3.笑顔に隠された決意
お昼過ぎ。
研ぎに出していたナイフを金物屋で受け取ったカリン。ついでにとセールストークを始めた奥さんの話をなんとか切り抜け、買い出しのスタートを切った。
今日は午前中のみの営業で午後はお休み。
本来なら厨房にこもってパンを焼いていそうなカリンだが、今回はそうもいかない。調査は続行中だ。
グレンに沢山のパンを渡したことにより早めに売り切れとなった店を閉め、カリンはシルビアの元へと向かった。
シルビアは調査の進み具合を聞いてくれるものの、助言はなし。
結局のところ『人』は探せないのだと、カリンの中でも落ち着いた。
そうなると進展はグレンとの会話だけになる。
分かった事は筆圧の強い男性の可能性があって、多分独身。
一番見分けやすいのは数の少ない左利きだって事。ある程度、人を限定出来れば有力な手掛かりになる。
しかしカリンはどの辺りに目星をつければいいのか悩んでいた。
注目すべき所はどこか。
メモが残されていた場所? 時間? それとも全く別の事?
メモから推測される人物はグレンがある程度絞ってくれた。
あとはそれ以外から推理しようと、カリンは考えを巡らせる。
まず場所について考える。
金庫があったのはメイリーさんのお店の三階。
入り口は二階からの階段が一つに、部屋の窓が一つ。
店の資料や書類、その他もろもろと、普段は物置部屋になっているそうだ。
窓は通りに面しているから、少なくとも日中の侵入は難しい。
加えて窓は壊されてもいないし、鍵は閉まっていたと聞いている。
次に時間。
お金がない事に気がついたのは一週間前の午後。
その前に金庫を開けたのはさらに三日前の午後。最後の集金を入れた時らしい。
つまり、最後に確認してから三日の間になくなっている。
「……そっか。まず、その期間の様子を聞かないとね」
カリンは一つ頷き、メイリーさんのところへ向かった。
メイリーさんは遅い昼食をとっているところだった。
カリンの突然の訪問にも気を悪くせず、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「三日間の様子? そうだなあ……」
幾分薄くなった頭をさすり、メイリーさんは目を閉じる。
何か特別な事があれば……と、期待したカリンだったが、彼の返事は実にあっさり。
「いつもと同じ三日間だったと思う」
「そ、そうですか……」
「すまないね、カリンちゃん」
早くも目標を見失うカリン。
しかしそれではいけないと、そのいつもの三日間の様子をたずねてみた。
粉屋のメイリーさんの一日は店頭業務と配達が基本だ。
朝、他の商店と同じ時間に店を開け、朝のお客様がひと段落する昼前に配達をする。
配達する場所は大口から足の悪いお婆さんまでとその範囲は広く、この三日間もお昼すぎまで配達をしていた。件数は平均して五件ほど。その間はお店を閉めている。
午後、帰宅したメイリーさんは遅い昼食を取る。
親しい人とはこの食事中に納期やら新商品やらと商談とも世間話ともとれるような雑談をして、他所からの商人とは昼食後から夕方前の時間帯で商談をする。
そうして店じまいまで働き、夜は鍵をかけて隣の自宅へと帰る。これがメイリーさんの一日だった。
ちなみに来客した人を覚えているかと聞いたら、さすがの彼も苦笑した。
「全部は厳しいなあ……」
「ですよね」
同じ客商売をしているカリンは当たり前だと頷く。
「私が覚えているのは商談に来たファンシルの商人と、雑談しに来た商店の仲間。あと、メアさんも来てくれたし、カリンちゃんも来てくれただろう?」
「そういえばそうでした」
新商品のために新しい粉を少し買いに来た事を思い出す。
その時たしか、ジンさんがいたような気がする。
メイリーさんは雑談しに来た人の名前を指折り数え始めた。
「まずはジン。あいつは毎日来る。まあ、長い付き合いだし、理由なんてないな。そんでファム。良い野菜が入ったという事でおすそ分けも兼ねて。後はアンリくん。カリンちゃんと同じでなんか新しい商品を考えてるって話だったな。それとアルベリックくん。彼は祭りの時に使う粉の話をしに来ていた。揚げ物の粉を改良する気らしい」
「……アンリさん、何を作る気なんですかね?」
「さあ? それは出来てのお楽しみかな」
「あ。その顔は内容を知ってますね!! わあ、気になる!!」
「カリンちゃんも甘いモノ好きだもんね」
思わぬところでケーキ屋さんの新作情報を聞けて喜ぶカリン。
これがただの雑談ならよかったのに。
「ハッキリわかるのはわたしを入れて七人ですね」
「カリンちゃんとメアさん。あとファンシルの商人は除外で良いと思うよ。カリンちゃんとメアさんは店の奥には入っていないし、商人の彼もずっと私と一緒だったし」
「え? ……って、商店の皆は一緒じゃないんですか??」
「ああ。しょっちゅう店番を頼んでしまうんだよ」
カリンは唐突に悟った。
一筋の光が道を照らすように。答えまで、寄り道など考えないように。
多分メイリーさんは始めから分かっていたのだ。
店に来た四人。つまり、商店の誰かが犯人だという事に。
だからこそ、内密。そして、初めから支援する気でいたのだ。
カリンは人の良さそうな丸顔の店主を見つめる。
メイリーさんもカリンを見つめ、ニコッと笑った。
「カリンちゃん。ありがとうね」
「……はい。きっと見つけます」
昨日よりもずっと強い気持ちで。カリンはそう思った。
◆◇◆◇
目標は定まった。
金物屋のジンさん。
八百屋のファムさん。
ケーキ屋さんのアンリさん。
肉屋のアルベリックさん。
この四人の中にお金を持って行った人がいる。
初め、メイリーさんから話を聞いた時、不思議に思った事があった。
メモ。何故犯人は証拠品を残したのだろうと。
もし自分が盗人だとしたら、絶対に残さない。証拠になる物は危険すぎる。
今思えばこのメモの持ち主は本当に『返す』気があるのだろう。
単なる自己満足じゃなくて、きっと無断で持って行く事を良しと思えず、それでもどうしてもお金が必要だった。そういう人ではないだろうか。
この四人、みな良い人だとカリンは思っている。
堅物でキツイ口調だけど、しっかりみんなをみているジンさん。
おしゃべりで、たまに失言もするけれど、いつも明るいファムさん。
軽いけど、いつもケーキを食べる人の事を考えて一生懸命なアンリさん。
無口だけど、良い商品を作る事に妥協を許さないアルベリックさん。
すでに紙束と利き手、筆圧の確認はした。
残されたメモと同じ紙束を使っている人は、四人全員。
左利きは意外と多く、ジンさんとアンリさん、そしてアルベリックさん。
筆圧はアンリさん以外結構強めだと、もらった領収書で思った。
「二人……ね」
消去法の結果を口にする。まだ一人に絞れない。
残された手掛かりはあとわずか。
カリンはグレンとの話を思い出しながら、もう一つの手掛かりを当てはめる。それが最後の材料になった。
「…………」
行きついた人物を思い浮かべて、カリンは静かに息をついた。
まだ違う可能性はある。だけど、あながち間違っているとは思えない。
あとは根拠と共にメイリーさんに伝えるだけで、調査はおしまいだ。
しかしカリンは自分に聞いた。「それで、本当にいいの?」
カリンが頼まれた事は相手を特定すること。
話をして、最終的にまとめるのはメイリーさんが請け負っている。
カリンにはメイリーさんがどう話をまとめるのか分からない。なんとかするとは、一体どうするのだろう? と、思う。だけど彼は自分にお金を貸してほしいなんて、一言も言わなかった。カリンは知っているのに無傷だった。
同じ商店の仲間が困っている。
そう知っているのに何もしないなんて嫌だ。
ではどうすればいい?
カリンは自分に問い続けた。
お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)
25日は更新できなくてごめんなさい(体調不良でした(汗))




