キノコ狩り(1)
第一通路は踏破済みの通路である。
拠点跡を再利用した宿屋街と、途中に点在する地上口以外に利用する物もない通路だ。しかしそれだけに、人の往来が無く、横道には手付かずの植生が残っている。
そうリシアは考えていた。
「……」
「人多いね」
いつも通りの赤ジャージを身にまとったアキラが、そう呟く。
第一通路は冒険者でごった返していた。本職冒険者は勿論、迷宮科の制服もちらほらと見える。何やら普段と違う第一通路の様子に、リシアは籠を背負った背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
人の流れは奥へと向かっており、リシア達が目指している横道とは違うようだ。だがそれにしても、踏破済み通路でこのような人集りが出来るとは何があったのだろうか。
「……新しく小迷宮でも見つかった?」
「小迷宮?」
地下の長大な迷宮の他に、「道」というには規模が大きく入り組んだ横洞、地上で見つかる小規模の独立した迷宮の事を小迷宮と呼ぶ。落盤などで時たま見つかるそれに、冒険者が殺到する事は良くある。
「ローム湖の方に向かってるみたい」
「湖?あんな所に見つかってない迷宮なんてあったんだ」
最近、水位が下がってきているという噂は聞いたことがあった。もしかしたらそれと小迷宮の発見に何らかの関わりがあるのかもしれない。
しかし、小迷宮が原因の混雑ならリシアとアキラには関係の無い話だ。キノコ狩りにやって来た人々ではないことを確認して、リシアは安堵する。
「私達が行くのはこっち」
きょろきょろと周囲を落ち着きなく見回すアキラを先導する。二人の目的地は第一地上口から少し歩いたところにある、小さな横洞だ。程よく湿気が多く、菌類にとっては良い環境だろう。
二人は人の流れに乗り、本通路を進む。その中で、リシアは非常に目立つ金髪の後ろ姿を見つけた。
「あ……」
「どうしたの」
「先輩がいる」
「センパイ?」
「ほら、前私が掲示板の前で話してた……」
気付いていないらしいアキラにそっと囁く。遠目でもわかる高身長に金髪、体格、雰囲気。紛れもなく第六班班長だ。数人の迷宮科生徒を従えて進む姿は、軍の将校の様にも見える。
「あの人……」
アキラはそう呟いて、それきり口を閉ざした。妙に気になったがリシアは言及しない事にする。格好良いとか堂々としてるとか、そんなところだろう。
剣を帯びた第六班班長もまた、人の流れに従っているようだった。学苑一の班ともなれば、情報をいち早く手に入れることも造作は無いのだろう。
「……湖にもキノコ、生えてると思う?」
「行くの?」
「う、ううん。ちょっと思っただけ」
出来心を押し込めて、リシアは苦笑いする。憧れの先輩について行ってみたい下心もあるが、それ以上に本職冒険者でごった返した場所に行くのは気が重くなる。
それに、今のリシアの連れは迷宮の経験が殆どないアキラだ。
「新しく発見された迷宮なんて、何があるかわからないし、危険」
「そっか。そうだよね」
少し残念そうにアキラは零した。此方も此方で少し期待していたようだった。
人の流れから抜け出し、リシアとアキラは横洞に入る。以前訪れた第三通路とはまた違う様相の空間を、アキラは好奇で目を輝かせながら見渡す。
「ここ……」
壁の一部にアキラはそっと触れる。薄く泥を被った木材が露出している。
「人工の洞?木で補強されてるみたい」
「元は自然の横道なんだけど、まだ第一通路の全貌が明らかになっていない時に簡易休憩所として使われてたの」
リシアは地面に等間隔に並んでいる穴を指差す。かつては柱が建っていたのだろう。朽ちたのか、或いは資材として持ち去られたのか。現在は一本も残っていないようだ。
「当時は壁に沿って寝台が並んでいたみたい」
「ここで寝泊まりしてたんだ……」
ほう、と赤ジャージは溜息をついた。
「なんか、いいなあ」
「そうかな……すごく寝心地悪そうだけど」
穴を見つめ何やら感傷に浸っているアキラ。その姿を見て、リシアは改めて同行者が相当な変わり者である事を認識した。
「で!今日はキノコを探すんだけど」
家宝のウィンドミルをすらりと抜き、頭上の一点を指し示す。露出した木材に、脳のような不気味な子実体が取り付いていた。
ハチノスタケ……今回の依頼の標的である。不気味な外見だが、非常に優秀な食菌だ。下準備で茹でこぼしても残る強い旨味は、乳や油と抜群に会う。
「これがハチノスタケ……見たことはあるよね?」
「うん」
リシアは背伸びをして、剣先で子実体を削ぎ落とそうとする。しかし剣先は子実体にかすりもせず、空を切るばかりである。
「も、もう少し」
見かねたアキラが携えていた火かき棒で子実体を引っ掛けた。木材から離れたハチノスタケは、リシアが背負っていた籠の中に落ちる。
「ありがとう……」
少し頬を染めながらリシアは感謝を告げる。自分の低い背丈が恨めしい。
「高い所は任せて」
「うん」
洞の天井を見上げながら、アキラは奥に進んで行く。またもや連れに置いていかれそうになって、リシアは釈然としない気持ちで赤ジャージの背中を追いかけた。




