ある魔法使いの苦悩57 メルティ
「というわけでボクがサラを追いかけている理由はこれですべてだよ。シンブルでしょ?」
「確かにシンプルだけど……」
「じゃあ、もうオッケーかい?」
言うなり精霊使いの女は手を伸ばしてサラに近付こうとする。
「ちょっと待った!」
「なんだよー。まだ何かあるのぉ?」
「サラは私の娘だ。話すのはいいが、それだけだ」
「娘ぇー? なんで? あんた人間じゃん」
「それでもだ。いいか、もう一度言うぞ。サラと話すのはいいが、それ以上も以下もない。調べるとか怪しげな素振りを見せたら、そのときは容赦なく捕縛させてもらう」
「………………わかったよ」
物凄く躊躇ってから精霊使いの女は渋々同意した。
「しかし、とんだ邪魔が入ったな」
私は、ふぅ、と大きく息を吐いた。かなりの量を話した。喉も乾いてきた気がする。
シンクが私に近付いてくる。目は精霊使いの女を見定めたままだ。
「あまりゆっくりと構えているとすぐに日が暮れるぞ。夜の森は私なら平気だが、ファーレンやサラでは動くこともままならない。早めに行動することを勧める」
「そうだよな。……あいつのことは気になるが悪意があるわけではなさそうだし、追い返してもついてくるだろうからこのまま連れて行くか」
「私もそれがいいと思う。同行すれば監視はたやすい。下手な行動を起こしたとしても私が対処しよう」
「本当にシンクは頼もしいな」
「……だから、褒めても何も出んぞ」
こちらを向いたシンクは苦そうな、くすぐったそうな、なんとも言えない曖昧な表情を浮かべていた。私もシンクに対してはスッと褒め言葉が出てしまうが、スッと出されても困るのだろう。
「サラが嫌がってるぞ。やめんか」
見れば精霊使いの女がサラの髪を手に取っている。サラはどうしていいのかわからないのか、不安そうな顔をしてジッとしている。
私は精霊使いの女の腕をローブの上から掴み、サラから引き剥がす。
「ちょ、痛い!」
「だから変なことをするなと言っているだろうが。いきなり髪を触るとか何考えているんだ」
「キレイな髪してるなって。すっごい艶のいい黒髪だよね。毛先が赤いのがいい感じにオシャレだし」
「……毛先が赤い?」
サラは黒髪だったはずだが?
「サラ、ちょっといいかい?」
「うん」
私は腰を屈め、サラの髪をひと房手に取る。確かに毛先がほんのちょっとだけ赤い。
「前は赤くなかったのに、火属性の魔法を使った影響か……」
「多分、サラの髪の毛って赤だと思うよ」
「赤? 黒じゃないか」
「どこに目を付けているの? ちゃんと付いてる? 見たままの色を言ってるんじゃないんだよ。もう一回言うけど、ボクは精霊使いなんだよ。サラの持つ力の源泉が赤なんだ。黒髪なのは、力の発揮が不完全だからさ」
「……キミには何が見えているんだ」
「姿形が見えているわけじゃないよ。魂の色って言うのかな? ……あー、そうそう。難しい言葉だと本質だね。本質が見えてるんだ」
「魂の色、それに本質か」
私は精霊使いの女の言葉を反芻する。サラは出会ったときは黒髪黒目で、本体と融合したときに緋の目になった。その後は大きな変化はなかったけど、ここに来て髪の色まで赤く染まりだした。
サラの魂の色や本質は赤。赤は炎の色。精霊。器――
「――ファーレン、どうしたの?」
「ああ、サラ。すまない、ちょっと思考の海に沈んでいた」
「海?」
「深く考えていたってことだよ。……髪を掴んだままだったね。離すよ」
私がサラの髪から手を離すと、ふわっと元の位置に戻った。こうして見ると黒髪のままだ。
「キミは本物なんだな」
「改めてなんだい? 偽物だと思ってたの? そりゃあ、あれだけ邪険にされるわけだ」
「怪しいと思っているのはまったく変わっていないが?」
「ひどいなー。あんまり人を見た目だけで判断するとママに怒られるよ?」
「なら、そんな怪しい格好をして気配を消してずっと追跡したりしないことだな」
「この格好? これ結構お気に入りなんだけどな。なんか、これ来ているだけで凄い感じがしない?」
「凄いじゃなくて、怪しいだよ。だいたい頭まですっぽりと覆うような全身くるんだローブ姿の人を見かけたら、どこかから逃げて姿を隠そうとしている人間だと相場が決まっている」
「大賢者みたいな感じだと思うんだけどなぁ」
「大賢者は物乞いじゃないぞ」
ローブの袖をヒラヒラさせながら「そうかなぁ?」と自分の姿を確認している。すっぽりと被っていたフードを外すと、そこからはサラと同じように艶のある黒髪がふぁさっと広がった。肩の上で適当に切ったのか長さがバラバラになっている。せっかくの髪が台無しだ。
「キミと話をしているとどうも長くなる。私たちは先を急いでいる。悪いがいっしょに来てもらうよ」
「いいの!? むしろ大歓迎だよ。それなら堂々とサラとお話できるじゃん」
「……ほどほどにしろよ」
テンション高く飛び上がって喜ぶ精霊使いの女に念の為警告を入れておく。「わかったよ」と簡単な返事が返ってきたが、果たして本当にわかってくれたんだろうか。
「そうそう。さっきからずっと『キミ』呼びが気になっていたんだ。ボクはメルティっていうちゃんとした名前がある。次からはメルティと呼んでくれないかい?」
「……私はファーレンだ。メルティもあんた呼びではなくファーレンと呼んでくれ」
「わかった。今後ともよろしくね、ファーレン!」
「今後もよろしくするかどうかはまだわからないがな」
「なんでだよー!? だからボクは怪しくないって言ってるじゃないか」
メルティはぐぐいと私に詰め寄る。だから近いって! もしかしてメルティは自分の容姿にまったくの無頓着なのか? 髪の毛も適当に切っているし、しゃべり方や仕草が男の子っぽいし、その可能性はかなり高いな。
「ファーレンが困っている。少し離れろ」
見かねたのかシンクが割って入った。本当に助かるよ。
「エルフのお姉さんはなんて名前なの?」
「私はシンクだ。よろしくするつもりはないぞ、メルティ」
「よろしくね、シンク!」
「だから、よろしくしないと言っているだろうが」
メルティは聞いちゃいない。本当に自由な奴だ。
「サラもよろしくね!」
「………………うん」
このテンションの差は大丈夫なんだろうか。メルティの怪しさは筋金入りだ。特にサラにとっては自分を人間じゃなくて精霊だと断言したので、あまり好ましく思っていないのは見てわかる。
私もサラが精霊だと言われたのはかなり引っかかる。でも、少なくともサラが普通の人間ではないことはすでにわかっている。だからと言って精霊だとも思っていなかったが。
メルティが言っていることがすべて真実とは限らない。あくまでメルティはサラから強い精霊の力を感じると言っているだけだ。サラの中には青龍が宿っている。もしかしたら何か影響があるかもしれない。
でも、もしサラが本当に精霊だったとしたら……?
それでも、サラは私の娘だ。何があっても私はサラの味方だ。





