特注装備
「人がある場所から別の場所に、突然移動することはあるのでしょうか?」
オフェンとディフェンはショウの質問に答えあぐねた。ショウが何を知って質問をしているのか、何を指して質問しているのかが分からなかったからだ。
古代人は2つのパターンで拠点間を短時間で移動することがある。そのことについては答えられないし、またそのことを原生人が知りえることはないはずなのだ。
「えっと、ショウくんはそのような人を見たのかい?」
ディフェンが探りを入れる。オフェンは良きに計らえとばかりに弟に任せる。
「いいえ、そうではありません。古代人の方々は優れた科学技術をお持ちです。瞬間移動ができたり、理論的な可能性についてご存知だったりするのかなと興味がありまして」
ショウは答えた。さすがにまだ、自分がそういう存在なのだと訴えることはしない。
モールは関心なさそうに部屋の中を飛び回り始めた。この件については未だに責任放棄をしている。
「瞬間移動…… 確かにそんな夢のような技術があれば便利だろうね。僕たちもパッカランで移動しなくて済むようになる」
ディフェンはショウが何かを知っているわけではないとみて、少し混ぜ返して話を切り上げようとし――
「私たちは知らないけど、学者に聞けば分かるかもしれなくてよ」
オフェンがこの話をつなげた。
「な、何を言って。確かにそうかも知れないけれど」
慌てるディフェン。本当に姉には振り回される。
「そうなんですね。ぜひ聞きたいです」
希望の火がともって、ショウは前のめりになる。
「あくまでも、かもしれない、という話よ」オフェンは思わせぶりに続ける。「そうね、そこまで興味があるなら、学者に引き合わせることはできると思うけど。でも学者たちは大拠点にいるのよ」
「大拠点、ですか……」ショウにはピンとこない。
「地図を見るといい」とアキン。ショウはなるほどと使い方を教えてもらったばかりのリングを操作し、テーブルに地図を投影した。
「この赤いのが、そうよ」とオフェン。同じ印が赤道近辺に6つあった。
「このラジハバ市からもっとも近いのはシンガルだね。蒸し暑いところだ。北東に直線距離で4000キロ。海も渡ることになる」と滔々と説明するアキン。「仕事で行くことがあるのだよ」と締めくくった。そこを。
「案内しても良くてよ? 私たちと一緒に行く?」
ディフェンは姉の魂胆に、またもや嘆息した。
……
アキンは、ショウの質問こそ予想外でその意図も掴みかねていたが、オフェンらがショウを誘うことは想定していた。ショウとモールの魔法は、魔素の扱いが苦手な古代人にとって、大いに魅力的なはずであった。しかしアキンとしてもショウとの縁は維持したい。そこでアキン国際商会の商会証を用意してショウの身元を保証しようとしていたのだが、オフェンがIDリングまで用意してくるというのは読みを超えていた。すぐに策を組み直す必要がある。
「シンガルにはどう行かれますか? やはりタキュ帝国に入って陸路ですか? それとも海伝いで向かわれますか?」
ショウがシンガル行きに同意することは明らかだった。アキンは答えの予想がつく質問をオフェンに向ける。
「陸路よ。海路じゃ狩りがままならないわ」
少し憮然とするオフェン。海路のほうがずっと早い。痛いところを突いてくると思った。
「それでしたら、アプシー市かノスキャ市の我が商会の支店に、ぜひ立ち寄っていただきたい。モールくんには商会関係者にぜひ魔素鑑定をして欲しいのです。その代わり、ショウくんの旅費は全て我々が受け持ちましょう」
アキンは陸路のほうがありがたいとオフェンの誤解を解きつつ、ソファーに戻ってきたモールを見つめて言う。
「ショウがいいなら、いいよー」
モールはそう言って、また部屋の中を飛び回り始める。このような長旅に妖精が付き合うことなど、あり得ない。そこに皆の気が至らぬよう、フリーダムなムーヴをキープしてごまかしている。
ショウも費用負担に遠慮があったが、シンガルに行くことを優先して同意した。
……
こうしてショウのシンガル行きが決まったが、ショウの装備をどうするかという話になった。サスコ国の国境近辺からノスコ国のラジハバ市までは安全な主要街道だけを通って移動することができたが、シンガルまではそうは行かない。オフェンは狩りをしていくつもりなのだ。野獣、猛獣はもちろんのこと、怪獣と遭遇する危険性は十分にある。
「私が用意しても良いわ。古代人の最高級品ならかなり安全になるでしょう」
防具ガチャを回す気満々のガチャジャンキーな女がいう。
「ショウくんの体力じゃ無理だよ。重すぎる」
それは即座に弟に却下された。
「となると防具はヒュマン種向けの一般的な皮プロテクターが妥当ですかね。武器は魔法を使えるから、護身用の短剣で充分でしょう」
その費用も持つとアキン。魔素を鑑定してもらえるのなら、安いものだ。
「あの、できたら欲しい装備があるのですが」
ショウがそのようなことを言い出すとは意外、皆が注目する。ショウがその内容をたどたどしくも説明すると、なるほどと感心された。この装備はアキン国際商会の取引先に、特急で特注されることになる。
こうして出発は、特注装備の仕上がりを待って、3日後となった。
……
「お姉さんは量が多いけど、濁ったどどめ色なんだよね」
シンガルへの出発前日、ラジハバ市近郊の広い河原。
モールはアキンが集めたメンバーの魔素鑑定をしていた。前々日に発せられた招集に応じて本店に来ることができたのは五名。ただ、今、モールが相手をしているのはオフェンである。旅路でいくらでも見てもらう機会があるだろうにとディフェンは指摘したが、それまで待っていられる魔法ジャンキーではない。
「それじゃあ、得意な魔法を使ってみせて」
オフェンが鑑定内容にムッとしているのはスルーして、モールは次の指示をする。
「見てなさいよ、モール。ダブル・マキシマム・ファイアボール!」
オフェンは二つの杖を前方に突き出す。精神を集中しながら声を上げて大きな火の玉を2つ浮かび上がらせ、河川に解き放った。大きな水柱が上がって一瞬川底がのぞき、水蒸気が立ち込める。「おぉ」とアキン国際商会の面々から感嘆の声が上がる。ちなみに古代人も原生人のように道具無しで魔法を発現させることはできるが、制御に難があって自傷する危険があるので、たいていはこうして杖を使う。
「うーん、古代人の魔素の流れは独特だなあ。体のあちこちで魔素がせき止められている。これが無くなればもっと良くなると思うけど、ボクにはどうすればいいか分からないやー」
魔法を試してもらわなくても分かっていたが、モールは一通り解説してみせる。古代人は戦闘スコアを稼いでレベルを上げ、制限がかけられている血流ならぬ魔素流を解除して良くしていくほかない。
「杖を2本使う効果はありますか? あと、掛け声も」
ディフェンがこのときとばかりに、日頃からの疑問をぶつける。一度に集約できる魔素には限りがあるはずだから、1本でも変わりはないはずなのだ。実際に姉は、杖1本で放つ火の玉のほうが大きい。掛け声も、発動までにタイムラグが生じるからやめて欲しい。
「2本のほうが少しだけ強くなると思うよ。掛け声も魔法のイメージが高まるから、無駄じゃない」
ディフェンには残念なことに、二杖流と掛け声は無駄とは言い切れなかった。ただ杖については、ガチャ課金額を考えると費用対効果は極悪だ。
モールの答えを聞いて得意顔の姉に、弟は口をへの字に曲げた。
今回集まることができたアキン国際商会とその契約先の護衛組織のメンバーの中では、ヤンがもっともまとう魔素が優れていた。量についてはより多いメンバーがいるが、色についてはヤンがもっとも美しいと、モールは評する。
実は魔素を扱える量は身体機能が大きく影響しほぼ先天的な要因で決まるが、色は浮かべる魔法イメージの鮮明さ、つまり後天的な要因で決まるものだ。しかしそういったことは、調査や実験を通して古代人や原生人が自ら見出すべきこと、モールの中の翔一はそこまで解説をするつもりはない。
……
シンガルへ出立する日の朝。
ショウとアキンは防具工房の裏庭に来ていた。特注した装備を受け取るためだ。装備は複数の革の帯を頑丈に縫いあわせてできていた。腰に巻く太いベルトを中心に、上半身にかかるサスペンダー、背中側はX字状に交差している。そして両の太もも上部に巻くベルトがあり、それぞれ2本の革帯で腰のベルトにつながっている。サイズは製作中に何度か合わせをしているのでぴったりだ。
「モール、お願い」
ショウが呼びかけると。人目につかぬよう別行動をしていたモールが、物陰から飛んできた。工房長は突然の妖精の出現に驚くが、事前にアキンから「今回目にすることは他言無用」と言われていたので合点がいく。だがそれはまだ早かった。
モールはショウの背中の取っ手を掴むと、そのまま持ち上げる。宙に浮かぶショウ。ベルトの食い込みが少し痛いが、身体に掛かる力は分散され、先日のワタカシのときと比べれば全くマシである。ほどなくショウとモールはコツを掴み、息を合わせて飛び回り始めた。急降下に急上昇、ホバリングはもちろんのこと、宙返りまでしてみせる。
「あ、あ、あ……」工房長が言葉を失う中。
ショウはこの世界に来て初めて声を上げて笑いながら、心の底から飛ぶことを楽しんだ。




