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閑話:エリナ・アリスタード 前編

エリナ視点の閑話となります。

読まなくても支障は無いです。多分。

「ね、ね、ね、貴方の名前、教えて?」


「――私? アスナ……アスナ・グレンバッハーグ」


 そのまん丸なお目々は私を確りと見据えて、悪意も猜疑的な感情も何もなくて。


 ――本当に何も無くて。そして、それがとても美しく思えた。






「……夢、か……。懐かしい夢、見たわね」


 大好きなアスナと出会った時の夢。今でもはっきりと思い出せる、アタシの宝物。宝物なんてモンじゃない。何よりも大切な、そう大切なもの。


 メティア聖公国。アタシ達は無事目的地にたどり着いた。思い返せば長かった。数ヶ月だ。数ヶ月。それもこれも、あのクソ小悪党のせいだ。


 転移魔法(リーピング)さえ使えれば、一日でここまでたどり着けた。でもそうしなかったのは、アスナの「駄目」の一言。


 本当に、惚れた腫れたは、惚れた側の負けよね、なんてひとりごちて、部屋に備え付けられた、ケトルに水を入れてお湯を沸かす。紅茶を上手に淹れる方法は、王国で何度だって教えられた。躾けられた。


 使う水は軟水。一度沸かしたお湯をティーポットに注いで、温める。茶葉の分量はティースプーンで正確に。今日はアタシだけが飲むから、ティースプーン一杯分だけ。


 ティーポットが温まったら、茶葉めがけて一気にお湯を注ぐ。待つのは三分間。ミルクは入れない。ストレートが好みだ。


 三分間待ったら、ティーカップに紅茶を注ぐ。うん、きっちり一杯分。飲み頃は唇に少しだけ熱さを感じる程度。熱々の紅茶。それが飲み頃になるまで少しばかり待つ。この時間がアタシは大好きだ。ほっとする。


 ふーっ、とため息を吐き、伸びをする。


 アスナは今何をしているかしら。いつだって考えるのはそんなことだ。


 アタシの心の中はいつだってアスナで一杯。大好きだ。大好きなんだ。


 もう一度考える。転移魔法(リーピング)でひとっ飛びだった。だけど、そうしなくてよかったと思っている自分もいる。


 あのクソ小悪党のおかげ、っていうのがなんていうか悔しいけど、事実でもある。高名なテラガルドの魔女、ジョーマ様に直接教えを頂く機会が与えられるなんて夢にも思わなかった。


 さて、今日は何をしようかしら。旅の疲れも有るし、まだゆっくりとしていられるはず。首都メティアーナで、アスナと一緒にお買い物でもしにいこうかしら、なんて考える。


 そんなこんな考えているうちに、紅茶が飲み頃の温度になった。啜って飲むのは下品。これも王宮で厳しく躾けられたマナーだ。


 紅茶を一口。程よい苦味と、爽やかな香り。うん、さすがメティア聖公国。用意されている茶葉も一流。


 さっき見た夢のせいだろうか。紅茶を飲みながら、久方ぶりにアスナとの出会いを反芻してしまう。


 きっかけはなんだったっけか。よく覚えていない。確か、なんかの勉強が嫌で嫌でたまらなくて、王宮を逃げ出したんだったっけか。……あ、絵画の勉強だ。絵は苦手なのよね。


 うわっ。絵が苦手とか考えたら、「エリナ……お前さん、絵、ヘッタクソだな」、なんてゲルグのムカつく声を思い出した。頭を振って振り払う。雑念雑念。







 そう、アタシが十歳の時。初めてアスナと出会った。王宮から息も絶え絶えで逃げ出して、追っかけてくる衛士を振り払って。


 そして、王都の一画。比較的裕福な人間が住むその場所に、その娘は居た。


「どうしたの? そんな慌てて」


 いきなり声をかけられてびっくりした覚えがある。すわ、見つかったか、と焦った。でもその声の主が、小さな女の子だってことに気づいて、ほっと一息ついた。


 第一印象は、ぼんやりしている娘だな、ってそれだけだった。見るからにお人好しそうな顔。人を疑うことを知らなそうな、幼さを残した笑顔。普通、アタシみたいな息切らしたガキを見つけて声かける? でもそれがアスナだ。


「……えっと、ちょっと家出」


「ん。そっか。お家の人、心配してると思う。帰った方が良い」


「大丈夫よ。心配はしてるだろうけど、ちょっとぐらい問題ないわ」


 この辺なら治安も悪くない。アタシをどうこうしようとする人間も居ないだろう。


「そっか。なら、一緒に遊ぶ?」


「え?」


「一人じゃ寂しい。それに心配」


 じっと見つめてくる目の前の女の子。その目が、瞳が、ひどくアタシを惹きつけた。


 ――なにもない。なにも感じ取れない。


 そこには、悪意も、猜疑心も、恐怖も、畏怖も、ともすれば善意も、なにもかもが、なにもなくて。ただただ自然にその女の子は「心配」なんて言ってのけた。心配なんて目、してないのに。


 それが酷く美しく見えた。これでも王女だ。教養の為、とかいう理由で、様々な芸術品を見てきた。正直絵も、彫刻も、なにもかも、なにが綺麗で、なにが美しいのか理解できなかった。アタシには芸術の才能は無い。


 でもそんなアタシでも、この娘の瞳。それが今まで見たどんな芸術品よりも美しく見えた。


「ね、ね、ね、貴方の名前、教えて?」


「――私? アスナ……アスナ・グレンバッハーグ。貴方は?」


「……えっと、アタシは……え、エリ、じゃなくて、エイナ(・・・)!」


「ん。エイナ。じゃ、行こ」


 アスナがアタシの腕を引っ張って、ドコかへ連れて行こうとする。もうこのときから心臓はドキドキしていた。まだ見ぬ世界。未知の世界。ワクワクが止まらなかった。


「ねぇ、どこに連れて行ってくれるの?」


「ん。っと。今日は鍛冶屋さんのお店に見学」


「鍛冶屋さん?」


「ん。武器を作ってる。職人技。カッコいい」


 武器を作ってて、職人技で、それがカッコいい? この娘ちょっと変な娘ね、なんてその時はそう思った。


 アスナのちょっと高めの身長。アタシとそう変わらない身長。それでも大人よりは背丈の低い身体。その身体を、全身を使って、人混みをかき分けかき分け、前へ進む。


 あんな人混み経験したこと無くて、ただただアスナの背中を追っかけるのに必死だった。


「着いた」


 気づくと、少しばかりボロボロの店構えをした、「鍛冶屋さん」にたどり着いていた。看板には武器を模した、鍛冶屋を表すマークが掘られていて、「あぁ、本当に鍛冶屋に来たんだ」なんて思った。嘘じゃなかったんだ、って。


 アスナが一切の躊躇なしに、扉を開ける。え? そんな躊躇なしに? って思ったなぁ。


 筋骨隆々のおじさんが、アスナを見る。強面で、すこしばかり、ひっ、と息を飲んでしまったが、おじさんはアスナを見て、でれーっとにやけた表情を浮かべた。


「おう! アスナの嬢ちゃん! そういや今日は見学の日だったな」


「ん。ドミニクさん、よろしくおねがいします」


「アスナの嬢ちゃんの頼みとあっちゃなぁ。存分に見学していけ! ん? そっちの嬢ちゃんは?」


「ん。エイナっていう娘。家出中なんだって。一人じゃ寂しいだろうし、心配だから連れてきた」


 やばっ、と思った。この国で商売をしている大人が、アタシの顔を知らないはずがない。ドミニクとかいうおっさんが、しかめっ面でアタシを見た。怖い。怖いから。その顔近づけないで、あと臭い、汗臭い! なんて思った。


 んで、ドミニクとやらが、じーっとアタシの顔を見て、数秒。彼はいきなり破顔した。


「そかそか。アスナの嬢ちゃんの友達か。なら、俺の店には嬢ちゃんを拒むドアはねぇ。存分に見てってくれ」


 ドミニクが奥の部屋に引っ込んでから、椅子を二つ取り出してくる。ここに座れということなのだろうか。アスナが何の疑問も持たない様子で、椅子にとすんと座った。アタシもそれに倣った。


 そこから先は、あまり覚えていない。ただただ、「職人技」というもののかっこよさに魅了された。アスナの言っていたことは間違いではなかった。


 ひとしきり見学を終えた後、ドミニクがお菓子をいくつかくれた。「ありがとう」なんて言って鍛冶屋を後にするアスナにドミニクはデレデレな表情で手を振っていた。


 男の人ってあんな顔もするんだ、って思った。


 アタシに向けられる男性の目は、将来の女王に対する、歪んだ支配欲が九割。残りの一割は、きっと変態だったんだろう、歪んだ性欲だった。


 背は低めだった。だけど、アタシの身体は比較的発育が良かったのか、胸も膨らみ始めていたし、色んな所に産毛が生え始めていた。今思えば、それが産毛のまま本格的な毛にならなかったのが、僥倖ではあるんだけど。


 王侯貴族。その社会の常識は早婚だ。アタシもあと四年もすれば、見合いの話が入ってくるだろうことはその時でも分かりきっていた。


 だからなのかもしれないが、貴族にはド変態が少なくない。ロリコン、ペドフェリア。そんな奴が多い。アタシに向けられるその一割の視線は、肌を粟立たせ、背筋を凍らせ、冷や汗を流させた。


 それに比べて、ドミニクのあの顔はどうだろう。アスナのことを性的対象となんてまるで思っちゃいなかった。純粋な父性。可愛い娘を前にした時の父親、もしくは孫の顔を見たお爺ちゃん。そんな表情だった。


 アスナの後を追いかけて、鍛冶屋を後にしようとしたアタシに、ドミニクがぼそりと耳打ちした。


「殿下。どういうご事情があるのかは、私も把握しておりませんが、どうかお気をつけて」


 予想通りだった。しっかりばっちりバレてた。


「……ありがとうございます。ことを荒立てないでいただきまして、感謝申し上げます」


「いえ、アスナの嬢ちゃんが連れてきた娘が王女殿下だと気づいた時は驚きましたが、偽名もお使いのご様子。お忍びなのか、それとも……」


 逃げ出してきたのですかな? と悪戯っぽく笑ったんだっけか。


 ちょっとだけ会釈をして、アスナの背中に追いつく。


「エイナ。そろそろお家の人が心配する。もう帰ろ?」


「そうね……。そうしようかしら」


 次にこの娘に会えるのはいつになるかしら。そんなことを考えていた気がする。


「殿下! こんなところにおられたのですか!」


「で、デイル!? やばっ! 見つかった!」


「さ、帰りますぞ! 陛下もご心配していらっしゃいます!」


 近衛のデイルが、アタシの身体をすくい上げて、横抱きにした。ちょ、ちょっと待ちなさいよ! と言おうとした。


 ――謝らないと。嘘ついてたこと。アタシがこの国の王女なんだってこと。謝らないと。アスナに。


「ん。またね。エリナ。大丈夫。すぐ会える」


「え?」


「王女様なんでしょ? すぐに分かった。大丈夫。すぐ会える」


「な、なんで?」


 なんでこの娘は、嘘つきのアタシをすんなりと許しているの? で、なんで王女だって理解しているの? アタシの頭は大混乱だった。


「服。胸のところ。国章」


「あーっ! すっかり忘れてた!」


「ふふ。エリナ。おっちょこちょい」


 少しばかりの笑顔。人を闇の中からすくい上げて、光で照らすような。例えるなら、そう、雲の切れ間から差す光の筋、天使の梯子みたいな、そんな笑顔だった。


 見惚れた。見惚れてしまった。女の子にこんな感情を抱くなんて知らない。訳わからない。そう思った。


 ――でも、そう、謝らなきゃ。


「あ、アスナ……。ごめんなさい。嘘ついてて。アタシ、エイナじゃなくてエリナ。エリナ・アリスタード」


「ん。知ってる」


「許してくれる?」


「別に許すもなにもない。エリナは友達。今日友達になった。でしょ?」


 それから、どうしたんだっけか? 確か、泣きじゃくったんだっけか。で、デイルをポカポカ殴りつけて、ダダこねて。


 それで、マトモにお別れの挨拶も出来ないまま、アタシは王宮に戻された。


 そこからのアタシの行動は早かった。次の日、パパに会いに行って、一週間に一回だけ、衛士の同行を条件に、王都を散策する許可を得た。


 勉強もちゃんと真面目にやります。成績ももっと上げます。だから、一週間に一度だけ、自由に王都の安全な場所を散策させてほしい。勿論、アスナがどうのこうのとは口が裂けても言わなかった。パパは渋りに渋ったけど、アタシの涙まじりの懇願に、タジタジだ。目論見通り、許可は下りた。


 男って単純……。そんなことを思ったのは内緒だ。


 それから、アスナとアタシは、何度も一緒に遊ぶことになった。


 色んな場所に二人で行った。勿論治安の悪そうな場所には行かなかったけれど。


 会う度に惹かれていった。


 こんな綺麗な顔をする女の子がこの世にいるのか、って思った。


 こんな純粋で、真っ直ぐな人間がこの世に存在するのか、ってそう思った。


 アスナは働いている人の姿を見学するのが好きみたいで、よく職人さんとか商人さんとか、農家さんとか、そういう人々の仕事っぷりを見学しに行った。


 皆汗水たらして働いてる。その姿が美しいと思った。それと同時に、その姿を真剣な眼差しで見つめるアスナを綺麗だと思った。


 それに比べてアタシはどうだろうか。この国の住民の血税で暮らし、パパからはなんでも与えてもらって。自分で何かを成し遂げたことなんてあっただろうか。


 ある日、いつもどおりアスナの家に向かうと、たまには家の中で遊ぼう、との提案を受けた。丁度、天気もぐずり気味で、今にも雨が振りそうな様子だ。


 アタシはアスナの家に初めて入った。アスナのお母様は、綺麗な人だった。アスナと同じくらい。アタシの顔をみて、ちょっと驚いたような顔をして、その後ですぐにニッコリと笑った。そして、「いらっしゃい。アスナがいつもお世話になってます」、と言ってくれた。


 アタシは少しばかり気恥ずかしくなって、アスナの後ろに隠れた。


 挨拶もそこそこに、アスナに腕を引っ張られて、家の二階に上がった。


「エリナ。文字、読める?」


「え? 読めるわよ」


「すごい。私、まだちょっとしか読めない。ね。この本読んで」


 アスナが本棚から、うんしょ、と取り出したのは、いやに古い装丁のなされた本だった。羊皮紙を糸で結んで、そして、如何にも几帳面なんだろう人が写本した、綺麗な文字。


 そして、挿絵に、如何にも魔女らしい姿の女性。


「えっと……テラガルドの魔女……。まえがき……、テラガルドの魔女はこの世の全てを理解し、この世の全ての魔法を携え、そして気まぐれに人々を救った。数ヶ月経つと、まるで煙のように姿を消してしまう。この場所にもう自分は必要ないとでも言うかのように。事実、魔女が去った後、住民達は暮らしに必要最低限の知識を授けられ、自身達で身を立てることのできる、そのような状態となっていた。この本は、各地に残された、魔女の功績の一部を記録に残したものである……、だって」


「すごい。私、知らない単語多すぎて、全然読めなかった。ね。続きも読んで」


「うん。わかったわ――」


 読んでいくうちに、アタシはアスナに本を読み聞かせるという目的を忘れ、テラガルドの魔女そのものに興味を抱いていた。深く深く、その逸話一つ一つにのめりこんでいく。


 魔法か。アタシでも使えるかしら。魔法。魔女様曰く、「魔法は誰にでも与えられる。その過去、現在、未来を評価され、精霊が適切な魔法を与える」、とのことだ。


 アタシの適性はなんなんだろうか。魔法を使えるようになることは、アタシが何かを成し遂げた、そういうことになるだろうか。


「エリナ?」


「ううん。ごめん。ちょっとこの本面白くて」


「そっか。貸そっか?」


「いいわ。多分王宮にあるから」


「ん。そっか」


「うん。ありがとう」


 その後アスナと他愛のない話をして盛り上がって、いつのまにか日も暮れて、デイルに抱えられて王宮に戻った。


 アタシの行動力は子供の頃から半端じゃない。次の日、パパにお願いして、王宮の図書館にある、「魔法」に関する本を何もかも要求した。


 アタシの魔道士としての人生は、多分そこから始まった。

エリナ様視点の閑話、前編でした。


後編へ続く!


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― 新着の感想 ―
[一言] 王子や姫が贅沢な暮らしをしてるのは、高い教養を得て国のために働くため、なんですよね。 魔法の勉強を始めたエリナは間違ってないです。 まあ攻撃魔法覚えて、魔物と戦うってのはどうかと思いますがw…
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