ep9~サッカーの醍醐味~
春期大会編9話です。
ZONEは毎週日曜日21時更新です。
左右の足でボールの上を高速でまたぐ、それに身体の体重移動を乗せてどちらの進路に行くのか予測をできなくさせる。
神代のドリブルのセンスは奏真と同等かそれ以上だと考えられる。だがそんな曲芸技を黙って見ていられるほど俺は甘い考えを持ち合わせていない。
「……甘いって」
「ふっ、そう来ると思ったぜ?」
「なっ……」
左にフェイクを入れて右に突破してきた神代に身体を入れようとしたが、彼は読み通りだったらしく、右足でスライドさせたボールを滑らせるように逆方向に動かした。
「どうだ……うぉ!?」
「これは団体戦だぜ? 俺も混ぜてや!」
俺の背後から足音をたてて走り込んできたのは、海聖高校のスーパールーキー役の奏真だった。
奏真は神代のボールをカットすると、すぐに反撃の体制を取って相手陣地に切り込んでいった。
「ちっ……邪魔が入ったぜ」
「神代……あいつは上手いぜ? 多分、お前以上に」
「ふっ、面白れぇ」
敵陣に切り込んだ奏真は、簡単に味方同士でパスを回しながら徐々に相手ゴールへと近づいて行った。
初めて感じたが、守備に好評がある海聖高校のオフェンスの選手も、ほぼ全員基礎がしっかりしていて、サッカーの基本である「止めて蹴る」の技術の質はどれも高かった。
「奏真ぁーー! こっちだ!」
今日一番の大声で叫んだ方を見てみると、さっきまでディフェンスラインにいた虎太郎が何故か東堂高校のペナルティエリア付近に走り込んでいた。
「え……オーバーラップ……」
相手の裏を掻いた見事なオーバーラップに相手は気づかず、走り込んだ虎太郎は絶好の位置でフリーになっていた。
「行くぞ虎太郎!」
見方からのパスを受けて前を向いた奏真は、トラップからすぐに虎太郎が走り込んだ方に身体を向け、東堂高校のセンターバックとサイドバックの間に低い弾道のパスを通した。
「うぉぉぉおおお!」
「ピー‼」
「あ?」
ボールを受けた虎太郎と平行の位置にいる副審が、「バサッ」と音を立てて黄色と赤のフラッグを上げる。
ボールを受ける直前に、虎太郎は相手のディフェンスラインよりも前に出てしまっていたのだ。つまり、言わずも知れた反則、「オフサイド」だ。
(……何やってんの虎太郎)
ぽかんとしている虎太郎を見て、俺は心の中で溜め息をついたが、確かに初心者だからオフサイドが分からないのも無理はない。しかも、虎太郎に気づいた相手ディフェンスラインはとっくに動いていた。
そこで裏の裏を掻いて左ではなくて、逆のセンターバックとサイドバックの間に今のパスを通せばいいのではないかと思ったが、奏真はこの別のプランを考えていたのだろうか。
不思議に思いながら虎太郎にパスを出した奏真を見てみると、何やら口元を抑えて小刻みに震えていた。
(……‼ こいつ……わかっててパスを出しやがったな!?)
結論から言うと、奏真は遊びたかったのだ。恐らく彼も別のルートにパスを出せばいいという事は分かっていた。だが、自チームの得点より自分の遊び心が勝ったのだろう。
だからオフサイドだと知っていて、わざと虎太郎にパスを出した。そして楽しんでいた。
(なんて奴だ……)
試合中に遊び始めた選手を見たのは初めてだが、本人も楽しそうなので「まあいっか」と呟いた。
その後も一対一の状況が続き、両者ともチャンスを生かしきれずに前半が終了してしまった。俺もZONE状態だったが、神代に肌身離さずみっちりマークされていたせいで、自由にはさせてもらえなかった。
息を荒くしてベンチへと戻る。途中奏真に「皆には悪いけど楽しませて貰っちゃってるわ」と言われたが、奏真は元々面白さを求めてこの高校に来たはずだ。だから彼が満足しているならさぞかし嬉しいのだろう。
ただ、問題は自分だ。別に東堂高校の選手たちが強すぎるのではない。ただ一人、神代悠馬が非常に邪魔だ。
この試合で監督に良いところを見せなくてはならないのに、フォワードでまだ無得点だ。このままでは春季大会にスタメンで出場することは愚か、ベンチに入れるかも不安になってくるくらいだ。
何で、もっとボールを保持できないのだろうか。何で、もっと楽にサッカーができないのだろうか。
自分に対しての数多くの投げかけに、頭の中がごちゃごちゃになっていると、監督が「風谷君、ちょっと」と名前を呼んだ。
「……無得点ね」
「……ああ」
「一年生にとってチャンスはこれだけ。後半も出すからフィールドに立つ選手として確実に仕事をやり遂げてきなさい」
「……任せろ」
ホームから「後半始めます」という呼びかけと共に、短いホイッスルが吹かれる。
フィールドに立つ選手として仕事を全うする。監督は「フィールドに立つ選手」と言っていた。という事はだ。別にフォワードとか関係なしに仕事をすれば好きな事をしていいという事だ。
つまり「点を取れば」、フィールドの中で好きにサッカーをしていいという事だ。そうなると、奏真の先ほどのパスも「チャンスをつくったから」好きな事をしたという事に納得がいく。
随分と投げやりな意図に少々呆れたが、今の言葉で監督はサッカーの本当の醍醐味を知っていると感じた。
「じゃ、さっさと監督の要求に応えるか」
「ピー‼」という笛の音と共に、海聖高校対東堂高校の後半戦が始まった。
お読みくださってありがとうございます。さて、前半が一対一で終了して、後半はどうなるのか。また来週の日曜日お楽しみに!
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