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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第三章:失くし物以外も承ります!?
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2.迷探偵と名探偵

 





 内密に。という事で、こっそり調査をする事になったカリン。

 いくつかをメイリーさんに質問した後、状況を確認する事にした。


 まずお金がない事に気がついたのが一週間前の午後。

 帳簿を取り出そうと金庫を開けた時だった。


 中に残されていたのはたった一枚のメモ。

 『期日までに必ず返す』そう書かれていた。


 その場に居たのはメイリーさんと、堅物で有名な金物屋のジンさん。

 ジンさんはすぐに詰所へ行こうとしたのだけど、メイリーさんがそれを止めた。


「必ず返してくれるならいいじゃないか」


 ジンさんは呆れつつも、頷いた。

 二人は五十年来の付き合い。ジンさんにはメイリーさんの言い出す事が分かっていたのだ。


 そうしてこの件は二人だけの秘密になり、本来ならそのまま期日を迎えるはずだった。


 支払日が変更になったのは昨日の午前中。

 追加の資材をいくつか注文した時に、それなら前回の代金を一緒にもらえないかと言われたそうだ。


 理由は先方の商人が物入りになったから。

 娘の結婚が急遽、決まったという話だった。


 もちろん早くに代金を受け取るのだから割引もすると言われれば、メイリーさんも断れない。

 お祝い事に使う為と聞いてしまっているし、なによりお金はメイリーさん個人の物ではなかったから。


 手紙を運んできた小鳥に、返事をつけて商人の元へと返す。

 支払期日は商人が資材をもってやってくる、三日後になってしまった。



 カリンは改めてメモをみる。

 今回の事件で唯一の手掛かりと言ってもいいメモは、一般的に使われている紙。

 上等でなければ、使い古した裏紙でもない。カリンも似たような質感の物を使っている。


『必ず返す』


 力強い、それでいて気真面目さを感じさせる角ばった筆跡。

 文字の始めが少し滲んでいる。インクのつけすぎだろうか。たぶん、日常的に文字を書く仕事ではない。


 言葉は端的、筆圧は強め。流れるようにというよりは、一字一字しっかりと書き記している。

 決して上手いとはいえない文字だけど、丁寧に書いたという事だけは伝わる。


 カリンはおぼろげに男性を予想する。


 力が弱くなる年配の方より、まだ若い人。

 意志が強く、きっと誠実な人――


「……って、誠実な人はこんな事しないよ」


 もっともである。

 もしカリンがお金に困ったらまず相談する。

 一番に両親、次にメイリーさん達商店の皆さん。

 後は友達。そう、グレンにも相談しちゃうかも。……って。


「うーん……やっぱグレンはダメかな?」


 友達の前に、彼はお客様。

 常連さまにお金の相談だなんて、それはちょっと……。「何が、ダメだって?」


 突然聞こえた声にビクッと肩が跳ねる。

 気がつけば目の前にグレンがいた。カリンは慌てて立ち上がる。「い、いらっしゃい」


「店に入って来ても無反応だし。近づけば俺はダメだって言うし。すげー不本意なんだけど」

「ご、ごめん!! 考え事してて……」

「ふうん……。考えた結果、俺は『ダメ』なわけ?」


 グレンが腕組みをする。

 頭一つ分大きな彼がカリンを見下ろせば、それは無言の圧力。

 顔には明らかに不満だと書いてあった。


 カリンは何か言わなきゃと口を開けたけど、けっきょく彼を納得させるような言葉は出てこない。


「な に が ダメなんだ?」


 ズイとカリンに近づくグレン。

 普段の彼は言いづらそうにしている事を問い詰めたりはしない。

 そんな彼でも自分の名前が出てくれば気になるのは当たり前。しかも「ダメ」という言葉が一緒なら尚更だ。


 カリンは正直に話した。

 困っても、お客様であるグレンに相談はダメだなって思った事を。


「……そんなに、俺は頼りにならないわけ?」

「違う違う! お客様なのにって事!!」

「お客様? 俺とカリンは客とパン屋ってだけなの?」


 グレンの機嫌が急降下した。


「えっと、えっと……!」

「俺達は?」

「と、友達!! そう、友達!」

「まさか俺だけがそう思っていたわけじゃないよな?」

「もちろんよ!!」


 ようやくグレンが笑う。「そういう事なら、相談してくれてもいいだろ?」


 強引だけどありがたい。

 カリンは話せるとこだけ話す事にした。



◆◇◆◇



「人探しをしているねえ……」


 細かい事情は省いて。カリンはざっくりとグレンに伝えてみた。


「聞き込みはダメで、書き置きだけを見て。だろ? 結構難題だと思うんだけど」

「わたしもそう思う。でも引き受けちゃったから」

「そういう所はカリンらしいって思うけど。そうだなあ……」


 グレンはメモを眺める。


『必ず返す』


 何を? と、聞かないのはグレンの察しのいい所なのだろう。

 聞けばカリンが困ると分かっているから。


「こういう場合、俺達はまず筆跡鑑定に出すな」

「うん」

「同じくして、紙、インクを調べる。まあ販売元を探したいわけだ」


 これは量産品に見えるから、難しいかなとグレン。

 カリンも同感だった。


「後は様々な角度、方法でこのメモを見る」

「たとえば?」

「拡大鏡を使ってみたり、透かしてみたりとかさ」

「へぇ……一枚のメモをそんなに調べるんだ」

「これしかないなら余計にな」


 カリンはとりあえず紙を透かしてみた。

 裏にもインクが滲んでいる。特に文字の描き始めだ。


「結構滲んでるな……。やっぱ筆圧が強いのか」

「そうね。確実に机にも移っていそう」

「ペン先に傷みもあるかもな」

「毎日使ってたら傷むものじゃない?」

「たしかになあ……」


 使わないとインクでなくなるし。と、グレン。

 どうやら彼はその経験があるらしい。


「毎日ある程度は文字を書く。が、ペン先に気をかけていない」

「几帳面な人って可能性は低いね」

「ああ。同時に階級の高い人間って可能性もないな」

「忙しい人かな」

「こまごまとした事をやってくれる人がいないんだろうな。つまり独り者」


 段々と雰囲気がつかめてくる。


「紙の端がよれてる。束になっている紙を使っている可能性あり」

「じゃあインクが移るのは次の紙?」

「そうだな。ついでに文字の跡もあるかも」


 カリンはレジ横にある紙束をみた。

 これはお客様の会計を控えているもの。お金と販売記録が合っているか確認するためのものだ。

 たしかに紙の端はよれている。インクは滲んでいないけれど。


「あとはコレ」グレンは指差す。紙の端っこだった。


「……このシワの事?」

「そう。紙の右下にシワがあるだろう? これは紙を束から外した時に掴んだ場所だと思う」

「うん……?」

「いまいち呑み込めてないな? カリン」

「もう! こんなの専門外よ!」


 グレンがニヤリと笑い、レジ横の紙束を引き寄せた。


「俺が紙をちぎるなら、こうだ」


 グレンが紙束を外す真似をする。

 左の端を掴んだ彼の手は、そのまま右上へと向かう。


「ちなみに俺は右利き。つまり」

「……つまり?」

「パン屋探偵カリンは迷探偵?」

「グレン!!」


 冗談だよと、グレンは笑い。「つまり、この紙をちぎった人は左利きの可能性あり」と続ける。

 左手で紙を掴むから、右下にシワが出来る。カリンはすぐに紙束を引き寄せて試してみる。本当だ。


「それ、結構重要かも!」

「だろ? ちなみに文字の一部が右に擦れている。これはインクが乾く前に擦ったって事」


 それも左利きの可能性の一つだ。とグレン。


 カリンは感動した。

 たった一枚の紙を見ただけで、ここまで分かるなんて。


「パン騎士様は名探偵だったんだ……」

「パン騎士? それ俺の事だよな?」

「これからは名探偵パンって心の中で呼ぼうか」

「すでにパンだよな、それ」


 グレンは呆れ顔だが、カリンは真剣だ。

 カリンの中でグレンはパン大好きな騎士。通称パン騎士様。


「グレンに相談してよかった!」

「お、おう」


 ちょっぴり引き気味のグレンに首を傾げるカリン。

 前半、心の声が漏れていた事に彼女は気付いていない。


 その後、カリンは残されたものでどんな事が分かるのか聞いてみた。

 たとえばすり減っている靴を見て歩き方を特定したり、残された植物で地域を限定したり、後は音で重さを予想したり。などなど。


「詳しい事は専門機関が調べるんだけどな」

「それでもすごいよ!」


 すごいすごいとカリンが言えばグレンは頭をさすって、照れたように笑う。そして「後はそうだな……」と言いながら、記憶を探るような仕草して。「ああ。匂いとかでも分かるぞ」と続けた。


「匂いって、たとえば?」

「たとえば……」


 グレンが席を立ち、身を乗り出した。

 ぬっと伸びてきた彼の上半身。カリンのすぐ傍までやってくる。


 ――え。


 声に出す間もなく、グレンはカリンの首すじに顔を寄せ、すんと鼻を動かした。


「カリンは焼き立てパンの匂いがする。すげえうまそう」

「え、あ……そ、そう?」

「ああ。すれ違ったら振り返るな、絶対」


 普段なら、匂いで振り返られるのはいやかも。

 なんて事を言い返しそうなものだが、この時カリンの頭は真っ白だった。


 だって。だって。


「? どうした、カリン?」

「ふぇ!? な、なんでも!!」

「?? なんでもって感じじゃねえけど?」

「そ、そんなことないよ!?」


 グレンが不思議そうにカリンを見る。

 それすらも体温を上げるには十分で。カリンは顔が熱くなってくるのを感じた。


 慌てているのは自分だけ。


 落ち着け。落ち着くのよカリン。

 カリンは自分に言い聞かせながら、席を立つ。

 ダメだ。グレンが居たら、ちっとも収まらない。


「そ、そろそろ。か、買い物、いこうかなぁ?」

「ん? じゃあ荷物持ちについて行ってやろうか?」

「いやいやいや!! 大丈夫です!」

「?? そうか。なら良いけど」


 平常心。平常心。

 カリンは深呼吸したつもりで、「き、今日はありがとう!!」と元気よく言った。顔の筋肉総動員。

 対して「役に立てたなら良かった」と笑うグレン。心からそう思ってくれている穏やかな笑顔。


 そんな優しい彼を追い立てるのは、本当に心苦しいけれど。ここは自分の心臓のためと、カリンはたくさんのパンを袋に詰め、押し付けるようにグレンへと渡した。


「今日のお礼!!」

「おう、ありがとう。なんか悪いな」

「ううん。ホント助かっちゃった!」


 カリンが手を振り見送れば、グレンはパンを抱えて席を立つ。

 そうしてからいつものように片手を上げる彼は「じゃあ、またな」と店を出ていった。


 カランコロン。


 ドアベルが静かに鳴る。

 カリンはにこやかに振っていた手を降ろし、ようやく力を抜いた。

 表情筋がふるふるしてる。限界だった。


「も、もう……心臓飛び出るかと思った」


 誰もいない店で、一人きり。

 カリンは赤くなった顔のまま、しばらく机に突っ伏した。







お読みいただきましてありがとうございました!!

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