エピローグ
「アスナ様を、よろしくお願い致します」、だってよ。俺は客室のベッドで横になりながら煙草を咥える。火を付けて、ひと吸い。ヤクは全部燃やされた。煙草ぐらいは好きに吸わせてくれ。
俺自身もわからなくなってきた。アスナは、あいつはきっともう大丈夫だ。それに、俺の旅はここまでだった。ここまでのはずだった。
そう、いつの間にか、「魔王が死んでない」やら、なんやらで有耶無耶になっちゃいたが、俺の目的は「アスナをメティア聖公国まで送り届けること」だ。それ以上でも以下でもない。
俺が「必要」? 馬鹿言うんじゃねぇ。何回俺は連中の足を引っ張った? 両手じゃ数え切れねぇだろ。
俺は小悪党だ。小悪党にゃ小悪党なりの矜持がある。
そりゃな、小悪党にゃ似合わなさそうなちっぽけな良心もそうだし、どでかい悪事に敏感なのもそうだがな。何よりも重要なことは「身の程を弁える」ってことだ。ゲン爺だって、ギードだって、グラマンだって、アリスタードを根城にしていた悪党連中のほとんどは、それを理解していた。
奇跡なんだよ。ここまで俺が付いてこれたのが。奇跡以外の何物でもない。
だが、アスナに、あの小せえ教皇サマに、ああも「俺が必要だ」なんて言われちまうとよ。思い上がる。思い上がらねぇ人間なんているか? いねぇだろ。
誰かに必要とされたことなんて今まであったか? 本当の意味で。グラマンが俺を盗みの駒に使ったとかじゃねぇ。本当の意味で、俺を「必要」だなんて言ってくれた奴が今までにいたか? いねぇ。いねぇよ。
――なら、俺はその想いに応えてやるべきなんじゃねぇのか?
「お前には無理だよ」。俺の中のもう一人の俺が言う。わかってるよ。馬鹿。身の程なんて弁えてる。「ここで見捨てて、お前はとんずらか? 良いご身分だな」。それもわかってる。十二分に理解してる。
っだー、もう。答えなんて出やしねぇ。アスナの出した答えに、「あぁ、こいつはもう大丈夫なんだな」、なんて思ったはずだ。だが、それもまたフラフラフラフラ。ぶれまくってやがる。大した人間じゃねぇ証拠だ。
咥えていた煙草をもみ消して、もう一本。紫煙がくゆる。
さっきからずーっと吸い続けてきた煙草のせいで、部屋は真っ白だ。その真っ白な部屋に、アスナの笑顔が浮かび上がる。
最初にあいつのあんな顔を見たのはいつだったか? アリスタードの俺のねぐらだったか。なにが俺をああも突き動かした? あいつの笑顔を守ってやりてぇなんて、分不相応な望みを抱いたからだ。
あいつはガキだった。ただのお人好しなガキだった。だがいつの間にやら成長してやがった。もうあいつはガキじゃねぇ。「勇者」なんて大層なもんでもねぇ。
あいつは、ただ、手の届く範囲の誰かを守ろうとしてる、一人の人間だ。タチが悪いのが、その「手の届く範囲」ってやつが、あいつの場合滅茶苦茶に広い。だがそれだけだ。
俺は「誰かの為に」やら、「世界の為に」やら、そういう綺麗事はクソくらえだと思ってる。そんなことを本気で信じてる。それがあいつだった。だからあいつはガキだと思ってたんだ。「勇者」ってのはこんなもんなだろうなぁ、なんて思ったもんだ。「勇者」なんて肩書になんとなくぼんやりと受け入れてた。クソッタレな綺麗事をよ。
だが、あいつはもう綺麗事は言わねぇだろう。ふわっとした目的は、明確な目的に変わった。目的のはっきりしている人間は、間違わねぇ。手段と目的の区別がつくからだ。
俺はどうすりゃ良い? ババァのところで多少戦えるようになった? 貢献できるようになった? 多少魔法を使えるようになった? 不十分だ。
アスナははっきりと言った。「魔王を打ち倒す」と。その旅に俺が付いてく? 冗談じゃねぇよ。俺は一般人だ。ついでに言やあ、ただのおっさんだ。その前に「小悪党の」なんて枕詞がつくのが最高に笑えるがな。そもそも、アスナに「付いてきて」、なんて言われた訳でもねぇ。
煙草が短くなる。もみ消して、また新しいのを咥える。火を付ける。
……だんだん、考えるのが面倒になってきやがったな。なんか。
やめだ、やめ。一旦保留! しばらくはこの国でのんびりできるんだろう。その間に考えりゃ良い。うじうじ考えてるのは性に合わねぇんだよ。
ふーっ、と煙を吐き出す。煙草の吸いすぎで少しばかり痛みを感じ始めた喉を、意図的に無視して、また肺いっぱいに煙を充満させる。
考えすぎた。頭痛ぇ。眠くなってきたな。ちょっとぼーっとするか。
そんな風に思った直後だった。とん、とん、とん、という音が部屋に小さく響いた。
こんな控えめなノックをするのは……ミリアか?
「いいぞ。入れよ、ミリア」
扉がゆっくりと開く。
「……ミリアじゃなくて悪かったわね」
予想外も予想外。部屋の中に入ってきたのはエリナだった。
「どうしたよ。お前さんが一人で俺のとこに来るなんて。明日は雪でも降るんか?」
「っるさいわね。……ちょっと、大事な話、あって」
大事な話? なんだこいつ、改まって。
ベッドから起き上がって、そのまま腰掛ける。俺は部屋に据え置かれた机、それとセットで置いてあった椅子を指で指した。
エリナがその椅子を持ち上げて、俺の前にどしんとそれを置き、そしてずんと腰を下ろした。王女の所作とは思えねぇ。ならずものに近いものがあんぞ。
「んで? なんだ。大事な話って?」
「え……っと。その……」
煮えきらねぇな。なんだってんだ一体。
「……あー……もう。こういうの性分じゃない、ってのに……。それに、敵に塩を送るような真似して、どうするってのよ……」
随分でけぇ独り言だよ。全部聞こえてんぞ。なんのこっちゃ全然わかんねぇがな。
エリナが意を決したように、俺をきっ、と睨めつける。
「アンタ。変なこと考えてるでしょ」
また、こいつ心読みやがったな? やめろってあんだけ言っただろうがよ。まぁ、良い。細かいところまでは把握してねぇだろ。こいつが感じ取れるのは、きっと「俺がなんかモヤモヤ悩んでるみたい」ってぐらいだ。多分な。
「あぁ、ミリアの乳とケツ、どっちが魅力的かどうか、悩んでてなぁ」
「茶化さないで。アンタの考えそうなことなんて全部まるっとお見通しよ」
簡単には追っ払えなさそうだな。顔見りゃわかる。
「……俺が何考えてるって?」
「有耶無耶になってたけど。そもそもが、アンタの目的は『アスナ含めたアタシ達を、無事にメティア聖公国まで連れて行くこと』。思い出しちゃってね」
っとーに、頭の良い女は嫌いだよ。
「どこにも、行かないわよね?」
ここで、「どこにも行かない」、なんて答えるのは簡単だ。俺は嘘つきだ。悪党だからな。バレねぇ嘘なら平気でつく。
だが、こいつの真剣な顔を見ると、どんな嘘もこの喉からはでてきちゃくれなかった。
「わかんねぇ」
俺は、この小娘に何を言おうとしてる?
「は?」
エリナが素っ頓狂な声を上げる。
「俺もわかんねぇんだよ。どうするべきか。何をするべきか。これから俺がどうしたいのか。どうしたくねぇのか。……決めあぐねてる」
やめろ。こんなこと、この姫さんに言ってどうなる? 馬鹿か? 俺は。死ぬのか?
「アスナと話したんだ。あいつ、『魔王を倒す』ってよ」
「アスナならそう言うでしょうね……」
「だから聞いたんだ。『なんで魔王を殺すんだ? 放っとけば良い。人間なんて守る価値ねぇだろ? そうは思わねぇか?』、ってよ」
「……そ、うなんだ……」
「そしたらなんて返ってきたと思う?」
「……『皆を守りたい』、とか?」
「いや、違う。あいつは、俺を、お前を、ミリアを、キースを、その他諸々これまで世話になった連中を守りたい、そう言った」
「そ、っか」
「あいつはもう『勇者』じゃねぇ。別のなにかだ」
「アスナは勇者よ!」
「まぁ、聞け。別にそれが悪いとかじゃねぇ。むしろ良いことだと思う。アスナは、あいつは、『戦う理由』をようやく見つけたんだよ」
「戦う理由?」
「今までは義務感やら、責任感やら、余りある善意やらで戦ってたんだろうさ。だが、もうあいつはそうじゃねぇ」
あいつは、もう道を違えねぇよ、どんなことがあってもな。俺はそんなことをボソリと呟いた。
「あいつが『勇者』じゃなくなるのが嫌だった。その在り様が歪められないように、見張ってきたつもりだった。だがな、あいつはここに来て、俺の予想から外れて、『勇者』なんて大層なもんよりも、もっと大層なもんになった」
「……よく、わからないわ」
「わからなくて良い。俺がそう感じた。それだけだ」
紫煙を吐き出す。エリナの顔が煙で覆われて、いつもよりもべっぴんに見えやがる。俺もどうかしたかな。
「……これ言うの、滅茶苦茶業腹なんだけどね……」
「なんだ?」
「あ、アンタは! もうアタシ達の仲間……なのよ。アンタがいなくなるとか、どっかいっちゃうとか……想像できないの。悔しいけど……」
エリナが本当に悔しそうな、それでいて、何やら悲しそうな表情を浮かべる。その後で顔をちょっと俯かせて、そんで、少しばかり震えて。泣いてんのか? 泣くなよ。馬鹿。
「……だか、ら……」
立ち上がって俺の方をビシっと指差す。
「アンタはアタシの好敵手! 今そう決めた! 光栄に思いなさい! この大魔道士エリナ様の好敵手として認められたんだから!」
好敵手? は? っていうか、精一杯格好つけてるみたいだがな。目が充血してるから、あんま格好ついてねぇぞ。笑える。
「何をもって、俺がお前の好敵手になんだよ」
「いーっだ! 絶対にそれだけは教えてやらない!」
「なんだそれ……」
なんかもう、呆れるを通り越して疲れてきた。よく分からなさすぎる。
「好敵手がどっかいっちゃったらアタシの張り合いが無くなるじゃない!」
エリナが俺を指差していた右手を、パタリと下ろす。
「……だから、どっか行っちゃう、とか、許さないから……」
あー、うん。保留にしてたんだがな。それが更に保留になった。このクソ高慢ちきな王女サマがここまで、悔しそうで、悲しそうで、それでいて必死そうな顔で言ってんだ。
しかも好敵手なんて来たもんだ。好敵手ねぇ。光栄だよ。お前さん、いや、お前の好敵手として、ずっといられるには、どうしたら良いんだろうなぁ。皆目見当もつかねぇ。
「……わーった。わーったよ。どこにも行かねぇ」
「……嘘つき……」
「お前、また心読んでやがるな。やめろっつったろ」
「うるさいわね! なんでアンタの指図をアタシが受けなきゃいけないのよ!」
しおらしくなったり、泣きそうになったり、いきなり怒り出したり。マジで情緒不安定かよ。やれやれ。
「お前にそこまで言われちゃ、男が廃るよ。せいぜい足引っ張らないようにだけは気をつけるさ」
「……うん……。……っていうか、今アタシのこと『お前』って呼んだ?」
「おう」
「ふっ、不敬! 身の程を弁えなさいよ! 馬鹿! バーカ! 馬鹿! アホ!」
おいおいおい。なんかいつもよりも語彙が不足してやがるぞ。頭悪くなったんじゃねぇのか?
で、ついでに言や、なんでそんな顔真っ赤にしてんだよ。そんな怒ることかよ?
「俺はお前の好敵手なんだろ? 好敵手に『お前さん』なんて言ったらそれこそ失礼じゃねぇか」
「いっ、えっ、はっ、ばっ、馬鹿! で、でも……言うとおりね……。と、特別なんだからね!」
「へいへい。光栄だよ。話したいことは終わったか? 俺はこれからマスかいて寝る。さっさとどっか行け」
しっしっ、と手で追い払う。その仕草に、一瞬だけエリナが目を三角にしたが、ふーっ、と大きなため息を付いて、部屋の出口の方へどっすどっすと歩いていった。
「……んじゃ、また明日。ゲルグ」
「おうよ」
乱暴に扉を開けて、エリナは部屋を後にした。嵐のような女だよ。全く。
あー、もう。保留も保留。更に保留だな。これからの身の振り方は。もー、どうにでもなれ。知るか。
俺はベッドに横になって、睡魔に身を委ねるのであった。
次の日。ノックの音と共に、神官がやってきた。朝早かったもんで、ちょっとばかし待ってもらっちまったが、まぁ野郎の準備なんてそう多くはねぇ。
部屋を出ると、丁度エリナとミリアが連れ立って歩いて来るところだった。
「よう、エリナ、ミリア」
「おはよ、小悪党」
流れるように、小悪党とか言ってんじゃねぇ。
「おはようございます。ゲルグ」
ミリアはいつもどおり、うん。エロい身体してんなぁ。
「ゲルグ? ミリアを厭らしい目で見ないでね?」
「見てねぇよ。お前を厭らしい目で見てやろうか?」
「やめて。気持ち悪い。キモいじゃなくて気持ち悪い」
「バーカ。冗談だよ」
そんな風にエリナと軽口を叩きあっていると、後ろの方からなにやら、ゴゴゴゴ、とでも音が聞こえてきそうな威圧感を感じた。
「み、ミリアさん? な、なにかお気に召さなかったことでもお有りでしょうか?」
こんなミリアは見たことがねぇ。一見顔はいつもの笑顔だが、なんだ? 発せられるオーラがやべぇ。
「ゲルグ……。エリナ様と、いつの間にそんな仲良くなったんですか?」
「え、っと。べ、別にいつもどおりだと思うが。な、エリナ?」
エリナの方をちらりと見る。王女サマは、じとりとこちらを横目で睨めつけていた。
「……アタシ、知らなーい。アスナはもう先行ったのよね」
エリナが俺の隣に居た神官に声をかけた。
「はい。アスナ様はすでに食堂へ向かわれました」
「ありがと。じゃ、アタシ先に行くから。じゃあね、ミリア、ゲルグ」
ちょ、待て。置いてくな。なんとかしてから行け。ミリアが怖ぇんだよ。助けろよ。
「あ、あの。えっと。ミリア……さん? 怒ってるんですか?」
「ゲルグには私が怒ってるように見えるんですね? へえ。そうなんですねぇ」
怒ってるようにしか見えねぇんだが。しかも何に怒ってるのか全然理解できねぇ。
「え、えっと。な、なにか気に触ったのなら、あ、謝ります。ごめんなさい」
「別に怒ってないですし、謝られる覚えもありませんよぉ」
じゃあ、なんでそんな威圧感を放ってんだよお前は。
「ゲルグなんて知りませーん。私も先に行きます。アスナ様とエリナ様を待たせてもいけませんしねー」
ミリアがそう言って、パタパタと走っていった。
なんだったんだ、一体?
「おい、お前さん。なんかわかるか?」
俺を迎えに来た神官に尋ねてみる。
「え? わ、私ですか? いえ、あの。……私からはなんとも言えません……」
だよなぁ。すまんな。よくわかねぇコト聞いて。
「悪いな。変なこと聞いて」
「い、いえ」
まぁ良い。朝飯だ。なんもかんもその後に考えよう。それが良い。
今日も良い日になると良いなぁ。ならねぇだろうなぁ。なるわけがねぇよなぁ。
俺ぁ、小悪党だからな。この精霊メティアとやらを信仰するメティア教の総本山。こんな場所で、俺が運に恵まれるはずがねぇだろうがよ。
俺ぁ、ゲルグ。ただの小悪党のおっさんだ。そんな俺が、なんでまた、こんなところにいるのやら。人生何が起こるかわからねぇもんだ。
やれやれ。俺は肩を竦めて歩き出した。
第三部本編はここで完結です。
エリナ様視点の前後編の閑話を挟んで、第四部に突入です!!
おっさんがなんか、エリナ様にライバル認定されました。
何のライバル? そんなこと自明なことですよね。
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とーっても励みになります。イヤイライケレ!!!!
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えっと、うん、死にます!!!




