ケルピー
湖の水の中はとても透明度が高く結界越しに見える景色は雲がかかった月明かりと星明かりでも十分なほど視界は良好だ。
冷たい水の感触を身に全身に肌に感じる。
湖の中はやっぱり冷たかったが、しばらく水の中を泳ぐ内に身体が慣れてくる。
結界魔法のお陰で無茶な動きをしなければ、15分程潜水することができる。
しばらく淡い星光が照らす浅瀬を泳ぐと目の前の湖の底がまるで崖の様に途絶えていた。
崖の下を覗くと、まるで湖の中にもう一つ湖が存在するかの様にポッカリ大きな穴が開いている。
目の前に広がる広大なもう一つの湖には荒々しく削られた岩肌。岩の隙間から揺らめく水草。
湖中には、巨大な岩やかつては大樹であったであろう朽ち果てた大きな樹が幾つも横たわっている。
そして、そんな岩や朽ち果てた大樹を住処にしてい水の魔獣、水魔達。
シェナは周りに魔獣達がいない事を目視して崖の岩肌を滑るように下に降下する。
この湖に住む水の魔獣や水魔達は皆、気配には敏感だが、一部の水の魔獣や水魔は視力はそれほど高くは無い。
だから魔獣達と下手に遭遇しない為に下半身に湖の水で水魔法を纏わせ、魚の尾ビレを作った。
住処の湖の水を纏う事で魔獣達の警戒心は薄れ、例え気付かれたとしてもすぐに逃げられる為だ。
湖底に近づくと、ふと、何かが視界の端を横切る。
「ッ・・・ヤバ、!!」
シェナは慌てて近くの大岩と朽ちた樹木の隙間に体を滑り込ませる。
隙間に逃げ込んだ直ぐに“何か”が隙間の入り口でウロウロとこちらを伺っている。
隙間の中から見えたのは紺碧の馬の顔『ケルピー』。
シェナが逃げ込んだ隙間では馬の二倍はあるケルピーには入ることは出来ない。
だが、このケルピーはシェナを敵とも餌とも見ている様子は無い。
入り口前でウロウロ、チョロチョロとこっちを伺っている。
多分、このケルピーはまだ幼い。
だから、興味本位で泳いでいたシェナに近づいて来ただけだろ。
クリクリとした円らな瞳が岩の隙間にいるシェナを不思議そうに見つめている。
こうして見ると普通に可愛い馬型の魔獣なんだけどな。
そんなことを考えているとふと、辺りが暗くなる。
ヒヒイィィィィーーーー!!
「ッ!!」
両耳の鼓膜にいや、湖全体に震え響き渡るような、金属音的な高音で響く鳴き声。
幼いケルピーはすぐに鳴き声に反応してシェナのいる岩と朽ち木から離れて行く。
岩と朽ち木の隙間から見える光景にシェナは息を潜める。
幼いケルピーと寄り添う様に泳ぐもう一頭のケルピー。
だが、体付きも顔付きも正に精錬な駿馬。体の大きさが三倍近くも違う。
藍色の鬣が水流に揺れとても美しい。
幼いケルピーが甘えるよう擦り寄る。
おそらく親子、なのだろう。
親子のケルピーは寄り添って湖底の方へ泳いで行く。
親子のケルピーを見送って、シェナは岩の隙間から抜け出す。
そして目的のポイント、湖底へ急ぐ。
湖の底にたどり着くと、其処は一面に広がる水草の絨毯。
水流の動きで深い緑色が淡く時に濃く色を変えていく。
「間に合った」
シェナはすぐに水草の近くの岩陰へ泳ぎ、身を潜める。
そこは、水草の絨毯を一望する事が出来る場合だ。
「そろそろか」
水上を見上げると、丁度大きな満月の月が真上に来た。
水の透明度が高い為、湖底に居ても月の姿がよくみえる。
満月を薄く覆っていた薄い雲が退き、満月の月光が湖に降り注ぎ、透明度が高い湖中は月光に照らされ満たされる。
水草の草原にも月光が降り注ぐ。
すると、深い緑色の水草の先から白い花が一輪、また一輪と咲き誇り、月光を浴びた草原はあっという間に満開の月花の花を咲かせた花畑へと変わった。
薄暗い藍と紺の世界に降り注ぐ光と淡く萌える満開の白い花。
思わず溜め息が出てしまうほどに綺麗だ。
すると、シェナの頭上に大きな影が通り過ぎる。
「ッッ!!」
咄嗟のことで、動けなかった。
先程のケルピーの親子がシェナの頭上を通り過ぎたのだった。
一瞬、親のケルピーの鋭い眼と視線が合った、気がした。
だが、ケルピーはシェナには気にも留めず、親子共に月花の花畑へ。
シェナはケルピーと眼が合った瞬間、強い、と直感的に感じた。
月花の花畑への感動が一気に消された。
「・・・・・・ッ。喰われるかと思った」
シェナは小さく身震いした。
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