6
いつもお読みいただきありがとうございます!
22時にもう1話更新します。
『グロリアじょうにおてまみかく』
私のど下手ダンスを披露した翌日、殿下はそんなことを言い出して午前中はグロリア嬢にお手紙を書いていた。
王妃様から何か言われたのだろうか。
相性はすごく悪いようでもなかったので、王家としてはグロリア嬢との糸は切らないでおきたいのだろう。グロリア嬢は、ひねくれた私から見てもとってもいい子だったし。声の出ないアリスター殿下に大人並みの気遣いができるのはさすがだ。殿下より二つ年上なのもいいのかもしれない。
侍女のメアリーさんがいろいろアドバイスして手紙を書き終えると、殿下は『クマさんとダンスして』と無茶ぶりしてきたので再びダンスをした。
ライライは今日は休みだ。
決して足が痛いからではない。私の名誉のために声を大にして言いたいのだが、元から休みだった。私は敢えて自分の休みを被せるように調整はしなかった。四六時中一緒にいることもないもんね。
決してわざとライライの足を踏んだわけではないが、あれだけ踏めば夜会でダンスをなんて言われないだろう。王妃様にも根回ししないと。私とダンスをさせたら足が使い物にならなくなりますよって。
クマさん相手なら私のダンスは完ぺきだ。
あのふわふわした高級な手触り。私の思い通りに動いてくれる手足と体、というか私が地面から浮かすように抱いているんだけどね。抱き着くと安心するあの胴体。
殿下からは昨日もらえなかった拍手をもらった。
なるほど、グロリア嬢に関することとなると周囲への無茶ぶりが増える。これは緊張されているな。
『あのね おてまみにおはないっしょする』
さらなる無茶ぶりを警戒したが、殿下はグロリア嬢のために花を選ぶらしい。手紙に花をつけるとは女心を分かっていらっしゃる。
殿下が庭で花をどれにしようかと庭師とうろうろするたびに、騎士と侍女も一緒に移動する。殿下が親ガモのようだ。
実を言うと、あれほど踊れないとは私もかなりショックだった。
二十回踏みますなんて言ったが、まさか本当にそんなに踏んでしまうなんて。
エヴァンとちまちまダンスの練習をしていた時も下手だったが、あの頃はほら、成長期の最中だから。手足の長さも多少変わるし、あの頃よりも背丈は伸びた、重心だって違う。それにエヴァンこそダンスが壊滅的に下手だった可能性もある。
今ではエヴァンもかどうかはもう分からないが、私は確実に下手だった。
原因は引きこもり生活だろうか。最近は城を歩いているから前より運動不足ではないはずなのに。
おかしい。魔道具の設計図は引けるのに、簡単なリズムに足がついていかない。
『みて ルリィ』
『殿下、お花は決まりましたか?』
アリスター殿下が笑顔で声の魔道具を使いながら近づいてきたので、花の選定が終わったのかと私も近寄る。どんな花をあげるか気になるもんね。その辺の野花をブチッとちぎってあげるんだったら止めなければ。
殿下の手に握られているものを見て私は息を呑んだ。
『これ おしばなにしておくる そっちのほうがずっともっててくれるから』
てっきり花束を贈るのかと思っていたのに。
殿下の小さな手に握られていたのは、四葉のクローバーだった。
最悪だ。
よりによってそれだなんて。
『押し花ですか』
いい案だと思う。栞にできるから。四葉のクローバーじゃなければ。
『うん これめずらしいって』
『そうなんですね。でも、グロリア嬢はバラのお花の方がいいかもしれませんよ?』
『えー ルリィはバラすき?』
『はい、好きです。ほら、その四つの葉っぱにはこわーい花言葉もあるんですよ。バラを一輪の方がいいんじゃないですか? お城にしか咲かないバラとか、女の子は好きだと思います』
『えー これめずらしくないの?』
殿下は四葉のクローバーがいいらしい。
バカ、私のバカ。五歳児に私の事情なんて関係ないのに。
『珍しいですが、四葉のクローバーは自分で見つけるのが一番ラッキーなんですよ。グロリア嬢には四葉のクローバーを見つけたと次の手紙で書いておいたらいかがですか?』
殿下は「ふぅん」と唇を尖らせていたが、庭師にバラを頼んでいた。
最悪だ。
まさか、殿下が四葉のクローバーを見せてくるなんて。不意打ちで完全に対応を間違った。殿下の純粋な想いを私のバカなエゴで踏みにじった。
これから四葉のクローバーを見つけようと言われていたら、私も心の準備ができたのに。
でも、あんなクローバーに何の意味もない。
見つけたら幸運があるなんて嘘だ。何にもなかったじゃない。むしろ悪いことがあったじゃない。幸運なんて運んできてくれないくせに。
自己嫌悪で俯いていたが、周囲が少し賑やかになったので顔を上げる。
カヴェイン殿下がいつの間にか庭にやってきていて、アリスター殿下を抱っこしながら花を見ていた。仲良しの兄弟である。
しばらくして、カヴェイン殿下が私の方にやってきて驚いた顔をする。
「ルリアーネ嬢、顔が真っ青だ。貧血じゃないかい?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「大丈夫な顔色じゃないよ。アリスター、ちょっと彼女を借りていくから。え、なんでって私は方向音痴だからね。彼女に案内してもらうんだよ。だって久しぶりに帰って来たんだよ? 道を覚えてないよ。うん、またあとで」
カヴェイン殿下は私の背中をぐいぐい押してしばらく歩くと、私をベンチに座らせた。
「いやぁ、ごめんね。五歳児は体調まで気遣いはできないからさ」
「いえ、ありがとうございます」
「酷い顔色だよ。大丈夫? 夜会もあるから体調には気をつけないとね。部屋まで戻る? それともここに医者を呼ぼうか」
「座っていれば落ち着くので大丈夫です。本当にありがとうございます」
カヴェイン殿下は分かったと頷くと、踵を返して歩き去っていった──しかし、すぐに戻ってくる。
「何かあったんですか?」
「そういえば、迷っちゃった。ここどこ?」
「中庭です。どこに行かれるんですか?」
「図書館だよ」
「それなら、建物の中に入って西側に向かってずっと歩いてください。隣の棟ですよ」
「西側ってどっち? フォークを持つ方? あ、待って。太陽は東から昇るから、沈む方が西か! あれ、どっちだ?」
あ、この人。すっごい方向音痴だ。
「クリフさんはどちらへ?」
「先に行っててもらったんだ。私は母上に呼ばれていたしね」
「アリスター殿下のところに戻りましょうか。それか、私がご案内します」
ベンチから立ち上がるが、踏み出した足がふわふわして世界が一瞬回転しかけた。
立っていられずにベンチを掴んでそのまま座り込む。
「わ、ダメだよ。まだ顔色が悪いし、私は急ぎじゃないから。せっかく私は婚約がなくなってのんびりできるんだから、しっかり満喫しないと。経験上分かるんだ、私がこれ以上うろうろすると絶対に余計迷子になる。だからここで花でも楽しもう」
カヴェイン殿下はベンチに座らず、うろうろと足元の花を眺めている。
第二王子に気を遣われている状態なので、私はなかなかゆっくりできない。
ベンチでもぞもぞしていると、思い出したとでもいうようにカヴェイン殿下が顔を上げた。
「そういえば、聞いた? あの事件の犯人捕まったんだってね、爆弾の件ね」
「え? そうなんですか?」
「さっき母上から聞いたんだ。といっても取り調べはまだのようだから確定ではないけど。でも、これで少しは安心だ。夜会にも安心して参加できるだろう?」
あ、そうなんだ。捕まったんだ。全然知らなかったけど、第二王子殿下でさえさっき聞いたのならまだ出回っていない情報なのだろう。
確定ではないそうだが、それは良かった。それなら、私はもう誰にも目をつけられていない? もう大丈夫なのかな? 誰かが傷つくかもしれないと考えなくていいのかな。特にライライだけど。
「あの、逮捕されたのってどんな人だったんですか? 私の名前が出されていたので、どうしても知り合いかどうか気になって」
「君の知り合いかなぁ? 名前までは知らないんだけど、魔道具研究が好きな平民だって聞いたよ。君が声の魔道具を発明したって聞いて、貴族の令嬢なんかに先を越されたって面白くなかったからあの事件を起こしたって言ってるらしいよ。あんな装置を作れるんだから、俺の方がもっと凄いってとこなのかな」
その犯人らしき人は、なぜ私とライライがカフェに行くことを知っていたのだろうか。
デッカー公爵夫人がよく行くところだから知られていても不思議ではないが、使用人たちから予定を聞き出さない限り、私がいつ仕立て屋に行くか分からないはずではないか。
情報が少なすぎて、逮捕されたと聞いても肩や背中が寒くなった。
「ルリアーネ。ここにいたのか」
騎士服ではない姿でライライが庭までやって来た。
私しか見えていないようだったが、カヴェイン殿下の姿も認めて目をわずかに見開いている。
「彼女、体調が悪いようだったから。体調が悪いのにアリスターの相手は大変だろう? 私は今迷子だからここにいただけだよ。あまりに遅ければクリフが迎えに来てくれるからね」
ライライが一瞬不機嫌になったのが分かった。結構この人は顔というか雰囲気に出る。第二王子殿下を前にそれはない。私が言えることでもないけど。
カヴェイン殿下も浮気を疑われていると思ったのか、手を振って否定している。
「大変失礼しました。殿下、ありがとうございます。体調が悪いのか?」
真っ先に足に視線を注ぐのはやめてほしい。
ライライは昨日あれだけ踏んだのに、鍛え方が違うとでも言いたいのか普通に歩いている。
「立ち眩みしただけだから」
「今日はもう殿下の話し相手はいいだろ。あ、アリスター殿下のお話です」
「分かっているよ、お大事に。そうだ、ライムント。図書館は一体どちらに歩いて何回曲がればいいのかな? 西が分からなくてね」
カヴェイン殿下に懇切丁寧に道順を説明し、紙にまで書いて見送ると、ライライは私を部屋まで送ってくれた。
四葉のクローバーを見ただけで体調不良になっていては職務怠慢だ。メアリーさんには「責任感がない」と絶対睨まれる。もう睨まれているけどね。
「あんまり、男と二人きりにならない方がいいぞ」
「今二人きりですが」
「婚約者以外の男と」
「すみません」
「変に噂をされるからな。まぁ、カヴェイン殿下だったから王族相手に会話してただけって言えばいいんだけどな。こっちは話しかけられたら絶対断れない相手だし」
あぁ、一瞬不機嫌だったのはそういうことか。
噂になって面倒なことになると頭で瞬時に計算したと。
「気を付けます。あの、犯人捕まったんですか?」
「げ、もう聞いたのか。まだ詳細が分からないから分かってから伝えようと思ってたのに」
「さっき、カヴェイン殿下が安心させようとしてくれたのか教えてくれました」
「まぁ、いいけど……分かっている情報がまだ少ないんだ。なんで俺たちがあそこにあの時間にいるのを知ってたかとか、それによって他に協力者がいるかもしれないだろ」
「そうですねぇ、安心できませんね」
「確定した情報が入り次第、ちゃんと言うから」
「分かりました。足は大丈夫なんですか?」
「お前、散々踏んだくせに……」
「ライライは平気そうですから、もっと踏んでも大丈夫そうですね」
「一曲であれだけ踏まれたら、二曲になると同じだけまた踏まれるんだろ。無理だ」
「いえ、二曲目は疲れるのでさらに回数は増えますよ。こけるかもしれません」
そんな話をしながら与えられた部屋まで送ってもらう。
ライライは私の様子を見に来ただけだったようで、すぐに帰って行った。
部屋に入って、違和感を覚えた。
私には私なりの散らかし方がある。
カオスなのではなく、秩序を持った散らかし方なのだ。
あの本を私はあんなところに置かない。物の配置が少しおかしい。
でも、気のせいかもしれない。
声の魔道具は一日中持っている。城から借りていた録音の魔道具は返しているし、自前のもちゃんと定位置にある。
設計図はシモンさんに全部預けていて、私のノートは誰が見ても暗号で読めないと言う。
なんだ、何もなくなってない。気のせいか。
そう思ったが、ふと他の高級品の存在を思い出した。
デッカー公爵夫人が来てくれた時に開けた箱を、もう一度開ける。
「……ない」
ライライが夜会用に買ってくれたドレスがなくなっていた。
おかしい。
やった、これで夜会に出なくていいという気持ちが湧いてこない。
どこかにうっかり出しただろうかと部屋の他の場所も探したが、見つからない。
ねぇ、今日四葉のクローバーを見たからかな。
鍵をかけておいた部屋の中からドレスがなくなってしまった。魔道具以外で一番の高級品なのに。




