戦闘
日が変わってもショウの元気はなかった。アキンは強引に誘いすぎたか、ホームシックになったのだろうかと困惑する。しかし昨日のショウの話では、幼い頃から気づけば一人暮らし、ずっと食うや食わずの生活を続けていた、ということだったのだが。それにしては痩せぎすってはいないので何かあるのかもしれないとは思ったが、まだそこまで問うことはできなかった。
妖精モールは、今日もショウに相手にしてもらえないと見たのか屋根の上だ。アキンもそっとしておいて商会の仕事を進めてもよかったのだが、いつしか問わず語りに先程始まった戦争について語り始めた。
サスコ国とノスコ国はもとは一つの国だった。経済政策の意見の分かれが深刻な政治問題に発展し、経済的に豊かな北部のいくつかの地域がノスコ国として独立することを宣言、その独立を認めない南部と戦争が始まり、以来散発的に戦争と休戦を繰り返してきた。南部は気候的に農作物が育ちにくく、国境近辺の穀倉地帯を求めて攻め入る。北部はこれに応戦するか、あるいは取り返しに攻め入る、というのがここ最近のパターンであった。
戦争続きで特に軍事費に歯止めがかからなくなっているサスコ国の国庫は、事実上破綻している。ショウのように本来は国の宝である子どもたちがID登録もされず、浮浪児が増えているのもこうした背景があった。古代人はその利便性からすれば、破格と言える費用でIDリングを貸与してくれるが、その費用すらもろくに賄えなくなっていた。
アキンがここまで話して、お茶を手に取り、喉を潤すと。いつの間にかショウが顔を上げ、その顔に表情を取り戻していた。
……
パッカラ車はちょっとした山岳地帯に差し掛かり、山の斜面を切り開いた砂利道を進んでいた。
「うっ!」
御者当番のヤンは手綱を引いた。突然前方に、空から大男が降ってきたのだ。パッカラも気づいて驚き、しかし調教が行き届いていたおかげだろう、急停止をしたりはせずゆっくりと止まった。だが道を塞いだ存在に、その身体は震えている。ヤンはブレーキを引くや御者席を飛び降り、2階に向かって「バスっ、降りてくれ!」と叫ぶ。
突然道に飛び現れた大男はフルアーマーを装備していた。着地はしたものの、苦しげにしゃがみこんでいる。そこかしこが傷つき、血が滲み、満身創痍に見える。すると今度は比較的軽装、小柄な兵士が、剣を振りかざして飛び込んできた。立ち上がるやそれを受け止める大男。降りてきたバスはヤンの横に並び剣を構えながらも、2人の戦いを唖然と眺めていた。
何合も続く激しい剣戟。その様子は2階からも見てとれる。
「あれが古代人だよ。初めてかな?」とアキン。目を見開くショウ。パッカラの前でバスとヤンが体を張っていたが、格が違いすぎてまったく相手にならないように見えた。ショウが見てもひと目で分かるほどに、2人とも凄まじい力とスピードだ。ショウはどうしてアキンが落ち着いていられるのだろうと訝しむが、アキンはそれを察して「古代人が我々を攻撃することはない」と説明する。
そして程なく。軽装兵士の放った火の玉が大男にかわされ、街道脇の木に命中。その木がパッカラ車に倒れてきて、バスとヤンが必死に防ぐ。その様子を軽装の兵士が顎でしゃくると。大男は頷いて応じ、2人は別の場へと戦いを移していった。
「二次被害は起こるから、やはり戦場は危険だ」とアキンは人心地つけると、ヤンに再出発を指示した。
なお、モールも屋根上から一連の顛末をずっと見てはいたのだが。
白い空間でローリーが「私もやりたーい」とちゃんばらの真似事をえいえいと始めるので、「この星が割れちゃうでしょ」とつっこみをいれつつ、その意識は揺れる双丘に奪われていたのであった。
……
パッカラ車は再び山道を走り出す。
ショウが古代人に強い関心を持っていると見て取ったアキンは、話を続けた。
古代人は太古に滅び去った文明の末裔と言われている。その後に発祥した文明のヒト種は原生人と呼ばれ、区別されている。古代人は原生人のようにノスコ国やサスコ国といった国土に基づいた国に属することはなく、世界各地に多数残る遺跡を拠点とした独特のつながりのもとで生活をしている。
古代人の種はショウのようなヒュマン種、アキンのようなアカイ種、バスやヤンのようなリザド種などとさまざまで、そこに違いはないのだが、数段優れた身体能力を持つものが多かった。残された遺跡の多くを独占して使っているものの、それらから得られる成果を惜しげもなく各国に提供して世界の科学をリードしている。パッカラ車の車両もその一例だ。またIDリングも遺物の1つなのだが、今もなお生産ができる。一度身に付けると他者が利用することは不能になるので身分の証になり、条件は限られるが離れた場所と会話することができ、地図などの情報も内容は古いのだが表示することができる。
一方で古代人たちの風習は享楽的。世界各地の遺跡を移りながら旅をし、各国の脅威となっている猛獣を駆逐したりして生活をしている。今回の戦争のように各国の傭兵となって古代人同士で戦うこともある。むしろ戦争の多くは、彼らの戦いぶりで大勢が決する。それでいて古代人が古代人以外の者に暴力を振るうことはなかった。それは戦争であっても同じだ。犯罪組織に属するものなどの例外はあるが、多くは世界の盟主の生き残りとしての矜持をもっている。
そんな何もかにも優れた古代人だが、こと魔素の扱いに関しては原生人に劣りがちだった。魔法を使えないアキンには分からないが、ヤンに言わせると古代人は魔素使いが力任せなものが多く、美しくないのだそう。
「ヤンさんは古代人に会ったことがあるのですか?」
質問するショウに肯定しながら、アキンはやはりかと思う。確かに古代人は国家レベルはともかく、一般レベルで原生人と行動をともにすることは珍しい。しかし古代人は世界各地を旅しているので、会ったことがないという原生人はまずはいなかった。赤道近辺の6大拠点や、各国に1つ2つはある中規模拠点ともなると、必ず見かける存在だ。
思わぬ長話をしたアキンが外の景色を見やると、すでに西の空が赤く染まりはじめていた。ショウは古代人と話をしたいようだが、残念ながら今回の予定経路はどの古代人拠点からも離れすぎている。
アキンはどうしたものかと考えていたが、ショウの願いはすぐ翌日に叶うことになる。




