第五話 小さき体に宿る魔力 ※挿絵あり
街での危うい体験から数日、朱音は人里から遠く離れた、小さな洞窟に身を隠していた。
森の奥深くは静かで、動物たちの匂いも慣れてきた。しかし、彼女の身体は、またしても予期せぬ変化に見舞われ始めていた。
「……あれ……? なんか、また……」
朱音は、自分の手のひらを見つめた。
以前よりも、明らかに小さくなっている。ボロ布を羽織っても、手足の長さが余り、地面を擦ってしまうほどだ。鏡がないため正確な姿は分からないが、触覚で感じ取る限り、彼女の体は小学生低学年程度のサイズまで縮んでいた。
さらに、背骨の感覚がおかしい。
以前よりもずっと柔軟になり、四つん這いで歩く方が、二足歩行よりも遥かに安定し、楽に感じるのだ。まるで、もともと四足で歩くように設計されたかのように。
「……にゃ……?」
思わず口から漏れたのは、言葉にならない猫の鳴き声。
顔を覆う黒い毛並みはより濃くなり、鋭くなった爪は、普段から研がれていないと落ち着かない。そして、二足で立つことへの生理的な抵抗感が増していた。
人間としての自分から、猫へと逆戻りしていくような感覚に、朱音は深い絶望を覚えた。
(……なんで、こんな……。また、あの時の魔法のせい……?)
その時、朱音の視界の端に、不思議な光が飛び込んだ。
洞窟の奥、岩の隙間から、まるで生きているかのように淡く輝く「何か」が、ふわりと浮遊している。
それは、これまで見たことのない、しかしどこか懐かしいような、神秘的な光の粒だった。
(あれは……バルツァーが、魔法を使う時に見た光……?)
朱音は、四つん這いの姿勢でゆっくりと光に近づいた。
すると、光の粒は彼女の指先に吸い寄せられるように集まり、その瞬間、朱音の全身に電流が走った。
「ッ……! 熱い……! でも、これは……」
激痛ではない。しかし、彼女の肉体の奥底から何かが目覚めるような、不思議な感覚だった。
光の粒が、彼女の小さな爪の先から体内へと浸透していく。
朱音は無意識に、その光に向かって手を――いや、前足――を伸ばした。
すると、彼女の指先から、淡い青白い光がふわりと発せられたのだ。
それは、錬金術師が操る「魔力」だった。
かつてバルツァーが操っていた、世界を構成する根源的な力。
朱音の体は、合成されたことによって、その魔力を取り込み、操る能力を手に入れていたのだ。
そして、その魔力に目覚めた代償として、彼女の体はより「獣」としての形質を強めた。
魔力は、彼女の人間としての輪郭をさらに曖昧にし、猫としての野生を色濃く刻み付けたのだ。
朱音は、自分の手から放たれた光を見つめた。
それは、再び人間から遠ざかってしまったことへの絶望の光か、それともこの理不尽な世界で生き残るための希望の光か。
彼女は知らなかった。この「魔力」が、彼女の内に潜む「雄」と「雌」の性を、さらに複雑に絡み合わせるトリガーになることを。
小さな体と、目覚めた力。
それは、朱音という存在を、この異世界で唯一無二の、そして孤独な存在へと変えていく予兆だった。




