ep22~街灯の下で~
ZONEは毎週日曜日21時更新です。
「……させねぇよ!」
その言葉と共に空気を切り裂いて音を鳴らしたボールが、光る刃を上げた不審者の顔面に直撃し、刃を手放したすきにそれを奪い取って駆け付けた虎太郎と千宙が不審者を押さえつける。
不審者は押さえつけられた直後は身体を動かして足掻いていたが、僕と奏真も加わったことに観念したのか抵抗を止めておとなしくなってしまった。
「さあ、顔を見せてもらおうか」
千宙が不審者の被っていたフードを取る。そして、今まで謎めいていたストーカー事件の犯人の顔が露わになった。
(……ん、この人どこかで)
気のせいかも知れないが、この人はどこかで見た覚えがある。確か、学校の中だったような。
「ほらな言っただろ? やっぱファンクラブの会長さんだ。なぁ鬼島太郎君?」
どうやら、屋上で予想した奏真の読みはドンピシャで当たってしまったらしい。縁が太い眼鏡をかけてぼさぼさとした整っていない髪がトレードマークの三年生。
見た目はクラスの中でも静かで、休み時間誰とも話さずにずっと読書をしてそうな外見だが、そんな彼でもやってることが常識を外れていると考えると不思議でたまらなかった。
そんな僕の疑問と同じことを思っていたのか、鬼島の腕を固めていた虎太郎が言った。
「なんでこんなことしてんだよ」
「俺は不審者から紅葉さんを守ろうとしただけだ……」
やはり鬼島は僕たちの作戦にまんまと引っかかってしまったらしい。現にさっきまでは僕が不審者役だったので、そう判断した鬼島が飛び出してくるのは想定済みだ。
「あの……私、学校生活を自由に過ごしたいのでこういったことはやめて貰って良いですか?」
「え……」
憧れにしていた人にストレートに拒否された鬼島の顔は、この世の終わりの様な表情に満ち溢れていた。だが、僕も紅葉の安全を確保するという行動は良い事だと思うが、人間みんなプライバシーがあって、四六時中監視されていては心が落ち着かないのは当たり前だ。
「ファンクラブとやらの存在は自由ですが、私の私生活にまで踏み込んでくるようなことは今後一切しないでください」
「……はい、すみません」
「でも……これまで暗い夜道のなか私の事を守ってくださってありがとうございました。夜道にずっと突っ立っていてはあなたたちが風邪をひいてお身体に支障をきたすかもしれません。なので今後はご自分の健康を心配してください」
「紅葉さんっ……」
「おいおい……」
せっかく鬼島を突き放したと思ったのに、これじゃまるで飴と鞭で飴の比率が高すぎるような気もする。紅葉の身が鬼島のせいで危ない目に遭うかもしれなかったのに、こんなにも優しくするなんて聖母マリアにも匹敵するくらいの心の広さだ。
……でもそれが本当の紅葉の姿であって、彼女の良いところでもある。外見だけでなく内面もいいなんて少し羨ましすぎるけれど。
「さあお家に帰ってください。今後はこういう事はやめて下さいね?」
「はい、すみませんでした!」
鬼島は僕たちと紅葉に頭を下げた後、学校の方に走り去っていった。これでこの件もようやく一件落着だ。
紅葉が紅葉ファンクラブの存在を認めてしまった以上、今後もあの組織は活動すると思うが、まだ他に重大なことをしでかすかも分からない。だが紅葉がきっぱりと拒否したので紅葉の私生活に支障をきたすようなことはもうしないだろう。
「皆さんありがとうございました、お陰様で助かりました」
「まあ仲間だからな! 困ったときはお互い様ってもんよ!」
「この件も無事解決したし、帰るとしますか」
「また明日ね」と手を振って、帰り道が違う奏真、千宙、虎太郎と別れる。紅葉とは途中まで帰り道が一緒なので、海聖橋を渡って少ししたところまで一緒に帰る事にした。
「蹴也君、改めて本当にありがとうございました」
「いやいや、僕大したことしてないし、紅葉が助かったんなら良かったよ」
「それであの……」
僕より少しだけ前を歩いていた紅葉が急に立ち止まったので、僕もそれにつられて歩くのを止めた。
「……明日からも一緒に帰ってくれませんか?」
「……へ?」
何を言い出すかと思えば、この件が済んでもまだ不安があるという事なのだろうか。どうせ僕は帰り道いつも一人だし断る理由はない。むしろ紅葉の様な美人と帰れるだけでラッキーだ。
「いいよ。帰る方向も一緒だしね」
紅葉は「良かったです」と言うと、今度は僕と並んで歩き始めた。いつもは等間隔に設置された街灯の明かりで歩道が白橙に照らされているが、紅葉が隣にいるだけで心なしかいつもより街灯の明かりが明るく感じた。
お読みいただきありがとうございます。今回で紅葉のストーカー事件編は終わりとなります。次回からは春季大会に戻る予定なのでよろしくお願いします。
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