判断
再び現れた脅威に、総員刮目する。
上級生二人とアキラは即座に身構え、一瞬後にリシアもウィンドミルに手を掛けた。
多脚の自律型先史遺物。おそらく、先ほどと同じ個体だ。
「散開しろ!」
デーナの怒号が響く。リシアとアキラは後退り、通路の両壁に別れた。
砲台を左右に振り、先史遺物は辺りを探るようなそぶりを見せる。
紅い灯火がひとしきり通路を見渡した後、ひたりと砲台がアキラの方を向いた。
「……!」
アキラが倒れこむように横転する。水の矢が通路の地を抉り、その軌跡をリシアは呆然と眺める。
体が動かない。
「おいココだ、デカブツ!」
大きく手を振り、デーナは先史遺物の注意を引きつける。声の主を探すように砲台が揺れ、その合間に無造作に水を撃ち放った。
その一つが目の前の壁を撃ち抜き、リシアは小さく息を飲む。
ざぶりと先史遺物は陸に上がり、全身を露わにする。冒険者との交戦の跡など微塵もない、艶やかな銀色の外殻の脚が地を踏みしめる。
「とっとと出口の方へ」
「いや、後退だ。広間に戻ろう」
フリーデルを背負い直し、体勢を整えたシラーは元来た道を戻る。その後をデーナが追う。
「ついて来るぞ」
鈍重な動きで、しかし砲口はこちらを見据えながら、先史遺物は追って来る。
空を切る音が響いた。
フリーデルが悲痛な叫び声を上げ、シラーがもつれるように倒れこむ。
「シラー先輩!」
リシアが駆け寄るよりも早く、デーナがシラーの肩を抱え、上体を起こした。
「デーナ、リシアも、離れろ」
呻くシラーを庇うように、リシアは剣を構え立ちふさがる。しかし即座にアキラが手を引き、リシアを通路の端に寄せた。
「固まったら共倒れになる」
そう鋭くいい放ち、鋤を大きく振り上げ通路の後方に躍り出る。微かに砲口が斜め上を向き、水を射出した。
硬い破裂音が響き、アキラが二、三歩よろめく。鋤の刃にぽつりと穴が開いている。
その様子を見上げていたシラーは、素早く辺りを見渡す。
シラーの広い背中から、フリーデルの上体が滑り落ちた。
はし、とフリーデルの襟首をアキラは掴み、荒っぽく体勢を整えさせる。シラーとフリーデル、アキラの視線が一瞬交錯する。
「陽動しますから、早く」
冴え冴えとした言葉が響いた。一瞬声の主がわからなくなって、リシアは辺りを見回す。
赤い少女が、鋤を振りかぶり飛び掛った。
鋤を打ち付ける鈍い音が響き、微かに砲台が振れる。照準から外れた隙にシラーは同輩を背負い直した。
鋤を抱え、アキラは前転をする。先史遺物の脚の間を潜り抜け、背後を取った。
そのまま、ごんごんと脚を滅多打ちにする。
「おい、無茶するな!」
デーナが叫ぶ。
狼狽えるように砲台が周囲を伺い、暫くして先ず排除すべき障害に目星をつけたのか、アキラの方を向いた。
砲口が水を射出する。
間一髪、アキラは足元に潜り込み攻撃を避けた。
しかし先史遺物も、巨大に見合わぬ素早い動きで後退し、アキラを攻撃圏内に引き戻す。
まずい。
このままでは、先にアキラが疲労で潰れる。
「早く撤退するんだ」
冷静に肩を叩くシラー。その手を振り払い、再びリシアは剣を構える。
ウィンドミルの紅い炉に、蒼い煌めきが散る。
「アキラ、伏せて!」
焔の剣筋が、先史遺物の装甲を焼き焦がす。砲台に薄っすらと煤けたような焦げ目がつき、リシアは目を輝かせる。
効いている。
しかしそう思ったのも束の間、先史遺物は砲身を一回転させて、ぴたりとリシアに砲口を向けた。
「ひ……!」
小さく叫び、ウィンドミルを中段に構える。盾でもない、直剣でどうやって水の矢を躱せば良いのだろうか。
冷や汗が伝う。
身動き一つ取ることも出来ず、リシアは先史遺物の紅い瞳と見つめ合う。
砲口から呼気のような音が漏れ、
先史遺物はリシアに、勢いよく水を撒き散らした。
「ぬわっ」
如雨露から注がれたような多量の水が、リシアとウィンドミルを濡らす。熱された剣身が水に打たれ、蒸気をあげる。
突然の所業に、リシアは先程までの死の恐怖も忘れ、呆気にとられる。先史遺物はと言えば、どこか満足気に灯りを明滅させている。
その明滅に、アキラが根掘りを突き立てた。
手首を返し、灯りを抉り取る。
光を失った暗く赤い瞳が、硬質な音を立てて地に落ちる。
一瞬、先史遺物の動きが止まる。しかし次の瞬間、警告音が鳴り響く。
先史遺物が急発進をした。アキラを乗せたまま、盲目の脅威は水没した通路へと戻っていく。
「アキラ、早く降りて!」
リシアが叫ぶ。その声が気に障ったのか、先史遺物は砲台を回し、水の矢を乱れ打った。そのうちの一発が、リシアの太ももを掠める。
「いっ……」
「リシア!」
よろめく少女の姿を見て、アキラは声を荒げる。その瞬間、暴走する遺物は通路の壁に身を擦り付けた。
「うわっ」
叫び声は砲台と脚が壁を削る耳障りな音に掻き消される。蹌踉めき、壁に打ち当たりながら、荒れ狂う疾風の如く先史遺物はアキラと共に通路の奥へと消えていく。
「ま、待って、行かないで!」
赤いジャージの少女と共に去って行った遺物を、リシアは追いかける。
その右手をはしと、シラーが掴んだ。
「深追いは危険だ」
「でもアキラが」
「君にも、僕らにも、どうしようも出来ない」
諭すような声音だった。
「水路の奥は地図もない未踏地だ。あの子を助けたいのはわかるが、今向かうのは心中みたいなもんだ」
デーナも畳み掛ける。いずれも、諦めろと言わんばかりの……いや、そう言っているのだろう。
しかし、リシアは彼女を迷宮へ誘った張本人だ。
アキラを見捨てるわけにはいかない。
「……私、追いかけます。アキラを連れて帰らないといけないんです」
「リシア、待つんだ!」
脇目も振らず、リシアは水を跳ね上げ水没した通路を進む。
班員ですらない……けれども唯一の「同行者」を、連れ戻すために。




