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別れに声はいらない

 講師と共に小屋を訪れたリシアを、用務員は快く受け入れてくれた。いつか飲んだ花茶と共に昼食を楽しむ。


「君も一緒に食べるかい」


 菓子を用意しながら用務員は告げる。その誘いを丁重に断り、講師は小屋を立ち去った。


「進展があったら、また声をかける」


 そんな言葉と一礼が、閉まる扉の向こうに消える。デマントイド卿はおどけるように肩をすくめ、リシアの向かいの席にかける。


「話は、聞いている」


 そう告げて、白紙と硬筆を手に取った。使い古した手帳と見比べ、頬を染めながら仕舞う。


「……これでも長生きをしているからね。そういった子も何人か見たことがある。外傷はもちろん、心が声を失ってしまった事例も」


 暖かな花茶のお代わりが、空の器に注がれる。


「私が知っている子は皆、声を取り戻した。きっと、君も大丈夫だ」


 デマントイド卿は優しい。今の言葉にも嘘偽りはない。頷きながら、机の端に置いてくれた菓子を食べる。


 硬筆を手に取る。


 感謝の言葉を、丁寧に書き記す。


 リシアの文字を見て、用務員は黙したままただ微笑んだ。


 食事を終え、再び礼を書き記し、土産の菓子と共に教室へ戻る。変わらず奇異の視線はあるが、構わずに席に着く。


 予鈴の直前に幼馴染が入室した。少し腫れた目元が、リシアを捉える。何か言いたげに口元が動き、後から入ってきた座学講師に促されて自席へ戻る。


 今のマイカには、リシアの姿は確かに見えているようだ。何を求めているのかはわからないけど。


 図書館での言葉には少なからず……などと強がる気も起きないほどに傷ついた。そして、マイカの本心であることもよくわかった。


 講師との会話をマイカに伝えても、届くことはないのだろう。そう思い至った後に、確かに一抹の寂しさを覚えた。


 あの言葉は、マイカ自身の境遇への不満だったのかもしれない。この場にいる事を誰よりも認め難く目を逸らしたいと考えているのは、他でもないマイカだ。それをただリシアに投影しているだけ。そんなことを「やっても良い」と判断できた他人が、たまたまリシアであっただけ。


 それ自体はきっと、悲しい事なのだろう。


 けれどもそのために、大勢の人間を「利用」したのは否めない。そして彼女自身は「利用した」とも思っていないのだろう。


 他者が善意を持って動いてくれた。それでも力及ばず、リシアは声まで失った。


 きっとマイカの中ではリシアと同じくらい、自身も「可哀想」な存在なのだ。


 無為に時間が過ぎる。リシアの次なる「予定」への時間を、予鈴が告げる。


 早くアキラのもとへ行こう。そう考え手早く卓上を片付ける。


 そんな中、足音が近づいてきた。


「リシア」


 幼馴染が、手帳を持った手に触れる。冷たい感触が手も、背筋も、冷やした。


 反射的に振り解こうとして、堪える。そうすれば、彼女はずっと「被害者」のままだから。かつての幼馴染に冷たく接される、悲劇の令嬢だ。


 ゆっくりと、空いた手で幼馴染の手を放す。


 顔を見る。予想通り、瞳を潤ませ「傷ついた」ような顔をしていた。いつも通りの顔だ。そしていつもならそんな顔に、リシア自身は困惑の表情や怒りの表情を返していたのだろう。


 だから今日は、微笑んだ。


 手帳を開く。予め書いてあった文字を幼馴染に見せた。


 友達に会うから。


 手帳を閉じ、鞄を抱える。


 背後からリシアを追う足音も声も聞こえてはこなかった。


 リシアが歩く先を、生徒が避ける。「腫れ物」になった気分だ。けれども今は、不思議とそれが不愉快ではなかった。

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