ep5~友だち~
春季大会編5話です。
ZONEは毎週日曜日21時更新です。
「風谷! こっちだ!」
ボールをキープする僕の脇から、碇野が声を出して駆けあがる。
視覚の右隅に映る碇野を確認し、僕が左にドリブルで突破すると見せかけると、相手はフェイクにつられて足を伸ばしてきた。
その隙に、マークが外れてフリーになった碇野の前にスルーパスを通すと、碇野は絶妙な位置にトラップし、相手の頭上を飛び越えるロングシュートを放った。
遠い位置から放たれるロングシュートに意表を突かれたゴールキーパーは反応に遅れ、飛び込んだ時にはすでにボールがネットを揺らしていた。
「よっしゃー!」
弾けるような笑顔を見せながら、点数を決めた碇野が僕に向かって全力疾走してくる。
「やったね」
「ナイスパス風谷!」
僕と碇野のハイタッチと共に、試合の終わりを告げるホイッスルがグラウンドに鳴り響く。今日の紅白戦の結果は二対一で、僕と碇野のチームの紅チームが勝利を飾った。
逆に牧場君と奏真の白チームはチャンスを何度も作っていたが、決定的なシーンで決めきれなかったのが敗因の原因だろう。だが、やはり流石はクラブユース上がりで、牧場君も攻守の切り替えの早さや足元の技術から体の向きまで、明日の練習試合に向けてのいいアピールをしていたと思う。
しかし何といってもこの試合の一番の見どころは碇野の活躍だ。少し前まで初心者だったにもかかわらず、並のサッカー選手と対等に渡り合い、成果としては一ゴール一アシストだ。短期間でこのレベルまで成長できたのは持ち前の身体能力があったからだろう。練習を重ねてもまだまだ進化が止まらない。
両チームの選手たちは喜びや悲しみも束の間に、すぐさま監督のもとに集合して大きな円を形成した。
「全員分かってるわね。明日は強豪、東堂高校との練習試合よ。帰ったら各々ストレッチして万全の状態で試合に臨めるように。集合は九時。春季大会に向けての最後のアピールタイムだからせいぜい頑張りなさい」
「はい!」
「それじゃあ解散!」
監督の号令で一本締めで締めた後、土塗れのユニフォームが四方八方に散っていく。
「蹴也、この後なんか予定ある? ラーメン食いに行かね?」
「おっ、いいねぇ。ラーメンなら近くに美味しい店知ってるぜ。俺も連れて行ってくれよ」
奏真が財布を得意げに回しながら言うと、近くにいた碇野が汗で濡れた髪をタオルで拭いて乗り気で便乗してきた。
「僕もついて行っていいかな? 皆といると楽しいし、何より好きなサッカーの話ができる」
「だとよ蹴也、千宙もこう言ってんだから断る訳にはいかねぇよなぁ」
「うん……そうだね、行こうか」
心の何処かに早く家に帰って疲れた体を休ませたいという思いがあったかもしれないが、高校生活で憧れていた「部活の帰りに部活仲間とご飯に行く」というのをようやく達成できるかと思うと楽しみでしょうがない。
しかも牧場君が言ったように、サッカーという共通の話題で盛り上がる事ができる。もしかしたら皆の話を聞いて僕自身のレベルアップにつながるかもしれない。
「えー、私も行きたいですぅ」
「くればいいっしょ紅葉も」
「それが今日お屋敷で外交パーティが開かれるので出席しなければいけないんですよ」
「え……お屋敷!?」
そういえば高辻は生粋のお嬢様だったことを忘れていた。横にいる碇野と牧場君は目を丸くして驚いているが、奏真は「えぇー残念」と普通に肩を落としていた。
「仕方ないから四人だけで行くか、お前ら準備できたか?」
「僕はもうできたよ」
「俺もとっくに支度は済んでるぜ」
「僕も準備できたよ、さあ行こうか。それじゃあね高辻さん」
高辻は誰が見てもわかるくらいに頬を膨らましていたが、奏真が「早くしないと帰るの遅くなるぞ」と言ったのを合図に、案内係の碇野を先頭にして四人でラーメン屋に向かった。
換気扇から洩れるラーメンの良い匂いが鼻に侵入してくる頃に、目的である碇野イチオシのラーメン屋に到着した。
距離としては、思ったよりも海聖高校から離れておらず、五分余りで突く事ができた。しかも自分の家と同じ方向なので、家からも比較的近いところにあるという事が判明した。
入口を表す暖簾の上には、大きい文字で「ラーメン五代目」と綴った看板が飾られてある。
店内のインテリアも、一見古風な雰囲気だが中国風にアレンジされた机や椅子などがマッチしていて、ここが高級料理店だと思われてもおかしくはないくらいの造りをしていた。
「おっちゃんー! と、友だち連れてきたぜ!」
「な……なに……? 虎太坊が友達を連れてきただと……? おーい!今日はお祝いや!」
厨房で働くおやじさんは僕たち四人を丁度空いているカウンター席に案内してくれた。ここの店は人気なのかは知らないが、見る限り空席は少ないようだ。目立たない場所に立っているというのもあるかもしれないが、恐らく知る人ぞ知る的な表現がこの店には相応しいのだろう。
「皆なに頼むんだ? ちなみに俺はいつも通りの激辛味噌で」
「じゃあ俺もそれにするかなー」
「僕は五代目炙り塩ラーメンで」
僕は結構悩んだが、短い死闘の末に勝利したのは五代目炙り醤油ラーメンだった。おやじさんは「はいよぉ」と愛想よく注文を受け付けると、再び厨房の奥に消えていった。
「そういえばさ、何でお前らお互いの事名字で呼んでるの? もう友達なんだから名前で呼んでもいいんじゃない? しかも千宙に至っては全員君付けだからね」
「……友だち」
コップの氷をカランカランと遊ばせている奏真が言うと、僕と碇野と牧場君の三人は顔を見合わせた。
気のせいか碇野は奏真の言った「友だち」という単語に過剰に反応して、この前号泣した時と同じように顔を赤くしているような気がする。今日までも何度かこういう時があったが、この男は今までどれだけ寂しい生活をしてきたんだと毎回考えらせられる。
「それじゃあ虎太郎に千宙か……、改めて名前で呼ぶと照れるね」
「僕は昔から友だちのことを君付けで呼んでたから、これからは名前に君付けで呼ばせてもらうよ」
「……蹴……也、……千……」
千宙の名前を言いかけた虎太郎が、突然下を向いて目尻を抑え始めた。
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