表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

戦争

ことの起こりは国境守備の騎士団から食糧支援の要請が来たことだ。

騎士団の砦は一神教を信じ我ら多神教の民を悪魔の使徒と蔑む帝国との国境を守備する重要な拠点だ。

麦の収穫が出来るのはまだ先のため、侯爵家の備蓄を放出して対応することにした。

「なにもお父様が食料の輸送隊を指揮して国境まで行かれる必要は無いのではありませんか」

「ミーシャ、騎士団の食料は帝国の間者によって毒を混ぜられたそうだ。当然我々が食料を輸送することを妨害してくるだろう。この食料を届けることはとても重要なのだよ。それに今の国境の様子も確認しておきたいのだ」

お父様には深い考えがあり、私が口を挟んでよいことではないのだ。

しかし最近帝国の動きが活発化しているとの情報もあるのでとても心配である。

「差し出口を申しました。ご無事のお帰りをお待ちしております」

私はお父様の背中をしばらく見送った。


==============


「お父様が・・・そんな、」

「侯爵閣下は騎士団の裏切りにより、重症を負われ領都への撤退途中でなくなられました。帝国の追撃が厳しく、ご遺髪しか持ち帰ることが出来ませんでした」

私は亜麻色のそれを受け取った。

あの日見たお父様の背中を思い出し涙が出そうになる。

だが悲しむのは後だ。

「よく持ち帰ってくれた。下がってよい」

私は感情を押し殺して、騎士に退出を命じた。

しっかりしろ、侯爵家の生き残りは私と二歳の妹だけなのだから。

「軍議をはじめます」


退却してきた騎士や領都に逃げ込んできた村人からの情報では、帝国軍の主力は領都のそばまで進軍してきており、さらに騎兵部隊によって王都方面への退路も断たれている。

お父様をはじめ、高位の騎士は皆帰ってこず、ほとんどは経験の浅い若手の騎士たちである。

軍議は紛糾したが結局半壊した侯爵軍では篭城することくらいしか出来ない。

だが、このとき誰も気がつかなかった、篭城するための備蓄が無いということに・・・・



翌日になり篭城の準備を進めていた騎士の一人があわてて駆け込んできた。

食料の備蓄がほとんど無く、逃げ込んできた領民分を考慮すると、切り詰めても半月しか持たない。

我々はすでに帝国の策にはまっている。

備蓄の食料を裏切り者の騎士団を利用して我々から奪い、村人を殺すことなく領都に追い込んだ、さらに帝国は商人を利用して市井の食料も我々から奪っていた。

帝国軍の意図は明らかだ。

騎士たちは切り詰めて王都からの援軍を待つとの意見が主流であるがそれは無理な話だ。

王都から我が領都まで普通に旅しても半月はかかる。

王都に情報が伝わるのに早くとも四日、諸侯の軍を招集するのに半月、つまり救援が来るのは一ヶ月以上先である。

降伏しても帝国に占領された異教徒の町がどうなるかくらいは子供でも知っている。

「はっはっは!」

軍議の場に私の笑い声が響く。

驚いた騎士たちが奇異の目で私を見た

「口減らしするしかないでしょう」

場に重い沈黙の時が流れる。

全員分の食料が無い、それなら食い扶持を減らす、上に立つ者としては当然の判断だ。

だが領民を虐殺するわけにもいかない、当然王都に逃げるという名目で誰かが率いて行くしかない。

誰がそれを行うのか、すでに退路も断たれた現状では生存確率などほとんどない。

「騎士ゴルドン、妹を頼みます。わたくしが指揮して包囲網の突破を試みます。帝国軍がくる前に出発しなければなりません。多少強引でもかまいませんから、戦えない者を中心に六割程度の領民を正午までに東門に集めてください」

私の感情を感じさせない言葉に騎士たちは驚愕の眼差しを向けてくる。

そんな中でこの場で唯一の古参騎士であるゴルドンがそれに反対した。

「ミーシャ様はここにおとどまりください。その役目はこのゴルドンが務めます」

私は騎士ゴルドンを見つめて否定を返す。

「なりません、この状況で領民を門の外に追い出しても彼らは領都から離れないでしょう。しかし、わたくしが一緒であれば領民たちもまだ逃げられると考えるはずです。まさかわたくし自身が口減らしの対象になっているなどと考えないでしょうから。騎士ゴルドン、妹を守り侯爵家への忠義を示しなさい」

騎士たちは一様に苦渋に満ちた表情を浮かべ私を見つめている。

「・・・・御意」

今は一刻の猶予もない、この手段は帝国軍が領都に到着する前に実行しなければならない。

いくら私がいても、実際に帝国軍がいては領民たちも前に進もうとはしないだろうから。

まさかドレスで逃げるわけにもいかない。

私は部屋に戻り一番お気に入りの騎乗服に着替えて東門に向かった。


領民たちが不安と不満をちりばめた視線を私に向ける

私は作り笑顔を浮かべて領民たちにこう告げた。

「まだ帝国軍は領都には来ていません。今であれば森を抜ければ十分王都まで逃げることが出来ます。わたくしも一緒に行きますので、まずは隣の領地であるジット伯爵領までがんばりましょう」

私は思ってもいないことを笑顔で領民に告げる。

領民たちの複雑な視線をまっすぐ見つめ返し自分に言い聞かせた。

しかたがない・・・

無いものは無いのだ、ここでくじけたら領民全員で餓死するか帝国軍に皆殺しにされるしかない。

今は無駄に出来る時間などない、私は強引にでも出発することにした。

「ミーシャ様、せめてこれをお持ちください」

私は剣を差し出してきた騎士を手で制す。

「備蓄の武器も少ないのです。私にはこのナイフで十分ですよ」

私はお母様の形見であるペーパーナイフを見つめる。

のどに突き刺すくらいは出来るでしょう。

さあ行きましょうか

「出発します」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ