代人拠点に宿泊する。
「明日は6時過ぎに迎えに来るわ。遅れたらリングを鳴らして叩き起こすから」
オフェンは翌日の予定を仕切った。
この港町から反対側にあるチェリ本島北端の港町に、明日一気に到着するつもりである。足の早いパッカランでも、休憩や猛獣との戦闘も含めると、10時間以上はかかるだろう。強行日程を立てておきながらも、戦闘を回避するつもりはない。
ショウは、明日もよろしくお願いします、と宿に入っていった。見送るオフェンとディフェン。これから別行動のモールと落ち合うのだろうが、モールはリングを持っていない。どうやって連絡を取るのかしらとオフェンは思った。
オフェンとディフェンはそこから騎乗し、20分ほどして古代人拠点に到着。パッカランを係員に預け、建屋に入る。古代人拠点もロビーの内装などの見かけは、原生人の宿と変わらない。
「船旅は新鮮だったけど、さすがに9時間は飽きるわ」
「姉さんにしては、よく我慢したね」
「あんたと違って大人なのよ」
2人を知る者がいれば、最後のセリフには盛大に突っ込んだであろう。2人は拠点の奥へと進むと、途中で別れた。
オフェンは女性用区画に入る。いつもながら、男女に設備を分ける必要があるのかしらと思う。通路を進むといつしか内装は、硬質な金属のものに変わっていた。ロッカーが並ぶ部屋に到着。身につけている装備をすべて外し、他の荷物とともにロッカーに押し込み、戸を閉める。ここでは盗難を気にする必要はない。
全裸でさらに奥に進むと、その先の薄暗い部屋には、斜めに立てかけられたカプセルがずらりと並んでいた。それぞれいくつものチューブが接続されている。こんな島でも、活動している古代人は他にもいるよう。カプセルのいくつかはすでに使用されており、液体が満たされ、チューブを通して循環されている。
オフェンは空いているカプセルを見つけると、背中から身を投じた。前面カバーが閉じられる。接続チェックはオールグリーン。
(ログ オフ)
カプセルに液体が注入され始めた。
……
チェリ本島は複雑な形をしているが、東西およそ150キロ、南北におよそ250キロあった。その山間の街道を、朝も早くから、2頭のパッカランが土煙を上げて北上する。
ショウはオフェンのパッカランに同乗していた。最初はディフェンのパッカランに乗ると主張したのだが、ディフェンは重装甲装備の男、重量を考えれば軽装な女のオフェンと同乗したほうがパッカランの負担は少ない、そう説得された次第である。
ぎゅっとオフェンの腰に腕を回しているが、その感触や香りに胸を躍らせる余裕はなかった。振り落とされないようにするのに必死である。ショウが前に座っては、小柄なオフェンでは前が見えなくなるので仕方がない。
モールは2頭に並走して飛んでいた。町を少し離れれば、人目はほとんど無かった。
「猛獣ジャヨーテ! 3匹いる。もっといるかも」
オフェンは左後方を走るディフェンにハンドサインを送り、ショウにも「降りて」と指示をする。一足先に降りたディフェンは左肩のアタッチメントから盾を外して左手に持ち、背中から槍を外して右手に構えた。ジャヨーテに向かって先行する。
「ショウはここで待ってる?」とオフェン。ショウの戦闘参加は臨機応変にと取り決めており、ジャヨーテは敏捷なので少し危険がある。「いえ、付いていきます」とショウ。モールに依頼して、背中に待機してもらう。これならすぐに飛び上がれるので、よほど大丈夫だろう。道中は長い。オフェンたちには、シンガルまで案内はするが猛獣、怪獣狩りはいつもどおりに行うと、ことわりを入れられていた。いつまでも足手まといでいる訳にはいかない。
ディフェンは無造作にジャヨーテに近づく。もう1匹発見、全部で4匹いた。ディフェンはその最高級防具により、猛獣相手ならそうは負傷することはない。逆に猛獣は怪獣や亜怪獣とは異なり、相手にかなわないと思ったら逃げてしまう。囮になって充分にひきつける必要があった。
「クワトロ・ファイア・ボール!」
オフェンが火の玉を4つ放つ。2つ命中。あたったジャヨーテは即死だ。魔素制御に難がある中、4つも火の玉を生成して2つ命中させたのは上出来だとディフェンは思う。まぐれだろう、とも思っていたが。
2匹は左右に分かれ、走り出した。オフェンは右のジャヨーテを火の玉で追撃したが、全て外して取り逃がした。そして左に走ったもう1匹は――
「ファイア・ボール!」
ショウはそう唱えながら右手に火の玉をイメージするが、思うように発現できない。
「飛ぶよっ」
見かねてモールは、ショウを持ち上げる。近づいてきたジャヨーテは、二人の下で吠えたり、飛び上がったりし。そしてどうにも届かないとみたか、走り去っていった。
「へー、ショウでも魔法に失敗するのね」と、オフェンはどこか安心するかのように声をかける。ショウは「すみません」と、取り逃がしたことをただ謝った。
……
白い空間。
「ショウくん、やさしいー」
ローリーはワタカシたちをなでなでする。
「ピィーヒュルルー」
「ピィーヒュルルー」
目を細めるワタカシたち。
「なんとかしたいなあ」
ショウが猛獣を殺す覚悟ができていないことは放っておくつもり。自分はワタカシたちの騒がしさを覚悟できない翔一であった。




