ep3~決着の果てに~
春季大会編3話です。
気分が高まっている碇野からパスをもう一度受け、足元にボールを止める。
(……ここで負ければもう後がないな)
三回勝負の内、今ので一回のチャンスが潰れた。残るチャンスはあと二回。だが次も負けて、最後に勝ったとしても、結果的には一勝二敗となる。この勝負のルール上自分の勝利条件は満たすことになるが、そんなの後味が最悪だ。
だから今開始する二回目に勝たなければ、自分に納得ができない結果で終わってしまう。
(そんなの……絶対に許されるわけないよな)
心臓周辺から冷気が溢れ出すように、全身が冷たさで包まれていく。この現象は以前経験したものに類似している。だが今回は周囲が暗くなってはいない。
自然と頭が冴えていき、次に自分が何をすべきでどう動けばいいのか、脳内で幾つもの言葉が鬩ぎあっている。
まるで別の世界に存在するもう一人の自分と語り合っているような感覚。
負ける気がしない。心の中のもう一つの感情から、抑制しきれないほどの自信が滲み出てくる。もう一人の自分に、「何でもできる」と言い聞かせられてるようだ。
「行くぞ、碇野」
脳内の神経が指示するままに身体を動かしていく。二、三秒ほど経つと、気づいた時にはボールがゴールネットを揺らしていた。
グラウンドを駆けるスパイクの音が止み、風に乗って移動する砂の音だけがグラウンドに響く。
「な……すげぇ」
僕はゴールネットに揺れるボールを見つめる。
並外れた集中力の意識、相手の行動の予測、それに適した自分の行動選択。間違いない、今の感じ……。
「ZONE状態だな」
振り返ると、さっきまでサンドウィッチを仲良く食べていた奏真と高辻が歩いてきていた。
「風谷君。今のプレー、私が中学時代に魅了されたものとそっくりです! やっと戻ってきたんですね」
「え! 紅葉って蹴也のZONE状態見たことあるんだ!」
「ZONE状態? わかんないですけど多分ありますよ!」
「……おい風谷」
ゴールの方を向くと、サッカーボールを手にした碇野がこちらに向かってきていた。
「負けたよ、正直お前があんなに凄いプレーをするなんて思わなかった。とても圧巻だった」
戦った敵をここまで褒めるとは、やはり怖い見た目の割には正直者で優しい人物なのではないか。
「これが、ギャップ萌え」
「いや、何か違うんじゃない?」
高辻のボケにお腹を抱えて笑う奏真がツッコミを入れる。最近分かったことだが、高辻は優雅なお嬢様な見た目とは裏に、天然で何処か抜けているという一面を持っているようだ。
僕にとってはそっちの方がギャップ萌えというものに近しい気もするが、この二人の会話に付き合っていると、話の脱線が尋常ではなくなるので、今は目の前の本題に入ることにした。
「ありがとう。でも、もう弱い者いじめだなんて格好悪いことはしないでよ」
「ん……? 弱い者いじめ? なんのことだ?」
「え……? さっき教室で背が小さい生徒の胸蔵掴んでたじゃん!」
このサッカー勝負を通して、僕にとっての碇野の印象が、ガラの悪いツンツンヤンキーから見た目の割には正直者で優しい人物という風に良い印象を持ったが、やはり所詮は人をいじめたことも忘れるほどに性格の悪いヤンキーなのか。
「あ、あれか! 本当に腹が立ったよあいつには」
「……サッカーやって良い人だと思ったんだけどな、やっぱりそんな奴だったのか」
「碇野だっけ? 普段何しても怒んない蹴也にこんなに言われたらお終いだぜ?」
「待ってくれよ! 俺人生でいじめたことなんか一回もないし! ていうかちゃんと話最後まで聞いてくれよあんたら」
手を振って慌てて否定する碇野を見て、僕は奏真と顔を見合わせた。
「まず、俺があいつをいじめたんじゃなくて、いじめから助けてやったんだよ」
「嘘つくなよ」
「本当だよ。碇野君は僕を守ってくれたんだ」
声のする方を向くと、いつの間にか僕と奏真の間に、背の小さい男子生徒が立っていた。
「うわ! いつからそこにいたんですの!?」
「お前らがこっち来るときに後ろついてきてたぞ。な、牧場?」
「牧場」と呼ばれた男子生徒はこくりと頷くと、碇野の横に立って話し始めた。
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