庁舎
駅から伸びる麦星通りの突き当たりに、エラキスの庁舎は所在している。国政を担当する紅榴宮とは別に、エラキスという特異な街を管轄する庁舎には元からのエラキス住民は勿論、在留する冒険者達もが集う。そこへ至る麦星通りもまた、異国通り程ではないにしても多くの異種族が闊歩している。
セリアンスロープの商人が怪しげな魔除けを売る屋台を冷やかしながら、リシアは麦星通りを庁舎へ向かう。不思議と学苑の生徒は見かけない。普通科はともかく、迷宮科も庁舎に用は無いのだろうか。第六班あたりは国の依頼にも手を出していそうだが。リシアが疑問に思いながら歩いていると、麦星通りに通じる細い路地から見覚えのある顔が現れた。
その顔を見てリシアは少し不機嫌になり、向こうもまたリシアの姿を見つけたのか、浮かべていた笑顔を一瞬引っ込めた。
三角巾で右手を吊ったハルピュイアは、妙齢の美女と仲睦まじい様子で談笑し、道の傍らで立ち止まる。
「それじゃあね、奥サマ」
屈託の無い笑みを浮かべながら、ハルピュイアの美少年はひらりと左手を振った。美女は愛玩動物を見るように頬を緩ませ、軽く屈みハルピュイアの頬に口付けた。
あ。
思わずリシアは目を逸らす。
美女は艶然と微笑み、立ち去っていった。ハルピュイアはその後ろ姿を頬を拭いながら見送る。
知らぬ間に立ち止まっていたリシアの方へ、ハルピュイアが向かってきた。リシアは身構え、彼を迎撃する。
「…なに?別に何も見てないけど」
「あのねえ、それ見たって言ってんのと同じじゃないの?」
まあ別にいいけど、とハルピュイアは微笑む。
「なんか気不味そうな顔しちゃって。変なこと考えた?」
リシアは言葉に詰まる。まるでリシアが二人の関係について破廉恥な妄想を働かせていたようではないか。その通りなのだが。
「別にヘンな事なんて……」
「そんなムキになんなくてもいいじゃん?ただの、知り合いだよ」
続いてハルピュイアはそっぽを向く。
「依頼探してたら、たまたまあったんだ」
昨日、リシアがあんな事を言ったからだろうか。内心リシアはほくそ笑む。
「ずっとあんなとこ篭ってたら鈍るし」
「ふーん」
「そっちは?役所に依頼探しに行くの」
「ええ。私にも出来るものないか、探してみようと思って。昨日散々言われたし」
「あのでっかい子は」
「アキラは……他に用事があるみたい」
嘘だ。今日はアキラに声をかけずにやって来ただけである。たまには一人だけで行動をしなければならないと思ったからだ。
「あの子の後ついてってるだけかと思ったけど、違うんだ」
ひやりとする。どこかで肯定する自分がいて、リシアは頭を振った。
「私はそんなんじゃ」
「あーごめんごめん、そんな怒らないで」
面倒臭そうにハルピュイアは手を振る。申し訳ないとは微塵も思ってはいないようだった。
「じゃあ僕は帰る。役所に入ってすぐ右側に掲示板があるから」
「あ……ありがとう」
今日は存外親切だ。もしかしたら気不味いのは向こうも同じなのかもしれない。
足早にすれ違い、駅の方へ歩いて行ったハルピュイアを暫し見送る。美少年と言って差し支えない華奢な後ろ姿が小さくなっていくのを見て、小さくリシアはため息をつき、庁舎に向かって再び歩き始めた。
庁舎の掲示板には依頼書が三枚、針で刺し止められていた。そのうちの一つにリシアは目を止める。
小迷宮の植生調査……それも、ついこの間見つかった、第二通路から向かえる近場の小迷宮だった。
見つかって間もない小迷宮なら、調査も浅い場所だけかもしれない。
そう考えつつ、早合点は危険だと判断してリシアは依頼書にじっくり目を通す。調査範囲は地図の通りという文面を見つけ、その地図の縮尺を鑑みて調査範囲がそこまで広くはないことを確認する。
いける、かもしれない。
リシアは側の卓に重ねてあった申請書を取ろうとする。
横から手が伸び、一番上の申請書をくしゃりと掴んだ。
「あ、わりい」
頭上から降ってきた声を聞き、リシアは思わず真上を見上げる。
二年生の徽章を着けたアキラ以上に大柄な女性が、申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「なんかごめんな、驚かせたみたいで」
「い、いいえ。大丈夫です」
見覚えのある顔だ。暫しの沈黙の後、何者かを思い出してリシアは一礼する。
「デーナ先輩、ですよね。六班の」
「お、知ってんのかアタシのこと……ていうかアンタ迷宮科かあ」
大柄な女生徒……デーナ・クルックスは屈託のない笑顔を浮かべた。恵まれた体格に校則ギリギリに着崩した制服、学苑でも何度か姿を見かけたことがある迷宮科第六班の副班長その人だ。
「アンタも湖に用か?」
「はい。植生調査なら一年生の私でも出来るんじゃないかと思って」
「確かに植生調査は楽だな。ちょっと草を拾ってきて提出するだけでいいから」
デーナは頷き、今度は丁寧に申請書を取ってリシアに手渡した。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
「もしかしたら湖で会うかもしれねーからな。名前はなんて言うんだ」
「リシア・スフェーンと申します」
「リシア…か…わかった、覚えとく」
妙に歯切れの悪い返事を返して、デーナは役場の出入り口に向かう。
「あの、提出はしなくていいんですか?」
「まずは班長の判断を仰がなきゃならないんだ」
ぴらぴらと紙をそよがせ、デーナはそれだけを告げて庁舎を去った。
こちらも、アキラの判断を聞かなければ。申請書を一枚手に取り小さく折りたたむ。実際に動くのは、明日以降になりそうだった。




