ep16~心の雄叫び~
ZONEは毎週日曜日21時更新です。
(……向こうベンチの様子からして、大幅にやり方を変えてくることはなさそうだな)
未だ0対0で両者どちらもゴールを譲らず。見てる感じで言うと時雨の方が攻める事は出来ているが、守備が好評の海聖には一歩届かずと言ったところか。
対して海聖は向こうのゾーンディフェンスにはまってしまって、蟻地獄から抜け出せずそのままずるずると前半を終えてしまったと言ったところだろう。
ここで俺が投入された理由、チームメイトには詳しく言わなかったが、相手の戦略をかき回す事……つまりゾーンディフェンスというプレッシング・フットボールを崩す事だ。
「なあ蹴也、さっき言ってたタッチ数を少なくしてパス中心で攻めるっていうのは、スコットランドのパスサッカーみたいなやつだろ? という事は向こうはオランダってところか」
「良く知ってんな。簡単に言えば、俺らがボールを持っていたら必ず二人以上はプレスに来る。だがその分必ずフリーになる選手が出てくるから、空いたスペースを有効に活用して攻める」
「簡単に言うけど出来んのか俺らに?」
「そこは問題はないと思う。だって最初に部活見学に来た時は『止めて蹴る』の基本ができていたからな。あとは、信頼するだけさ」
「蹴也、ZONE状態の時まじで別人だな」
かなり昔の話だが、サッカー強豪国のオランダを当時率いていたリアヌ・ミケルス監督がプレッシング・フットボールという積極的な守備の戦術を生み出した。恐らく、新しく時雨に赴任してきたとされる對馬監督はそのサッカーを取り入れたのだろう。
だが監督が代わったばかりの時雨は、おおよそのゲームメイクは出来てはいるが、攻めにまで手を回せていないので、プレッシング・フットボールの完成とはまだ言えない。
そこで奏真が言っていたように、俺たちはスコットランド代表の主流ともいわれるパスサッカーを取り入れる事にした。
俺は「体力」のサッカーを凌駕するには「技術」のサッカーが効率的で一番良いと思った。
「さあて、反撃と行きますか」
前半海聖高校ボールからスタートしたので、高校は時雨高校からのスタートとなる。審判の後半開始のホイッスルと共に、時雨のフォワードがボールを動かした。
「よっしゃー! 後半も行くぞ時雨ぇ!」
「おっしゃー!」
ぴりぴりとした士気を上げて水色のユニフォームが海聖陣地に侵入してくる。中心にいるのは、やはり久留沢で左右にロングボールを飛ばしながら攻めている。
「碇野! 裏来るぞ!」
センターバックの氷上先輩が士気をしてディフェンスラインの陣形を整えていく。自分はセンターサークル付近でカウンターのポスト役として待機しているが、いつ見てもラインコントロールが上手くて、人を操るのにも長けている。
言いまとめるならば、良いディフェンスの見本となる選手だろう。
「そこだ!」
氷上先輩の指揮通りに動いた虎太郎が、裏のスペースへと出されたスルーパスをカットすると、すぐさまボールを奪おうと付近にいた時雨の選手が二人ほどプレスをかけに行った。
だが虎太郎は奪って二秒もしない内に氷上先輩にパスを出すと、氷上先輩もツータッチほどで風見キャプテンにボールを出した。
(……皆、ちゃんと少ないタッチ数でプレーしてくれている)
相手が集団で襲い掛かって来てはすぐにパスを出す。自然とトライアングルを意識したパス回しで、時雨のゾーンディフェンスを寄せ付ける暇を与えずに時雨陣地へと攻めていった。
驚くほどにショートパス戦法が炸裂している。海聖のパス回しのせいで彼方此方に走り回されている時雨の選手たちの体力は、もう残り僅かだろう。
「蹴也君! 決めて!」
左サイドの相手ディフェンスの裏のスペースに抜け出した千宙からのクロス。マークされている二人のセンターバックの間を振り切ってゴール前に飛び込む。
フリーになった左足で、宙に浮いたボールをキーパーのいないゴールネットの隅に勢い良く叩きつける。
「ピー!」
「ナイッシュー蹴也君! 凄いよ!」
「やりやがったな蹴也!」
点を決めた自分の元へ、クロスを上げた千宙と奏真が抱きついてきた。しばらくチームメイトにもみくちゃにされた後、ぼさぼさになった髪で解放された。
やった……やっと点を取った。自分自身の力で、点を取ったんだ。
空に果てに雄たけびを上げたい気持ちを抑えて、俺は歓喜に満ちた心の中でガッツポーズをした。
お読みいただきありがとうございます。今回やっと0対0のスコアが動きましたね。春季大会一回戦今後どうなっていくのか、次週もよろしくお願いします。
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