暴走
先の見えない水路を、盲目の先史遺物は暴走し進行する。
滅茶苦茶な動きと飛び散る汚水がアキラの気を削ぐ。それでも振り落とされないように、抉った眼孔に手を差し入れ先史遺物にしがみ付く。砲台の真上にいる限り、最大の攻撃手段である水の矢を受けることはない。後は持久戦だ。鋼の身体を持つ遺物が先に折れる可能性は低いが。
揺れと吐気に耐えながら、遺物の身体を調べる。鋼の外殻の繋ぎ目に根掘りを射し込めば、内部に傷を負わせることが出来るだろう。先程遺物の紅い眼を抉り取った根掘りを逆手に構え、精確に射し込む。
刃を通して引っかかりを感じる。金属を擦る耳障りな音を響かせながら根掘りを動かすと、先史遺物は一層大きく喧しく、警戒音を発した。
再び、遺物は壁に身を擦り付ける。土が抉れ、降り注ぐ土砂と衝撃から身を守るように砲台にしがみ付く。
一際大きく鋼の怪物が揺れ、アキラは砲台に押し潰されるように壁に叩きつけられた。質量がアキラに襲いかかる。
「ぐぅっ」
くわんと視界が揺れる。暖かいものが頬を伝い、ほんの少し、アキラは意識を手放しかけた。
しかし即座に目を見開き、体勢を変える。砲身に手を伸ばし、絡みつくように身体を預ける。
アキラが位置を変えた事に気付いたのか、遺物は壁から離れ、砲台を回す。吹き飛ばされるような遠心力でアキラは体勢を崩し、砲台にぶら下がる。
地に落ちて、少しでも隙を見せたら一巻の終わりだ。歯を食いしばり、逆上がりをするように身体を持ち上げる。しかし一息足りず、再びぶら下がる。
ちらりと遺物の方を見る。眼を抉り取った後の眼孔から、鋼の糸のようなものが千切れて伸びている。あれが先史遺物の血管か、神経のようなものなのだろうか。
更にその下部には二つ、白い光を放つ眼が開いている。先程退治した時は光は灯っていなかったはずだ。昆虫の複眼のようなものなのだろうか。
地上の生物とは組成も仕組みもまるで違う先史遺物にアキラは見入り、我に返る。再び、砲身によじ登るべく下腹部に力を入れる。
今度は上手く弾みをつける事が出来た。砲身に跨り、人息つく暇もなく、暴走する遺物が向かう先を見据える。
景観が変わった。それまで通ってきた通路よりも天井が高くなり、壁との境目にはくっきりと角が出来ている。
「自然」ではない。確実に人の手が加えられている、「人工」の通路だ。
再び、自身の体の上で好き勝手している異物を振り落とすべく、鋼の怪物は壁に身を叩きつける。鈍い音が響き、壁の土がぼろりと剥がれ落ちた。
土の下には、白銀に輝く壁があった。
アキラは眼を見開き、周囲を見渡す。
よく見ると、土の下に薄っすらと地の壁が見えている箇所が散見できる。
そもそも、覆っているのは土なのだろうか。錆に似た質感の物もあるように思える。
鋼の怪物、鋼の通路。
陰生植物の様々な植生のあった洞口付近から一転して、無機質な周囲の様相にアキラは胸騒ぎを覚える。
おそらくこの先は、人知の及ばない世界だ。
ならば、見てみたい。
ふつふつと、胸の奥底から恐怖とも高揚ともつかない何かが湧き上がってくる。
それは単に、好奇心と呼ばれるものなのかもしれない。
アキラは「好奇心」に満ちた目で通路の先を見据える。
通路が膨張したように見えた。突如現れた空洞で、遺物は暴れる。水音がしない。いつの間にか、水から上がっていたようだ。
やっとアキラが砲台ではなく砲身にしがみついている事に気付いたのか、遺物は砲台を振り回す。アキラは振り落とされまいと必死にしがみ付く。遠心力と振動で、頭がかき混ぜられる。
ふと、遺物が静止した。訝しげに思いながら、アキラは辺りを見回す。
いつの間にか、そこは水路ではなくなっていた。
遺物が立ちすくんでいる場所は陸地のようだ。しかし、白い光の軌跡の先では、まるで闇を映しこんだ鏡のような水面が広がっている。水底は見えない。洞穴に突如縦穴が現れたような、底冷えのする光景だった。
広い空間……地底湖だろうか。
アキラが水面に気を取られた瞬間、再び遺物が暴れ出した。
先程よりも速く、遺物は砲台を振り回す。その遠心力に引かれ、アキラは宙に放り出された。
落ちる。穴に。暗闇に。
思わず身体を丸めそうになる。しかし一縷の望みをかけて、即座に受身の体勢を取る。
ただの水溜りだ。そう言い聞かせる。
冷たい水面に手をつき、身体を横転させる。
蒼い飛沫が飛び散った。
暗い洞穴を、蒼光が淡く照らし出す。
存外浅かった水深の湖で、アキラは茫然と辺りを見回す。
アキラが動くたび、漣の縁を彩る蒼い波紋が広がっていく。同心円状の光は洞穴の端まで広がり、高い天井にも影を落とす。
光る湖。
幻想のような光景に、アキラは息をのむ。
風を切る音がしてアキラの眼の前に波紋が一つ出来た。仄かな光に照らされ、先史遺物が進水する。
蒼い世界で、両者は再び向き合う。
アキラは浅く息を吐き、根掘りを再び逆手に構えた。




