ある魔法使いの苦悩59 強力パーティー
「いたぞ!」
かなり先行しているシンクが魔獣と会敵したようだ。私はシンクに言われていたように後方で立ち止まり、鞄からナイフを取り出す。保護のためのカバーから抜身の刃を取り出した。右手に握り締める。
「サラはもっと離れていなさい」
「うん」
サラは私とメルティよりも十歩分くらいうしろに下がった。
「メルティ、いつまで考え込んでいるんだ! それ以上近づいたら危険だぞ!」
「…………」
聞こえていないのか? メルティの足は止まらない。私から離れどんどんとシンクに近づいていく。
「……仕方ない」
私もそのあとに続く。自動的にサラも同じ距離を保つようについてくる。あまり近づけたくはないのだが、離れすぎるのも問題だ。
「おいっ、メルティ!」
「ひゃあ!? ……なんだよ、こんな至近距離でそんな大声を出して! ビックリするじゃないか!!」
「キミがこちらの声を聞かないからだろう!」
「……話しかけられていたの? 気づかなかったなぁ」
「シンクに後方支援と言われているんだ。あんまり不用意に近寄るなよ」
「ゴメンゴメン。気配がないから油断しちゃってたよ」
メルティは悪いと本気で思っているのかはわからない。ペコリとだけ頭を下げ、やはりシンクのほうを行こうとする。
「だから、なんで近づくんだよ!」
「……ファーレンは気にならないの? だって、気配のない魔獣なんだよ? もしシンクが逃しちゃったら探すの大変だと思うわない?」
メルティは矢継ぎ早に私に聞いてくる。ただ、これは質問じゃない。メルティの行動原理だ。
気にならないと言えば嘘になる。ただ、正直なところでは戦闘はなるべく回避したい。それだけサラに危険が迫るからだ。もちろん私がまともに戦えないというのもある。
戦士であるシンクに任せてしまったほうが、非戦闘職の私が邪魔をしてしまう可能性を排除できる。
「わかった。万が一にもシンクが失敗をしたら大変だ。私たちも魔獣のところに行くぞ」
「そうこなくちゃ! よーし、どんな原理なのかをその身体に聞いちゃおっと」
メルティがいい笑顔を浮かべた。本当に興味だけで動くんだな。シンプルでわかりやすいが、危機感というものを持ってないのではないかと心配になる。
「サラ、危ないと思ったら逃げるんだぞ」
「ファーレンも危なくなったら逃げて」
「……わかっている。でも、まずはサラが逃げるんだ」
「……うん。わかった」
納得していない様子をありありと浮かべてサラがうなずく。私はまずサラの安全を確保したいのだが、サラは私にも同じことを求める。サラを守ろうとするのであれば自分をも守らないといけない。これはプレッシャーが高いな。
「ファーレン、それにメルティ! どうして近づいてくる! 後方支援を頼んだはずだぞ」
「なんだか苦戦してるみたいじゃん。ボクも手伝うよ」
「メルティは戦えるのか!?」
「もちろん。だって、ボク精霊使いなんだよ?」
シンクが対峙していたのは、背の丈がシンクの三倍以上もあるクマのような魔獣だ。明らかに下半身と上半身の大きさが釣り合っていない。腰より上がいきなり肥大化している。まるで二等辺三角形が頂点を下にして地面に突き刺さっているようだ。
見たことのない種類の魔獣だ。見た目通りクマの特性に近いのだろうか。大きく構えられた両腕を右、左と交互に振り下ろしている。単調な攻撃なので、シンクは距離を取らずにタイミングを合わせたステップで回避をし、隙をついて弓を射る。矢は魔獣の腕に何本も突き刺さっているが、それで攻撃頻度が落ちる様子もない。
「あれがエルフの弓か。どこから矢が沸いてくるんだろうなぁ」
またもや緊張感のない声でメルティがシンクの矢筒を凝視している。確かに矢筒から矢を取り出しながら弓に番えているのだが減っている様子はない。もしかして魔導具と同じでエルフの魔法の力を帯びているのか?
「まぁ、いいや。シンク、ちょっとだけ離れててね」
メルティに言われ、近距離で回避行動と反撃を繰り返していたシンクは一旦バックステップで魔獣と距離を置く。
目標が目の前からいきなり消えたので、魔獣は両腕を持ち上げて身体を大きく見せてこちらを威嚇する。シンクは離れた位置で弓を構えて狙いを定める。
「ちゃんと効くかなぁ? ……精神の精霊くん、よろしくねー」
ゆるい感じでメルティがいきなり魔法を発動した。詠唱もしていないし、魔導具の支援もない。魔力の集中すらしている様子がなかった。素の状態ですでに高速魔法に属している。
メルティの言葉を受けて、ポワッと灰色の雲のような小さな塊が空中に発生した。見れば小さな目がふたつついている。くりっとしたその目はメルティを見ている。
「行っておいでー」
間の抜けた命令で精神の精霊はふわふわと魔獣の顔に向かっていく。
近づいてくる得体の知れない物を嫌がり魔獣は右腕を凪いだ。だが、精神の精霊は風に乗ってフワッと軽い落ち葉のように舞い上がる。いっそう魔獣の顔に近づいた精霊は、噛みつこうとする魔獣の口を避けるや否や身体を大きく膨らませて、魔獣の頭を目をすっぽりと覆い包んだ。





