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喪った声を求めて  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売
第二章 喪った心を求めて

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 社交シーズンはもうすぐ終わるらしい。

 つまり、もうすぐ私の人生で初の夜会である。


「アリスター殿下のダンスレッスンですか? しかも今日これから?」

「あぁ、熱が出て寝込まれてからずっとストップしていたが今日から再開する。なによりも殿下の練習相手の確保が難しかったからな。それが解決したから今日から再開だ」


 そうか。殿下は五歳児だから、大人と練習はできないのか。


「以前ダンスの練習相手だった、言うなれば婚約者候補だった令嬢は家の意向で辞退した。こんなことは言いたくないが殿下の声が原因だな」

「つ、つまり……今日来られる令嬢は、で、殿下の婚約者候補……?」


 五歳なのにもう婚約者候補と思ったが、よく考えれば普通だった。

 私とエヴァンも最初は遊び仲間なのかと思っていたら婚約者候補だったもんね。

 大人は婚約者候補のつもり、子供としては楽しい遊び相手だ。


「なんでそんなに動揺してるんだ。まさかアリスター殿下と婚約したいのか?」

「いえ、知っている親戚の子が婚約するような、なんだか私だけ世界から置いて行かれたような感覚になりました」

「あまりに相性が合わないようであれば、婚約とはならない」

「じゃあ、私は今日暇ですね。ダンスレッスン中は本でも読もうかな」

「何を言ってるんだ」

「へ?」

「ついでに練習するに決まっているだろ。殿下に無茶ぶりされるからな。それに、夜会で踊れって言われたらどうするつもりなんだ。練習にちょうどいいだろ」

「ナンのお話デショウカ」


 夜会? ダンス? 何それ美味しいの?

 殿下の無茶ぶりって?


「おい、逃げるな。夜会で踊れって言われたらお前も困るだろうが」

「私、急にお腹が痛くなりました」

「大丈夫だ。腹が痛くてもダンスはできる」

「足を折ります」

「やめろ」


 夜会の時は絶対お腹が痛くなって蹲ってやる。

 婚約解消はできそうになくてどうしようか思案しているのに、ダンスなんてしたら余計に婚約が確固たるものになってしまうじゃないか。

 あれでしょ、二曲続けて踊っていいのは婚約者か配偶者という決まり。一曲ならいいのかな。



 殿下の部屋にいつも通り行き、それからダンスレッスンのお部屋に移動する。

 アリスター殿下のお勉強の時は基本的に私は待機なのだが、アリスター殿下に『いっしょにきて』と可愛く言われると同行せざるを得ない。


 殿下も新しいダンスパートナーのご令嬢に会うからか、大層緊張しているようだ。

 声の魔道具をしっかりと持ち、お気に入りの石コレクションの中から一つ選んでしっかり握って歩く姿は、まごうことなき五歳児で可愛い。

 前のダンスパートナーもとい婚約者候補のご令嬢は、殿下の声が出なくなったから来なくなったのだ。相手も子供だから家の意向が大きいだろう。でも、ダンスレッスンで殿下が緊張してしまうのも分かる。


 部屋で待っていたのは、つやつやの栗色の髪をお団子にした可愛い令嬢だった。


「でんか、今日はよろしくおねがいします」


 グロリア・ファリントンと名乗ったご令嬢は、冗談抜きで私よりカーテシーがうまかった。

 ファリントンは公爵家である。さすが、七歳児でも格が違う。


『うん よろしく』


 殿下は声の魔道具を使って言葉少なに会話をする。魔道具を使っても緊張が隠せていない。グロリア嬢は親から言い含められているのか、活発な子なのか、声の魔道具をしげしげ眺めてニコニコしていた。


 ダンス講師の合図で二人は手を取ってまずは踊ってみる。

 その可愛さに思わずにやけた。


 小さい殿下が頑張ってグロリア嬢をリードしようとして失敗。足を踏んだ。「あ」で固まる口の形。

 ダンスの練習中は声の魔道具を持っておくわけにはいかないので、アリスター殿下は慌ててグロリア嬢に悲しそうな顔を作って俯いている。


「きにしないでください、でんか。わたしはダンスがにがてなのです。でんかのあしもいっぱいふむと思います」


 宣言通り、わざとかもしれないが今度はグロリア嬢が殿下の足を踏んでいる。


「すみません、でんか。いたいですか? いたいのとんでけしましょうか」


 首を振るアリスター殿下、可愛い。

 私もエヴァンの足をよく踏んだな。エヴァンも遠慮なく踏んできて痛かった。ギャアギャア言いながらダンスの練習をしたっけ。

 結局エヴァンと踊ることは一回もなかったね。


 自分とエヴァンの過去がアリスター殿下とグロリア嬢に映る。

 もちろん、目の前の二人の方が気品があって上品だ。間違っても「おい、踏んだな!」「そっちこそ!」「何を!」「あ、こける!」みたいなやり取りはない。


 何度かお互いの足を踏んだり、ステップを忘れたりしつつ、殿下とグロリア嬢は練習をこなしていく。


『ルリィは? おどらないの?』


 休憩で水を飲んでいた殿下に爆弾を落とされた。

 いや、この表現は不謹慎よね。誰も怪我はしなかったけど、爆弾事件の犯人はまだ捕まらないし、模倣事件も起きているんだから。


『殿下の練習時間ですから』

「それがこえのまどーぐですか?」


 グロリア嬢が会話に入ってくる。

 よし、このまま誤魔化せると思ったのだが──。


『ルリィがつくってくれったんだ ねぇ ルリィはライライとおどらないの? おどって! ぼくもうつかれた!』


 殿下が魔道具を押し間違えた部分さえ可愛いが、踊らないのかと聞かれても踊らない。

 踊れと言われても踊りたくない。恥ずかしい。


「え、もしかして?」

『うん ルリィはライライとこにゃくしてるから こにゃくしゃはおどるんだよね』


 グロリア嬢と私をだしにして会話するんじゃないですよ、殿下。

 女心のお勉強が足りていないですよ。他の女の話を婚約者候補のご令嬢といる時にしちゃだめです。メアリーさん、そのあたりちゃんと教育をお願いしますよ。


「殿下、ダンスが見たいですか?」

『みたい! ずっとおどってるのみられるのキンチョーする ライライ ダンスうまいもん!』


 ライライ、何でそこで出しゃばってくるの。王族のダンスレッスン中でしょう。

 五歳児ならすぐ飽きるからってこと? これが無茶ぶり?


 苦い思いを抱えて殿下を見ると、やはり殿下は緊張しているのか声の魔道具の肩にかける部分をいじいじといじっている。


 あ、そっか。

 殿下はダンス中は声の魔道具が手元にないし、喋れないから余計に不安なのか。

 新しいダンスパートナーと無言で向かい合わなければいけないから。グロリア嬢はニコニコしていろいろ話しかけてくれていたからとってもいい子なんだろうけど、それでも緊張するよね。

 でも、緊張するということは……いい兆候なのかな? 意識してるってことだもんね。


『殿下、クマさんを今から持ってきますから、私とクマさんのダンスを見ますか? かっこいいですよ、私とクマさんのダンス』


 ライライと踊るなんてとんでもない。

 クマさんなら子供受けも抜群だ。殿下が緊張されているならクマさんと踊るくらいは全然やりますよ。


『えー、やだぁ』


 あ、殿下に白けた顔をされてしまった。

 グロリア嬢はクマさんの正体が分かっていないし。

 なるほど、ライライは五歳児のこの移り変わりの激しい気分を見越して言っていたわけね。でも、絶対にクマさんがいいと思う。


『ルリィ おどって おてほん』

『殿下、私はダンスが下手です』

『おてほん おてほん!』

『先生がいらっしゃいますから、ぜひ先生にお願いしましょう。ほら、先生とライライとか』

『つまんない』


 あ、また殿下が白けた顔をした。

 五歳児にこんな顔されるとこっちが悪者の気分になるよね。

 この「こいつ何言ってんだ」って言いたげな顔ね。


「殿下、一回だけでいいですか」


 ライライがまた出しゃばってくる。


『あ、殿下。私お腹が痛いです。アイタタタ』

『ルリィ だいじょぶ⁉』

「殿下、彼女は大丈夫なので。さ、グロリア嬢にクマさんの説明をしてあげてください」


 ライライはさっさと私に手を伸ばして立たせると、殿下たちから離れた場所に誘導する。


「お前と俺が踊らないと、俺とルークや他の騎士同士が踊らされる」


 やや苦悩の滲んだ声だ。


「あ、無茶ぶりってそういう感じなんですね。私はそっちが見たいです」

「殿下はあまりダンスがお好きじゃないからな。今日はまだ我慢されている方だ。お前と俺が綺麗に踊れば変わるかもしれない。どうも声が出なくなってから部屋の中ではお元気だが、外では少し引っ込み思案になられるから。それにファリントン公爵令嬢に八つ当たりされるのはまずい」


 なるほど、後ろに権力があるから。

 殿下が将来どうなるのか分からないが、婿入り先は貴重だ。


「私の前では殿下はお元気ですよ?」

「それはお前の前だからだろ。同じ年頃の令嬢や令息がいる場にも、これから出て行かなきゃいけなくなるからな」

「王族だから私のように引きこもりではいられないと」

「すまないが、殿下のためにひと肌脱いでくれということだ」


 まぁ……そういうことなら……夜会で踊るわけじゃないし。

 アリスター殿下のためだし…。


「足を踏んでも怒らないでくださいね」

「回数による」

「二十回は踏みます。私が保証します」

「そんな保証するな」


 今日の経験でライライは夜会で踊ろうなんてもう言わないだろう。

 殿下とグロリア嬢に見守られながら、私はライライの足を何回踏んだだろうか。

 だってあんな顔がいい人に見つめられて手と背中に触られていたら、私じゃなくても緊張するって。

 小声で「痛い」「すみません」「踏んでる」「分かってます」のやりとりも何回したか。


 しばらくライライは足を引きずっていた。

 夜会までに治るんだろうか、あれは。


『殿下。ダンスが下手でも私みたいに生きていけますからね』

『う うん…』


 私は殿下とグロリア嬢に引かれてしまうほどダンスが下手らしい。

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