姉弟
「ピィーヒュルルー」
その奇妙な鳴き声は、朝、宿を出てから2時間ほどでさしかかった丘陵地帯に響き渡った。
「バス! パッカラを止めろ!」
アキンが慌てた様子で、御者のバスに大声で指示を出す。言われる前から行動を起こしていたのであろう、パッカラ車はすぐに走りを止めた。
ショウが窓から身を乗り出して周囲を眺めると、澄んだ青空の中、遥か上空で何かが旋回をしている。そしてそれは右前方へと急降下を始めた。
大気を引き裂くもの凄い衝撃音が響き渡り、急降下する物体を覆うように円錐状の白い霧が発生する。
かと思うと今度は落下方向の地上から、渦巻き状の炎が上空に向かって放出される。
物体は炎に突っ込み、地上に激突した。
落下地点が光り、爆ぜるような音が広がる。そして落下物体は翼を広げて反転し、上昇に転じた。そう、落下していたのは鳥だったのだ。
「やはり、大怪獣ワタカシ……」
ショウの隣、アキンは目を見はった。
……
車両を降りた4人と1妖精は、何度目かのワタカシの急降下を眺めていた。古代人が襲われているのだろうとアキンは言う。
この星にはさまざまな怪獣と呼ばれる生物が生息している。不思議なことに強い怪獣は古代人しか襲わない。それが超古代文明が滅んだ一因であるとする学説もある。そんな怪獣たちの中でも「大怪獣」と呼ばれるクラスは、その生息数はかなり少ないとみられているが、古代人でも討伐に成功した例は極めて稀、もしかしたら無いのではないかと噂されるほどに強い。
バスとヤンは、そんなワタカシの攻撃を古代人が何度もしのいでいるらしきことに感嘆していた。自分たちなら最初の一撃で間違いなくやられている。
ショウはというと、昨日の今日でさっそく遭遇できた古代人となんとしてでも話をしたかった。IDリングの性能を見るにつけ、古代人から地球に帰る手がかりを得られる可能性はある、と思いたかった。
モールはそんなショウの気持ちにお構いもなく、「あの2人は死んじゃうね」と言い放った。
……
「モール! なんとかならないの?」
突然ショウにすがられ、モールはびっくりした。その目は真剣だ。ショウが古代人に接触しようとしていることもその理由も分かってはいるが、そこまで思いつめているとは思っていなかった。モールこと翔一は、ローリーから自分がコピーされた存在だと聞かされていたし、全知全能の存在になっていたしで、望郷の念はかなり薄れている。しかしショウは違う。帰りたいと思うのは当たり前だ。
なんとかならないのも、なにも、ワタカシなんて瞬殺だ。しかし超常の力を使わずして倒すのは、モールの力をもってしても難しかった。アレはずっと先を見据えたエンドコンテンツ。今はトップランクの古代人たちが束になってかかっても、倒せるようなバランス調整はなされていない。
「うーん、ワタカシは古代人しか攻撃しないから、ボクやショウは安全に彼らを支援できるかもしれないけど」
苦し紛れにモールがつぶやくと。
「それだ!」
ショウが駆け出した。
……
「あ゛ー」
モールは頭を抱えた。つい先日まで野犬もどきにも怯えてまだ一度も戦闘したことがないのに、初戦が大怪獣相手とか無理があるにもほどがある。「ショウくん、がんばれー」「あの鳥、飼いたいー」と無邪気なローリーにもイラッとくる。
とりあえずこのままでは、ショウが古代人たちにたどり着く前に戦いが終わってしまう。モールは走るショウの腰のベルトを捕まえ、空中搬送。何気なく運んでいるが、他の妖精にはできない行為だ。後ろでアキンら3人が「戻れー」と大声を上げているが、無視である。
「いいかいショウ、魔法はイメージなんだ」
この惑星では魔素を介して、物質をかなり自由に操作することができる。物質の構造を理解していればイメージがより形になりやすいが、理解していなくてもかなりの程度は物質側が補ってくれる。物質を構成する材料は空気や大地などそこら中にあり、魔素もまたショウの身体に与えた干渉能力なら充分といえる量がどこにでもあるので、魔法の威力はショウの想像力で決まる状況にある。
「ワタカシは強いけど、攻撃は体当たりしか無い。かならず古代人に接触する。なにか捕まえられるものをイメージするんだ」
うなづくショウ。素直で、どうしてそんなことを知っているんだと突っ込んでこないのは助かる。
「ボクはキミを守ることに専念するよ。絶対にキミを守ってみせる」
ショウが魔法に専念するよう誘導する。
……
モールに釣り上げられて急行するショウ。服が体に食い込み痛かったが、そこは我慢。そしてモールが言ったように、そこには2人の古代人がいた。
1人はショウと同じヒュマン種の女。露出度が高い軽装で、両手に巨大で虹色に輝く宝石のような物がはめ込まれた杖を持っている。もう1人はバスやヤンと同じリザド種。こちらは重装備で槍と大きな盾を持っている。その槍先と盾の表面は女の杖先と同様、何やら虹色に揺らめいていた。
「愚弟、なんとかしなさいよ!」
「バカ姉、だから無謀だって言ったじゃないか!」
2人は罵り合っていて、どこか緊張感がない。それにしても種族が違うのに姉弟なのか?
「ピィーヒュルルー」
「くっ」
「ぐう」
またもやワタカシの鳴き声。2人は上空を見上げる。
「ツイン・ファイヤー・ストリーム!」
姉らしき女が2つの杖をワタカシに向け、炎を放つ。
「意味のない掛け声、やめれ!」
弟らしき男は姉をかばい盾を掲げる。
生きるか死ぬかの状況のはずなのに、どこか切迫感がない。
鼓膜の破れそうな衝撃波が辺りを襲い、突風が吹き荒れる。古代人2人の体は揺らいでいるが持ちこたえている。ショウはというと、モールが張っている空気の壁のようなもので守られていた。
接触したワタカシと古代人2人の間に光と爆ぜる音が上がり、ワタカシが上昇していく。
「あと2つ。(ホシゴ カキン アイテム)のシールドがあと2つしか無いわ」と姉のほう。途中意味不明の、発音するのも難しい言葉が挟まれたが、どうやらあの急降下攻撃に耐えられるのはあと2回のようだ。
「援護しますっ!」
地上に降ろされたショウは、2人に声をかけた。
「えっ?、原生人?」と弟古代人。
「あら、綺麗な妖精」と姉古代人。
2人が声を返す。
「下がってくれ。キミは死んだら生き返られないだろう」
えっ、古代人は復活できるのか。もしかして俺は無駄なことをしている? ショウは男に思いもかけないことを言われ、ひるむ。
「これって(トクシュ イベント)かしら」
女のほうは発音不能な言葉が交じって聞き取れない。
「ピィーヒュルルー」
次が来る。2人が空を見上げる。
「あの鳴き声を聞くと、僕たちは惹きつけられてしまうんだ。いいから早く下がるんだ」
「もー。魔素石も少ないのにー。ダブル・レッド・ハリケーン!」
「また技名が変わってるし」
余裕があるのかないのか分からない古代人姉弟。ショウはためらったが、支援することにした。ワタカシの速さには目が追いつかないが、必ず通過する場所が分かっているならやれることはある。まずは小さな塊を、魔法で作れることを確認した。
そして凄まじい衝撃波。
今だ!
ショウは両手を差し出すと、今度は2人の視界先に灰色の大きな塊をイメージした。
……
「はー、息苦しかったわ。ありがとう」
駆けつけてきたアキン、バス、ヤンが引き剥がした姉古代人が、体中に付いた粘りを取りながら言う。
ショウが作り出したのは巨大なとりもちだった。それは一顧だにせず突っ込んできたワタカシを見事に捉えた。今も体半分がとりもちに絡まって飛ぶことができずもがいている。姉弟もとりもちに巻き込まれたが、なんとか引き剥がされていた。
ショウはとりもちの維持に魔法を行使し続けている。そうしないととりもちが、少しずつ消滅してしまうのだ。
「せいっ!」
まだあちこちにとりもちがついたままの弟古代人が長槍でワタカシを突くが、傷一つもつかない。
「ブランディング・アイアン!」
同じくとりもちまみれの姉古代人が、謎の技名を唱える。杖先の宝石を真っ赤にさせてワタカシに押し当てるが、効いているようには見えず、魔素石の無駄遣いにしかならない。
「どうしたものかなー」
モールの中の翔一は苦渋していた。姉弟がワタカシを攻撃するつどに「痛っ」「熱っ」と声を上げ、遊んでいるとしか思えないローリーもどうにかしたい。
「えーと、『我は引いてやる。ここから解き放て』って言ってるよ」
モールは六人を前にして切り出す。「妖精は大怪獣の心を読み取れるのか!?」とアキンが目を丸くする。そんな妖精はいない。
「考えていることが、纏っている魔素からなんとなく分かるんだ。大怪獣は意志が強いからだと思うけど、分かりやすいよ」
余計なことを言うなと思いつつ、設定を付け足すモール。この大怪獣はひたすら怒っているのだが。
「どうする、姉さん」
「えー、この国の(センソウ イベント)に来ている(フレンド)たちを呼んだのに」
と古代人姉弟。ショウとアキン国際商会3人は、時折姉古代人が発声する形容し難い言葉が聞き取れず、顔を見合わせた。
「すみません、そろそろもちそうにありません」
ついに顔色を青くしているショウが弱音を吐く。モールからその身体にヒュマン種が備えうる最上位の魔素干渉器官を与えられているのだが、大怪獣を拘束する物質を維持するのは限界に近かった。
「ほら姉さん、あきらめようよ。みなさん、念のため離れてください」
「えー、嫌よ」
「死ななかっただけ、マシだろう」
諦めの悪い姉を槍で小突いて、弟古代人はショウと大怪獣のあいだに立ち、盾と槍を構える。姉古代人も仕方なさそうに2本の杖を大怪獣に向けた。
「開放します」
アキンたちが遠ざかったのを確認して、ショウが力を抜く。とりもちが消え、大怪獣ワタカシがその大きな羽を羽ばたかせた。その目は怒りに燃えている。話が違うぞと身を固くする古代人姉弟。しかしワタカシは威嚇をおさめると、空高く飛び去っていった。
……
「なんとか片付いたな」
白い部屋で嘆く翔一。しかし。
「ピィーヒュルルー」
「ピィーヒュルルー」
白い部屋ではワタカシが飛び回っていた。しかも、つがいでだ。
その大きさは手のひらに乗るくらいに小さくなっている。もちろんローリーの仕業だ。
「さあ、おすわり」「はい、お手」
ワタカシをしつけて楽しそうなローリー。突っ込んだら負けだ。
ただただ翔一は。先のローリーのおねだりに、「飼えばー」と投げやりに答えたことを後悔していた。




