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事前

翌日。


リシアは申請書を携えて、講師室を訪れた。殆ど形式だけだが、庁舎の依頼を受ける時は学苑の許可を得なければならない。五分もかからないであろう手続きを済ませるため、リシアは講師室の戸を軽く叩いた。


「リシアです。エリス先生は、いらっしゃいますか」

「入ってくれ」


即座に返答を貰い、会釈をして入室する。

以前と同じ茶色い弁当を卓に置いて、講師は空いた椅子を引き寄せた。


「掛けるか」

「あ、すぐに済む要件なので…役所の依頼を受領したいので、確認お願いします」


申請書を差し出す。「役所の依頼」と聞いて、講師は少し訝しむような顔つきになる。しばし申請書に目を通して、


「植生調査か」

「はい。新しく見つかった小迷宮ですけど、割と浅いところだけなので…私でも大丈夫かな、と」

「浅場か。それなら一年生でも大丈夫だろう」


講師の表情が和らぎ、筆を取って手早く署名をする。鋭利な癖のある字を眺めつつ、リシアは申請書を受け取った。


「そういえば、誰と行くんだ」


不意打ちだった。頰が強張るのを感じながらも、リシアは笑顔を作る。


「…昨日役所で、空きがあるという班に会ったんです。今日現地で落ち合う約束で」

「そうか。その班に入れるといいな」


少し胸が痛む。他の班に入るという事は、四十二班を廃するという事だ。良い思い出はあまり無いが、それでも自身が班長を務めている第四十二班に思い入れがないわけでは無い。


「班員募集の掲示はまだ続けているので、そちらにも期待はしています」

「…すまない、無遠慮だった」


リシアの心中を察したのか、講師は謝る。途端に申し訳なく思いリシアは弁解する。


「いえ、そんな事ないです、あの…気にしないでください!本当に」


慌てふためくリシアを見て講師は再び怪訝な顔になり、気が乗らない返事をした。


「ああ…」

「あの、それじゃあ…申請書の件、ありがとうございます!」

「気をつけるんだぞ」


慌ただしく礼を述べて、リシアはそそくさと講師室を後にする。静かに扉を閉め、廊下に出ると一息つき、先程の取り乱し様を恥じる。


怪しまれなかっただろうか。不安を覚えつつ、リシアは教室へと戻る。アキラの事は生徒はともかく、講師には絶対に悟られてはならない。


ただでさえマイカの件で迷惑をかけているリシアなのだ。校則違反まで知られたら、講師はどんな顔をするか。不思議と脳裏に浮かんだのは怒りの表情ではなく、失望の暗い表情だった。その顔を思うと、先程よりも鈍く深く、リシアの胸が痛んだ。






木陰の長椅子で、フリーデルは聖女と語らっていた。いつもはマイカの相談事を聞くのに終始しているが、今日は違う。フリーデルの相談が主な内容だった。


「独立しようと思うんだ……独立なんて、言い方が大袈裟かな」


朗らかに笑うフリーデルとは対照的に、マイカは困ったように眉尻を下げた。そんな表情ですら可愛らしい。


「でも、採集班を任されているフリーデル先輩が抜けてしまうと、六班は混乱してしまうのでは」

「そうかもね、関係ない話だ」


そう言い捨てる。去る班に配慮をする必要はない。何しろ班長は優秀なシラーなのだ。フリーデルが抜けた混乱は彼がどうにか収めるだろう……収まらなくても、それはそれで面白そうだとフリーデルはほくそ笑む。


第六班の半数を占める採集班、そのうちの何人かには既にこの計画を伝えているのだ。おそらく彼等はフリーデルに着いて班を抜けるだろう。中心人物が抜ければ、採集班は成り立たなくなる。それに伴って探索班も、少なからず影響を受けるはずだ。


「採集班にも打診してるんだ。ついてこないかって」

「新しい班にですか?」

「ああ。良ければ……マイカも来ないか?」


一抹の望みを抱いて、フリーデルはマイカに聞く。マイカはますます困ったような顔になって、


「……ごめんなさい、すぐにはお返事出来ないです」


至極冷静な答えを返した。意外に思慮深いところもあるのか、とフリーデルは一人で感心する。


「そうか。いや、無理強いはしないよ」


あまり彼女を困らせてはいけないと、フリーデルは返事を急かすのはやめた。代わりに、もう一つの提案を告げる。


「……一から班を作るのは大変だからね。何処かの班を土台にしようと思ってるんだ」

「土台、ですか」

「うん。四十二班なんかどうかな。あそこは一人しかいない、ほぼ幽霊班じゃないか。乗っ取りと言うと聞こえが悪いけど……」


ほんの少し、マイカの表情が強張った。慌ててフリーデルは言葉を付け足す。


「まあ確かに、前班長が在籍していると気まずいだろうね。でも、どうせ碌に活動も出来ていない班員だ。そのうち挫折するさ。その時に班となけなしの功績を引き継いでやるんだ」


マイカにとっても、初めての班は思い入れがあるだろう。このままだと埋もれかねない四十二班を、フリーデルが再興してやるのだ。


喜々として計画を語り続けるフリーデルに、マイカは聖女のような微笑みを浮かべながら寄り添っていた。

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