ある魔法使いの苦悩33 この声が届いているかい
ドラゴンの鼓動はまるで地震のようにこの場所を震わせている。さすがに幼竜といってもかなり大きい。埋もれた身体を揺れ動かしているだけでこれだけの振動を起こせるのだ。
私は慎重に歩を進める。
「サラ」
呼びかけてみるが、特に反応はない。
「サラ、聞こえるかい」
続ける。
「ひとりで、無茶をしないでほしい。私たちもいっしょにいるんだ」
続ける。
「キミが何を思ってそうしたのかはわからないが、私たちにも手伝えることがあるはずだ」
ドラゴンが身じろぎする。それに合わせて穴の端がボロボロと崩れていく。
「私はサラが無事ならそれでいい。キミは、ドラゴンを助けようとしているのかい?」
細かな振動が続く。
そして、ドスンとひときわ大きな揺れが私たちを襲う。
「ファーレン先輩、あまり近付くと足元が崩れるかもしれません。少し離れてください」
「ああ、わかっている」
と言いつつも私は下がらない。まだここは大丈夫だ。ストーク君が息を呑む様子が見ないでもわかる。彼の心配ももっともだ。私は今は自分の心配よりも、サラのことに集中したい。
ドラゴンの身体はいよいよ地中から這い出ようと本格的に動き出している。穴の中で力を込めているからなのか、細かかった振動が一定間隔でより大きく強いものに切り替わっていく。いよいよ立っているだけでも厳しくなってきた。
ガンッ!
大きな音とともに穴の一部が決壊した。その破片が勢いよくドラゴンに跳ね上げられ、天井に当たって砕けた。細かい破片がパラパラと舞い落ちる。
やがてその穴から、ヌッとドラゴンの頭が飛び出してきた。
「これが……ドラゴン」
私は実物のドラゴンを見たことは今の今まで一度もなかった。今こうして相まみえたものが初めてだ。
長らく地中に埋もれていたためか、ドラゴンの表皮には細かいキズがたくさん刻まれている。穴からゆらりと伸ばされた首は私たちの背を余裕で超えている。これで幼竜なのか。とてつもないサイズ感に思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
「……ファーレン先輩! ドラゴンの様子がどこかおかしいようです」
「苦しんで、いる……のか?」
首は持ち上げられたものの、ドラゴンの身体の大半はまだ床の下だ。満足に動けやしない。こちらを見るドラゴンの双眸に映る光が濁っている。
「まずはこのドラゴンを救助しましょう!」
そう言ってストーク君は私のもとに近づいてきた。アメリア君も一緒に来ている。
「おとなしくしてくれているといいんだがな」
今のところドラゴンに攻撃の意志はなさそうだ。その身体に緊張が感じられるのは、地中の身体を懸命に動かそうとしているからなのだろう。細かい振動は続いている。私たちが掘り進めたとはいえ、まだ表面が露出したに過ぎない。ドラゴンの全長から考えてもまだまだ出て来られないだろう。
ストーク君はドラゴンを発見したときと同様に、剣に魔力を込めて破壊力を高めてから穴の周を広げようとしている。私ではもうその作業に加わることができない。ここは彼に任せて、私はドラゴンに呼びかける。
「サラ、私の声が聞こえるか?」
ドラゴンは明確な反応を示さない。口元が歪んでいる。歯を食いしばっているのかもしれない。
右前足を抜き出そうとしているのか、ドラゴンの右側の床が不自然に盛り上がる。その動きに釣られるように穴の端がゴリッゴリッとひび割れていく。ストーク君がそちらに目を向けている。
「ストーク君、ドラゴンの右側を優先して破壊してくれないか!」
「わかりました。やってみます」
言うなりすぐにストーク君はドラゴンの右手側に移動した。魔力を帯びた剣を勢い良く崩れた床に叩き込む。





