その10
内奏の日。
つまり、国務大臣が国政の報告をする日だ。
今日は、総理大臣が報告をしてくれる。マナベ総理だ。
居城にやってきたのは総理だけではない。総理は、国務大臣と各省の次官を合わせて五人引き連れてきた。
その中には、法務大臣のナシモトも含まれている。
法務大臣と言えば、先日、通称「国家転覆準備罪」が国会で可決された。
反対派の急先鋒によれば、どうやら恐ろしい法律で、国家が危機に瀕したら、政府は国民や在留外国人に対し何でもできる法律らしい。
無差別の盗聴や職務質問や逮捕をはじめとする文字通りの「何でも」と聞いている。
そこに持ってきて、切れ者で極右のナシモトが法務大臣になった。
ナシモトは、目的のためなら何でもする人物と聞いている。聞いているというか、それが巷の噂らしい。
今日は、私だけでなく、妃のコチミも話を一緒に聞くことになった。コチミがそれを強く希望したのだ。
私とコチミは、一連の話を聞いたわけだが、さほど際どくない事柄の説明は終わった。
すると、総理は ・・・
「陛下、以上でございます」
「え」
珍しくコチミの口から意外を表明する声が出た。
総理は、そのコチミに聞いた。
「妃陛下、何かご不満でしょうか?」
「不満というか、ミサイルの話をまだ何も仰っていませんよね」
「キタコウライのミサイルですか?」
「もちろんですわ」
「あれなら、御心配無用です。ただの実験ですよ。我が国に実害は何もありませんでした。まあ、たしかに、10基は多かったですけどね」
コチミは珍しく食い下がった。
「数だけではありませんわ。内6基は我が国の海域に落下しましたよね。しかも、大陸間弾道ミサイルも含まれていたと聞いていますわよ」
マナベ総理は、何故だか涼しい顔だ。
「ああ、あの6基ですか。きっと手元が狂ったんでしょ」
妃のコチミはあからさまな不満顔で言った。
「手元が狂ったって、ミサイルの話ですわよ。もっと狂っていたら、我が国の本土に命中していたかもしれませんわよね。この東京に落下していたかもしれませんわよね。そんな安易な問題ですか?」
そう言われてもマナベ総理は呑気な顔を崩さない。
「まあ、そういう可能性もゼロではなかったでしょうが、所詮、実験ですよ。弾頭なんか搭載していなかったでしょう。東京に落ちたとしても、大したことにはならなかったでしょうね」
そのような呑気なことを言われたコチミは、イライラとした、そして憤慨も混ざった表情になった。そして、鋭い声で言った。
「やい、総理、てめえ、いいかげんにしろよ! 弾頭を積んでなくても、誰かに当たれば死ぬだろうが。いつまでも、ふざけたことを言っていると、承知しねえぞ!」
このコチミの鋭い物言いを聞いて、マナベ総理を含む一同は唖然とするとともに青ざめた表情になった。
実は、コチミは、名家の子女でも、実家の方針で下町の公立校に通っていたため、「べらんめえ」の江戸っ子なのだ。ただし、それを知るのは私だけだ。私は、コチミが人前でこのようになるのを初めて見た。私に対しては極度に怒ると、稀に、そのような口調になるのだが、誰も知らないコチミの一面だ。
しかし、そんな一面を知らない、というか夢にも思わないマナベ総理は、かなりビビった。
「 ・・・ いや、あの、その、何にお怒りでしょうか、何か御無礼なことを申し上げたでしょうか?」
下手に出られても、コチミはまだ怒っている。
「一国の首相が呑気なことを言っているからだよ。それに何か隠していないか? キタコウライがミサイルの誘導を妨害したと言っていたよな。あれは、どういうことだ?」
「ゆ ・・・ 誘導ですか、私には何のことやら ・・・」
「おい、まだとぼけるか、何もかも、洗いざらい、とっとと、はいちまいな!」
すると、その場の誰も何も言わなくなってしまった。
沈黙が数分続いた。
そして、冷や汗をかいていたマナベ首相がやっと沈黙を破った。
「それでは、私たちは、これにて退席させていただきます」
総理大臣とその他の国務大臣たちは、それから無言のまま、すたこらさっさと去って行った。
それほどに、怒ったコチミは怖すぎるのだ。
皇帝の私でさえも何も口をはさめなかった。
政府の一行が去り、私は、ヒヤヒヤとしながら、コチミに言った。
「やれやれ ・・・ コチミちゃんは、怖すぎるのだよ」
コチミは、何もなかったような表情で言った。
「あら、私、何か言いましたかしら」
「よく言うよ。大臣たち、ビビッて帰ってしまったじゃないか」
「上様、あれは、ビビッて帰ったのではありませんわ」
「じゃあ、何なの?」
「私に詰問されて、とぼけたのですよ」
「とぼけた?」
「そうですわ。あの人たち、何か重要なことを隠しているようですわね」
「重要なこと?」
「ええ、たぶん、この上なく重要なことですわ」
「例えば?」
「具体的なことはわかりませんが、私の勘では、今回のミサイルの件、仕掛けたのは、ハメリカ側のようですね」
コチミにそう言われても、私には、何のことだか見当もつかない。
しかし、ひとつだけ、わかっていることがある。
コチミの勘は百発百中だ。
=続く=




