お知らせ
ショウたちが坂の上から街並みを見下ろしていたその時。シンガルの上空、大気圏より遥か彼方。
宇宙の暗闇に数条の光が複数回、散発的に現れ、走り、消えていく。
地上であれば爆発が生じたものもあったであろうか。ここでは衛星に空いた穴に、多少の火花が散る程度であった。
「全射命中。HYH通信中継の停止を確認。地表1割の通信、監視妨害に成功」
「続いて制圧部隊の射出カウントダウンを開始。惑星組、シンクロよろしく」
「こちら宙域側ポート制圧班、スタンバイ完了」
大気圏の外縁。
「シンクロ完了。こちらもカウントダウン開始」
「地上側ポート制圧班第一、よろしく頼みます、シャアア」
「同じく第ニ、いつでも行けるぜ、シャアア」
ほどなく。
母艦よりずっと小型の機体が、宇宙側で1機、大気圏側で2機、それぞれ射出された。
……
ショウたちのいる惑星ファンランを周回する月の裏、巨大ドームのあらゆる場所で緊急放送が繰り返される。
「S級インシデント発生。繰り返します、S級インシデント発生。屋外に出ておられる方は至急、最寄りの施設内に避難してください。繰り返します……」
S級ともなると生体埋込デバイスに加え、あらゆる媒体で警報が出される。ドームは隕石衝突に耐える耐久力がある。破壊されるような事態は想定し難いし、破壊されるようならどこに避難していても似たようなものであるが、少しでも安全を確保しようとするのはファー銀河連邦とて変わらない。
ドームの危機管理センターでは、惑星調査隊とFWO運営の合同対策本部が立ち上がり、部屋のほうぼうで対応が進められる。
「全プレイヤーの強制ログオフ完了!」
「よし、プレイヤーにはそのまま留まるよう徹底を!」
このドームには数万人いるプレイヤーが全員退避できるようなシェルターは備えられていない。カプセル状のフルダイブ装置は物理的な保護になり、プレイヤーのバイタルをモニターすることもできるので、フルダイブセンターは退避場所としての役割も持たされていた。逆にプレイしていない残りのプレイヤーは、シェルターへと移動してもらうことになる。
ゲムスキー文明人の享楽的な気質も幸いし、プレイヤーたちの反応は比較的落ち着いていた。リアルやネットワーク上で、S級インシデントについて盛んに議論を交わし始めている。
「ディフェン、何か分かる?」
「衛星が攻撃を受けて、シンガル地区近辺への多重通信網が完全に遮断されたようだよ」
合同対策本部が入手している情報は、ユーザーにもその多くが共有されている。オフェンはフルダイブ装置を出て、弟の装置の横に来ていた。避難するとなると、弟はまだ車椅子。その行為に意味があるか無いかは別にして、オフェンなりに万が一の事態に備えていた。
「宙路運行管制の状況は?」
「接続宙路先への運行停止要請は完了しています。航行中の艦船は無し、こちら側の滞宙艦船は2隻です。あと、ファンラン宙域に次元跳躍ジャマーの展開は認められません」
次元跳躍可能な外宙艦船は2隻、普段はこれより多かったり少なかったりして、これらの増減タイミングを図った襲撃ではないと見られた。ほかにこの宙域にいるのは、連絡艦、輸送艦、工作艦など、次元跳躍能力を備えていない小型の内宙艦船になる。
なお跳躍ジャマーの展開などが観測されれば、星間戦争レベルの事態だ。一組織が手に負える状況を遥かに超える。
「シダサさん、何か分かりましたか?」
「あらゆるレーダー、センサー類に形跡はありません。明らかに軍レベルのステルス装備を備えたものによる襲撃かと。待機ステーションからの応援部隊は2時間後に到着予定。またこちらの営業拠点の判断で、連邦軍に出動要請をしています」
FWO運営は民間警備団体シダサにドームの警備を委託している。普段は主にプレイヤー間のトラブル仲裁に備えた警備。惑星域外部からの襲撃など想定してもいない。一次応援が到着しても、軍装備の相手となるとドームを守るのが精一杯となる。
合同対策本部は、襲撃者の正体や目的の見当をつけられないでいた。AIの推定は、各文明の軍や警察組織や諜報機関、官民の研究組織、宗教結社、政治結社などの関与確率をコンマ数%ずつ列挙しているありさま。このようなハイレベルのステルス艦はかなり特殊で高額、まず入手できるものではない。被害状況からの隻数割り出しはできていなかったが、たとえ1隻だけであったとしても強大な力を持つ組織であることが予想された。だがその割には。
先制攻撃を受けたのはHYH通信衛星12基。いずれも中央処理モジュールをピンポイントで破壊されたとみられ、実に小規模。この被害によるもっとも大きな影響は、HYH通信切断により月裏から大拠点シンガルを中心とした地域でのボディの標準操作が不能になったこと。同地域で標準操作できるボティは現地対応チームの通常通信による十数体のみとなる。月裏からでも通常通信による操作は可能だが、数秒のタイムラグが生じるため半自動操作になってしまう。
襲撃者の目的が月裏ドームではないことはほぼ確実と見られていたが、予断を許さない状況は続く。
……
「パパー、あれなに?」
晴天のシンガル、雨の多い季節の中でひさびさの散歩日和であった。手をつないで歩いていた幼い息子の指差す空を見上げ、父親は絶句する。
「何だあれは?」
「雲より高いぞ!」
「下はデラフロトにつながっているんじゃないか?」
ショウら3人はシンガルの街並みに入っていた。モールは姿を消している。もともと活気のある街なのだが、人々が空を見上げては立ち止まり、ざわめきはじめる。ショウもつられて見上げると――
「あ、な、こ、これは、軌道エレベーター?」
つい先ほどまでは何もなかった空に、どこまでも高く伸びる棒状の建築物。ショウの言う通り、軌道エレベーターがそびえ立っていた。
「なあ、これ、ヤバいんじゃないか?」
「特にどうってことはなさそうだぞ……」
「古代人に聞けば、なにか分かるだろう」
町のあちらこちらで話し込む原生人たちの反応はさまざま。南への脱出を始めようとする者、内面がどうかは別として平然を装う者、古代人に問い合わせをしようとする者。だがもし注意深く観察をしている者がいたら気づいていたであろう、その古代人たちは大拠点へと移動し始めていたことを。
オフェンとディフェンを真似るAIは、異常事態への対応について演算を始めた。HYH通信が途絶して広域情報の入手ができず、スタンドアロンで処理を進めなければならない。FWO用のボディは、遠隔操作、ゲーム用途、大量配備を要件に機能選択されており――言い換えればコスト削減されまくっており――オートパイロットに十分な性能を備えているとはいい難い。
(オフェン デ アレバ ディフェン 二 ハンダン ヲ ユダネル ト ハンダン)
(オフェン エーアイ ノ ハンダン 二 ドウイ。 エスキュウ インシデント ハッセイ ト ハンテイ。 ショウ ハ ブイ アイ ピー。 ヨッテ ダイキョテン デ ホゴ スベキ ト ハンダン)
ピアツーピア同期も含めて、処理時間自体は数ミリ秒。
「どうも様子がおかしい。ショウ、安全のために僕たちと一緒に大拠点に入ろう」
空を見上げているショウを、ディフェンを模したAIは大拠点へと誘った。
……
大拠点シンガルから、橋であるかのように偽装された5キロメートルほどの海底チューブで接続されている人工島デラフロト。普段、貨物のコントロールをしている管制室は、大騒ぎになっていた。
「宙域側ポートでセンサー反応、侵入者です!」
担当の1人が悲鳴のように報告する。
「宙域側ポートの連中には、投降しろと伝えろ!」
HYH通信衛星が破壊されてから30分、予想された危機シナリオの1つが現実のものとなった。予想はされたが、対策は取られていない。いや、宇宙デブリ除去用レーザーの探索レーダーを出力最大にして警戒を強化していたが、やはり気休め。高度な装備を備えているらしき襲撃者を補足することはできなかった。軌道エレベーターの静止軌道高度にある宙域側ポートは銀河連邦標準の構造物、職員も十数名。物理的な侵入、制圧は容易であろう。しかしそんな何もないところを襲って、どうしようというのか?
「北方の海面に異常あり。飛行体推進の余波と断定。2機来ます!」
今度は地上。どうやら襲撃者の狙いは、この襲う価値があるとは思えない軌道エレベーターのようだ。
「こちらにも来やがったか。FWO現地対応チームっ、ボディをポート北面に集中配備してくれ!」
応援を依頼していた、普段はFWOのトラブル対応に従事している部署に指示を出す。彼らの使用するボディはプレイヤー用よりも高性能なもので、リミッターも付いていない。大怪獣には負けるが怪獣クラスなら瞬殺だ。しかし操作できる数が少なすぎる。それにしても。
衛星を破壊した母艦から発進したとするには、到達が早すぎた。信じられないことだがステルス艦は少なくても2隻はいるのだろう。だがそうだとしても早すぎる。まだ何かある。
「あ? え? 宙域側ポートからシステム侵入、こ、光学迷彩を解除されました!」
軌道エレベーターは光学迷彩により、その存在を原生人の目から隠している。光学迷彩が解ければ、原生人たちの大騒ぎが始まるだろう。FWOのプランナーも、頭を抱えるに違いない。だがそれだけだ。そんなことをしてどうするのだ?
「海上に機影出現! ハッチを開いています。何かが降下っ! げっ!」
宇宙から地上からと報告が忙しい。ついに視覚できるようになった地上側の襲撃者がモニターに映り――
「地上側も投降する。抵抗するなよ。被害を最小限にすることに努めろ!」
これなら誰でも適切な判断ができるなと、管制責任者は自嘲する。スクリーンには1小隊規模の軍事アーマードスーツ兵が映し出されていた。
……
「ここの責任者と話をしたい、シャアア」
2人の兵を引き連れて管制室に入ってきた隊長らしき人物が、アーマードスーツの頭部装甲を開けて顔を出すなり、声を上げる。プタイル文明のサパン種、長い胴を長い尾で支え、手と足は惑星外進出後に退化したという珍しい種族。黄目に縦長の黒い瞳、先が2つに割れた舌を常にチロチロとさせている。
「私がこの軌道エレベーターの責任者、メヒシバンだ。用件は何かな?」
その特徴的な多数ある手を挙げて歩み出たのは、ハドワク文明シャーチク種の人物。光さえあれば睡眠を必要としないのが特徴の種で、雌雄同体。やはり当たっていたか、と独り言ちている。サパン種はファー銀河連邦でもっともG(加速度)に強い種、大気圏外から30分で突入してきたのだとすればこの種しかそのGに耐えられないはずなのだ……、などと思考を巡らす余裕がある。ただの物流部門の管理職なのだが、肝は座っていた。
「なに、我々が捕まるまでおとなしくしていてくれればいい。全職員を第3倉庫に移動させろ、シャアア」
2人の兵がパラライザー――麻酔銃――をちらつかせ、部屋を出ろと促す。
「…ふむ。全職員に告ぐ、第3倉庫に移動してくれ」
基部ポートの間取りを把握しているのかと訝しみながら、メヒシバンが生体埋込デバイスで指示を出すと、ぞろぞろと職員たちが移動を始める。しかしその一方で作業を続ける者も数人。サパン種兵たちは何も咎めない。これもやはりとメヒシバン。内通者がいた。
メヒシバンらが第3倉庫に移動すると、そこにはすでに数十人の職員とパラライザーを構えた数名のアーマードスーツ兵がいた。現地対応チームのボディも機能を停止させられて積み上げられていたが、他の作業ロボットは稼働していた。彼らの邪魔さえしなければいいというのは、本当のようだ。
「……光学迷彩のプログラムを書き換えました。実行に移します」
上部装甲を開けたままのアーマードスーツから音が漏れる。その声にメヒシバンは聞き覚えがある。宙域側ポートの職員のもの。
「ご苦労。私は街に出る、シャアア」
隊長らしき兵が応じる。会話を隠そうともしない。
「何を考えている!?」
メヒシバンの問いかけに。
「ただのプロパガンダだよ。そうだな、お前も連れて行こう。シャーチク種もいい見世物になるだろう、シャアア」
隊長らしき兵は、舌をチロチロさせて答えた。
……
パッカランに乗ったショウと2体のボディは、大拠点の敷地手前に到着していた。大拠点ともなると塀と門とで囲まれているのだが、その門の前では原生人の人だかりができていた。
「あれは何だ? 古代人を連れてきて説明させろ!」
「デラフロトに建っているんだろ? 俺たちにも見せろ!」
「そうだ。自分たちだけで古代遺跡を独占するな!」
敷地内に入ろうとする原生人を、門番をしている原生人が押し留める。だが後者の正体はボディ。何人で迫ろうが、力では勝負にならない。そこに。さらなる異変が起こる。
「なんか光ってるぞ?」
「模様が浮かんでいる……」
「いや、あれは文字だ!」
軌道エレベーターがきらめき、シンガル中の原生人たちの注目を集める。程なくして下から上へと文字が流れ始める。都市国家シンガルは、古くから原生人と古代人の交流がある街。ほぼ全住民が識字できる。
『原生人の皆さん』
「原生人の皆さん……」
『皆さんにお知らせしたいことがあります』
「皆さんにお知らせしたいことがあります……」
大拠点前に詰めかけていた原生人たちは、自然と声を合わせて流れる文字を読み上げ始めた。
月の裏のAIでは、ある団体の関与確率が急上昇を始める。
そして――
『古代人の正体は、宇宙人の操るロボットです』
その瞬間。AIは異文明尊重団体ミドクスの関与確率を、100%と断定した。




