心痛
日焼けが痛々しい。
船倉にパッカランを預けて階段を登るディフェンは、ショウの赤く色を変えた肌を見てそう思った。姉オフェンの肌は白いまま。古代人が日焼けをしないのは技術的制限なのか、意図的にそうしているのか、どちらなのだろうと思う。自分はというと、リザド種でウロコ肌だし、荷物番をさせられていたしで、日焼け以前。思い返すと何だか腹が立ってくる。
ビーチで遊んだ後に古代人拠点に泊まってエネルギーチャージをしたものの、この船旅からが正念場だと、ディフェンの気は重かった。フロボー島を出るとオーア大陸に着くまでは、古代人拠点がないのである。この区間は、その距離こそ24時間を要したチェリ本島からフロボー島の区間よりも短い。しかし直行便はなく、本数も週3便程度ということで、途中のストオー島で1泊して次の日丸1日を島で過ごし、次の船便で1泊する日程であった。つまり順調にいっても、50時間はエネルギーチャージができないのである。
古代人は戦闘行為をしなければ余裕で丸一週間、200時間弱は稼働できる。しかし戦闘行為は20倍以上のエネルギーを消費し、魔法を行使すればさらに消費する。オーア大陸までに戦闘になれば、長くて5時間、全開戦闘だと魔法中心のオフェンなどは1時間がせいぜいだ。
戦闘にならなければ何も問題のない話ではあるのだが。ディフェンは嫌な予感しかしなかった。
……
フロボー島を出港して3時間余が過ぎ。食堂でオフェン、ディフェン、ショウの3人は、昼食をとっていた、のだが。
オフェンが次から次へと料理を注文しては平らげる。その凄まじさに、ショウを含め周りの客は引きはじめていた。弟ディフェンは、姉の考えていることは想像がつく。古代人が食事をしても味は味わえるし、エネルギーも焼け石に水程度だがチャージはできる。リアルで摂生を強いられているし、しばらくはエネルギーチャージができないしで、食べておこうという程度の考えだろう。気持ちは分からないでもないが、限度というものがある。
「姉さん、ほどほどにしておき……」
ディフェンが見かねて、止めようとすると。
突然、鈍い音とともに船が揺れた。テーブルから食器が大きく飛び跳ねる。何やら左舷の客たちが、海を指差し騒然としている。
3人は顔を見合わせて席を立ち、食堂を飛び出して左の船べりに向かうと――
海が盛り上がるや、水しぶきを上げて大きな何かが飛び跳ねた!
「大怪獣フサメカ!」
戦闘狂のオフェンは、一瞥してその正体を見抜く。
ディフェンは驚くとともに、この襲撃の原因に思い至り、暗澹とした。大怪獣は古代人しか襲撃しない。一方でディフェンたちは、原生人たちと同じ船に乗っている。このように明らかに原生人をも巻き込む場合は、大怪獣は襲撃をしないはずなのだ。例外があるとしたら。
ディフェンがオフェンを見つめると、「原因」は気まずそうな顔をした。
「……その、忘れていたのよ。使いっぱなしにしていました。ごめんなさい!」
やはり。オフェンはエンカウント向上アイテムを有効にしたまま、船に乗っていた。
……
「っ、船尾へ!」
姉の手を引き、ディフェンは走り出した。ショウもついていく。ディフェンに来るなと言われたが、そうですかとはいかない。モールは船倉に潜り込んだまま。
ディフェンは考える。出港間際に船倉に入ったとき、パッカランは自分たちの二頭だけだった。そしてこの昼までほかの古代人は見かけていない。恐らくこの船には姉と自分の2人だけ。ならば――
背びれが水しぶきを上げて迫る。甲板を走るディフェンたちを狙い澄ましているようだった。
「ビッグ・ファイア・ボール!」
オフェンはディフェンの手を振りほどいて立ち止まり、海に向かって最大級の火の玉を打ち込む。杖無しでは自傷の危険があるのだが、躊躇はない。
火の玉は頭に命中したかに見えたが、瞬時に波間に消える。フサメカは変わらず迫ってくる。
「手すりに掴まれ!」
ディフェンはオフェンを掴んで、思わず叫ぶ。再び衝撃が船を襲い、突き上げられる。乗客たちの悲鳴。緊急アナウンスが、船内に入れと繰り返し叫んでいる。
再び走り出した3人は、船尾にたどり着いた。海を見渡すと、今度は右舷で水しぶきが上がった。
「スピアーッ!」
ショウが唸ると、フサメカ上空に数本の槍が浮かび、叩き込まれる。
「効かない……」
槍は事もなげに弾かれ消滅した。ショウは悔しげに嘆く。はるか遠方に槍を現出させる魔法は尋常なものでは無かったが、それでもフサメカにはまったく歯が立たない。
「姉さん、分かっているよね」
ディフェンがつい咎めるように言うと、その姉は瞳を揺るがせて頷いた。
「ショウ。これから僕と姉さんは海に飛び込む。装備は外していくから、悪いけど、パッカランと装備を持って、タキュ帝国の港町で待っていて欲しい」
「なっ」
絶句するショウ。
「大怪獣は古代人しか襲わない。そして僕たちは復活できる。心配はいらない」
ディフェンも詳しく説明したいが、時間がない。言いながらも上着を脱ぎ、靴を脱ぐ。オフェンも同様。ディフェンが言っていることに嘘はない。ただし「恒久的な能力値上限の引き下げ」という取り返しのつかないデスペナルティを食らうことになるのだが。
「なにかほかに方法が……」
ショウの問いに首を振りながら、ディフェンは衣服を預ける。
「これは私たちの特等室の鍵。よろしく頼むわよ」
オフェンも衣服と鍵を預ける。ショウは不服そうに受け取った。
下着とリングだけの姿になったオフェンとディフェンは目を合わせる。そして手すりに足をかけると――
「フオォーーー」
海に響く。
すすり泣くような、悲しげな鳴き声が。
右舷の水平線が、狂ったかのように大きくうねる。
そして。
フサメカよりはるかに大きな塊が、浮上した!
「だ、大怪獣オルクジ……」
オフェンがまた、その偏った博識を披露した。
……
「またかあ」
時は少し戻り。フサメカがアイテムの誘導に従い、船をゴンゴン突っついていた時のこと。モールは船員たちから姿を隠しつつ、揺れに驚くパッカたちをあやしながら、ため息を付いていた。フサメカが出現したこともその理由も、もちろん把握している。今回も古代人姉弟やショウに、大怪獣フサメカを退治させるのは難しい。そして自分が支援をするのも、乗客たちの目が多数あってうまくない。
「速いお魚、かっこいいー」
加えて白い空間では不吉なセリフが聞こえて悩ましいが、まずはフサメカに専念することにする。
今回は宇宙マスターの力を使うのもやむを得ないと判断。超常の能力で五日前のオルクジに暗示をかけ、フロボー島近海を回遊するよう誘導する。
続いてエンカウント向上アイテムから受ける影響やら、他の怪獣との棲み分け制御やらを細工して、フサメカと越境戦闘するように仕込む。
悪いがこの工作のとばっちりは、中の人たちに受けてもらう。元同業者としては心が痛むが、すまぬ。
「おっきいお魚も、かわいいー」
「オルクジはお魚ではないんですけどね」
再度の不吉なお言葉は、そらしてみたものの。
ローリーが次に何を言い出すのか。翔一にはそのほうが、ずっと恐ろしかった。
……
同時刻。
シンガルにある古代人が大拠点の、ある一室。
壁を埋め尽くすモニタの前で、中の人たちが騒いでいた。
「なんのアラート?」
「ええっとこれは……不正な戦闘……大怪獣と大怪獣が戦ってるみたい」
その口調こそくだけているが、彼らの表情は真剣そのもの。テキパキと机上の機器を操っている。
「げっ、そんなことが起こりうるの? リモートは?」
「やってる。よし、フサメカ03は接続OK。オルクジ05は……つながった」
喉が渇き、スタミナドリンクのキャップを外す。
「あー、海の大怪獣かあ。どっちがおかしいの?」
「ステータス異常は無いなあ。うーん、オルクジのほうが定住領域からはみ出てるねえ」
モニタの1つに海域図が映し出される。2つのマーカーが重なっている。大怪獣を表すそれらが重なるなど、明らかに異常だ。
「2頭ともメンテナンスドックに戻せるかな?」
「やってみる。…………よし、移動を開始した。どちらも誘導に従ってる」
マーカーがそれぞれ西と北に動いていく。
「おー、よかった。1次対応はこれで良いかな。現地対応チームには出動不要って返すよ」
「よろー。これは補償っすかね?」
彼らはその場のメンバーと会話をしながらも、コミュニケーションシステムにより別の場にいるメンバーとも連絡を交わしていた。口と指が、それぞれ異なるやり取りを続けている。
「だろうなあ、しばらくこの領域の大怪獣は空いちゃうし。まあ先方が判断することだけど」
「それはそうっすね」
請け負いの彼らは、顧客のマニュアル通りに初動をこなせばいい。
「あ、付近にユーザーさんはいたの?」
「ええっと。2人。……あ、『芳香姫』と彼女の弟だ」
トップクラスの高課金ユーザーであるオフェンは、企画・開発組織の現場やそこから委託されている運営組織の現場では、「芳香姫」と呼ばれていた。
「あー、なるー。姫なら何かレアな条件を起こしたかもしれんね」
それはオフェンにとっては、完全な濡れ衣だった。




