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よりみち

役場を出て、麦星通りを駅の方へ向かう。まだ日は高い。少しくらい寄り道をしてもよいだろうとリシアは踏んで、裏路地へ入った。


エラキスの市街地を流れる川沿いを歩き、目的地へ向かう。嘴の長い水鳥の看板を見つけて立ち止まる。周囲に漂う焼きたてのパンの香りを胸いっぱいに吸い込み、硝子張りの窓から店内を覗き込んだ。


食パンや小ぶりの丸パンといった一般的な品揃えが並ぶ。水分量が多めでもっちりとしたこれらのパンも美味しいが、リシアの目的は違う。お気に入りの凝乳の焼き菓子がいくつか残っているのを確認して、リシアは入店した。寡黙な店主に会釈を返して焼き菓子を指差した。


「えーと…三つください」

「かしこまりました」


小さな紙箱に焼き菓子が詰められていくのを眺めながら代金を用意する。以前の蟲とキノコのお陰か財布にはまだ余裕がある。店主が差し出して来た紙箱を受け取り、代わりに手のひらに陶貨を乗せる。


「ちょうどね」

「ありがとうございます」


言葉少なく会計を終えた店主に少し頭を下げて、店を後にしようとする。


涼やかな扉鈴の音が響いた。


「あれ、リシア」


見慣れた赤ジャージ姿が入店する。学苑指定の手提げ鞄を背嚢のように背負い、今まさに下校途中といった風貌でリシアの方へ向かってくる。


「お菓子買いに?」

「ええ」

「……じゃあ、私もそのお菓子一個」


まだ焼き菓子が残っているのを確認して、アキラは店主に注文した。


「それと食パン五斤」

「いつものね」


随分と大家族だ。そう思うことにしておく。店主に紙幣を一枚手渡して、アキラはリシアの方を向いた。


「そういえば、今日は何してたの?」

「役場に依頼を探しに……ここではなんだから、明日詳しく話す」

「わかった」


そこでアキラは少し考える素振りを見せて、


「……私の家すぐ近くだから、そこで話す?」

「え、いいの?」

「家、今私しかいないから。リシアが構わないなら」


無意味にリシアは焦る。あまり人を家に招待したことがないように、誰かの家に招かれた事もマイカを除いてほとんど無いのだ。


今話を伝えておけば、明日にでも小迷宮に迎えるかも。そう踏んで、リシアは頷く。


「じゃあ、お願いしてもいい?」

「うん」


店主からパンと焼き菓子を受け取りながらアキラも頷く。先に店を出る赤ジャージの後を追い、リシアは斜陽で赤く染まる川沿いを進んでいった。






アキラの家はごく一般的な集合住宅の一部屋だった。小さな机の周りに据えられた椅子に座り、不躾だと思いながらもリシアは周囲を眺める。


整頓された居間と台所、玄関はほとんど隔たりが無く一室で、奥に別の部屋に通じる扉が二つ見える。居間の片隅には小さな棚が据え付けられ、文字が刻まれた板と杯、花瓶が飾られている。反面、どこの家にもあるような神影や十字架は見当たらなかった。


「お茶でいい?」


薬缶で湯を沸かし始めたアキラが聞く。リシアは頷いて、何か手伝えることは無いかと聞いてみた。


「大丈夫、座ってて」

「あ、ありがとう」


少し所在なさげにリシアは椅子に腰掛ける。あまり発酵していない茶葉の清涼な香りが広がり、薄緑色の液体で満たされた杯が机に二つ並んだ。緑茶だ。珍しい。


「飲んだことある?」

「二回ほど……いただきます」


静かに一口。苦味とほのかな甘味が広がり口中をさっぱりとさせる。発酵させた紅茶とはまた違う香り、味わいを楽しむ。先ほど購入した焼き菓子とも合いそうだ。


「…随分とパンを買ってたけど、ご家族は」


おそらく大部分はアキラが消費するのだろうが、一応気になったので聞いてみる。


「伯母と二人で暮らしてる」


少し予想外の返答だった。


「けど、殆どジオードにいるから、普段家にいるのは私だけ」

「そうだったんだ…」


だから、キノコ狩りで帰宅が遅くなっても大丈夫と言ったのだろう。学生の姪を一人置いてジオードに働きに出ているのか。存外複雑そうな家庭環境に、リシアは少し沈黙する。


ということは、あのパンは全部アキラが……


「それで、依頼はどんなのがあったの?」


自身も椅子にかけ、アキラは興味深そうに聞く。


「えっと、湖の近くで小迷宮が見つかったって話はしたよね」

「うん」

「そこで植生の調査があるから、それを受けてみようと思って。入り口に近いところだけみたいだから、私達でも出来るはず……それに植生は逃げたり旬があったりしないし」

「植生の調査か」


無表情で、だがどこか楽しそうな声音でアキラは呟く。


「いつ向かうの?」

「期間は昨日からで、あなたさえ良ければ明日にでも行ってみたいんだけど」

「構わないよ」


即座にアキラは了承する。


「ほ、本当?ありがとう」

「小迷宮って、普段の通路とは環境が違うよね。なんか準備した方が良いものってあるかな」

「えっと、湿地だから汚れを拭える布と水を通さない靴、ヒドラ対策の薬…あと行き帰りが遠いから何か口に出来たらいいかも」

「じゃあ、小迷宮に行く前に浮蓮亭に寄ろう。弁当とか作ってくれるかも」


アキラの提案にリシアは面食らう。酒場の店主が弁当を作ってくれるのだろうか。だが割と気が良い店主のことだから、二つ返事で了承してくれるかもしれない。


「楽しみだね明日。迷宮も弁当も」


アキラの中では完全に店主が弁当を作ってくれる事になっているらしい。


「気を引き締めてね、迷宮は怖いんだから」


念の為釘を刺しておく。何となく、アキラがはにかんだ笑顔を浮かべたような気がした。

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