第六班
「……採集組以下七名は、菫青茶房の採集依頼を二つ。これは、この地図を使えばすぐにこなせるはずだ。任せたよ、フリーデル」
「了解、班長」
「それから僕と副班長、ゾーイ以下三名は第一通路へ集合。速やかに頼む」
昼休みの人も疎らな教室。そこを貸し切るようにして、迷宮科第六班の集会が行われていた。
黒板に白墨で小気味好く班員の名前を書き、第六班班長のシラーは指示を出す。
「残りは今日は自由。ゆっくり休んでくれ」
教壇から机に座る班員に向かって、シラーは爽やかに微笑んだ。隅の方で仲良し同士隣り合って座っていた地理術専攻の女生徒達が、黄色い声を上げはしゃぎだす。その傍ではデーナが頬杖をついて瞼を閉じていた。黙想でもしているかのように微動だにしない。
あれは寝てるな。
シラーは静かに溜息を吐く。
「班長」
最前列に座っていた一年生の男子が挙手した。シラーは穏やかに右手で指し示す。
「なんだい」
「探索組はなんで第一通路なんかに。もう掘り尽くされたところですよね」
「ああ。実は、目的地は第一通路じゃなくてそこから行ける小迷宮なんだ」
再びシラーは白墨を滑らせる。簡単な第一通路の見取り図が黒板に浮かぶ。
「第一通路には、十一の地上口がある。その内の駅から近い第二地上口から出て、湖に向かう」
「えっ、湖!」
女生徒が何人か色めき立った。
「水着持ってかなきゃ」
「はは……行くのはその近くで発見された小迷宮なんだけどね。でも、防水はしっかり対策したほうがいい」
黒板消しで白墨を消し去り、薄く汚れた手を二回叩く。
「それじゃ、みんな腹が減ってるだろうし終わろうか」
「うーし……」
まるでシラーの話が終わる時機を見計らっていたかのように、デーナは大きく伸びをした。同時に、教室のほぼ真ん中の席で、白い腕がすっと伸びる。
「マイカ、何か質問が?」
シラーは三角巾で頭髪を纏めた医術専攻の女生徒を指し示す。
どこか現実味のない、儚げな風貌の少女は下ろした手で机の上のハンカチを握りこみながら辿々しく話し始める。
「あの……私、採集組に着いて行ってもいいですか」
マイカ・グロッシュラーは消え入りそうな声でそう言った。
「マイカは今日は非番か。フリーデル、構わないか?」
「寧ろ有り難いくらいだ。医術専攻の生徒が居てくれたら、安心して探索できる」
最前列右端に座っていた、採集組を纏めているフリーデルが満面の笑みで頷く。それを見てマイカはホッとしたように、ハンカチを持った手を胸元に寄せた。
「それじゃあ、マイカは今日は採集組だね。今度こそ解散」
シラーが小さく手振りをすると、それまで席に着いていた班員は一斉に立ち上がり、教室から出て行った。統率の取れた軍隊の様な動きに、シラーは一人満足する。
「……フリーデル先輩」
そんな中、妙に気になる動きをしている班員が居た。マイカだ。
マイカは小走りでフリーデルに近付き、何事か囁く。二言三言の囁きに、フリーデルはブンブンと頭を上下に動かしてにやついた。
その様子を、シラーは教壇から静かに見守る。
「…仲良さそうだろう?」
いつの間にか教壇の目の前の席にデーナが腰掛けていた。廊下を並んで歩いているマイカとフリーデルは確かに、一見すると良い仲の様に思える。
「確かに、そうかもね」
「青紙幣一枚」
「ん?」
「お前じゃなくてフリーデルを選ぶのに、青紙幣一枚だ」
副班長は意地の悪い笑みを浮かべている。シラーは朗らかに笑って、
「分が悪い賭けはするものじゃないよ」
「どーいう意味だそれ。まともな奴なら、女の影ばっかりのお前よりもフリーデルを選ぶぞ。誠実そうだし」
「意外だね。誠実さなんて重視するのかい」
「アタシの話じゃねーぞ」
デーナは肉厚な唇を尖らす。話を逸らす時や、バツが悪い時に出る癖だ。優しい班長は、それ以上追求はしてあげないことにした。
「……何だかんだ気にかけてる割には放任気味じゃないか?釣った魚には餌をあげないといけないんだろ」
「何を言ってるんだデーナ。僕はまだ、彼女を釣り上げてすらいない」
シラーは右手で、両端が吊り上がった口元を軽く覆う。普段の柔和な笑顔ではない、内側から膿んだ感情が染み出すような笑みだ。
「寧ろ彼女に釣り上げられかねないからね。慎重にもなる」
フリーデルには悪いけど……。
そう呟いたきり、シラーは口を閉ざした。
その、いつもの好青年からは程遠い顔を見つめて、デーナは肩を竦めた。
そんなデーナを見て、シラーは再び柔和な笑みを浮かべた。
「ところでデーナ。そろそろ焼き菓子が売り切れるんじゃないかな」
「……っ、しまった」
慌てた様子で、デーナは席を立つ。その勢いで机が音を立てて定位置からずれた。
「最近買い逃してばっかなんだよな……えっと班長、放課後に第一通路だよな?」
「あ、そこはちゃんと聞いてたんだね」
「どういう意味だよ」
寝てなんかいないからな、と捨て台詞を吐いて副班長は慌ただしく教室を出て行く。その後ろ姿を、シラーはくつくつと笑い声を漏らしながら見送った。
その顔は取って付けたような穏やかな笑みでも、含みのある冷笑でもない、年相応の少年の笑顔だった。




