その21
しかし、そんなコチミの分析にも、一つだけ納得の行かないことがあった。
私は、その点を妃のコチミにぶつけた。
「しかし、コチミちゃん、それでは、テロリストたちも死んでしまうよね」
コチミは揺るぎない表情で落ち着いて答えた。
「陛下、お忘れですか? 彼らは、本気で信じているのですよ。聖戦で勝利すれば、天国に行ける。天国に行けば、五十人のハーレムを持てるとね。つまり、彼らは、自分たちが死ぬことよりも、聖戦で敵を倒して勝利することが至高に重要なのですよ」
そうだった、忘れていた。彼らは、そういう狂信的な信者だった。彼らは、自爆攻撃も辞さない、というか、むしろ喜んで実行する、そんな教徒たちだった。
世界を滅ぼせば、彼らの敵も滅びる、そして、彼らは天国に行ける。少なくとも、彼らは、大真面目に、そして100パーセント、そのような帰結を信じている。
妃のコチミに納得させられた私は、戦慄を感じた。
どうやら、世界は終わると思った。
それからの展開は実に速かった。
世界が、そして核保有国が疑心暗鬼にとらわれた。
核ミサイルを持てる国のリーダーたちは、疑心暗鬼の中で誰もが逆上し、世界中で核ミサイルが飛び交った。
その結果として、世界の主要都市が、というか、世界中が核ミサイルによる致命的なダメージを受けた。
そして、シェルターに籠ってから二ヶ月が過ぎた。
奇しくも今日は八月十五日だ。そう、あの日の記念日だ。
もはや、食堂のテレビには何も映し出されない。
インターネットも途絶した。
ラジオも電波を一切受信しない。
どうやら、最高レベルの強度と機能を持つシェルターに籠る人々以外は死滅したようだ。
しかし、かかるシェルターに籠る私たちは、全員が無事だ。
シェルターに籠る間、私たちには、ささやかな進展があった。
私の孫娘であるコカと例の警察官がすっかりと仲良くなってしまったのだ。
もちろん、当初、私は、そのような進展を嫌悪したのだが、人類のほぼ全員が絶滅したとあれば、話は別だ。
今は、そうなって良かったと心から思っている。
もちろん、その警察官に好感を持っていた妃のコチミもそうだ。
そして、まだ中学生の女子ではあるが、やはり孫娘のマナコにも慕う人ができたようだ。
それは、皇帝警察のもう一人の若い警察官だ。思うに、彼もまた好青年だ。
マナコが成人してから結ばれるのなら、それも良いだろう。
それを見届けた、私たち夫婦は、つまり、皇帝とその妃の夫婦は安堵している。
皇帝家の全員がそれぞれのパートナーを得たからだ。
だから、私は、ある決心をした。
私は、妻である妃のコチミに提案をした。
「コチミちゃん、どうだろう、私は外に出て深呼吸をしたいのだがね」
コチミは、何もかも心得ているように返事をした。
「いいですねえ、それ。どうせなら、コカにハンバーガーを作ってもらって、ランチボックスに入れてもらいましょうか。どうせなら、夫婦そろってのピクニックにしましょう」
コチミは賛成してくれると思っていたが、私は、念のために改めて確認した。
「ねえ、コチミちゃん、シェルターを出て、地上で深呼吸をしたら、放射能を死ぬほど吸っちゃうよ」
コチミは笑顔で返事した。
「もちろんですわよ。そして、それがいいのですよ。皇帝家の皆がそれぞれのパートナーを得たようですわ。もう、思い残すことはありませんことよ」
その返事を聞いて、私たち夫婦は地上に出た。
もちろん、侍従長をはじめとするシェルターの全員が必死で引き留めたのだが、いざとなれば眼光が最強に鋭いコチミには逆らえなかった。コチミは「国民と同じ運命をたどるだけのことですわ」と、この上ない正論を述べたのだった。
そういうわけで、私たち夫婦は、今、数発の核ミサイルの攻撃を受けて、見事なほどに廃墟になった、東京の街を見ながら、コカの作ってくれたハンバーガーを食べている。
コチミが言った。
「陛下、コカが作ってくれたハンバーガー、やはり、絶品ですわね」
「うん、マクドナルドのビッグマックの数倍は美味しいね。ところで、コカはあの警察官といつ結婚することになるのだろうね?」
「いつでも、いいじゃありませんか。いつかは結ばれるに決まっているのですから」
「それもそうだね。ところで、コチミちゃん、君のことは、あのテニスコートで見染めたわけだが、すまないことをしたね」
「あら、それは、どうしてですか?」
「だって、君のように聡明な女性の人生を拘束してしまっただろ。しかし、わかってほしいのだが、君に魅せられ過ぎてしまった私には、それしかなかったのだよ。でも、その代わり、私は、君の言うことなら何でも従おうと思った。君の言うことを何でも聞いて、それを受け入れようと思った。聡明な君が言うことだ、そのようにしても、道を間違えることはないと思ったのだよ。そして、実際にも、そのように出来たと思う。それが私の、私なりの愛し方だったのだよ。どうか、わかっておくれ。そして、そのようにして本当に良かったと思っている。おかげで、私は尊敬される皇帝として幸せに人生を歩めたよ。コチミちゃん、本当にどうもありがとう」
妃のコチミは、私が告白したことを、持ち前の誠実さで神妙に聞いてくれた。そして、このように言ってくれた。
「陛下、『すまない』なんて思わないでください。陛下のそのお気持ちは存じていましたわよ。そして、私は、そのような陛下の全てを心地よく受け入れさせて頂きました。なぜなら、それが、つたない私の、私なりの愛し方だったのですよ、陛下 ・・・ いや、タカちゃん」
そのような愛の告白を、結婚してから数十年後に夫婦で交わしていると、夫婦のそれぞれの鼻から鼻血が漏れ出した。
皇帝妃のコチミが皇帝の私に言った。
「あらあら、タカちゃん、鼻血が ・・・ おや、この私も。放射能がよほど強いのですね、意外なほど早いですね。ウフフ、私たち、なんだか、お互いに子供みたいですね、鼻血なんか垂らして。それはともかく、私たち夫婦、大そう幸せな人生でしたね ・・・ あれっ ・・・ 陛下、陛下、ねえタカちゃん!」
私は動かなくなっていた。
=了=




