採集組
食堂に併設されている購買部は、生徒でごった返していた。フリーデルは肉のパイを三つと僅かばかり残っていた凝乳がたっぷりと盛られた焼き菓子を一つ買い、一先ず購買部から退散する。
「フリーデル!」
遅れて戻ってきた連れが、紙袋を掲げて名を呼ぶ。おそらく、彼も同じパイを買ったのだろう。安く腹を満たせるパイは男子生徒に人気の品だ。
「一年生どもは上の学年に譲る事も知らない」
「やめろよ。俺たちだって一年の頃はそんな慣習は糞食らえだと思ってただろ」
「でも何だかんだ従ってたぜ。ちくしょー、前の奴が最後の焼き菓子を……」
「下級生に譲ったと思えばいいじゃないか」
愚痴を並べる友人をフリーデルはたしなめる。自身もついこの間までは下級生だったのだ。口煩い先輩になるつもりはない。
「俺も班長みたいに、女に焼き菓子を貢がれる人生を送ってみたいなあ……知ってるかフリーデル。班長は焼き菓子が好物で、一日限定三十個のうち十個は女が買って班長に渡してるって噂」
「無茶苦茶な話だな」
「でも、信憑性高くないか。あんだけ顔が良かったらさ」
フリーデルが所属している学苑第六班の班長であるシラー・ユークレースは、少し出来過ぎなくらいの「良い男」である。金髪碧眼に品の良い整った顔立ち。筋肉質で上背もあり、迷宮科の制服が特別に誂えたように良く似合う。物腰は穏やかで、一度話せば老若男女問わず彼に好意を抱くだろう。頭も切れるし剣技も長けていると来る。まるで御伽噺に出て来る「王子様」だ。実際の生まれは伯爵家だが。
そんな男だから、半端無く女性に好かれる。迷宮科どころか普通科でも人気があるのではないのだろうか。
実際、同じ班で行動していて、女性に物を贈られる場面にも頻繁に遭遇する。
「あと、こんな噂もあるよな」
少し周囲を気にするそぶりを見せて、友人は囁いた。
「……六班の女子生徒は、みんな班長のお手つきって話」
「えっ」
フリーデルは顔を強張らせる。
「それって、副班長もか」
「あ、いや、それは……無いな。無い」
「だよな」
当然と言うべきか、シラーには女が絶えない。あれだけの男なら女が放っておかないし、シラーも健全な男子生徒だ。班活動以外で出会う時は常に違う女を連れている班長を、フリーデル達は何度も指を咥えて見ている。
しかしシラーだって、付き合う女性は選ぶはずだ。
流石に熊を相手にする事は無い。
「でも副班長は除外してもさ、六班の女子生徒って結構粒選りっていうか見目良いの多いだろ?班長がそういう子を勧誘してるんだってさ。で、周りに侍らしてる」
「ふうん」
「俺それ聞いてガックリ来てさ。もしかしたらマイカもなのかなって」
友人は盛大に溜息をついた。
マイカはつい最近、シラーに勧誘されて第六班にやって来た一年生だ。医術を専攻していて、フリーデルはまだ手当をしてもらった事はないが、かなりの腕前らしい。
だが治療は受けずとも彼女の姿を一目見れば、「癒される」ことはわかる。
シラーが世の女性の理想の男性ならば、マイカは男子諸君の理想の女性だ。蜂蜜を流したような長髪、透き通るような白肌、花弁の唇。長い睫毛に縁取られた目は常に伏し目がちで、庇護欲をそそる。儚げな雰囲気の白衣の令嬢に献身的に手当てされたら、年頃の男子生徒はひとたまりもないだろう。「聖女」の異名にも頷ける。
そんな彼女を、色男が放っておくだろうか。
「実は既に班長と好い仲でしたーなんて事があったらさ、俺生きてけないよ」
「それは無い」
フリーデルは笑顔で断言する。
「ないない」
「何でそんな自信満々なんだよ……まあ何の関係も無い方が俺も精神衛生上いいけど」
妙に良い笑顔な同級生に不気味なものを覚えつつ、友人はただの杞憂であると思い込む。
「そういえば、今日は何処で飯食うんだ。一緒に食堂で空いてる席でも探すか?」
友人は食堂棟を指差す。だがフリーデルは友人の提案を笑顔で断った。
「いや、実は今日は先客がいるんだ」
「誰だよ」
「……聖女様さ」
フリーデルの言葉に、友人は一瞬惚けたような顔をした。しかし次の瞬間、その言葉の意味を理解したように目を白黒させる。
「お前それって、え?なんで」
「じゃあな。中庭で待ち合わせしてるんだ」
「えっ、ちょ……フリーデル!」
友人の叫びを背に受けながら、フリーデルは小走りで中庭に向かう。友人の話に付き合ったせいで、少し待たせてしまったかもしれない。
語らう男女が何組か見える中庭で、フリーデルは愛くるしい後ろ姿を見つける。上ずった声で待ち人の名を呼ぶと、彼女は少し肩を震わせ、振り向いた。
「フリーデル先輩」
「ごめん、待たせて」
「私も今来たところなんです」
綻ぶ花のように、マイカは微笑んだ。フリーデルは顔が上気するのを感じて、それをはぐらかす為に焼き菓子を差し出した。
「これあげるよ。購買の個数限定の焼き菓子」
「えっ。いいんですか?」
「上級生が買い占めちゃうからさ、マイカは食べた事ないかなと思って。俺は飽きるほど食べてるから」
「……ありがとうございます」
マイカは両手で包み込むように焼き菓子を受け取り、胸元で抱える。その小動物的な仕草に、フリーデルはおもわず破顔する。
「お時間を取らせてもらってるのに、お菓子まで頂いて……ごめんなさい、でもこんな事フリーデル先輩にしか頼めなくて」
「いや、ホントに構わないって!こういうのも先輩の役目だからさ」
眉尻を下げ、哀しげな表情をするマイカをフリーデルは宥める。彼の言葉に、マイカは少しだけ晴れやかな笑顔を浮かべた。その笑顔を見てフリーデルは安堵し、何処からともなく湧き上がる優越感を噛み締めた。
「僕でよければ、いつでも力になるよ。ところで、相談ってなんだい?」




