青い空、白い雲
再びパッカランに乗るショウ。オフェンを前にしているのは同じだが、今はショウが手綱を握っていた。鞍にはショウがまたがり、オフェンはさらにその前にまたがる格好である。二人の体重ぐらいであれば、パッカランはどこにどう乗られようと苦もなく走れる。
ジャヨーテの群れとの戦いのあと、ショウにパッカランの乗り方を教えるとオフェンは言い出した。「愚弟と違って素直だから」と理由になっていない理由。先のショウの魔法の失敗に、母性本能がくすぐられたもよう。もともと大陸に入ったらショウも一人で乗るように、という話はあった。ショウとしても異存はない。
パッカランに乗るのはほぼ古代人だけだが、原生人では乗りこなせないということはない。特にオフェンのパッカランは★5クラスで賢いし気性は優しいので、いくつかの決まりごとを覚えれば大方乗りこなせる。レンタルのパッカランではこうはいかないのだが、オフェンはショウ用にもガチャを回す気まんまんでいる。
ディフェンはというと、突然始まったレッスンは歓迎であった。姉はこのレッスンを優先して、エンカウント向上アイテムの使用を止めたからだ。チェリ諸島国は古代人の拠点がまばらで、エネルギーチャージに不安がある。ディフェンとしてはオーア大陸に入るまで、戦いは控えたかった。
モールはチェリ本島の自然を楽しむていで飛び回っていたが、その内実は、ローリーがまた新たな野獣や猛獣をねだり始めないかと、ヤキモキしていた。もっともローリーはワタカシに芸を教えるのに夢中で、その心配は杞憂に終わるのだが。
こうしてショウもパッカランに慣れ、遭遇した野獣や猛獣も難なく避けられるようになった頃、一行は予定よりも早く北の港に着き夜を迎えた。
……
3人と1妖精の旅も、3日目。
チェリ本島を出ると、いよいよオーア大陸までは船旅が中心になる。次に古代人拠点がある島はフロボー島なのだが、途中5つの小島に寄港する。船は朝9時にチェリ本島を出港したのだが、フロボー島につくのは翌日の朝9時の予定である。つまり船で一泊することになっていた。
この船旅はかなり退屈なものだった。途中の寄港先では小一時間ほど船を降りるのだが、どこも原生人が慎ましい生活を送る小さな島で、見るものはない。船は前回のラジハバ市からチェリ本島までのときのものよりずっと大きく、個室や食堂、遊戯室なども備え付けられていたが、見て回ってもすぐに飽きる。
そんな中、船の動力だけはショウの興味を引いた。先の船もそうだったのだが、パッカが漕いでいるのである。パッカは、パッカラやパッカランと同じ系統の種で、もっとも広く家畜として飼育されている種である。力ではパッカラに、速さではパッカランに遠く及ばないものの、飼育が容易で何よりも安く入手できる。このパッカ達が機械の上を歩くと、船の両横の外輪が回る仕組みになっていた。またパッカは泳ぎが達者で、非常時には救命ボートの動力としての役割も果たすことになっていた。
「それではおやすみなさい、ショウ」
「また明日な、ショウ」
古代人姉弟が個室に帰っていく。
ショウには少し予想外だったのだが、オフェンとディフェンは二人で一つの部屋を取っていた。ショウは自分とディフェンで一部屋になると思っていたのだ。
モールは船倉のパッカランたちのところにいるので、ショウはこの地に現れて初めて、一人で寝ることになった。改めて望郷の念にかられてしまう。オフェンが特等室を取ってくれたのだが、大部屋の二等室で他の原生人たちと雑魚寝したほうが気が紛れたかもしれない。
窓からは明るい月が見える。そして多数の星々に天の川。天文学の知識もなく星も多すぎて、その夜空の様子が地球からのものと似ているのかどうかは分からなかった。田舎で見る夜空はこんな感じなのだと、何かの写真で見た気もする。慣れない船旅で疲れていたショウは、いつしか眠りについた。
「さすがに僕も退屈だったよ」
「クルーザー借りて、強行したほうが良かったかしら?」
「それは、ごまかしきれないだろ」
二人だけならカプセル付きのクルーザーをチャーターして、海上でも猛獣や怪獣を狩りながら旅をすることもできたが、ショウやモールがいては古代人の生態を隠しきれそうにない。
姉弟はそんな話をしながら特等室に戻ると、服を着たまま床に転がった。ベッドを汚すのは忍びないし、かといってシャワーで体を洗浄するのも手間だ。
(エーアイ オート パイロット ニ イコウ)
(カドウ モード ハ エコ ニ)
(ログ オフ)
目は開いたまま。2つの物体は動きを止め、そのセンサーのみを稼働させていた。
……
フロボー島はチェリ諸島国の中で二番目に大きな島である。だがその面積は本島の数十分の一で、怪獣や猛獣は駆逐されていて、いない。……いないのだが。
「クテテクを狩るわよ!」
フロボー島に着くやいなや、オフェンはパッカランにまたがり、2人と1妖精を引き連れ港を出た。このフロボー島にのみ棲息する野獣を狩って、ハンティング図鑑に登録するためである。
「クテテクってどんな野獣なんですか」
今日はオフェンに手綱を任せ、その腰に手を回しているショウが尋ねる。
「飛べない大きな鳥よ。目とくちばしが紫色で、見ればすぐに区別がつくらしいわ」
「そんな野獣、古代人がわざわざ狩る必要があるんですか?」
「しゅ、趣味なの。細かいわね。別に狩らなくても、捕まえて放すのでもいいわ。狩るより難しいでしょうけど」
ショウに突っ込まれて窮するオフェン。野獣はキャッチ・アンド・リリースでも図鑑に登録される。先日の大怪獣ワタカシは、仕留めないと記録されない。
ディフェンはモールと話しながら、オフェン達のパッカランに追走する。昨晩はカプセルでエネルギーチャージができていないので、姉にはほどほどにしてほしかった。
街道にパッカランを待機させ――逃げもしないし、古代人の所有物に手を出す原生人もいないので、繋がれたりはしていない――オフェンを先頭に一行は、クテテクの生息地とされる林に入っていく。猛獣以上がいないこの島ではディフェンが先行する必要はない。それからしばらく。
「……ファイアボール。あー、もう!」
いつもとは違い、小声で小さめの火の玉を飛ばすオフェン。しかし魔法の制御に難があるのに加え、クテテクも並以上には敏捷なこともあって、さっぱり当たらない。
「ウォーターシャワー」
ショウはこの日何度目かの消火作業を行った。火事になっては大変だ。
「姉さん、もう諦めようよ」
出番のないディフェンは、聞き入れるはずもない姉に提案をする。
「ショウ、あなたがやりなさい!」
ディフェンの言葉にムッとしたオフェンは、腰に手をやりショウを指差す。
「それはいい」
スルーしたディフェンに応じられ、オフェンはさらにムッとした。
……
「……ショック」
ショウが小声で、電撃をクテテクに飛ばす。奥の林に走り去るクテテク。たいして害のない野獣を殺すのは忍びない。ショウはクテテクをしびれさせて捕獲する作戦に出た。その魔素制御はオフェンより数段上なのだが当たらない。感電死させないように加減するのが難しくて手間取り、そのあいだに逃げられることもあった。
「意外に下手なのね。モールにやってもらいましょうか」
自分を棚に上げつつ、しびれを切らすオフェン。ショウが倒しても同じチームと判定されてハンティング図鑑に反映されることは確実なのだが、妖精も同じなのかはやってみないと分からない。最後の手段とばかりにモールを指名する。
「まだ試したいことがあります」
それをショウは遮った。
ほどなくして再び発見されるクテテク。
そうホイホイと見つかる野獣ではないのだが、オフェンの★5エンカウント向上アイテムからクテテクを誘う音やら匂いやらが発せられ、引き寄せられている。
ショウは腕を伸ばすと…… クテテクはバチッと光に包まれてその場に気絶した。
あっけにとられるオフェンとディフェン。
「ショウ、あなた何者なの?!」
オフェンが驚くのも無理はない。魔法は自分に近いほど現出させやすい。逆に離れた場所に、イメージ通りに魔法を現出させるのはひどく難しいのだ。クテテクを直接電撃するなど、常識外れにもほどがあった。思い返せば大怪獣ワタカシ戦で、姉弟の頭上にとりもちを出現させたのも異常だ。
「ショウくん、これはすごすぎる。これを怪獣がやってきたらたまらないな」
ディフェンも姉とは別の視点で称賛する。怪獣や猛獣の中には魔法を使用する種もいるのだが、同じことをされれば盾で防ぎようがない。そのような事例を聞いたことはないが、可能であることを目にしただけでも悪夢である。
「……はい、ばっちりよ」
オフェンはリングを操作し、ハンティング図鑑にクテテクが登録されたことを確認する。
「よし、やるか」
ディフェンが槍先で気絶しているクテテクをツンツンと突く。ショウの加減は適切だったよう、クテテクは無事目を覚ますと走り去っていった。
……
「ふむ、まだ若いな」
モールはショウの股間に張られたテントに気づいて、独りごちた。
クテテク狩りを終えた3人と1妖精は、広大なビーチに来ていた。多くの観光客で賑わっている。フロボー島は海水浴シーズン、真っ盛りなのである。
港への帰り道は海岸沿いでと、オフェンに引き連れられていた一行。「まあ綺麗な砂浜! せっかくだから泳いでいきましょ!」という言葉に、始めから計画していただろうと突っ込む勇気のある男と妖精はいなかった。
そして今。
ビキニと浮き輪を現地調達してきた小さくて大きいオフェンに、これまた水着を現地調達させられたショウがやや前かがみになっているという図である。ディフェンはパラソル下のデッキチェアで、モールと荷物番だ。この世界には異次元空間に装備を収納できるような超技術や魔法はない。
「胸の大きさよりも、腰のくびれなのだよ」
そう、うそぶくモール。
その中の人はショウよりも十年以上も長く、さまざまなそれでいて同じような映像を多数鑑賞し、研鑽を積んでいる。元は同じ人物といえども、その女性の好みは進化?していた。そのショウの青々しさは苦々しいが、一方で全盛期の勢いを誇るテントの張りは眩しい。
「俺は何を得て、何を失ったのだろうか……」
モールの中の翔一は、いつしか学生時代、そして社会人時代の内省を始める――
ポコンっ
翔一はビーチボールで頭をはたかれた。いつの間にか三十代の姿で、砂浜に現界している。海パン一丁だ。そしてはたいたのは、腰の細い絶世の美女。ビキニがまばゆいローリーである。頭と左肩の上には、ワタカシたちも一緒だ。
「私たちも、楽しみましょう!」
そう言ってローリーは翔一の手を引き、波打ち際に走り出す。その柔らかい手と小柄な背中に、どくんと心臓が脈を打つ。
翔一はモールはもちろんのこと、同時に宇宙のあらゆる場所をモニターしているのだが、今はこの砂浜に専念する。少し離れたデッキチェアにいるモールも、それらしく振る舞うよう仕込んで放置。
どこまでも続く、夏の青い海。
どこまでも続く、夏の青い空、白い雲。
「全宇宙スキャン!」で宇宙のあらゆる光景を目にしたが。
翔一はローリーと一緒のこの風景こそが、この上なく愛おしいと思った。




