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第三話 禁忌の充足

 月の巡りが変わり、森の空気が湿り気を帯び始めた頃、朱音を「それ」が襲った。

 これまでとは比較にならないほど強烈な、肉体の内側から湧き上がる熱。それは単なる体調不良ではなく、遺伝子の深淵から突き上げてくる、抗いようのない「交配」への渇望であった。。


「あ、……熱い、……体が、溶けそう……」


 洞窟の奥、湿った土の上に横たわる朱音の体は、自身の制御を離れていた。

 背中が弓なりに反り、尾が激しく左右に振れる。猫としての本能が、喉の奥から「メスの呼び声」を絞り出そうとする。しかし同時に、彼女の中に宿る「雄」の血もまた、猛烈な勢いで暴れ始めていた。

 支配欲、攻撃性、そして種を撒き散らそうとする野性的な衝動。

 相反する二つの性が、一つの肉体の中で激しくぶつかり合い、朱音の理性は濁流に呑まれる寸前だった。


(このままじゃ……理性が消える。私は、本当の獣になっちゃう……!)


 脳裏に、森に住む野良猫たちの荒々しい交尾の光景がよぎる。その光景を「正しい」と感じ始めてしまう自分。思考が霧に包まれ、人間の女子高生としての記憶が剥がれ落ちていく恐怖。

 その時、朱音の指先が、無意識に自身の股間に触れた。

 そこには、バルツァーによって植え付けられた、雄猫としての熱い隆起があった。


「……っ!?」


 指先が触れた瞬間、脳に火花が散るような衝撃が走る。

 それは、かつての彼女が知るはずもなかった、雄としての剥き出しの昂ぶりであった。

 朱音は羞恥に顔を赤く染めるが、背に腹は代えられない。この煮え繰り返るような熱を逃がさなければ、自分という人間が死んでしまう。

 彼女は震える指で、自らの中に宿る「雄」を、宥めるように、あるいは屈服させるように包み込みんだ。


「ぁ、はぁ……っ! ……あぁっ!」


 自分の手で、自分を慰める。

 それは女子高生としての朱音にとっては耐え難い屈辱だったが、肉体は残酷なほど素直だった。雄としての敏感な器官を刺激するたびに、激しい快楽が脳を白く塗り潰していく。

 しかし、不思議なことが起こった。

「雄」としての衝動を自らの手で解放していくにつれ、荒れ狂っていた「メス」としての発情本能が、凪のように静まっていったのだ。

 自らの男性性を自らの女性性で受け入れ、あるいはその逆を行う。

 一つの肉体の中で完結するその行為は、皮肉にもバルツァーが予言した「究極の調和」の一端であった。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ……ふぅ」


 長い、あまりに長い悦楽と苦悶の時間の後。

 朱音はぐったりと力なく横たわった。全身は汗と脂にまみれ、琥珀色の瞳は虚空を見つめている。


(……抑えられた。……まだ、私は私でいられる)


 彼女は、この異様な体で生き延びるための「術」を、最悪な形で学んでしまったのだ。

 自分の内なる獣を鎮めるには、自らの肉体を弄び、相反するさがをぶつけ合わせて相殺させるしかない。

 それは、人間としての尊厳を少しずつ削り取る行為だったが、同時に彼女に「理性を保つための武器」を与えたのだ。


 朱音はゆっくりと起き上がり、乱れた毛並みを整えた。

 その顔には、以前のような怯えだけではなく、過酷な運命を飼い慣らそうとする、妖しくも強い決意が宿り始めていた。

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