1.パン屋探偵カリン
グレンのパン好きが加速した。
今までですら、週五回。最近では日に二度も顔を見せる時がある。
「飽きない?」
「全く」
ここまでくればパンと暮らせばいいのにとカリンは思う。
ちなみに伝えたら、彼は「パン屋になれば」って言われた事もあると笑いながら言った。
「自分で作らなくてもうまいパンがあるわけだし。俺はすでに大満足」
「沢山買ってくれるから、パン屋としても大満足」
二人で笑う。
お互い良い事しかないのだから、これでいいのだと。
「じゃあまたな、カリン」
「うん。またね」
片手を上げて店を出ようとするグレン。
その後ろ姿を見て、一つ思い出したカリンは慌てて彼を呼びとめた。
「明日って、夜勤だった?」
「ああ。そうだけど?」
「ならパン買いに来る?」
そのつもりだと返事をしたグレンに、カリンはニコリと笑う。
「それならサンドイッチ作るよ、具は何がいい?」
「お、マジ? じゃあ……」
グレンは一通り好物を上げ、この中からどれか作ってと言う。
カリンは食材を頭に浮かべてから頷いた。
「いつも悪いね」
「常連さまですから」
ニコリと笑うカリンにグレンも笑う。
今日も穏やかな一日が流れていた。
――と、思ったのだけど。
「ちょっとシルビア~! 少しは手伝ってよ~!!」
「大丈夫!! カリンなら出来る!」
そんなむちゃくちゃな……。
カリンは途方に暮れるしかなかった。
◆◇◆◇
時は、三時間前に戻る。
グレンが本日二度目の来店を終え、出て行った後。
粉屋のメイリーさんが来たところから始まる。
「カリンちゃん。相談があるんだ」
丸顔が印象的な恰幅の良いおじさん。
人の良さそうな笑顔をいつも浮かべ、怒っている姿を見た事がない。そんな彼が眉をハの字にしてやってきた。
「どうしたんですか? メイリーさん」
「まさか、こういう展開になるとは思わなかったんだ」
要領を得ないメイリーさんの言葉にカリンは首を傾げる。
「迷惑をかけるね、カリンちゃん……」
「ち、ちょっと待って、メイリーさん! 何が何だかさっぱりですよ!?」
やっとの思いでメイリーさんの話を聞き、要約すると。
『祭りの資材代金がなくなった。犯人を見つけて欲しい。ただし内密に』
という話だった。
盗難は詰所へ、と思うけれど、メイリーさんは事を大きくしたくないのだという。
理由としてお金は盗まれたわけではなく、犯人は借りたつもりだろうからとの事。人の良い、メイリーさんらしい言い分だ。
「犯人からは期日までに必ず返す。とメモがあった。だから私は、支払日まで待とうと思ったんだ」
しかし事態は急変する。
支払日が早まったのだ。取引の都合、仕方のない事だった。
ただそうなるとお金が間に合わない。
メイリーさんは頭を抱えた。自分のところで立替えする事も考えたが、額が多くて難しいという。
カリンもその金額を聞いて唸った。
おそらく二人が出せる金額を合わせても足りないと悟ったからだ。
「カリンちゃんは皆の秘密を漏らしたりしないだろ?」
人の口に扉はつけられない。
メイリーさんは他の人に相談して、この件が広まるのを避けたいようだ。
「話を戻しますけど、犯人を見つけてどうされるおつもりですか?」
「私は話をしたいんだ」
「話を? それなら期日の件を公表してみたらどうですか? 必ず返すって言っている事だし、姿を見せるかも」
「それも一つの手だと思う。だけど、そうすると相手が焦るだろう?」
「焦ったらダメなんですか?」
メイリーさんは頷く。「追いつめたくないんだ」
「私には相手の状況が分からない。期日の件を聞いて、それならとすぐお金を返せるのか、逆にすごく困るのか」
「すぐ返せる状況ならいいけど……ってことですか?」
「そう。困るのなら知らせなくていいと思う」
「でも……」
そうしたら困るのはメイリーさんじゃあ……と、続けたカリンにメイリーさんは首を振る。
「困り事は押し付け合うんじゃなくて、一緒に解決すればいいんだよ」
だから話をして、いつならお金を用意できるのかって事を確認できれば満足。とメイリーさん。
「ハッキリした日にちが分かっているなら、私がなんとかしてみせるよ」
「え? でもさっき立替えは難しいって」
「うん。結構大変だけど、相手の事がハッキリわかればそれぐらいしてあげられるかなと」
にこにこっとメイリーさんが笑う。カリンは頭を抱えたくなった。
シルビアからお人よしと言われるカリンだが、この件に関していえば反対だ。
たしかに事情があったのだと思う。
それでも集金した皆のお金を無断で借りてゆく人に、お金を貸してあげる気にはならなかった。
でも。
「私が望むのは、穏やかにこの件が解決する事。カリンちゃん。手を貸してくれないだろうか?」
返答に困るカリン。
「お願いだよ、カリンちゃん」と真剣に手を合わせて願うメイリーさん。
両者の間に少し、時間が流れ。
カリンは覚悟を決めた。
こんな風に頼まれて断るなんてパン屋の名折れだ。
「……わかりました。全力で探します」
「ありがとう!! カリンちゃん! 妖精様のご加護がありますように!」
「この際、ご加護でもなんでも使ってみます!」
メイリーさんはにこりと笑い「妖精のパン屋さん、名探偵!」と、すでに見つかる前提だ。しかも妖精のパン屋ときた。
だけど、カリンはいつもの言葉を口にしなかった。
だって「ただのパン屋です」なんて言ったら、最初っから逃げているような気がするから。
――こうして生まれたパン屋探偵カリン。
彼女は早速妖精様のご加護をもらいに行ったのだけど――。
「あ、無理無理。意志のあるモノは見つけられないの」
だって動くし。
シルビアはあはは~と、能天気に笑った。完全に我関せずである。
「そ、そんなぁ……」
パン屋探偵はいきなりピンチになった。
第三章スタート!
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